「第25回東京フィルメックス」概観
●2024年11月23日(土)から12月1日(日)まで丸の内 TOEI、ヒューマントラストシネマ有楽町にて
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2024年11月23日(土)から12月1日(日)まで、東京都中央区銀座の丸の内 TOEI および東京都千代田区有楽町のヒューマントラストシネマ有楽町にて「第25回東京フィルメックス」が開催された。メイン会場を有楽町朝日ホールから丸の内 TOEI に移し、かねてより検討されていたという映画館での開催が叶った今回はアクセスが非常に良く、一般の映画ファンにとってもより敷居が低く親しみやすい映画祭運営が可能になっていたように思う。

上映されたのは、コンペティション部門10作品、特別招待作品部門11作品、メイド・イン・ジャパン部門4作品に、プレイベント「今だけ、スクリーンで! 東京フィルメックス25年の軌跡」6作品と関連企画(12月2日(月)から12月4日(水)まで、東京都千代田区神田駿河台のアテネ・フランセ文化センターにて開催)「『Some Strings』特別上映会」、「現代ドイツ映画作家シリーズ(特別編)ペーター・シャモニ 日本未公開作上映」、「アモス・ギタイ監督「家」三部作一挙上映」5作品を加えた計36作品。ほぼ昨年同様のボリュームで、ひとつの節目となる25回目を記念して、サイドイベント(「トークイベント:国際共同制作の今」、「特別対談:ロウ・イエ & 山中瑶子」、「マスタークラス:ウェイン・ワン監督」、NPO法人独立映画鍋と共催の「世界に挑め! 企画プレゼン力の磨き方」)と映画祭参加者の交流を促進する目的で今回初めて設けられた「ネットワーキングラウンジ」も行われるなど、スタッフの尽力と回復傾向にある財政状況のもとで非常に充実した9日間が実現したと言えるだろう。

メイン会場となる丸の内 TOEI での上映1本目は、ジャヌス・ヴィクトリア監督の初長編作『Diamonds in the Sand』。2013年のタレンツ・トーキョー(当時はタレント・キャンパス・トーキョー)の受賞企画で、孤独死という重いテーマを扱いながら、主演のリリー・フランキーの持ち味が活かされて、真に迫るもどうしようもないところまで深刻になりすぎない絶妙なタッチが印象的な作品。死生観や家族観の異なる日本とフィリピンを舞台に据え、最後のさりげない一言で希望や救いをも感じさせる(自らが手掛けた)脚本の出来ばえも見事で、監督の確かな力量を窺わせる。2本目(オープニング)は、ジャ・ジャンクー監督の『新世紀ロマンティクス/Caught by the Tides(英題)』。こちらは、2001年、2006年、2022年の3部構成で描かれる、チャオ・タオ演じる一人の女性の約20年間の物語で、年を経るにつれ、実際に変わっていく主人公の姿と心模様が、その時々の映像と監督自らによって選ばれた音楽とに彩られながら、変容を遂げた街のありようと共に鮮やかに浮かび上がっていく。

2日目には、審査員特別賞と学生審査員賞のダブル受賞を果たした『サントーシュ』(サンディヤ・スリ監督/第97回アカデミー賞国際長編映画賞部門のイギリス代表作品に選出された)と、キャリア初の観客賞を受賞した『未完成の映画』(ロウ・イエ監督)が早くも登場。前者は、殉職した警察官の未亡人サントーシュが、亡き夫の職を継承できるという政府の制度により警察官となり、上司の女性警察官のもとで体験していく非常に深刻で深く根付いた社会の腐敗を、一人の女性として人間として獲得していく新たな視点と、より強くしなやかな生き方を自ら選び取っていくさまを通じて如実に描き出した力作。後者は、2019年、10年間未完のままだった映画制作の再開のため再び集ったクルーとキャストが、2020年1月の春節を前にしてコロナ禍のロックダウンに巻き込まれ、中断された映画制作の傍らでパンデミックを生き抜いていく過程を描き、フィクションと現実とが交錯しその境目が次第次第に曖昧になっていく稀有な映画体験を可能にした素晴らしい出来ばえで、観る者の心に奇跡的な高揚をもたらしていく。この時点で、前者後者共に何らかの受賞(後者は特別招待作品なので観客賞)を確実にした感があり、滑り出しから大いに期待を持たせた。

また、受賞は逃したものの『女の子は女の子』(シュチ・タラティ監督)と『家族の略歴』(リン・ジェンジエ監督)も非常に完成度が高く、前者(サンダンス映画祭のワールド・シネマ・ドラマティック部門で特別審査員賞と観客賞を受賞している)では、インドの伝統的な価値観の下で繰り広げられる母と娘のギクシャクしながらも時に非常に親密な関係性と、女性であることにおいては全く対等になり得る二人のありように驚かされていくし、音の使い方が非常に秀逸な印象を残す後者では、中国の中流階級の家庭に見事に入り込んだ一人の青年の企ての下で、徐々に変化していく家族の姿が張り詰めた緊張感を伴いながら見事に描かれていく。

