『ボーイズ・ドント・クライ』 キンバリー・ピアース監督来日記者会見
 5月11日(木)ホテル西洋銀座サロン・ラ・ロンドにて
●出席者:キンバリー・ピアース監督 | オフィシャルサイト | 作品紹介 | WERDE OFFICE | CINEMA WERDE |

【挨拶】

●司会者: お待たせいたしました。本日は、お忙しい中、『ボーイズ・ドント・クライ』の脚本・監督のキンバリー・ピアース来日記者会見にようこそお越しいただきました。この映画は、7月上旬、フォックス映画にとっては初めての渋谷シネマライズでの公開となります。そして、このキンバリー・ピアースさんは、実は、20歳の時に日本にいらっしゃいました。学生さんでしたから、そうリッチな旅ではございません。なぜ日本にやってきたかというと、何か新しい息吹を求めて、プラスアルファの何かを感動したくてとのことでいらっしゃったんですが、まず、東京の空港に着いてビックリなさったようです。サムライを期待したのに誰もいないじゃないかという ― それで、友人と一緒に西へ向かったそうです。各駅停車の電車に乗って。一番面白かったのは、そのまま西へ行って関西に行くはずだったのが、気がついてみると下関に行っていたということだそうです。その後、関西の神戸に戻られて、2年間お住まいになられて多くの写真を撮られました。日本に2年間というのはとても長い滞在です。夕べは、久しぶりの日本だということで、思い出したいことがあったらしくて、豪華な新宿のぐるぐる寿司でディナーを楽しんだそうです。この作品は、インディペンデント系の作品としてはなんと、アカデミー賞の他、沢山の賞を獲得しました。今までで初めてのことです。ご存じのように、オスカーの主演女優賞も獲得されましたけれども、今までにない、衝撃的なインディペンデント映画です。それではお迎えしましょう。キンバリー・ピアースさん!

■キンバリー・ピアース: 日本に戻って来られて大変名誉です。ご存じの方がいるのか私は存じませんけれども、実は、日本に住んだことがあります。1988年から89年です。思えば、それから11年ぶりに戻りました。大変感銘深いものがございます。

□通訳者(戸田奈津子): 日本語をちょっと覚えてらっしゃいますので ― 。

■キンバリー・ピアース: 「ここからそこまで、何番線ですか?」最初は、もっと日本語がうまかったんですけれども、離れてしまいましたので段々下手になってしまいましたけれども、最初に覚えた日本語の文章が、この「何番線から電車は出ますか?」というものでした。

【質疑応答】

◆質問: ふたつあるんですけれども、ひとつは、監督ご自身がこの作品を通して社会に一番訴えたかったこと、メッセージはどういうことだったのでしょうか。もうひとつは、この映画は実際に起こった事件を基にした映画ですが、今、最も興味のある事件ですとか、今後描いてみたい事件がありましたら教えてください。


■(キンバリー・ピアース): 私はもともと、映画を作る時にメッセージを持って映画を作る気はありません。すべて、この人は面白いという個人的な興味から、その人に触発されて映画を作るという資質を持っています。私は、このブランドン・ティーナという人を1994年の4月に知りまして、何という凄い物語なんだと非常に感銘を受けました。女でありながら、貧しい人が住むトレーラーパークに住み、お金はない。カウボーイハットを被り、パンツの中にソックスを突っ込んで、そして、男としてのファンタジーを現実に生きていた。そういう女性ということで非常に興味を持ちました。そして、ブランドンは、それを続けていく勇気を持っていた。女とデートをして、そのデートではバレなかったんですけれども、バレてしまっていても、もう1度それにトライする勇気を持った人であった。ブランドンは、お金も何にもなくデートをしていまして、お金がないために、クレジットカードを盗んだりして生活費にあてていた。時には、付き合っている女の子のクレジットカードを盗んで、自分でサインして婚約指輪なんかを買っちゃうわけです。その女に対する婚約指輪を。そして、付き合っている女に「私のクレジットカードを使ったでしょう」とか言われると、ブランドンはノーと言う。それで一悶着起きると、「君を愛していたから」という殺し文句でそこを乗り越えてしまうということをしておりました。ですから、確かに犯罪者ではあるんですけれども、非常に腕の良い犯罪ではないことをしながら、彼女は暮らしていた。つまり、ボニー&クライドのクライドとか、ウッディ・アレンの『泥棒野郎』、あれらに出てくるあまり上手でない犯罪者のようなことをしながら生きていた。そして、そういうブランドンという人物に、私は恋をしてしまった。本当に、ブランドンという人物は、生きている時には誰にも理解されなかった。死後も理解されなかったわけです。そういう人の事を、私はキッチリと描きたくてこの映画を作りました。ですから私は、このブランドンという人間の内面を理解してほしいという思いでこの映画を作りました。

