「第24回東京フィルメックス」概観
●2023年11月19日(日)から11月26日(日)まで有楽町朝日ホール、ヒューマントラストシネマ有楽町にて
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2023年11月19日(日)から11月26日(日)まで、東京都千代田区有楽町の有楽町朝日ホールおよびヒューマントラストシネマ有楽町にて「第24回東京フィルメックス」が開催された。コロナ禍の影響を多分に受けた昨年より1日短縮された日程ではあるものの、昨年のようにクラウドファンディングを実施することなく、メイン会場の有楽町朝日ホールにヒューマントラストシネマ有楽町を加えた2会場で、一時は開催が危ぶまれるほどだったという財政状況を支えた多くの人々の支援と開催に向けたスタッフの尽力によって、いずれも熱気に包まれた密度の濃い「映画祭」の実現が叶った。

上映されたのは、プレイベント「Filmmakers’ Homecoming」(提携企画の人材育成ワークショップ「タレンツ・トーキョー」に参加経験のある制作者の監督・製作作品12本を、ヒューマントラストシネマ渋谷にて一挙上映)と関連企画の「ジョアン・セーザル・モンテイロ特集」(アテネ・フランセ文化センターにて開催)を加えた全35本(映画祭本編は、コンペティション、特別招待作品、メイド・イン・ジャパンで構成された20本)。ボリューム的にも昨年を超えた今年は、コロナ禍の影響が大分拭われているように感じられて(狭義の華やかさという点では、23日(木・祝)に行われた『熱のあとに』(山本英監督)と特別上演『GIFT』(濱口竜介監督、音楽・演奏は石橋英子さん)、25日(土)の『Last Shadow at First Light(英題)』(ニコール・ミドリ・ウッドフォード監督)の上映に伴う舞台挨拶とQ&Aに集った、非常に多くの観客がもたらした「祭り」としての盛り上がりも印象に残っている)、今この時を共有することによってしか観られないという「映画祭」ならではの醍醐味も十分に味わえるラインナップが揃っていたように思う。

メイン会場で行われた上映1本目(ホン・サンス監督の『水の中で』。全編を通じてピンボケを貫いた実験的な試みには賛否両論があるだろうが、個人的には、詩情に満ちた水で滲んだような柔らかな手触りを感じさせる映像が静かに胸に響いた)に次ぐ今年のオープニング作品は、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の『About Dry Grasses(英題)』。先に始まったヒューマントラストシネマ有楽町での上映(今年の事実上の1本目はメイド・イン・ジャパン部門の『広島を上演する』(三間旭浩監督、山田咲監督、草野なつか監督、遠藤幹大監督)だったのだが、翌日上映された『うってつけの日』(岩崎敢志監督)も含めて、場内が醸し出す熱を帯びた雰囲気の相乗効果が肌身に感じられた)に伴う熱気を引き継ぐようにして展開された197分の大作(カンヌ映画祭のコンペティション部門で上映され、メルヴェ・ディズダルが女優賞を受賞)で、この監督ならではの美意識と巧みな人物描写、束の間の夏と雪に埋もれた冬とで構成されるアナトリアの自然に、まさに文字どおり圧倒されるようにして滑り出したのだが、翌日午前の『黄色い繭の殻の中』(カンヌ映画祭の監督週間で上映されカメラドールを受賞した)の最優秀作品賞の受賞にも裏づけられる今年の作品の充実ぶりに早くも目を見張り、これが長編デビュー作となるファム・ティエン・アン監督の、作中の時間を共に生きているかのように感じさせる演出の妙に思わず唸った。

そして、モンゴルの経済的に恵まれていない子どもたちの声を映画を通じて叫びたい、彼らに良い影響を与える映画を作りたいという、監督をはじめとする多くの人々の愛と努力が結実した『冬眠さえできれば』(ゾルジャルガル・プレブダシ監督)の審査員特別賞と観客賞のダブル受賞で、提携企画の「タレンツ・トーキョー」(プレブダシ監督は、2017年の企画段階で「タレンツ・トーキョー・アワード」を受賞している)が人材育成事業として十二分に機能していること(修了生の実力)を実感せずにはいられなかった。

