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『幸せのちから』/"THE PURSUIT OF HAPPYNESS"
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2007年1月27日より日比谷スカラ座ほか全国東宝洋画系にて公開
2006年アメリカ映画/上映時間:117分/原題:THE PURSUIT OF HAPPYNESS/スコープサイズ/全6巻/3216m/SDDS,ドルビーデジタル,ドルビーSR/字幕翻訳:森本務/原作:アスペクト/サントラ盤:ランブリング・レコーズ
◇監督:ガブリエレ・ムッチーノ ◇製作:トッド・ブラック、ジェイソン・ブルーメンタル、スティーヴ・ティッシュ、ジェイムズ・ラシター、ウィル・スミス ◇脚本:スティーヴン・コンラッド ◇製作総指揮:ルイス・デスポジート、マーク・クレイマン、デイヴィッド・アルパー、テディ・ズィー ◇撮影監督:フェドン・パパマイケル,ASC ◇プロダクション・デザイン:J・マイケル・リヴァ ◇編集:ヒューズ・ウィンボーン,ACE ◇音楽:アンドレア・グエッラ ◇衣装デザイン:シャレン・デイヴィス
◇キャスト:ウィル・スミス、タンディ・ニュートン、ジェイデン・クリストファー・サイア・スミス、ブライアン・ハウ、ダン・カステラネタ、カート・フューラー、タカヨ・フィッシャー
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| 解説 | プロダクションノート | ストーリー | キャスト&スタッフ | | オフィシャルサイト | WERDE OFFICE TOP | CINEMA WERDE |
【解説】
◆本年度アカデミー賞最有力!
父と子の愛と希望に満ちた真実の物語
『メン・イン・ブラック』『アイ,ロボット』などのアクション大作に次々に主演してメガヒットを連発してきたウィル・スミスが、今度はミラクルな実話に基づくハート・ウォーミングな新作で幼い息子を持つ父親役に挑戦、世界中の観客に涙と笑い、感動と元気を届ける。幸運の女神に見放され、すべてを失いかけたクリスが、唯一断固として手放すことを拒んだのは、愛するひとり息子だった……。
これは、サンフランシスコの片隅でホームレス暮らしにまで追いつめられた父子が、どんな困難や逆境にもめぐることなく、しっかり心を寄せ合い、夢と真の幸せをつかもうと全力疾走する姿を描く、愛と希望に満ちた真実の物語である。全米では、2006年クリスマス・シーズンに公開。アカデミー賞をはじめとする映画賞レースでも有力候補間違いなしと、早くも話題沸騰! この冬一番の注目作だ。
◆ホームレスから億万長者へ!
全米で話題になった驚くべき実話を映画化
ホームレスから億万長者へ ─ そんな夢のような人生を本当に実現させた男がいた。その名はクリス・ガードナー。アメリカン・ドリームを地でいくような彼の人生は、最近、全米メディアでも取り上げられ、大きな関心を集めている。この映画は、彼が人生の最も困難な時代を幼い息子と共に切り抜けていく姿を描いた、実話に基づく物語だ。
クリスは、サンフランシスコで暮らす医療機器のセールスマン。家庭では5歳の息子クリストファーの良き父親だが、セールスのほうは思うようにいかず、家族を養うこともままならない。朝から晩まで働きどおしで家計を支えてきたパートナーのリンダも、とうとう苦労に耐えかねて、家を出ていってしまう。
そんなある日、学歴無用で高給取りへの道が開けると聞いたクリスは、一流証券会社の株式仲買人養成コースに申し込む。だが、半年の研修期間中は無給。しかも、家賃滞納でアパートを追い出され、クリス父子は文字どおり路頭に迷うことに……。
こうして、クリスの奮闘の日々が始まった。ホームレス生活をひた隠しにしながら厳しい研修をこなす一方で、今夜のベッドの確保に奔走するクリス。そんな彼の心の支えは、どんな時も父親への変わらぬ愛と信頼を寄せる、けなげなクリストファーの存在だった。クリスは、愛する息子の笑顔に励まされながら、まだ見ぬ幸せをめざして走り続ける……。
◆ウィル・スミス父子が初共演!
けなげな息子役を演じたジェイデン・スミスに注目
本作に惚れ込み、自ら製作も買ってでたウィル・スミスは、クリスを逆境にあっても前向きな姿勢やユーモアのセンスを失わない、気取りのない人物として演じてみせる。天才でも英雄でもない等身大のクリスが、一度は社会から落ちこぼれ、底辺を経験しながらも、自分の努力で道を切り開いてゆく姿は、幅広い観客の共感を呼ぶに違いない。そして、それ以上に心に響くのが、持てる精一杯の愛情を我が子に注ぐ良き父親としての側面である。繊細な役作りでそうしたクリス像を創り上げたスミスは、同じく実在の人物に扮してアカデミー賞にノミネートされた『アリ』以来、最も同賞に接近したと言ってよいだろう。
クリスの息子クリストファー役を演じているのは、ウィル・スミスの実子ジェイデン・クリストファー・サイア・スミス。決して縁故採用ではなく、オーディションで製作者たちの目に留まったのが、偶然ウィルの息子だったというから血は争えない。映画初出演となった本作では、実の父親相手に天才ぶりを十二分に発揮。そのキュートで自然な表情は、本作の大きなチャーム・ポイントになっている。
共演は、アカデミー賞作品賞に輝いた『クラッシュ』で絶賛を浴びたタンディ・ニュートン。今回は、自分自身の幸せを求めてクリス父子の元を去るリンダという難しい役どころに挑み、説得力ある演技で期待に応えてみせた。
他に、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のブライアン・ハウがクリスを養成コースに受け容れるトゥイッスルを、『シンプソンズ』のホーマー役の声優として3度エミー賞を受賞しているダン・カステラネタが養成コースの講師フレーケシュを演じている。
◆イタリア映画界の俊英監督ムッチーノが堂々の英語映画デビュー
スタッフにはオスカー受賞作経験者が勢ぞろい!
