『ワールド・トレード・センター』ウィル・ヒメノ氏来日記者会見
●2006年8月10日 日本外国特派員協会にて
●出席者:ウィル・ヒメノ氏
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2006年8月10日、日本外国特派員協会にて『ワールド・トレード・センター』(10月7日より日劇1他全国にて公開)来日記者会見が行われた。当日は、9.11でテロの標的となったワールド・トレード・センターで救助活動にあたり、瓦礫の下から奇跡の生還を果たした元港湾警察官で本作のアドバイザーも務めたウィル・ヒメノ氏が登壇、自身の経験と作品に対するさまざまな想いを語った。


【挨拶】

■:こんにちは。本日はお集まりいただきまして、本当にありがとうございます。いろいろなご質問があるかと思います。喜んでお答えしたいと思いますので、何でも訊いてください。よろしくお願いします。


【質疑応答】

◆質問:(映画の公開までに)なぜ5年の歳月がかかったのでしょうか?

■(ウィル・ヒメノ):私自身は適切な期間だったのではないかと考えています。まず、最初に癒しの時間が必要でした。また、人々に敬意を払う上でも、5年間という猶予が必要だったと思います。同時に、物事を正確に描写するためにも、その歳月が必要だったと思います。お金のために急いで映画を作ると、正確さに欠けるものになってしまいますから、5年の歳月をかけ、詳細を調べた上での映画化でとてもよかったと思っています。私自身は、映画製作についてあまり知りませんが、私からみてこの映画は95%が正確です。残りの5%は、やはりどうしてもみなさんに楽しんで観ていただくために脚色が必要でした。

◆質問:映画でワールド・トレード・センターの崩壊の映像をみてどう思いましたか?

■(ウィル・ヒメノ):とてもおもしろい質問ですね。私自身はニュージャージーで生まれました。そして、ツインタワーの近くで育ったので、子供の頃からツインタワーを見ていました。また、TVなどで崩壊の映像を何度も見ているので見慣れています。映画に特定してお話しすると、そんなに影響を受けてはいません。以前はPTSDで、私だけではなく、あの現場にいた人たちがみな精神的に病んでしまったこともありました。しかし、どれだけの人がお互いに助け合っていたかを思い出し、乗り越えることができたのです。

そういうものにとらわれてしまったら、ずっと引きずってしまうと思います。私はそうではなく、あの日に起きたことの“善”の部分に目を向けて、それを糧に生きることを選択しました。


◆質問:重いテーマの作品ですが、アドバイザーとして参加することに躊躇はありませんでしたか?

■(ウィル・ヒメノ):いいえ、ありませんでした。2001年当初から、私がインタビューを受けられるまでに回復してから、当時の上司の勧めを受けていろいろなインタビューを受けました。TVは24局くらいあり、その中には有名な「60ミニッツ」(CBS)や「グッドモーニング・アメリカ」(ABC)もありました。そういう場でお話しさせていただいて、今日に至ります。

なぜ私が躊躇しないかというのは、それが真実だからです。真実を伝えることに躊躇する必要はまったくないと考えています。ジョン・マクローリンもそうです。彼も同じようにたくさんのインタビューを受けていました。

インタビューの場合は言葉だけでしたが、今回は、われわれが語った言葉が映像になって、みなさんに観ていただいています。インタビューでは自分たちの語ったことしか見えませんが、映画ではわれわれの家族や救助隊など、ほかの方々がどうだったかということもご覧いただけます。

この映画は、決してウィル・ヒメノとジョン・マクローリンだけの話ではありません。全員の家族、救助隊の人々がどういう経験をしたかを描いていると自負しています。私の父はよく「真実は常に残る」と言っていました。それを信じ、私は真実だからこそみなさんに語ったわけです。


◆質問:ビルの中に入る時、なぜ自らすすんで手をあげたのでしょうか?