さらに、イラン当局によって海外渡航が禁じられているアリ・アフマザデ監督の『クリティカル・ゾーン』(ロカルノ映画祭金豹賞(最高賞)受賞/今年の2本目の審査員特別賞)は、抑圧された社会事情の下で生きる若い世代の苦悩と葛藤、欲望の在処を如実に描き出していて、追い詰められ間一髪で逃げのびた主人公たちの突き抜けたような「叫び」と共に、今年最初の観客の拍手を誘ったコンペティション作品として強く心に刻まれている。

学生審査員賞を受賞した『ミマン』(キム・テヤン監督)は、時代と共に変わりゆくソウルの街と登場人物たちの情感を映画の時間軸の中で流れるように浮かび上がらせていて、長編デビュー作でありながら良い意味で肩の力が抜けた、柔軟でしっかりとした力量を感じさせる1本だった。

また、受賞は逃したものの、2018年の「タレンツ・トーキョー・アワード」を受賞したアマンダ・ネル・ユー監督の長編デビュー作『タイガー・ストライプス』(カンヌ映画祭の批評家週間でグランプリ受賞)は、冒頭からパンチの効いた音楽(監督自身がバンドを組んでいた経験を持つというから納得だ)と保守的な社会規範に刃向かう個性的な主人公の人物描写(ホラー映画のテイストを存分に盛り込んでいる)で観る者をぐいぐいと引き込んでいく快作。

続いて同日に上映されたウー・ラン監督の長編初監督作品『雪雲』は、都市計画の失敗という社会問題を扱いながらも寡黙で静謐な佇まい(差し色にさりげなく紅を用いる演出が憎い)を貫いており、それがかえって鮮烈な印象を残した。

『川辺の過ち』(ウェイ・シュージュン監督)は、16mmフィルムで撮影されたフィルム・ノワールで、飽きさせない場面展開が見事。端々に中国という国への監督の批判的な視点が窺われつつも、前評判どおりのウィットに富んだ演出で最後まで魅せてくれた。

追加上映された『青春(原題「Youth(Spring)」)』(今年の審査員の一人であるワン・ビン監督の最新作/2024年春、シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次ロードショー)は、一連のシリーズの第1部であり、第2部、第3部が控えていることを知るにつけても驚くような長尺の力作で、現代音楽作曲家、王西麟の「伝記」とも言うべき『黒衣人』(カンヌ映画祭の特別招待作品)と共に、監督ならではのアプローチと作風を強く印象づけた。

クロージングを飾った『命は安く、トイレットペーパーは高い』(ウェイン・ワン監督/1989年製作(日本公開は1997年))では、監督自らが語ったように他の監督作とは異なる過激な描写の数々に香港返還に伴う怒りや切迫感が込められており、2021年の最終カットでは公開当時の描写の幾つかをカットせざるを得なかったというエピソードなどを興味深く伺った。

今年のタレンツ・トーキョー・アワードには、サイ・ナー・カムさん(ミャンマー)の『Mangoes are Tasty There』が、スペシャル・メンションには、アンジェリーナ・マリリン・ボクさん(シンガポール)の『Free Admission』とオーツ・インチャオさん(中国)の『Water Has Another Dream』が選出された。彼らのこれからに大いに期待したい。

「自作の映画を数多く何回もかけていただく機会はそうそうなく、今回のような機会にかけていただいて皆さんに観ていただけるのがとても嬉しい」という審査員を務めたワン・ビン監督の、1人のフィルムメーカーとしての飾らない率直な言葉を記憶に留めて今年のフィルメックスは幕を閉じた。こうしてフィルメックスに集う観客たちにとっても、非常に貴重な機会を提供してくれる「映画祭」の存在意義をかみしめながら、今一度、人々が劇場に集って初めて成り立ち得るかけがえのない映画体験の素晴らしさを確認してこの文章を終えたいと思う。東京フィルメックスのさらなる発展を祈念している。