この事件に関して報道されておりましたけれども、おそらく、非常にセンセーショナルを狙っただけの報道でした。女が男装していたと、そして暴力も絡んできた事件で、センセーショナルな扱い方しかされていなかった。そういう事件を、私は、本当の意味で分析、表現をしたかった。それによってメッセージが生まれてくるんです。つまり、人間とは自分が思うように生きるべきである。自分のデザイアー、欲求に正直に生きるべきである。好きな人を好きになれば良いのだ。そういうふうなメッセージはそこから生まれてくるのでありまして、もし、私の作品が完璧に出来ていれば、そのメッセージはお客様に伝わると思っております。それでそこから、現代のテーマ的な問題でバイオレンスということが加わってくるわけですけれども、もちろん、暴力は悪いということはみんな知っている。でも、ドラマとしては、そっちの結論からいくのがドラマではないのです。必ず逆の方向からいくのが映画です。つまり、この、悪役でバイオレンスをはたらくジョンとトムという男は、一体どんな男なのか。何が彼らをこういうものにかき立てていくのか。彼らの、あの「憎悪」はどこから来るのか。そして、その「憎悪」は、ブランドンを破壊するわけですけれども、そういったものはどういうものなのか。つまり、暴力が悪いというところから始まるのではなくて、この男はどういう男なのかという逆の方からいって、どういう人間なのかというところからとっかかっていくのがドラマだと思います。ですから、そのようにして描いていったわけです。

 二番目のご質問ですけれども、今興味を持っているのは沢山あります。私の性格から、これだけというふうには絞れない。いつも沢山の興味を持っているという、私はそういう人間ですが、まとめて申しますと、私は、人間、人物というものに興味を持っている。そういう人間の中でも、私と非常に共通点があるピュア、純粋さ、イノセンス、ユーモア、こういったキャラクターに私は非常に興味を持つ。次にやろうと思っている映画は、やはり犯罪が絡む映画なんですけれども、主人公が殺されるのではなく、別の人が殺されるんです。次に作る映画も、主人公は殺されないけれども殺人事件に関する映画です。私は、人間というものは文化が作っていくものだと思います。だから、私は文化から吐き出された人間ですから、私はまた、その文化に対して吐き出してヤルという。ですから、いつも私が作る映画というのは、時代、アメリカ、あるいはファミリーという、いつもまわり、現実の問題に関わりのあるテーマ性を持った映画になると思います。


◆質問: 実話を基にして作ると、いろいろと「違い」を指摘されたりしますが、この映画に関しましては、エモーショナルな面でどのくらい接近しているか。真実を描いていると思われますか。