監督は、これが日本初登場となるガブリエレ・ムッチーノ。新世代の抒情派として欧州で数々の映画賞に輝き注目を集めている、イタリア映画界期待の俊英だ。今回は、彼の作品に惚れ込んだウィル・スミスの指名でハリウッドに進出、初の英語映画を監督することになった。
脚本は、『潮風とベーコンとヘミングウェイ』のスティーヴン・コンラッド。ブラッド・ピットの主演最新作『CHAD SCHMIDT』も手がけている注目の脚本家が、本作ではクリス・ガードナーから絶対の信頼を得て、その波乱に満ちた体験をドラマ化した。
スタッフには、アカデミー賞受賞作を手がけている米国最高の才能が結集。撮影監督は『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』『サイドウェイ』のフェドン・パパマイケル。プロダクション・デザインは『カラーパープル』でアカデミー賞にノミネートされたJ・マイケル・リヴァ。編集は『クラッシュ』でアカデミー賞を受賞したヒューズ・ウィンボーン。また、『RAY/レイ』でオスカーにノミネートされたシャレン・デイヴィスが衣装デザインを、『ホテル・ルワンダ』のアンドレア・グエラが音楽を担当している。
製作には、スミスの他、『あなたにも書ける恋愛小説』の名コンビ、トッド・ブラックとジェイソン・ブルーメンタル、『フォレスト・ガンプ/一期一会』でアカデミー賞作品賞を受賞したスティーヴ・ティッシュ、『アリ』『アイ,ロボット』などでウィル・スミスと組んできたジェイムズ・ラシターが名を連ねる。
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【プロダクションノート】
◆クリス・ガードナーの実話に心動かされたウィル・スミス
本作のエグゼクティヴ・プロデューサー、マーク・クレイマンがクリス・ガードナーの実話を映画化しようと思い立ったのは、2003年、ABCの報道番組『20/20』でガードナーについての特集を観たのがきっかけだった。クレイマンはこう振り返る。“特集ではクリスがいかに驚くべき困難に直面したか、いかにホームレス状態の真っ只中にあったかを取り上げていた。その中で、彼が息子と一緒にBART(※)の駅のトイレを再訪し、どんなふうに洗面台で体を洗っていたかを話す場面があったよ。うちにも当時1歳の息子がいたものだから、私も妻もあれには泣かされてしまった。私は、赤貧からリッチへ、という話ではなく、心揺さぶる父と子の物語としてあれを見たんだ。私は妻にこう言ったよ、‘この話の映画化権を取らなくちゃ、きっとウィル・スミスの当たり役になるぞ’ってね”。
『20/20』の特集が放映された翌朝、クリス・ガードナーの電話はひっきりなしに鳴り続けたが、彼の関心を引くことに成功したのはクレイマンだった。“彼は率直で、ダイレクトで、誠実で、的を射ていたからね”とガードナーは言う。
プロデューサーのジェイソン・ブルメンタルはこう語る。“クリス・ガードナーの物語には普遍性がある。これはひとりの父親が息子を守るため、いかに頑張ったか、という話。万人の心に触れる情緒の芯を持った話だ。私たちはそれを足がかりにして、クリス・ガードナーの人生にインスパイアされた物語を創り上げることにしたんだ”。
もうひとりのプロデューサー、トッド・ブラックも口を揃える。“まず思ったよ、素晴らしい話だ、まるで『ロッキー』みたいじゃないか ─ 徹底的に打ちのめされた男が、あきらめずに成功をつかむんだから、とね。間違いなく映画になる話だったよ。そして、やるなら自分たちの手で、と思ったんだ”。
ウィル・スミスは、ヴァンクーヴァーで『アイ,ロボット』の撮影中に『20/20』のテープを受け取ると、一日も経たないうちに好感触を伝えてきた。“見た瞬間、これはアメリカン・ドリームを体現する物語だと思ったね”とスミスは言う。“この国のベースにあるのは希望というコンセプト。自分自身の意志と決意があれば誰だって自分の人生、自分の境遇を創りあげることができる ─ 下の下から上の上へだって上がれるんだ、という希望さ。そういうことをやってのけている立派な人や努力家を目にすると、人はごく自然にこんな問いかけを自分に向かってしたくなる ─ 俺だったらできただろうか? この人のように男らしく、父親らしく、夫らしく、逆境に耐え、それと向き合っただろうか ─ クリス・ガードナーがそうしたように? 僕自身もそういう問いかけをしたよ”。
※サンフランシスコとイーストベイ各地を結ぶ高速鉄道
◆ガードナーの全面協力のもとで行われた脚本作り
TV番組の15分の特集を長編映画にするのは大仕事である。ふさわしい脚本家がいるかどうかが問題だった。ブラックは言う。“幸い、『ニコラス・ケイジの ウェザーマン』でスティーヴン・コンラッドと組んだばかりでね。テープを見せたら、‘これならどうすれば映画になるかわかる、やらせてくれ’って言ってくれたよ”。
ガードナーは当初、彼の実話に基づく物語を映画化するのには慎重な姿勢を見せた。ブルメンタルは言う。“私たちが彼に会うことがとても重要だった。そうすれば私たちが、たとえ劇作上の目的でどんな変更をしようとも、彼が生きた人生、そして今も生き続けている彼の人生を壊さないよう、本気で闘っていくつもりだということがわかってもらえるからだ”。
初顔合わせの実現後、今度は脚本のスティーヴン・コンラッドとガードナーの顔合わせが、ふたりの地元シカゴで行われた。ガードナーはコンラッドと緊密に作業し、多くの質問をさばいたり、意見交換を図ったりした。“スティーヴがシカゴ気質だったことが、私に安心感を与えてくれた”とガードナーは言う。“なにしろ長い時間を一緒に過ごさなくてはならなかったわけだからね。私が自分の体験を話し、彼がどの部分を映画に使うかを決めていった。スティーヴは、自分は劇作者であって伝記作家ではない、ということを私にはっきり言っていた。私は最初から自分に言い聞かせていたよ、‘お前は人生の権利を売り渡したんだから、スティーヴに創作の自由を許さなきゃいけないぞ’とね”。
最も大きな変更は、ガードナーの子どもを幼児から5歳に変えたことと、研修社員の時にもらっていた小額の手当をなしにしたこと。また、ガードナーがあの時期に出会ったさまざまな人々を集約させたキャラクターたちを創作する必要もあった。ガードナーの別れた妻もそのひとりである。
“クリスはあの時期について、胸襟を開いて語ってくれたよ”とコンラッドは言う。“ぼくらはふたりとも、この映画でいちばん重要なのは、無一文になるとはどういう感覚かをドラマ化することだと思っていた。彼は、僕がその感覚、とりわけ自分以外には誰も頼る者がないというのがどんなことかを正しく捉えている限り、創作を加えても了解してくれたよ”。
