「第25回東京フィルメックス」特別招待作品

●2024年11月23日(土)〜12月1日(日)
丸の内 TOEI 、ヒューマントラストシネマ有楽町にて

| オフィシャルサイト | 上映スケジュール | チケット | WERDE OFFICE | CINEMA WERDE |

◎オープニング作品
『Caught by the Tides(英題)』"Caught by the Tides(風流一代)"
2024年/中国/111分/監督:ジャ・ジャンクー( JIA Zhang-Ke )/配給:ビターズ・エンド
ジャ・ジャンクー監督の長年のミューズであるチャオ・タオ演じる一人の女性の人生の約20年間を、彼女の元を去った一人の男性との関係を軸に描いた作品。物語は2001年に始まり、1度目は5年後、次には16年後に時代が移行し、2022年を舞台とする第3幕までを通して、主人公女性の感傷的な苦難と、時の経過と共に彼女の自立が深まっていく姿が捉えられている。冒頭の場面は2001年頃に撮影され、映画の終盤に主人公たちが再び大同市に戻る頃には、この古い炭鉱都市が未来への可能性に開かれた完全に別の世界になっているのが印象的だ。最初の2章は過去に様々なフォーマットで撮影された未使用の映像素材が多くの場面で使われており、サウンド版サイレント映画の形式が部分的に援用され、ポップ、ディスコ、伝統音楽等のサウンドトラックに支えられた流動的な編集がなされている。そうしたユニークなハイブリッド映像/音響が各時代の集合的記憶のようなものを想起していく様は実に感動的だ。カンヌ映画祭のコンペティション部門でワールドプレミア上映された。


 


◎クロージング作品
『スユチョン』"By the Stream"
2024年/韓国/111分/監督:ホン・サンス( HONG Sangsoo )
ソウルの女子美術大学を舞台にしたこの映画は、もうそれほど若くはない大学講師のジョンイムが、かつてはその分野で有名だった叔父のチュ・シオンに大学の演劇祭で学部の学生たちの寸劇を演出させようと大学に招へいするところから始まる。演劇祭への準備が始まり、その過程でシオンはジョンイムの上司で彼の大ファンである女性教授チョンと親しくなっていく......。本作は『A Traveler’s Needs(英題)』に続く今年2作目のホン・サンス監督作品。登場人物たちが食事をし、酒を酌み交わす場面で重要なことが示唆されることが多いホン作品だが、この作品もその例に漏れず、川沿いにある鰻料理店で多くの進展や転回が起こる(また、川沿いの店ではないが、演劇祭の打ち上げの席で学生たちが独白する場面は不意に訪れる感動的なシーンだ)。ジョンイムは織機で繊細なパターンの織物を作る新進の芸術家であり、そのことがこの作品の主題の一つである演劇の考察と共に、作品にもう一つのレイヤーを与えている。ロカルノ映画祭のコンペティション部門で上映され、主演のキム・ミニが最優秀演技賞を受賞した。


 


『ブルー・サン・パレス』"Blue Sun Palace(藍色太陽宮)"
2024年/アメリカ/116分/監督:コンスタンス・ツァン( Constance TSANG)
ニューヨークのクイーンズの中国式マッサージ店に住み込みで働くエイミーとディディ。彼女たちはディディの幼い娘が叔母と暮らしているボルチモアで一緒にレストランを開くことを夢見ながら、強固な姉妹的関係を築いている。一方、ディディは建設作業員として働きながら台湾の家族に送金している中年男性のチュンと付き合い始めており、彼と一緒に暮らすことも望むようになる。しかし、予期せぬ暴力行為が旧正月に彼らの生活に侵入すると、彼らの夢は脆くも崩れ去り、痛ましい不在が残される......。本作が初長編監督作となるコンスタンス・ ツァン監督は、撮影監督ノーム・リーの力を借りて、この長引く悲しみをざらついた質感と陰鬱な映像で美しく表現する。沈黙が何よりも雄弁に物語を語り、移民であることの孤独、そしてかつて故郷と呼んでいた場所から 遠く離れた時に家族やコミュニティのような存在がどれだけの意味を持つかを静かに訴えかけている。カンヌ映画祭の批評家週間で上映され、フレンチ・タッチ賞を受賞した。


 