■(キンバリー・ピアース): ノーマン・メイラーの「死刑囚の歌」、黒澤明の『羅生門』のふたつからも分かる通り、こういった物語というのは、語る人によって全然バージョンが違ってくるんです。これが決定だということが絶対出て来ないわけです。私も、このブランドンの物語を映画化することになりまして、実際の町に行って、レズビアンの人とか、実際に性転換した人とか、いろんな人にインタビューしました。それから、ブランドンのたどった足跡を現実に全部歩きました。それから、トムの裁判にも出ました。それから、ラナにも会いました。それから、1万ページに渡る法廷の調書も全部読みました。そういった集める限りのリサーチをしました。そうすると、言っている人によっていろんな矛盾が生じる。1人の人が言っていることでさえ矛盾が出てくるわけです。ですから、作家の私としては、いろんな矛盾があるインフォメーションの中から話の本質を消化していく。そして、あらゆる人物の経歴、年譜のようなものを作るわけです。ブランドンがいつ生まれて、こういう軌道をたどった。あるいはジョンが ― という具合に、全部年譜を作っていく。そして、彼らがやった行動にロジックが見えてくる。すると、この全容が自分の中に見えてくる。そして、映画としては、そういうものを全部集めたうえで、「ワンス・アポン・ア・タイム」 ― 昔々、こういうことがありました ― というような物語的なものにもっていく。それで、ブランドンという人物は、女でありながら男装して、女友達を作って、結局、生まれた町にはいられなくなって、犯罪も犯して、キックアウトされるわけです。そういう時には、ニューヨークとかサンフランシスコに行けばいいのに、なぜかフォールズ・シティへ行ったわけです。どうしてそういうことになったのかということも全部調べまして、そして、映画作家としては、「ワンス・アポン・ア・タイム」、昔々、こういうお話がありました的な構造にしていく。ですから、彼らがたどった心の中の軌道、エモーショナルな部分というものは、可能な限り真実に近い、トゥルー・ストーリーだと私は思っております。たとえば、運命によって悲恋に終わる物語は世界中に沢山ありますが、やはり、一番素晴らしいのは、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」で、最高のものだということは、シェイクスピアが素晴らしいからです。ですから、映画、ドラマというものは、いろんな話を消化して、2時間のものにまとめる手腕が一番決定的なわけで、私もそこを見習うようにしたわけです。

◆質問: 主演のヒラリーとの仕事関係、友情について教えていただきたいのですが。


■(キンバリー・ピアース): 今は、大変な友情が彼女との間にあります。でも、キャスティングした頃の話を申し上げますと、とにかく、このブランドン役の女優を探すのに3年間探しまわったわけです。結局3年目に、彼女はオーディションで引っかかってきた。本当に、男装しても女の子と分からないくらいで、イメージにピッタリ。それで、私はヒラリーに言ったんです。「私は貴女にこの役をあげるわ。でも、ひとつだけ条件がある。本当に、貴女はこの映画の中でフルトランス・フォーメーション、つまり、『レイジング・ブル』で、ロバート・デ・ニーロが魅せたように、完全に人を変えるような演技をしてくれ」と。彼女はやると言いました。そして、彼女の出身はリンカーンだって言うんです。これは、ブランドンの生まれた所です。それから、年齢は21歳と言うんです。これは、ブランドンが死んだ年です。まったくの偶然です。私は、本当にブランドンが再来したと思っちゃいましたが、後でプロデューサーに聞いたところ、リンカーンというのは本当だったんです。でも、年は嘘をついていまして、21歳ではなくて25歳だったんです。私はヒラリーに、「私に嘘をついたわね」っていったら、彼女は「ブランドンも嘘つきだったから」と言ったんです。私は監督だから、嘘を言っちゃいけないと彼女に言いましたが、そういう経過で彼女を見つけました。