また、主人公が1980年代初期に流行ったルービック・キューブの名人だというのも、コンラッドの創作だ。実際のガードナーはキューブに触ったこともない。映画では、主人公がライバルの研修社員たちとはひと味違うことを観客に理解してもらうためのヒントとしての役割をキューブが果たしている。
コンラッドの初稿はプロデューサーたちを大いに満足させるものだった。彼のデビュー作『潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ』から組んでいるブラックはこう述べる。“スティーヴの脚本は魔法のようだった。今まで一度も読んだことがないような作品だね。実話と創作の組み合わせなんだが ─ それが見事に成功しているんだ”。
ウィル・スミスと長年組んできたプロデューサーのジェイムズ・ラシターもこの脚本に大喜びだった。彼は言う。“『20/20』のテープを見た時、これは素晴らしい、インスピレーションが湧いてくると思ったが、どうすれば映画にできるかはわからなかった。脚本を読んだらクラクラきたよ。スティーヴはこのストーリーはこうあるべき、というエッセンスをしっかり捉えていた ─ この時点でウィルと私は参加を決めたんだ”。

◆イタリア人監督が見たアメリカン・ドリーム
脚本を読んで多くの監督がこの企画に興味を示す中、スミスとラシターが働きかけたのは、一度も英語映画の経験がないガブリエレ・ムッチーノ監督だった。彼の『The Last Kiss』は2002年サンダンス映画祭観客賞を受賞、続くモニカ・ベルッチ主演作『Remember Me, My Love』も各国で高評を得た。“ガブリエレのイタリアでの最近作2本を観て、彼が理解し、映画的に描いてみせる感情の複雑さにすごく惹かれたんだ”とスミスは言う。
ラシターはこう語る。“パリでガブリエレと会ってみると、彼はこの素材にとても熱意を抱いていた。だが、決め手になったのは、彼のこの言葉だ。‘君たちアメリカ人はアメリカン・ドリームを本当にはわかっていない。アメリカン・ドリームの真髄を真に理解するには、外国人でなきゃだめだ’。これを聞いて、彼のアメリカン・ドリーム観はきっと独創的だ、この映画に独特な解釈を与えてくれるに違いないと思ったよ”。
スミスもこう話す。“ガブリエレから、アメリカ人はアメリカン・ドリームを当たり前のものと思っていると言われた時は、やられたと思ったよ。外国人の目でこの物語の美しいところ、それほど美しくないところを捉えるというアイディアには心惹かれるものがあったね”。
トッド・ブラックもウィル・スミスの自宅でムッチーノと会った時、同様のことを言われた。“‘あなたはアメリカ人ではありませんが、これはアメリカの話ですよね’と言ったら、彼は私を見てこう答えた。‘単にアメリカの話というだけではありませんよ。これは普遍的な物語です。ホームレスの人は世界中にいます。これは誰にでも起こりうる物語です’。ガブリエレは、この映画が世界中の人々の胸に届く可能性があると見抜いていたんだ。挫折から立ち直り、がむしゃらに働けば、最後にはそのハードワークと忍耐が報われるという考え方 ─ これはアメリカ人だけでなく、誰にでもあてはまるわけだからね”。
ムッチーノは、もっと根本的な次元で本作に魅力を感じていた。“私が引かれたのは、主人公の生きようとする絶望的なまでの試みと、彼にとって何より大切なのが我が子を守ることだったという点だ。クリスは想像を絶する体験に耐え、その上、どん底にあってさえ息子の人生に悪い影響が及ぶことが決してないよう気を配る。これはまさしく家族の旅路 ─ 不幸にも現実に起きた、絶望的な人生の航海だが、そこにまつわる多くの普遍的な価値観ゆえに、英雄譚になっているんだ”。
◆ウィル・スミス親子の共演がもたらしたもの
ムッチーノはスミスについてはこう語る。“ウィルのアプローチは誠実そのもの。彼はこれまでとは違うもの、ドラマティックで非常にリアルなものをやりたいという切迫した思いを持っていた。彼を今回の旅に連れ出せたことは大きな喜びだったよ。素晴らしい関係を築くことができた。彼から学んだことがたくさんあったし、彼の方も私から何か学ぶものがあったと願いたいね”。
ガードナーの5歳の息子役のキャスティングはこの映画の生命線だった。昼夜兼行で100人以上の子どもたちを面接した末に見出されたのが、ジェイデン・クリストファー・サイア・スミスだった。偶然にも彼は、ウィル・スミスとジェイダ・ピンケット・スミスの7歳の息子でもあった。
ラシターは、“ガブリエレの起用も賭けだったが、ジェイデン・スミスの起用はそれ以上だった”と認める。“ジェイデンがビシっとしてなければ、コネで選ばれたと思われるからね”。
だが、父親のスミスには懸念はなかった。“共演したシーンは全部、あいつにさらわれちゃったよ”と彼は笑う。“ありがたくもない話さ。自分の子でよかったよ。他人の子だったら編集でカットさせてたところだ”。
彼は真顔になり、こう加える。“最初は、父親だから、彼と一緒の場面では自分の演技に集中できないんじゃないかと心配だった。でも、実際にはまったく違うふうになったんだ。ジェイデンの目が、クリストファーがその瞬間に体験している痛みや怒りで満たされているのを見ると、そのシーンのリアリティが一層高まったものさ。だって、父親として彼をがっかりさせているという気持ちに心の底からなれたからね。それが圧倒されそうなぐらい強い感情を僕の中に起こしてくれたよ”。
ムッチーノ監督は、スミス父子の絆、自然なリラックス感、そして化学反応を、キャメラのレンズで捉えようと考えた。“その最たる例が、映画の中のノックのジョークだ。これは脚本にはなかったものでね。ある日、リハーサルの最中にジェイデンがノックのジョークを言っているのが聞こえてきた。私は、ああいう軽い感じを映画に取り入れるのはうまいアイディアかもしれない、それに、この子どもの状態の反映にもなるだろうと考えた。彼も父親も地獄を経験してゆくわけだが、それでも彼は微笑み、ノックのジョークを言う。彼が染まっていないことがそれでわかる ─ 父親が彼をちゃんと守っていることの証になる。映画の最後もノックのジョークで締めくくっているよ”。

◆母親の葛藤を演じきったタンディ・ニュートン
リンダ役には、映画の中で他とは異なる感情を表現できる、個性の強さが求められた。映画の冒頭では一家の大黒柱であるリンダは、優しく愛すべき母親でなければならない。だが不幸のあまり、1人でより良い人生を探すために選択の余地なく家族を捨てるのである。そんな彼女を、説得力を持って演じられる女優が必要だった。
リンダ役に選ばれたのは、『クラッシュ』で絶賛を浴びたタンディ・ニュートン。ブラックは、“『クラッシュ』を観た後で彼女に会ったんだが、タンディなら他の女優とは違う方法でリンダのジレンマを表現できるだろうと全員の意見が一致した”と言う。
