■「さよならの会」〜我々に宛てられた最後のメッセージ〜

 祭壇の中央には、『独裁者』の海外版ポスターを背中に、我々に向かって
微笑んでいる淀川先生の遺影が飾られている。晩年の先生のトレードマーク
でもあった白髪の感じから察すると、たぶん80歳前後の頃の写真だと思う。
入り口で渡されたのは、真っ白な1輪のバラ。先生にとって長い映画歴の出発
点でもある、大好きだったサイレント映画の中の「白」のように、この花も
まるですべてのものを受け入れるかのような「無償の色」。「白」に始まり
「白」で終わる。何か象徴的なものを受け取った感じだ。

 祭壇の前では、保護者同伴で参加した年少者から、先生よりもお年を召さ
れていそうな高齢者まで、実に幅広い年代の人々の献花が行われた。短くあ
いさつする者、写真とじっくり向き合う者、そして涙を流す者もいる。ここ
に参列している人々は、「純粋な白」を、各々の人生の中から培われた色で
鮮やかに彩っている。それぞれの思いを胸に、それぞれの別れ方で同じ空間
を共有しこの会場の温かみを忘れぬまま、また自分たちの生活に戻っていく。

 最後に手渡されたのは、葉書台の大きさの先生からのメッセージ・カード。
まるで映画の世界に逝ってしまった先生から、この世に生きる我々に宛てら
れた最後の手紙のようだ。そこにはこんなことが書いてある。

  他人歓迎

  苦労よ来い

  わたしは いまだかつて  嫌いな人に会っ
 たことがない。

        そして、最後の言葉
         "もっと映画を見なさい…。"

 その言葉の隣にはチャップリンの挿し絵があり、その手には偶然にも、先
ほどと対をなすかのような1輪のバラが。白黒の印刷で描かれたこのカードの
中で1カ所だけ彩色された箇所が、なんとバラの花びらの「赤」だった。参列
した人々の内なる熱い思いが、こんな形で1つの色に集約されるとは。あの白
い花がこうして真っ赤に染まることができたのも、我々の気持ちが先生に通
じたからに違いない。

 もちろん、関係者の方たちの粋な計らいのおかげでそうなったことは確か。
だが、先生の流儀で解釈するなら、亡くなってまで自分の生涯を粋な演出で
締めくくりたかったからだと思いたい。死の前日まで仕事していたという後
日談からもわかる通り、人生のエンドマークを出す寸前まで、自分の身の周
りの風景を「映画色」に染めたかったからだろう。

 人生には「平凡」なんて言葉はない。自分から劇的に生きようと勇気を持っ
て歩めば、あのメッセージも決して嘘ではなくなるのだ。

 時計が2時をまわった頃、いよいよ閉幕。祭壇のある建物のドアが左右か
ら閉じられようとした瞬間、あの姿をもう1度目に焼き付けようと、ドアの
外側で写真の見える位置に思わず静止してしまった。徐々に小さくなってい
くあの笑顔を見ながら、先生が亡くなってしまった今こそ、自分も動き出さ
なければといった決意がみなぎってくるのを抑えられなかった。

 あっという間に過ぎ去ってしまった時間ではあったが、あのカードを持っ
て立っていた私は、寒空の下で決して冷たくなってはいなかったのだ。

(渡辺一弘)

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