『愛の名の下に』"Mistress Dispeller(以愛之名)"
2024年/中国、アメリカ/94分/監督:エリザベス・ロー( Elizabeth LO )
このドキュメンタリー作品では、プロの別れさせ屋の介在を通して、ある中年夫婦と若い女性の三角関係があらゆる角度から精査される。この「愛人払い」ビジネスは、夫婦カウンセリングの一種のバリエーションであり、 妻が夫を不倫関係から引き離すために密かに恋愛の第一人者を雇って潜入させるというものだ。本作が三角関係の 3 つの角のすべてに驚くほど接近できているのは、この作品の主要登場人物である愛人払いのWang Zhenxi、通称ワン先生の手腕によるところだという。自分の顧客をカメラの前に立たせることができた愛人払いは彼女だ けで、プレス資料によれば、残りの角の2つ、つまり夫とその不倫相手の若い女性に関しては、制作チームは当初は現代中国の愛についてのドキュメンタリーを作るという名目で彼らにアプローチしたとのことだ(撮影後に、改めて全員がこの作品への出演に同意した模様)。『ストレイ犬が見た世界』で知られる香港系アメリカ人監督 エリザベス・ローの長編2作目。ベネチア映画祭のオリゾンティ部門で上映され、アジア映画を対象とした NETPAC賞を受賞した。


 


『ポル・ポトとの会合』"Meeting with Pol Pot(Rendez-vous avec Pol Pot)"
2024年/フランス、カンボジア、台湾、カタール、トルコ/112分/監督:リティ・パン( Rithy PANH )
ジャーナリストのエリザベス・ベッカーが学者のマルコム・コールドウェルとジャーナリストのリチャード・ダッドマンと共に、1978年にプノンペンを訪れた時の記録『When the War Was Over』を大まかに脚色したこの物語は、ポル・ポトとの独占インタビューを前に、3人のジャーナリストたちが役人たちによる厳密な統制下で、 政策の施行現場を巡る様子を追う。役人たちが信奉している現実の断片は、時折、表面に亀裂が生じ、彼ら3人は、革命の教義の下で彼らが犯している恐ろしい行為を垣間見ることができるが、肝心のポル・ポトとの会合の 実施はずるずると先延ばしにされていく......。色褪せたアーカイブ映像や写真、そして部分的に土人形劇を劇映画に組み合わせることで、リティ・パンは事実に基づくこの架空の物語を長く記憶に残る誠実な作品に仕立て上げている。彼はそのキャリアの大部分を、故郷カンボジアのクメール・ルージュによる大量虐殺の時代を探求することに捧げてきたが、この作品はそうした作品群に重要な新たな側面を加えるものになるはずだ。カンヌ映画祭のカンヌ・プレミア部門で初上映された。


 


『無所住』"Abiding Nowhere(無所住)"
2024年/台湾、アメリカ/79分/監督:ツァイ・ミンリャン( TSAI Ming-Liang )
マレーシア出身の台湾の巨匠ツァイ・ミンリャンの演出、リー・カンションの主演による「行者(Walker)」シリーズの第10作目。9作目の『何処』に続き、Anong Houngheangsy も出演している。スミソニアン国立アジア美術館の委託を受けて制作された作品で、同美術館のあるワシントンDCの街やフリーア美術館を舞台に、有名な文学作品『西遊記』の着想源となった7世紀の仏僧玄奘(Xuanzang)の中国からインドへと至る巡礼の旅からインスパイアされた、非常にゆっくりとした修行僧の歩みが捉えられている。ベルリン映画祭のベルリナーレ・スペシャル部門で世界初上映された。


 


『何処』"Where(何處)"
2022年/台湾/91分/ 監督:ツァイ・ミンリャン( TSAI Ming-Liang )
2022年11月から2023年1月にかけてパリのポンピドゥー・センターにて開催されたツァイ・ミンリャン監督の全面的なレトロスペクティブと展覧会「Une Quete」に合わせて制作された「行者(Walker)」シリーズの第9作。『日子』(2020)に出演していた Anong Houngheuangsy が行者役のリー・カンションと共に主演してお り、パリの賑やかな街で行者と出会う自分自身を演じている。本作のプロデューサーによれば、ツァイ監督は「行者」10作目の『無居住(Abiding Nowhere)』と本作を姉妹作のように考えており、どちらかというと本作の方が順番的には後に来るのだという。ポンピドゥー・センターの大きな空間の床に置かれた非常に大きな白い キャンバスのような布に Anong Houngheuangsy が木炭のようなもので何本もの線を描き、その脇を行者が非常にゆっくりと歩いていく。その動きの極度なスローさにも関わらず、両者の邂逅はとてもスリリングだ。


 