ニュートンはこの物語についてこう語る。“私はこの父親の愛の強さにとても感動したの ─ それに彼の信念と自分を大切にする気持ちにも。彼は、自分が子どもの頃に見捨てられたように我が子を見捨てることはしたくないと思ったんだわ。ふたりが置かれる状況は本当に苛酷なんだけれども、とても楽観的で希望に満ちた物語よ”。
リンダ役について、ニュートンは独自の解釈を披露する。“私は、これまでしてきた仕事や、実生活を通してすごく意識するようになったんだけれど、精神の健康状態や落ち込みのために無力感に囚われることが本当にあるの。大抵の人は、この家族の状況に置かれたら耐えられないんじゃないかしら。私だって絶対無理だもの。リンダが家族を捨てる時の心の痛みを観客にわかってもらえるかどうかは、すごく大切だわ”。
リンダが創作された人物であることは、ニュートンの演技に影響を与えている。“リンダはフィクションなので、物語の文脈から逸脱しない範囲で適切だと思える面を創作する余地があったの。大変だったけれど、結果にはとってもとっても満足しているわ”
◆撮影現場でガードナーが果たした役割
初稿にはなかった役だが、彼なしでは今の自分はないと言うガードナーの要望で加えられたのがセシル・ウィリアムズ牧師。彼はサンフランシスコのテンダロイン地区を拠点とする、米国で最も成功しているホームレス・プログラム、グライドを指揮してきた。映画ではウィリアムズ本人が演じている。
また、ガードナーは撮影現場でもご意見番としての役割を務めた。スミスは言う。“僕らが場面の性格を把握しきれない時だって当然あるわけだが、そんな時にクリスがいてくれて、その時は実際にはこう思っていた、こう感じていた、と教えてくれるのが、計り知れないほどの財産になったよ”。
ムッチーノ監督もこう加える。“クリスは私やウィルにとって大きな力になってくれた。彼から多くのことを教わったよ。極めて重要な存在だった ─ 特に証券会社のシーンではね。クリスに教えてもらって、台詞も変更したし、ウィルの接客法やクライアントを楽しませるやり方も改良したよ”。
以前からウィル・スミスの大ファンだったガードナーは、彼がこの役を検討していると聞いて胸がいっぱいになった。自分の人生の一部を有名映画スターが再現するなどということは、もちろん思いもしないことだった。“ウィルが名優だということは知っていたが、この映画で彼の仕事ぶりを観て初めてどれほどすごい俳優かがわかったよ”とガードナーは言う。
ラシターはこう語る。“クリスの存在がニュアンスを豊かにしてくれた ─ ユーモアの出番があるように、そしてウィルが愉快な演技もできるように、彼が解放してくれたということだ。ユーモアが際立つのはシーンが最高に緊迫した時だが、ウィルにはそれを可能にする独特の才能があるんだ”。
◆1980年代のサンフランシスコ市街を再現する
プロダクション・デザイナーのJ・マイケル・リヴァにとって最大の課題は、1980年代の再現だった。1980年代の都市にはこれといった目立つ特徴も、時代を象徴する風景もない。そのためリヴァは、ともすれば見逃されそうな細かい要素を、映画の中に注意深く取り入れてゆくことにした。喫煙人口の多さ、広告表現の大人しさ、ボタンダウンのシャツ、粗悪な車、映画館にかかる『レイジング・ブル』等々である。
50台の車が撮影用に購入された他、1960年代・1970年代製の車を持つエキストラにも協力が呼びかけられた。バスは当時の型の4台を使用。1台は車内撮影用、1台は外観用、2台は画面をよぎるシーンに用いられている。そのバスの車体はもちろん、街の看板用にも当時の広告が大量に用意された。中でも、アンジー・ディキンソンをフィーチャーしたアヴォカドの広告は、リヴァの自慢の一品である。
リヴァにとってのもうひとつの課題は証券会社のオフィスだった。普通ならセットを組んで撮影するところだが、ガブリエレ監督はロケ撮影にこだわった。そのため撮影は天候に左右されることになったが、リヴァはそれもまたおもしろいと考えた。
オフィス・シーンには欠かせなかったのが、当時、証券会社の必需品だったクオトロンと呼ばれる機器だ。これはブラックのスクリーンにグリーンのカーソルと文字で入力する旧型のコンピューターである。リヴァたちは本作のため、70台のクオトロンを制作しなくてはならなかった。
衣装にも、目立った特色のない、控えめなデザインが求められた。1981年のスーツはタイトフィットとフラットフロントが主流だが、これは現在とほぼ同じなので難しくはなかった。
厄介だったのは、ホームレス生活中のウィル・スミス親子の衣装である。ウィル・スミスは3日続けて同じネクタイをしたり、体に合っていないスーツを着たりしなければならなかったが、不平を言うことは一切なかった。ジェイデン・スミスの衣装は、現在はもう生産されていないが、当時はもっとも一般的な子供服だったオシュコシュB'ゴシュのオーヴァーオール。全篇を通して彼が着ているジャケットは衣装デザイナーのシャレン・デイヴィスが自らデザインしたもの。その他の彼の衣装の多くはオークションサイトのeベイで購入された。
タンディ・ニュートンの衣装は流行遅れの1970年代風のもの、というコンセプト。その結果、彼女はベルボトムのジーンズに、着古した服を身につけることになった。
◆ロケ撮影が生んだリアリティ
撮影はサンフランシスコ及び、BARTの車両工場のあるオークランドのダウンタウンで、60日間で行われた。サンフランシスコは美しい街だが小さな作りの都市で、撮影隊があちこち移動するのには不向きだった。そこで242シーンを2カ月で撮り終えるため、複数のシーンを一カ所で撮るなど、移動時間を減らす工夫がされた。
主なロケ地は、クリスが務める金融街、彼が息子を保育に預けるチャイナタウン、父子の泊まるホームレス施設があるテンダロイン地区、彼らが夜露をしのぐために利用するBARTの各駅など。
チャイナタウンでの撮影はムッチーノ監督の希望によるもの。リヴァはリンダが子どもを預ける場所にしてはどうかと提案し、住民の了解を得た上で空きビルを保育施設に改造した。チャイナタウンは映画撮影が困難なことでも有名で、クルーは900人ほどもいる物売りの撮影許可を得るため、北京語のできる通訳5人と広東語のできる通訳2人を介して契約を交わさなければならなかった。
テンダロインは1960年代以来、ホームレスとドラッグ中毒者が多く暮らすようになった地区。実際にガードナー親子が身を寄せた施設“グライド”もここにある。リサーチを行ってグライドの持つ影響力の大きさを知ったリヴァは、ここで撮影を行う意義は大きいと考えた。が、それより早くプロデューサーたちも、ガードナーの人生に果たしたグライドの役割を重視し、そこで働く人々に映画に出てもらうよう手配していた。実際にグライドでロケを行い、本物の施設スタッフに参加してもらうことで、他では得がたいリアリティが本作にもたらされることになったのである。
◆父と子の愛の物語