■(ウィル・ヒメノ):あの現場にいた人が恐怖を感じなかったと言っていたら、その人はたぶん嘘をついているでしょう。おそらく全員が恐怖を感じたと思います。でも、勇気は、恐怖を感じながらも必要なことをすることで、初めて生まれてくると思っています。私自身もとても恐怖を感じていました。そういう状態で、なぜ私が自ら前に出たかというと、そうせざるを得なかったから ─ 私は警察官だからです。アメリカでは、警察官の使命は「人々を守って、人々のために尽くす」ことです。ですから、私はそれに従っただけなのです。

人々がビルから飛び降りる姿をあの場で目撃し、誰かが飛び降りるたびにその人の家族が破壊されてしまう。それを目の当たりにして、私は、あのビルに入っていって彼らを助けなければいけないと思いました。それは、私が警察官のバッジをつけていたからです。

また、ジョン・マクローリンがビルを熟知していたので、彼についていけば大丈夫だという気持ちがありました。結果的に、彼についていったからこそ、私は生きているのだとすら思っています。

イギリスの哲学者エドマンド・バークの言葉を引用すると、「善なる人々が行動を怠れば、必ず悪が勝利する」。今でも善人はいます。でも、その人たちが見て見ぬふりをしてしまうと、そこには悪がはびこってしまいます。あの日、全員が戦いました。だからこそ、悪がはびこることはなかったのだと思います。


◆質問:ワールド・トレード・センターのセットの規模はどのくらいのものでしたか? また、エキストラには、実際に現場を体験した方がいらしたのでしょうか?

■(ウィル・ヒメノ):セットを目の当たりにして、本当に驚きました。実にリアルでした。エキストラの方も、ニューヨーク市警察、公安局警察官、そして、消防士の方々も参加して下さいましたが、彼らは経験豊かで、いろいろなものを見てきています。その人たちが、セットを見て涙していました。私自身もそうでした。それだけディテールにこだわっていて、現実感があった証拠だと思います。

私は、ワールド・トレード・センターに何度も行っていますし、熟知しています。それが、5年間なくなって映画のセットとして再現され、そこに入った時には、過去に戻されたような気がしました。特に、コンコースをひとりで歩いた時に、撮影のために爆発音が響いていましたので、まさにあの日にタイムスリップしたような気分になり、自分の感情を抑えるのに苦労しました。

私の経験した恐怖が、手を伝わってみなさんに感じてもらえるとしたら、私は伝えたくありません。そのくらい大きな、深い恐怖を味わいました。

撮影には、公安局警察官が10人、ニューヨーク市警察(SWATを含む)が10人、消防士が8人参加しました。彼らもセットを見て、タイムスリップしたような気持ちになったと言っていました。ちなみに、私たちが救助されるシーンで、まわりで迎えてくれる人たちがいますが、あれはほとんどが実際の人たちです。


◆質問:ジョン・マクローリン氏も出演していましたよね?

■(ウィル・ヒメノ):そうです。ラストシーンで、ジョン・マクローリンさんと私たちの家族が出演しています。私は監督に気に入られたのでしょうか、それ以外のシーンにも参加させてもらいました。

◆質問:ご自分の役を演じられたマイケル・ペーニャさんはいかがでしたか?

■(ウィル・ヒメノ):当時は今よりやせていましたので、私に近かったと思います。彼は素晴らしい俳優です。私が、当時感じていた感情を的確に表現してくれました。妻への愛、家族への愛、仕事への愛……それをうまく演じてくれました。

◆質問:奥さん(アリソン・ヒメノ)役のマギー・ギレンホールさんはいかがでしたか?