『未完成の映画』"An Unfinished Film(一部未完成的電影)"
2024年/シンガポール、ドイツ/107分/監督:ロウ・イエ( LOU Ye )
2019年、物語は10年間電源が入っていなかったコンピューターが起動される場面から始まる。そこには放置された未完の映画が入っており、その映画の監督は主演俳優を呼び出し、制作の再始動を提案する。様々な理由で躊躇していたものの、2020年1月の春節を目前に撮影準備が始まると、主演俳優はクルーに合流している。彼らはすぐに制作に取りかかるが、程なくしてコロナ禍対策のためのロックダウンのニュースが広まり始め、何人かの キャストは荷物をまとめて去っていく。そしてすぐにホテル全体が強制的に封鎖され、主演俳優とクルーは各部屋に閉じ込められてしまう......。本作は、未完に終わったクィア映画を完成させるために再集結した映画制作チームを描いたドキュフィクション作品。映画制作の過程とパンデミックを生き抜く過程が、感染拡大で制作が中断し、全員がホテルで隔離されるという場面で結び付けられる。そこからフィクションと現実の境界が更に曖昧になっていくが、それでも溢れ出る真摯さや真実味こそがこの作品の真骨頂だろう。カンヌ映画祭にて特別上映作品として上映された。


 


『スホ』"Sujo"
2024年/メキシコ、アメリカ、フランス/125分/監督:アストリッド・ロンデロ&フェルナンダ・バラデス(Astrid RONDERO & Fernanda VALADEZ )
麻薬取引の温床であるミチョアカン州の田舎で、シカリオ(殺し屋)の父のもとに生まれたスホは4歳で孤児にな る。人里離れた丘の上に住む叔母ネメシアは、カルテルの掟によって命を狙われることになった幼いスホを匿い、彼女と姉妹的な関係にある友人ロザリアと、その2人の息子だけを伴って彼は育てられる。成長するにつれ、彼は親から引き継いだ血まみれの遺産について知るようになるが......。本作は暴力の連鎖の中で、一人の少年が忍耐強く自分の道を見つけようとするまでを描く成長物語。直接的な暴力は画面には殆ど映らないものの、私たち観客はそれが差し迫った避けられない前兆のように常に潜んでいるのを強く感じるだろう。リアリズムと抒情性を効果的に融合させながら、カルテルの暗躍を背景にした暴力と世代間のトラウマが巧みな脚本によって描かれている。アストリッド・ロンデロとフェルナンダ・ヴァラデスの映画作家デュオによる『息子の面影』(2020 )に続く長編作品。前作に続き、本作もサンダンス映画祭で上映され、見事審査員特別賞を受賞した。


 


『地獄に落ちた者たち』"The Damned"
2024年/イタリア、ベルギー、アメリカ、カナダ/89分/監督:ロベルト・ミネルヴィーニ( Roberto MINERVINI )
1862年、北軍の志願兵部隊が北西部の辺境を偵察する任務を与えられる。彼らは、若者、年配者、神を恐れる者、神を恐れない者など、あらゆる階層の多様な集団だった。彼らの多くに共通しているのは、銃を撃った経験が殆どなく、ましてや人を殺したことなどないということだ。ただ、彼らが長い間本当に戦わなければならない敵は、退屈であり、北西部の厳しい気候だった。彼らは神の存在に疑問を抱き、善と悪の概念について議論し、高まる幻滅感を理解しようとするが......。これまで20年以上に渡ってアメリカの見過ごされてきた辺境を描き続けてきたイタリア出身の映画監督ロベルト・ミネルヴィーニが、同国の南北戦争に目を向けた最新作。アメリカ という国のアイデンティティを形作ってきた信仰、夢や希望、階級、そしてコミュニティといった要素が、これまでのミネルヴィーニの作品と同様に、この時代劇でも少し形を変えて探求されている。カンヌ映画祭のある視点部門で初上映され、同部門で監督賞を受賞した。


 


『ザ・ゲスイドウズ』"The GESUIDOUZ"
2024年/日本/93分/監督:宇賀那健一( UGANA Kenichi )配給:ライツキューブ
鳴かず飛ばずのバンド「ザ・ゲスイドウズ」でボーカルを務める26歳になったばかりのハナコ。一向に売れる気配のない彼らの体たらくを見かねた彼らのマネージャーは、厄介払いを兼ねて、移住支援制度を活用して彼らを田舎へと送り込もうとする。27歳で早逝したロック・レジェンド達に自らを重ねつつ、ハナコは27歳で死ぬこととグラストンベリー・フェスティバルへの出演を自らに誓い、新しい環境で新しい曲を書こうとするが.......。パンク音楽とホラー映画にオマージュを捧げる本作は、アキ・カウリスマキ監督の「レニングラード・カウボーイズ」シリーズを彷彿とさせる、とぼけた物語展開が魅力のファンタスティック・ロック・ムービー。だが、この作品が私たち観客の心を最終的に震わせるのだとすれば、それはジャンルを問わず、あらゆるポップ・カル チャーの持つある種の本質をこの作品が正確に突いているからだろう。大衆文化における「しょうもないもの」 に人生を変えられた経験を持つすべての人に観てもらいたい作品だ。トロント国際映画祭のミッドナイト・マッドネス部門でワールドプレミア上映された。