ムッチーノ監督は、スミス父子が演じたクリスと息子の屈託ない仲のお陰で、“ラヴ・ストーリーのような映画になっている”と言う。“ただし、ここには男女の出会いはない。その代わりにあるのは、人生を共に歩む父と子だ。ふたりの絆はとても堅く、とても強いものだ”。
“この映画を観た人が、触発されて、自分を信じる気持ちを持ってくれるといいわね”と言うのはタンディ・ニュートン。“この主人公と彼の物語を観て、それが実話だとわかれば、自分が人生から与えられている豊かさへの感謝の気持ちにつながると思う。それに、人生の落とし穴をうまく通り抜けるための力と勇気を得る助けにもなると思うの”。
スミスはこう語る。“25年前、クリスはホームレスだった。人はこういう立身出世を夢見るもの。とはいえ、実際にその過程を経験した人のことを聞くと、やはり誰もが共感してしまうよね”。
ムッチーノ監督は、“観客がこの映画はファンタジーではないとわかってくれることを望んでいるよ”と言う。“こんな人生を体験した人がいた。こんな悪夢を体験し、成功を手に入れた人物が、本当にいたんだ”。
その人物こそクリス・ガードナー。“メディアの中には私の人生を、無一文から大金持ちになった出世物語として描くものもある”と彼は言う。“そこが重要なパートではないのにね。大事なのは、私が子どもたちのための存在であろうと思って身を尽くしたということだ。人の親ならみんな同じ思いを共有しているはずだよ ─ 我が子のための存在でありたい、とね”。
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【ストーリー】
◆「暖かいベッドも、パンを買うお金も、ママもなくしたあの日。」
幼かった僕と父は、まだ見ぬ“幸せ”を求めて走り出した ─ 。
1981年、サンフランシスコ。クリス・ガードナー(ウィル・スミス)の1日は5歳の息子クリストファー(ジェイデン・クリストファー・サイア・スミス)を保育所まで送り届けることから始まる。クリスにとって、息子はこの世で何よりも大切な存在だ。クリス自身は28歳になるまで実の父親と会ったことすらなかった。だから、自分の息子には決して同じ思いをさせまいと心に誓っている。
チャイナタウンにある保育所は、無愛想な中国人女性が経営している。表の壁には"HAPPYNESS"と落書きがあり、クリスはその綴りの誤りが以前から気になって仕方がない。息子を預けた後、クリスは重たい商品を手に持って、とある病院へ向かった。彼の仕事は骨密度を測定できる新型医療機器のセールスである。だが、その日もいつものように不首尾に終わる。大儲けを見込んで買い取った機器は滅多に売れず、アパートの部屋で在庫の山と化していた。家賃の支払いもままならぬクリスに代わって、工場勤めで家計をやっと支えてきたのは、パートナーのリンダ(タンディ・ニュートン)である。だが、彼女の忍耐も限界が近かった。
ある時、通りを歩いていたクリスは、赤のフェラーリから颯爽と降りる高級スーツの男に見とれ、思わず声をかけた。「仕事は何を? どうすればそうなれるんだい?」
男は株の仲買人だった。聞けば、学歴がなくとも証券会社の養成コースを受講すれば、正社員採用の道が開けるという。クリスの目が輝いた。
早速、ディーン・ウィッター社の養成コースに願書を提出するクリス。定員は20名。研修修了後、正社員として選ばれるのはたった1人。それでも試してみる価値はある。だが、研修生になれるかどうかが最初の大きなハードルである。クリスは、養成コースを担当している人材課長トゥイッスル(ブライアン・ハウ)に声をかけ、彼が乗ろうとしていたタクシーに同乗することに成功する。だが、トゥイッスルは、クリスの自己アピールにはほとんど関心を示さず、最近流行のルービック・キューブに夢中になっている。「貸してみて」。まさか、という顔のトゥイッスルからキューブを取り上げたクリスの手が魔法のように動き始めた。面が次々に同じ色にそろっていく。タクシーが目的地に着いてもクリスの手は止まらない。遂にキューブは完成し、トゥイッスルはすっかり感心した様子で降りていった。
帰宅したクリスを待っていたのは、もぬけのカラとなった部屋だった。とうとうリンダがクリストファーを連れて出ていったのだ。そこへトゥイッスルから、明後日の朝、面接をすると電話が入る。だが、連絡先の電話番号をメモしようにも筆記具すらない。クリスは必死で暗記すると、なじみの食料品店へ駆けていき、やっと番号を書き留める。
翌日、リンダを職場に訪ねたクリスは、息子は自分が育てると告げる。だが、保育所からクリストファーを連れ帰ったものの、家主からは立ち退きを命じられ、その上、彼は、駐車違反の罰金不払いのために警察に一晩拘留されることになる。
朝になって釈放されたクリスは、面接会場へダッシュする。昨日、警察が来た時、塗装の最中だったため、ペンキのついたシャツにジーンズという格好のままだ。それでも、ユーモアのセンスで何とか面接を切り抜けた彼は、トゥイッスルの推薦もあって、養成コースに受け容れてもらえることになる。だが、大きな誤算がひとつ ─ 半年の研修中は無給だった。
クリスは、息子と共に安モーテルへ引っ越すと、厳しい研修の合間をぬって測定器を売り歩いた。幸い、商品は4カ月で完売し、運が向いてきたかに思えたが……ある日届いた1通の通知が彼の人生を一変させる。未納分の税金が口座から自動的に引き落とされ、せっかく稼いだ金が一瞬にして消えてしまったのである。ガードナー親子がモーテルから締め出されたのは、それから間もなくのことだった。行くあてもないふたりは、その夜、駅のトイレの冷たい床の上で眠りにつく。
こうして、クリス親子のホームレス生活が始まった。だが、どんな苦境に陥ろうとクリストファーだけは手放さない。息子に辛い思いは決してさせない、というクリスの信念が揺らぐことは決してなかった……。
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【キャスト&スタッフ】
■ガブリエレ・ムッチーノ(監督)
1967年、イタリアのローマ生まれ。チェントロ・スペリメンターレ・ディ・チネマトグラフィア(映画実験センター)の監督プログラム修了後、国営TV局RAIでドキュメンタリーや短編を手がける。
1998年、『Ecco fatto』(英題『That's It』)で長編映画監督デビュー。原案・共同脚本も兼ねた同作はトリノ映画祭に正式出品され、一躍注目を集める。
続く『Come te nessuno mai』(1999年:兼・共同脚本:英題『But Forever in My Mind』)はブリュッセル映画祭脚本賞、ヴェネチア映画祭ロータ・サウンドトラック賞に輝いた他、パリ映画祭、ブエノスアイレス・インディペンデント映画祭など多くの国際映画祭で高い評価を得た。また国内でもダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で4部門にノミネート、イタリア映画ジャーナリスト協会賞でも監督賞、脚本賞、オリジナルストーリー賞など4部門にノミネートされる。