 そして、彼女と出会いまして、ブランドンの心の軌道をヒラリーに全部話しました。それから、ヘアカットの問題があって、男の髪をカットする美容院に行きまして、この女性の髪を男っぽくカットしてくれと言ったら、途中までカットしたんですが、途中で美容師が手を止めて、「こんな美しい髪を私は切ることができません」って言ったんです。それで、私は容赦なく、その美容師をクビにいたしまして、別の美容師を雇いまして、写真を見せて、こういうふうな男の髪にカットして頂戴と言いました。その美容師は、ドンドン切っていきまして、男っぽくなりましたヒラリーを見ました。すると、レオナルド・ディカプリオとマッド・デイモンを足して2で割ったようになっていて、アイドルを作っちゃったという感じで、素晴らしい美少年がそこにいたんです。特に、ヒラリーはブロンドだったんですが、ブロンドは苛めの対照になる。ブランドンは金髪ということはあり得ないので、黒くしなければいけないということで、ヒラリーの髪を黒くしたわけです。ところが、黒というのはナチュラルに見えにくいという性質がありまして、すぐに、染めているということが分かっちゃうわけですね。ですから、非常にナチュラルに染めるようにしましたが、でも、いかにも染めているというように見えてはこの映画は成り立たない。誰が見ても、男というように信じてしまう人物でなければいけないわけですから。髪が乾くまで、非常にスリリングに見守っていたら、美しく乾いてきて、髪が完全に乾いた時、ヒラリーが男に見えたんです。私はその時、本当にホっとしまして、その時点で、私たちは4年半、この映画の準備にかかっていました。それから、ブランドンの女優さん探しに3年をかけたんです。その時点で、本当に髪が美しく染まったヒラリーを見まして、労が報われたという感じがしました。その時、お互いに鏡の中で目と目が合いまして、ヒラリーが如何にも挑戦的な目で「貴女、私はなれないと思ってたんでしょう」というような感じのやりとりがあったんです。

 髪を完全に変えてから、私はヒラリーをロサンゼルスに6週間出しました。そして、映画の様に、胸をぐるぐると巻いて胸をなくして、ズボンの中にソックスを入れて、帽子を被って男装させて、ロスでやっていきなさいって出しました。もちろん、成功する場合もあり、失敗する場合もありましたけれども、失敗すれば、彼女は家で反省して、男っぽい演技を自分で考えるとかして、6週間トライアルしたわけです。男性になる時、外見のフィジカルはとても重要ですけれども、声も重要で大変なことで、声でバレる確立も高いわけです。それで、もちろんトレーニングしたんですけれども、私は、ヒラリーに男声を出して女をデートに誘ってと言ったのですが、彼女は、そこまではやらなかったみたいです。声を作ったのは、撮影に入ってからコーチを付けて、ああいう男声を作ったみたいです。


 それから、ヒラリーと仕事をしまして、ふたつ思い出に残る瞬間があります。最初の方でスケートするところがあります。そこで、滑っている若い子たちが、本当にヒラリーを男と思って疑わなかった。それを分かっている私たちは、本当にスリルを感じました。成功したんだという……。そして、ヒラリーが笑うんですけれど、この微笑が本当にブランドンの微笑で、それがお客様の心を掴む瞬間になっていると思います。それから、もうひとつは、レイプシーンのところがあるわけですけれども、その時、ヒラリーが私に告白したことは、あまりに男役をやっていて、ヒラリー自身の女っぽさがなくなっていくのがとても恐いという不安を訴えました。私にもゲイの友人がいますけれども、ゲイの人は、どっちの性でもなくなって、つまり、ノーマンズランドに入っていくわけです。どちらの性の領域でもない所に。これは恐いことです。そういうことを知っておりますので、そこまでヒラリーが行ってくれたということに私は感動いたしまして、もちろん、慰めましたけれど、そこまでヒラリーにとって未知の世界、男でもなく女でもない未知の世界に入って行ったということが、彼女の素晴らしい名演技を生んだ力だと私は思います。それで、ヒラリーは、誰が見ても男のような境地まで行ったわけですが、彼女は、最近、この映画に関しましてテレビなどでインタビューを受けるのを見ておりますと、私は非常に感銘が深い。男っぽいけど、ちょっと女っぽいという所を彼女はちゃんと見せている。彼女は、最初は有名な俳優さんじゃないわけですから、彼女は、映画と共に成長して、あの素晴らしい俳優さんになったわけです。もちろん、アカデミー賞のアワードの席なんかに行きますと、本当に花開いて素晴らしいわけですが、何か彼女は、ブランドンを伴って、今の花開く彼女になっていったという感じを受けて、それを見る思いがいたしまして、非常に感動いたします。ですから、ブランドン・ティーナというこの人物は、所謂、世間的な成功とはもっとも遠い距離にいた人です。それが、ヒラリーが演じたおかげで、もっとも成功に遠かった人物が、今やハリウッド・ムービースターになったわけで、奇妙なことと言えば奇妙なことです。そういう人が、ゴールデングローブとか、アカデミー賞の舞台に立って賞を受け取るというのがですね。一部はブランドンですから。そういう人がスターになっていくというのは、非常に奇妙な気もいたします。この映画に関しましては、奇妙なことが一杯あるんですが、最近、ダラスに映画の宣伝で行ったんです。本屋さんに行ったなら、有名人のヘアカットという雑誌がありまして、そこにヒラリー・スワンク・カットというのが出ていたんです。本当に、世俗的な極端な例だと思いました。


