「第23回東京フィルメックス」概観
●2022年10月29日(土)から11月6日(日)まで有楽町朝日ホールにて
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2022年10月29日(土)から11月6日(日)まで、東京の有楽町朝日ホールにて、第23回東京フィルメックスが開催された。「この世界が少しでも良い場所になってほしい」(神谷直希プログラム・ディレクター)という願いのもと、オープニングに現在イランで収監中のジャファル・パナヒ監督作『ノー・ベアーズ(英題)』(今年のヴェネチア国際映画祭で審査員特別賞を受賞)を迎えた今回は、コロナ禍で財政状況が非常に厳しい中、挑戦したクラウドファンディングの目標達成を経て、無事に通常通りの日程と有観客での開催が叶うこととなった。

上映されたのは、いずれも世情や政情が如実に反映された力強い全18作品。本数的には決して多いものではないかもしれないが、1本でも多くの作品にあたり、映画祭を「楽しむ」という贅沢な体験を可能にする行き届いたセレクションで、国内においては今此処でしか観られないということも相俟って、参加した観客の観る喜びが刺激される作品群が揃っていたように思う。

コンペティション9作品の中から最優秀作品賞に選ばれたマクバル・ムバラク監督の『自叙伝』は、完成までに5年を要した長編第一作で、アルスウエンディ・ベニン・スワラ(自分自身を解き放っていく主人公の堂々とした美しさが印象的なカミラ・アンディニ監督の『ナナ』にも出演している)の迫力と存在感が、物語のみならずインドネシアの歴史や国情そのものへの関心をも呼び起こし、作り手のぐらつかない視点や確固たる演出力を感じさせる力作だと言えるだろう。また、審査員特別賞に選ばれたダヴィ・シュー監督の『ソウルに帰る』とチョン・ジュリ監督の『Next Sohee』では、韓国勢俳優陣の力量を感じさせながら彼らから自然な演技を引き出すことに成功しており、題材の奥深さを丁寧に追いつつも作品として観る者を納得させるに足るところまでまとめ上げた監督の手腕と完成度の高さに目を見張った。スペシャル・メンションを受賞したアリ・チェリ監督の『ダム』は、主演俳優の演技を超えた巧まざる佇まいが作品との親和性を見事に醸し出しており記憶に残っている。観客賞は工藤将亮監督の『遠いところ』。沖縄の地で「語られてほしくない物語」(工藤監督)を果敢に描き切ることを可能にした出演者たちの体当たりの演技は胸が痛くなるほど真に迫っていて、木漏れ日の中、小さな息子の手を引いて歩く10代の主人公の姿や迫りくる悪夢を目前にした車窓に輝くイルミネーション、普段はあまり描かれることのない沖縄の夜の海の暗さが際立つ映像を思い出しては、彼女たちの日常がどうかより明るく平穏なものへ導かれていきますようにと祈らずにはいられなくなる思いがした。学生審査員賞を受賞したマハ・ハジ監督の『地中海熱』は、今年のカンヌ映画祭で最優秀脚本賞を受賞、パレスチナ人の主人公を始めとする登場人物たちの個性あふれる造形描写が素晴らしく、時にユーモアを交えながらの演出に卓越した力を感じさせた。

高橋泉監督の『彼女はなぜ、猿を逃したのか?』と太田達成監督の『石がある』を取り上げた「メイド・イン・ジャパン」では、前者で監督世代の俳優陣からフレッシュな若手キャストへと託された「バトン」によって象徴的に「開かれていく」映画のこれからに思いを馳せ、後者で全編を通じて貫かれた非常にピュアでイノセントな世界観を感じ取りながら良い時を過ごすことができた。

「ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集」は、台北駐日経済文化代表処台湾文化センター、東京国際映画祭との共催だったが、共催することによって生み出されていくはずの循環的な作用をもたらすところまでは必ずしも到達し得ず、作品自体を楽しみつつもプログラムがやや分散された印象を抱かずにはいられなかったのだが、監督自身が登壇したQ&Aで会場の雰囲気はより親密なものとなった。

クロージングはコンペティション審査委員長のリティ・パン監督作『すべては大丈夫』(今年のベルリン映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞)。人類に脅威をもたらしたコロナ禍の下で、粘土製の像とアーカイブ映像を使用して描かれていく鮮烈なディストピアを見つめながら、カンボジアでの監督自身の体験によっても裏打ちされているのであろうさまざまな表現の在り方に思いを至す濃密な時を過ごさせていただいた。

映画祭会期中に並行して行われた映画分野の人材育成プロジェクト「タレンツ・トーキョー2022」では、タレンツ・トーキョー・アワードにソン・ヘソンさん、スペシャル・メンションにマウン・サンさんとシャルロット・ホン・ビー・ハーさんが選ばれ、「世界で活躍する映画人」への確かな一歩を踏み出している。

まさに映画の未来が醸成されていく豊かな土壌がここにあるという揺るぎない実感と共に第23回東京フィルメックスは幕を閉じた。今もなおコロナ禍の下で予断を許さない状況が続いているが、だからこそ形を成したとも言える作品群のひとつひとつにあらためて思いを馳せながら、人々が劇場に集って初めて成り立ち得るかけがえのない映画体験の素晴らしさを今一度確認して、次回へのさらなる期待に繋げたいと思う。