第3作『L'Ultimo bacio』(2001年:兼・原案・脚本:英題『The Last Kiss』)はイタリア国内で興行・批評ともに成功を収め、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では脚本賞などでのべ10部門にノミネート、うち監督賞を含む5部門で受賞を果たす。また海外でも2002年サンダンス映画祭観客賞を受賞。米国のエンタテインメント・ウィークリー誌が年間ベスト10に同作を選出するなど、絶賛を浴びた。
モニカ・ベルッチが主演した『Ricordati di me』(2003年:兼・共同脚本:英題『Remember Me, My Love』)は、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で監督賞、作品賞、脚本賞などのべ10部門にノミネートされた他、イタリア映画ジャーナリスト協会賞では脚本賞など3部門受賞に輝いた。
監督第5作の本作が初の英語作品となる。
■スティーヴン・コンラッド(脚本)
米国フロリダ州フォート・ローダーデイル生まれ。
ノースウエスタン大学を卒業後、初の脚本作『潮風とベーコンとヘミングウェイ』(1993年)がトッド・ブラックの製作により映画化。これがブラックとの長年の友情の始まりとなった。再びブラックと組む機会は『ニコラス・ケイジの ウェザーマン』(2005年)で実現。同作では製作補も兼任した。本作が3度目のコンビとなる。
脚本最新作はブラッド・ピット主演の『Chad Schmidt』。エスケイプ・アーティスツ製作の同作では製作総指揮も務めている。また、現在製作中のジョン・C・ライリー、リリー・テイラー主演作『Quebec』では監督・脚本を手がけている。
■トッド・ブラック(製作)
1960年、米国テキサス州ダラス生まれ。南カリフォルニア大学の演劇プログラムで学び、TVのキャスティング・アソシエイトとしてキャリアをスタート。
『天国に行けないパパ』(1990年)、『潮風とベーコンとヘミングウェイ』(1993年)などで製作を務めた後、マンダレイ・エンタテインメントの製作部長に就任し、『フェイク』(1997年)、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(1997年)、『ラストサマー』(1997年)、『レ・ミゼラブル』(1998年)、『ワイルドシングス』(1998年)といった作品の企画開発に携わった。
1998年、同社のジェイソン・ブルーメンタルとともにブラック&ブルー・エンタテインメントを設立。2000年、同社とスティーヴ・ティッシュ・カンパニーとの合併により、エスケイプ・アーティスツを設立。同社作品の国内配給契約をソニー・ピクチャーズと結ぶ。以後、ブライアン・ヘルゲランド監督、ヒース・レジャー、マーク・アディ、ポール・ベタニー主演の『ROCK YOU![ロック・ユー!]』(2001年)、実話に基づくデンゼル・ワシントン監督・主演作『きみの帰る場所/アントワン・フィッシャー』(2002年:ビデオ&DVD題『A.Q. アントワン・Q・フィッシャー・ストーリー』)、ロブ・ライナー監督の『あなたにも書ける恋愛小説』(2003年)、ライアン・マーフィ監督の『Need』(2005年)、ニコラス・ケイジ、マイケル・ケイン主演の『ニコラス・ケイジの ウェザーマン』(2005年)などを製作。
エスケイプ・アーティスツの今後のラインナップには、アレックス・プロヤス監督の『Knowing』、ジョージ・ヒッケンルーパー監督、ジェニファー・アニストン主演の『Diary』、コロンビア映画配給予定のウィル・スミス主演作『7 Pounds』などがある。
■ジェイソン・ブルーメンタル(製作)
米国ロサンゼルスで生まれ育ち、シラキュース大学のニューハウス・スクール・オヴ・コミュニケーションズに入学。卒業後、1990年にワイザン/ブラック・フィルムズに入社。同社で『メタル・ブルー』(1988年:ビデオ題『メタル・ブルー/アイアンイーグル』)、『傷だらけの青春』(1988年)、『ガーディアン/森は泣いている』(1990年:ビデオ題『ガーディアン』)、『天国に行けないパパ』(1990年)、『クラス・アクト』(1992年)の企画開発に携わった。同社の作品には『コレット/水瓶座の女』(1991年)、『ファイヤー・イン・ザ・スカイ』(1993年)、『潮風とベーコンとヘミングウェイ』(1993年)、『ファミリー/再会のとき』(1996年)、『Let'sチェックイン!』(1996年:製作補)、『バイオドーム』(1996年:製作総指揮・原案)がある。
1995年のマンダレー・エンタテインメント設立から1998年まで、同社の長編映画製作部上級副部長を務め、ロバート・デ・ニーロ、ウェズリー・スナイプス主演の『ザ・ファン』(1996年)、アル・パチーノ、ジョニー・デップ主演の『フェイク』(1997年)、ブラッド・ピット主演の『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(1997年)などを監修した。
ブルーメンタルの監修の下で同社が製作した『ラストサマー』(1997年)は3週に渡って興行成績1位をキープし、全世界で1億3,000万ドル以上を稼ぎ出す。続編の『ラストサマー2』(1998年)や、『ワルドシングス』(1998年)、『グロリア』(1999年)の監修にも携わった。
1998年4月、同社のトッド・ブラックとともにブラック&ブルー・エンタテインメントを設立し、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントとファースト・ルック・プロダクション契約を結ぶ。2000年、ブラック&ブルーはスティーヴ・ティッシュ・カンパニー(『フォレスト・ガンプ/一期一会』)と合併し、エスケイプ・アーティスツとなる。同社の作品にはヒース・レジャー主演の『ROCK YOU![ロック・ユー!]』(2001年)、デンゼル・ワシントン監督・主演作『きみの帰る場所/アントワン・フィッシャー』(2002年:ビデオ&DVD題『A.Q. アントワン・Q・フィッシャー・ストーリー』)などがある。『あなたにも書ける恋愛小説』(2003年)では製作総指揮、『Need』(2005年)では製作を担当。最も近くはニコラス・ケイジ、マイケル・ケイン主演の『ニコラス・ケイジの ウェザーマン』(2005年)で製作を務めた。
■スティーヴ・ティッシュ(製作)
スティーヴ・ティッシュは勇気と博愛精神あふれる人生を送ってきた。彼のTVおよび映画作品は常にごく普通の人々の人生と、彼らが社会に与えてきた有意義な影響に焦点を当ててきた。