■(ウィル・ヒメノ):彼女の演技も素晴らしかったと思います。私の家の近くでロケをしたのですが、それを見にきた妻の家族が泣いていました。それだけ、マギーさんが真に迫っていたということでしょう。妻が、こういった状況の中でいかに自分の家族を守り、気丈にふるまっていたかということを再現してくれたと思います。彼女の仕草も似ていました。

彼女やマイケル・ペーニャだけではなく、ニコラス・ケイジもマリア・ベロも、本当に素晴らしい演技をしてくれたと思います。このような映画の場合、「またスターを出して……なぜ無名の俳優を使わないのか?」と批判されますが、それは、本当に演技のできるプロが必要だったからです。そして、この4人はまさにプロだったと思います。


◆質問:9.11当時、奥さんのお腹にいたオリビアちゃんについて。

■(ウィル・ヒメノ):実は、オリビアとは誕生日が同じなのです。妻からのプレゼントだと思っています。今年で5歳になりますが、生きがいというのはまさに彼女だと思うくらい、いつもニコニコ笑っている大切な娘です。

◆質問:映画では再現されていない、瓦礫の下でのふたりのやりとりはありますか?

■(ウィル・ヒメノ):瓦礫の下ではいろいろなことがありました。簡単にいうと、お互いに励まし合っていました。たとえば、互いの家族のことについて話しました。ジョン・マクローリンは彼の4人の子供、私はビアンカと、生まれてくる赤ちゃんの話をしました。

最初の数時間は、どのようにして脱出するか、いかに外部とのコミュニケーションを取るかについて話していたのですが、次第にその話題も尽きてしまいました。ここから生きて帰れないだろうと思った時には、多くの時間を祈りに捧げました。最悪の状況の場合、どうせ死ぬのであれば、諦めるのではなく戦ってから死のうと思いました。ジョン・マクローリンも同じだったと思います。

その時の会話については、監督にすべて伝えました。オリバー・ストーン監督は、すべてを網羅して映画の中に入れましたので、つけ加えることはあまりありません。

私自身、驚いたのですが、人間の精神や体力は、限界に達した時にかなりの威力を発揮します。人間は想像以上に強いということを実感しました。


◆質問:当時と現在とでは、だいぶ体重の変化があるようですが。

■(ウィル・ヒメノ):今よりもはるかに痩せていました。これだけ太っていると、警察官にも採用されません。こうなってしまった原因には、かなり足を怪我したので、運動することができなかったということと、PTSDの影響でかなり食べてしまったこととがありました。実際、映画で自分自身を見て、私がキングコングをやって、キングコングが私をやってもいいのではないかと思うくらいに太ってしまって、反省しています。当時は、映画の中のマイケル・ペーニャと同じくらいの体型でした。

◆質問:生き延びられた理由は?

■(ウィル・ヒメノ):理由は4つあります。1つはチームワークです。映画の中で、アントニオが酸素ボンベの入っているカートを代わりに押してくれるのですが、実際に私と代わってくれました。公安局警察官は、警官として訓練を受けるのと同時に、消防士の訓練も受けます。大きなタンクをたくさん積んでいるカートも重かったのですが、私たちの装備も重いものでした。それがとても辛かったのですが、彼が代わってくれたのです。そのおかげで私は生きているのだと思います。彼は、警察学校の同期です。今でも彼を愛しています。

2つ目は、ジョン・マクローリンです。非常に経験豊かで機転が利きます。ビルが崩壊した時に、エレベーターシャフトに逃げろと言ってくれなければ、私たちはあの場で死んでいたと思います。

3つ目は信仰心です。映画の中で神の姿を想像していますが、実際に想像していました。重いものがのしかかっていて、火も迫り、拳銃も暴発していて……ありとあらゆる辛い目に遭って初めて、私は神との対話をすることができました。実際に、神を見たような気持ちになりましたし、生きようという勇気を与えられました。

そして最後は、生きようとする意欲です。家族のため、そして、一緒に瓦礫に埋もれていた巡査部長(ジョン・マクローリン)のために、私ががんばらなければならないと思いました。


◆質問:警察官を辞める前と後では、9.11に対する考え方は変わりましたか?