イスラエルにおけるパレスチナ人家族のありようを通して、イスラエル人との間に厳然として横たわる分断を如実に描き出した『ハッピー・ホリデーズ』(ベネチア映画祭オリゾンティ部門で最優秀脚本賞を受賞した)も非常に印象的な作品。パレスチナ人監督スカンダル・コプティによって編み出された現実のさまざまを内包した物語だけに、例えようもなく切実で互いに絡まり合った(それゆえに容易には解決しない)現実そのものが伝わってくる。

『ベトとナム』は、長期間に及んだ戦争の傷跡を残したベトナムで、炭鉱労働者として働きながら愛を育む二人の若者の姿を官能的に描き、ひいてはベトナムという国に内在する暗部の様相を明らかにしようとする作品。カンヌ映画祭のある視点部門で初上映されたが、本国では上映禁止になってしまったという。

『黙視録』は、行方不明になってしまった幼い娘の映像が届き始めて、行方を追う両親もろとも何者かに監視されているという、現代社会における「監視」の実際を描きながら、一種不可解な印象を残すことで、物語の重層的な構造を可能にした作品。「見る」ことと「見られる」ことを通じて、私たちが現代に生きる上で味わうどうしようもない孤独感のようなものが胸に迫る。

『空室の女』は、カンヌ映画祭の短編部門でパルムドールを受賞したチウ・ヤンの長編デビュー作。主人公の主婦の女性が直面しているいわゆる「中年の危機」的な困難さと、非常に多くを抱えてしまった彼女の諸問題が描かれており、映画初出演だという主演俳優の、無駄なく自然に体現されている演技に目を見張る。

『ソクチョの冬』は、主人公の若い女性が、フランス人の父親に捨てられた過去を持つ自身の生い立ちゆえ、働いている小さなホテルに突然現れたフランス人アーティストの男性によって、掻き乱された日常の中で波立つ感情に翻弄されてしまう物語。日系フランス人監督コウヤ・カムラの処女長編作品(原作は、エリザ・スア・デュサパンによる同名小説)で、トロント映画祭やサン・セバスチャン映画祭で上映された。

スペシャルメンションは、『白衣蒼狗』(チャン・ウェイリャン監督/イン・ヨウチャオ共同監督)。カンヌ映画祭でカメラドールのスペシャル・メンションを授与された作品で、冒頭から、不法移民労働者たちの仲介役をする自らもタイからの不法移民である主人公と彼らの置かれた過酷な状況の一端を垣間見る思いがし、彼が介護している老婦人から依頼されたとおりのことを実行に移す場面(苦しくもある意味で非常に説得力のある印象を残す)では、思わず胸に迫るただならぬものを感じずにはいられなくなった。

最優秀作品賞を受賞した『四月』(デア・クルムベガスヴィリ監督)は、(丸の内 TOEI では)上映スケジュールの終盤に登場。ベネチア映画祭のコンペティション部門で特別審査員賞を受賞したとおりの完成度で、保守的な社会の中で使命感に駆られて行動し、多くの女性たちを救おうとして必然的に孤立していく一人の産婦人科医の姿とその苦悩が全体にやや暗めの色調(時折挟まれる花々の(本来の)色合いとは実に対照的だ)で描かれており、時に牙をむく荒々しい自然の描写も相俟って非常に鮮烈な印象を残した。そして、同日に上映されたクロージング作品の『スユチョン』(ホン・サンス監督)は、さまざまな波乱を含みながらも全般に緩やかな人物描写とその作風が心にやさしい余韻を残す点で、来季を見据えたクロージングに相応しい1本だったように思う。ロカルノ映画祭のコンペティション部門で最優秀演技賞を受賞したキム・ミニの自然な佇まいに癒やされるような心持ちで帰途に着いた観客も少なくなかったのではないだろうか。

今年のタレンツ・トーキョー・アワードは MAI Huyen Chi (マイ・フエン・チー)氏の「The Rivers Know Our Names」(ベトナム)、スペシャルメンションは Lkhagvadulam PUREV-OCHIR (ハグヴドラム・プレヴオチル)氏の「The Vision of Lonely Mountains」(モンゴル)、HATAKEYAMA Kana (畠山佳奈)氏の「Dollyamory」(日本)、YAN Haohao (ヤン・ハオハオ)氏の「Naked in Glendale」(中国)が受賞。受賞者の作品の多くが、東京フィルメックスのみならずさまざまな国際映画祭で評価される流れが効果的に循環している点で、人材育成事業としてのタレンツ・トーキョーは確かに着実に機能している。受賞者の今後の活躍を大いに期待したい。

主にコンペティション作品を中心に振り返ってみたが、9日間に渡った「第25回東京フィルメックス」は無事に幕を閉じた。映画館で行われる映画祭(ならではの映画体験)は実にいいものだ。来年もまた、よりパワーアップした東京フィルメックスが開催されることを祈念しつつ、未だ冷めやらぬ今年の余韻に浸りながら筆を置きたいと思う。