◆質問: 先ほど、テーマ先行でこの映画は作っていないと監督さんが仰った後で、恐縮な質問で申し訳ないんですが、日本で、性同一障害のグループをやっている人から聞いてきてくれと言われたものですから、お許しください。映画の中で、「セクシャル・アイデンティティー・クライシス」という表現が使われていますけれども、日本で性同一障害というのを英語で言う時は、「ジェンダー・クライシス・ディスオーダー」というんだそうです。それは、並列してアメリカで存在する言い回しなんでしょうか。それとも、アメリカでは、「セクシャル・アイデンティティー・クライシス」で統一されているのでしょうかということなんですが。

■(キンバリー・ピアース): それは、両方良いのではないでしょうか。こういう問題というのは、言葉がまだハッキリ出来ていない時に、自分の事を言う時、いろんな言葉を繋ぎ合わせて作ってしまうわけです。この映画では、確かに、「セクシャル・アイデンティティー・クライシス」と言ってます。これは、ブランドン自身が、保安官に捕まった時に言っている言葉だそうです。これは調書の25ページにもあります。ブランドンは、自分では、人と違うものを持っているということは知っているわけです。それは何だろうか。自分の中に女を求める部分がある。でも、それは社会から否定されるものである。そこで悩む。自分は一体、どういう人間なのかということを自分で確かめたいわけです。でも言葉がない。それで、自分の中で言葉を繋ぎ合わせて作ってしまう。この映画の中の「セクシャル・アイデンティティー・クライシス」というのは、ブランドンがそういうふうに言っているからであって、その人がどういう風に言葉を作るかによって変わってくるのではないでしょうか。私としては、ブランドンが「セクシャル・アイデンティティー・クライシス」という表現を使ったのは、ブランドンの人生を考えてみると、セクシャルなアイデンティティーにあれだけの危機が起こったということで、「ディスオーダー(病気、障害)」よりも、「クライシス(危機)」の方がドラマ的に合っていると思います。

◆質問: あと、ミーハーな質問をひとつ。アカデミー賞の時にご同伴されていた方は、どなたでしょうか?

■(キンバリー・ピアース): ドラマチックな答えをしたいのですが、実際は、あれはプロデューサーの1人です。

◆質問: この作品のですか?

■(キンバリー・ピアース): アソシエート・プロデューサーでクレジットされています、ブラッドフォード・シンプソンです。とても親友で大好きですが、残念ながらただのプロデューサーです。彼は、この映画で私と共に地獄を通り抜けたプロデューサーでして、映倫の問題で、NCセブンティーンを取るために、委員会の前に行って戦うわけですけれども、非常に保守的な格好を2人ともしてまいりまして、彼もコンタクトを取ってメガネをかけてですね、コンサバティブな格好をして、エックスではなくで、NCセブンティーンを勝ち取ったわけです。よろしいでしょうか? エックスにしようという問題はふたつありました。ラナのオーガズムが長すぎるということ。でも、私の反論は、長いオーガズムを感じて誰がケガするの?という反論を申しまして、もうひとつは、レイプシーンがもちろん引っかかったのです。でも、結局はNCセブンティーンで落ち着きました。

◆質問: ティーナ・ブランドンというのは本名なんでしょうか? 本名は何というのでしょうか?