ティッシュは先頃、ニューヨーク・ジャイアンツの副社長に任命された。同チームの共同オーナーで故人のプレストン・ロバート・ティッシュを父にもつ彼は、ジャイアンツ株の50%を保有するティッシュ家の代表者でもある。
2002年4月からは、インタラクティヴ娯楽ソフト、ハードウェア、アクセサリーの発行・開発・販売を全世界で行っている一流企業テイク・トゥー・インタラクティヴ・ソフトウェアの理事を務めている。
現在、エスケイプ・アーティスツに所属。同社は2001年に設立された、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントに本拠を置く独立採算経営の映画製作会社。エスケイプ・アーティスツの最近作はニコラス・ケイジ、マイケル・ケイン主演の『ニコラス・ケイジの ウェザーマン』。今後の作品には『Knowing』、『Nautica』、ジェニファー・アニストン主演の『Diary』がある。エスケイプ・アーティスツの他の旧作には『あなたにも書ける恋愛小説』、『きみの帰る場所/アントワン・フィッシャー』(2002年:ビデオ&DVD題『A.Q. アントワン・Q・フィッシャー・ストーリー』)、『ROCK YOU![ロック・ユー!]』がある。
グラマーシー・ピクチャーズの『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』、『スナッチ』、エドワード・ノートンがアカデミー賞にノミネートされた傑作『アメリカン・ヒストリーX』では製作総指揮を務めた。また1994年のアカデミー賞作品賞受賞作『フォレスト・ガンプ/一期一会』では製作を担当。同作はオスカー6個を獲得した他、ゴールデン・グローブ賞作品賞も受賞した。
ティッシュはタフツ大学在学中からエンタテインメント業界でのキャリアをスタート。夏休みを利用して、ティッシュ家が保有する映画館チェーンで予約係として働いたり、ジョン・アヴィルドセン監督の助手を務めたり、オットー・プレミンガー監督の下で研修したりしていた。卒業後も引き続きエンタテインメント業界に留まり、コロンビア映画でピーター・グーバーの助手を務め、間もなく同社製作部の幹部となる。4年間の在職中に監修した作品には『ブルックリンの青春』『Tommy/トミー』『さらば冬のかもめ』『爆走トラック'76』がある。
1976年にコロンビアを退職し、初プロデュース作品『アウトローブルース』を製作。この撮影中にジョン・アヴネットと出会い、その後間もなくふたりでティッシュ/アヴネット・プロダクションズを設立。ティッシュ/アヴネット作品にはトム・クルーズの出世作で、意外なヒットとなった『卒業白書』、『世紀の取り引き』、『コースト・トゥ・コースト/危ないのはお好き!?』がある。
1984年、ティッシュ/アヴネットはファラ・フォーセット主演のTV映画の問題作『バーニング・ベッド』を製作。同作はNBCで放映されたTV映画としては史上最高クラスの視聴率を記録し、エミー賞でも11部門にノミネートされた。
ティッシュ/アヴネット製作の他のTV映画には『サイレンス・ハート』、『パパは特訓中!』、『疑惑/しのびよる影』、『Homeward Bound』(クリストファー賞受賞作)、『No Other Love』、『Call to Glory』がある。
1986年、自らの製作会社スティーヴ・ティッシュ・カンパニーを設立。同社の製作作品には『ポストマン』、『Born to be ワイルド』、『ロング・キス・グッドナイト』、『ゴッド・エージェント』、『コリーナ、コリーナ』、『奇跡の歌』、『ミスター・ソウルマン』、『マネーゲームで大逆転/しゃべった!走った!もうかった!』、『ビッグ・ビジネス』、『私の愛したゴースト』、『バッド・インフルエンス/悪影響』、『思い出のハートブレイク・ホテル』がある。
ティッシュが製作したケーブルTV用映画には、『Keep the Change』、『汚名/アフターバーン』(エミー賞3部門ノミネート)、『Judgment』がある。ネットワーク用TV映画には、高視聴率を記録した『The People Next Door』、『マッドタウン』、『Out on the Edge』がある。またCBSの二本のTVシリーズ、『Freshman Dorm』とヒット映画に基づく『Dirty Dancing』の製作も務めている。
1991年4月、ティッシュはエイズ・プロジェクト・ロサンゼルス(APLA)の理事に選任された。任期中、理事長と企画開発委員会委員長を兼任。APLA随一の寄付者及び資金調達者となるほど資金面でも貢献した。1995年メディア・アワードではゲイ&レズビアン・アライアンス・アゲインスト・デファメイション(中傷に反対するゲイ&レズビアン連合)からヴァンガード賞を授与された。
その他にも、H.E.L.P.グループ、ERASセンターといった組織に時間的・資金的貢献を行ってきた。またニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オヴ・ジ・アーツのアドヴァイザー委員会、ロサンゼルスにあるゲフェン・シアターの評議委員会、サンダンス・インスティテュート、アメリカン・シネマテーク、デューク大学プレストン・ロバート・ティッシュ脳腫瘍センターの評議委員会の各メンバーも務めている。
■ジェイムズ・ラシター(製作)
ジェイムズ・ラシターは映画・TV製作会社オーヴァーブルック・エンタテインメントでウィル・スミスとパートナーを組んでいる。2005年にラシターが製作した作品にはロマンティック・コメディ『最後の恋のはじめ方』、ジョアン・チェン主演の『素顔の私を見つめて……』がある。その他、SFスリラー『アイ,ロボット』、ロバート・デ・ニーロ、エディ・マーフィ主演のコメディ『ショウタイム』では製作総指揮を務めた。また高評を得た『アリ』では製作を担当。2006年にはプラチナ・セールスを記録しているミュージシャン、T.I.主演の『ATL』を製作した。
TVではデュエイン・マーティン、ヴィヴィカ・A・フォックス主演のコメディ『Getting Personal』の製作総指揮を務めた。現在はCWネットワークの『All of Us』の製作総指揮を務めている。
『ワイルド・ワイルド・ウエスト』と『メン・イン・ブラック』ではサウンドトラックの製作を担当。どちらもアメリカン・ミュージック・アワードの人気サウンドトラック賞を受賞している。
他の主な成果に、オーガスト・ウィルソン作によるオフ・ブロードウェイの舞台『Jitney』での2001年アウター・クリティックス・サークル賞受賞がある。
■マーク・クレイマン(製作総指揮)