■(ウィル・ヒメノ):警部まで昇格したのですが、瓦礫で負った怪我のために、引退せざるを得ませんでした。子供の頃から警察官になりたかった私にとっては、とてもつらい選択でした。今、これから何をしたいのかと訊かれても答えに困ってしまいます。わからないと答えるしかありません。

考え方は変わりません。なぜなら、私は心の中では今も警察官だからです。私の心臓には、「COP」のタトゥがある……そう思えるくらい、心は警察官です。

唯一、何か変化があったとすれば、物事をより鮮明に考えられるようになったと思います。人生において何が大切かなどといったことが、以前よりもわかるようになりました。


◆質問:9.11のあとに戦争になりましたが、支持していましたか? 反対でしたか?

■(ウィル・ヒメノ):支持していません。私は警察官でしたから、人々を宗教や肌の色で判断することはしません。でも、9.11後、あそこには悪が存在しました。“テロリスト”と呼んでも“悪人”と呼んでもいいのですが、そういう人たちは発見されなくてはいけないと思います。

私自身、政治的な意見を述べるのは避けたいと思っています。政治的な意見は私も持っていますが、それは、個々人の意見であって、どうこう判断するものではないと思います。強いていえば、この映画は、決して政治的なメッセージを持ったものではないと思います。ただ、悪い人たちがいてこういうことが起こった……そういう人たちは、やはり発見されなくてはならないと思います。なぜなら、次の世代の人々が、高層ビルに安心して入ることができる、旅客機が、再び追突するのではないかという恐怖心を持つことなく住める世界を作るために必要だと思っているからです。

私たちは一般市民です。私たちが戦争を始めるわけでもなければ、そのような決定をするわけでもありません。しかし、悲しいことに、決定権のない私たちが惨状を目の当たりにするわけです。われわれが選挙で選んだ政治家が、正しい決定をすることを願うしかありません。公安局では、「DO THE RIGHT THING(正しい行いをする)」がひとつのモットーとなっています。政治家にも正しい行いをしてもらいたいと思っています。


◆質問:日本の観客に感じてほしいことは?

■(ウィル・ヒメノ):命を失ったチームメイトに敬意を払っていただきたいと思います。この映画は、私たちふたりを描いたものかもしれませんが、私たちは本当に小さな人間です。支えてくれた家族、救助してくれた人々の勇気……そういうものが、映画を作り上げたと思っています。そういう人たちを誇りに思ってください。

この作品は、デブラ・ヒルというプロデューサーが作った映画なのですが、彼女は、ふたりの物語でありながら、相対的にアメリカや全世界、全人類のために作ったのだと語ってくれました。彼女は、残念なことに去年、癌で亡くなってしまいましたが、このように悲惨な出来事をいかにして乗り越えられるか、その勇気や希望を伝えたかったのです。この映画はまさに、信念や希望、愛を描いています。そして、この3点をみなさんに理解してほしいと思います。

また、観終わった後で家に帰られたら、愛する人、奥さんやだんなさん、子供をハグしてください。そして、どんなに愛しているかを伝えてください。明日になったら、伝えることができなくなるかもしれないのですから。

アメリカだけではなく、全世界を変えた事件を描いた作品です。ワールド・トレード・センターのテロで、87カ国の人たちが命を失いました。これは、決してアメリカだけを攻撃したものではなく、全人類を攻撃したものです。しかし、悲惨なことではありますが、ポジティブな部分を見てほしいと思います。なぜなら、そこに目を向ければ、その光が悪を消してしまうと、私は信じているからです。

誇りや名誉を重んじる日本の文化を尊敬しています。ですから、日本の方々には、あの日、我々がどのような勇気を持ってどのように戦ったかということを理解して、ポジティブなメッセージを感じ取ってほしいと思っています。


(通訳者の表現をもとに採録。細部の言い回しなどには若干の修正あり)


『ワールド・トレード・センター』は10月7日より日劇1他全国にて公開。