■(キンバリー・ピアース): 本名です。ティーナ・マリー・ブランドン。それから、チャールズ・グレイマンになって、ビリー・ブレンソン(?)、ブランドン・タナ、そして最後にブランドン・ティーナになったんです。本当に不思議なことに、ティーナというのは女の名前ですから、映画の中でも、捕まった時に名前を変えられたりというのがありますが、実際にも起こっていて、いろんな名前になりますが、やはり、ブランドン・ティーナというのがブランドン自身のアイデンティティーに一番合う名前だと思うし、世間的にも一番通った名前だった。

◆質問: どちらが先ですか?

■(キンバリー・ピアース): 女として生まれたわけですから、ティーナ・ブランドンからブランドン・ティーナに変えたわけです。

◆質問: 先ほど、監督は、人間は文化や環境で作られると言っていたんですが、映画の中では、ブランドンの家庭環境とか、幼児体験とかあまり描かれていなかったのですが、実際、ブランドンは、なぜ、女性の肉体でありながら、男性的な魂が宿ったと思われますか。

■(キンバリー・ピアース): 私は、これが原因でこうなったという決めつけはできません。ブランドンのことを調べていきまして、ブランドンを知っていた人によりますと、レズの人は、あの人はレズだったけれど、だんだん男性の性転換のほうにいったと、レズ側の人たちは言います。それから、性転換した人たちは、元々は性倒錯者で、それが段々レズになっていったと言う。つまり、どうしても自分たちの方へ引き寄せがちなわけですけれど、私は、そういうふうには捉えていません。彼は、エモーショナルな、精神、感情的な面で、どっちというふうに決めつけない。ブランドンのお母さんなんかは、子供の時に虐待されたから男っぽい格好をするようになったと言うけれども、それも私は、そういうふうに決定できないと思います。カテゴライズしてしまうということは、ブランドンという人間を小さくしてしまうことだと私は思うんです。ですから、彼が抱いた欲求、欲望というものを、ありのままに受け止めてあげることが、ブランドンに対して一番正しい見方であると思います。鏡を見て、「私、男みたいだわ」「女が好きだわ」という、鏡の中の彼をそのまま受け止めてあげることが、一番正しい捉え方だと思います。ですから、私は、彼はこうなって、こうなって、こうなってという様な捉え方はしたくないし、ハッキリは分かりません。木は種を落とす。種は同じなんですけれども、落ちる地面によって違う成長をしていく。同じ種でも、環境によっていろんな育ち方をしていく。つまり、人間も、社会によっていろんな人間に変わっていくわけで、私は、ブランドンという人間は、美しい個性と魂を持っていたと思う。それが、何が引き金でああなったかとは言えませんけれども、自分が女性を求めるという欲求によって、あの環境で彼なりの成長を遂げていったと思います。今回、友達を連れてきまして、彼女は、あまり日本のことは詳しくないので、彼女に見なさいと言った映画が3本あります。溝口健二の『雨月物語』、黒澤明の『羅生門』、小津安二郎『東京物語』、この3本は見なさいと言いました。特に、溝口にはこの映画の中で影響を受けたことがありまして、『雨月物語』で、男が目覚めると彼女は傍で死んでいる場面が、今回、ラナが正気になるとブランドンが死んでいるという場面は、その影響です。私は日本映画からいろんな触発を受けて、そういうものがこういう映画に生きてくるという……。非常に面白いことだと思います。


『ボーイズ・ドント・クライ』は7月上旬より渋谷シネマライズほかにて公開。