マーク・クレイマンがクリス・ガードナーの話を知ったのは、2003年1月に『20/20』で特集が放映された時だった。放映後、多くのプロデューサーやエージェントがガードナーに連絡してきたが、彼が自分の物語を映画化するために選んだのはクレイマンだった。クレイマンがこの苦難と究極の成功の物語をエスケイプ・アーティスツに持ち込んだところ、この実話を映画化するチャンスに飛びついてきた。
クレイマンは長年、俳優として『24 TWENTY FOUR』、『Married Wigh Children』、『アルフ』、『Coach』、『Who's The Boss』、『A Different World』、『Mr. Belvedere』、『Step by Step』、『Saved By the Bell』などヒットTV番組多数に出演。またディズニー・チャンネルのTV映画『サンクスギビング・プロミス』、TV映画『ナーズの復讐。/ナーズ軍団、最終決戦!』にも出演している。
脚本家としては『The New Adventures of Robin Hood』の数話や、映画『Somebody to Love』を手がけている。
クレイマンは『Just Shoot Me』、『シカゴホープ』といったTVの成功作でプロデューサーとしてのキャリアをスタート。現在は映画3本とTVシリーズ3本を準備中。またニューヨークの文学エージェンシー、ヴェララクスと提携し、映画の題材となる著作物を吟味している。
■ルイス・デスポジート(製作総指揮)
ルイス・デスポジートの最近作は製作総指揮を務めた『ザスーラ』。また、サミュエル・L・ジャクソン、コリン・ファレル主演のヒット作『S.W.A.T.』でも製作総指揮を務めた。
それ以前には『メラニーは行く!』、『スチュアート・リトル2』、『グラスハウス』、『インビジブル』、『タイムトラベラー/きのうから来た恋人』、『ラストサマー2』、『シャドー』、『デモリションマン』、『靴をなくした天使』(ビデオ&DVD題『ヒーロー/靴をなくした天使』)、『氷の微笑』、『ワンス・アラウンド』、『ドン・サバティーニ』、『メジャーリーグ』など、数多くの映画に第一助監督として参加。
デスポジートは『想い出のブライトン・ビーチ』、『コーラスライン』、『コットンクラブ』といった作品で第二助監督としてキャリアをスタートした。
■デイヴィッド・アルパー(製作総指揮)
デイヴィッド・アルパーは本作製作中、エスケイプ・アーティスツのマネージング・パートナー兼最高経営責任者を務めた。それに先立っては、ニュー・ライン・シネマで業務担当副社長を務め、『ファイナル・デスティネーション』、『13デイズ』、『リトル★ニッキー』、『I am Sam/アイ・アム・サム』など多数の作品で、渉外に主要な役割を果たした。
他にはロリマー・フィルムズの副社長、MCA/モーション・ピクチャー・グループの上級副部長、ロリマー・ピクチャーズおよびユニヴァーサル映画のシニア・ビジネス・エグゼクティヴを歴任。アルパーは法律事務所アーヴィン・コーエン&ジェサップでエンタテインメント業界でのキャリアをスタートした。
■テディ・ズィー(製作総指揮)
テディ・ズィーは本作に参加した当時、ウィル・スミスとジェイムズ・ラシターが長編映画の権利取得・企画開発・製作のために設立したオーヴァーブルック・エンタテインメントの映画部長を務めていた。在職中に製作を務めた作品にヒット・コメディ『最後の恋のはじめ方』、ジョアン・チェン主演の『Saving Face』がある。
オーヴァーブルック入社以前には、デイヴィス・エンタテインメント社長を務め、20世紀フォックスとの排他的ファースト・ルック契約締結を調整した。アンジェリーナ・ジョリー主演の『ブロンド・ライフ』では製作総指揮を担当。デイヴィス在職中の他の作品には『ドクター・ドリトル2』、『エネミー・ライン』、『ハートブレイカー』がある。またコロンビア映画では製作部副部長を務め、『チャーリーズ・エンジェル』、『リプレイスメント・キラー』、『アナコンダ』、『愛さずにはいられない』、『デビル』、『ケーブルガイ』、『トゥルーナイト』、『マイ・ガール』、『モー・マネー』、『靴をなくした天使』(ビデオ&DVD題『ヒーロー/靴をなくした天使』)、『スリープウォーカーズ』を監修した。
ズィーはNBCでキャリアをスタート。また、タッチ・ロス・アンド・カンパニーに勤めたこともある。パラマウント映画では製作部上級副部長まで昇格した。パラマウント在職中に携わった作品には『幸福の条件』、『スター・トレック、/未知の世界』、『今ひとたび』(ビデオ&DVD題『カズンズ/今ひとたび』)、『プレシディオの男たち』、『フラッシュバック』がある。
コーネル大学の産業労働関係科を卒業。その後、ハーヴァード大学で経営学修士号を修得。同校ではJFK行政大学院のアジア米国政策レヴューの理事会メンバーも務めた。
■フェドン・パパマイケル,ASC(撮影監督)
フェドン・パパマイケルは『“アイデンティティー”』、『ムーンライト・マイル』、『パッチ・アダムス』、『マウス・ハント』、『ミオリオンダラー・ホテル』、『フェノミナン』、『ミルドレッド』(ビデオ題『ミルドレッド/輝きの季節』)、『想い出の微笑』、『あなたが寝てる間に……』、『クール・ランニング』などの撮影を手がけてきた。最近作はジェイムズ・マンゴールド監督、ホアキン・フェニックス、リース・ウィザースプーン主演のオスカー受賞作『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』、ニコラス・ケイジ、マイケル・ケイン主演の『ニコラス・ケイジの ウェザーマン』、アカデミー賞作品賞にノミネートされたアレクサンダー・ペイン監督の『サイドウェイ』。
他の主な受賞作に、2000年アヴィニヨン映画祭撮影賞を受賞した『シビラの悪戯』がある。また『Spud』ではアイルランドの1990年コーク映画祭撮影賞を受賞。TV作品には『パラドックス』、高い評価を得たミニシリーズ『ワイルド・パームス』がある。両作品とも米国撮影協会賞にノミネートされている。
■J・マイケル・リヴァ(プロダクション・デザイナー)
『カラーパープル』でアカデミー賞にノミネート。最近ではコロンビア映画の宇宙アドヴェンチャー『ザスーラ』、『ステルス』、大ヒット作『チャーリーズ・エンジェル』と『チャーリーズ・エンジェル/フルスロットル』を手がけている。他の主な作品には『エボリューション』、『デーヴ』、『6デイズ/7ナイツ』、『コンゴ』、『バカルー・バンザイの8次元ギャラクシー』、『リーサル・ウェポン』、『リーサル・ウェポン2/炎の約束』、『リーサル・ウェポン4』、『普通の人々』、『バッド・ボーイズ』、『ブルベイカー』がある。
その他、『ア・フュー・グッドメン』、『ラジオ・フライヤー』、『3人のゴースト』、『グーニーズ』ではプロダクション・デザイナーと第二班監督を兼任。TV作品にはジャック・レモン、ハンク・アザリア主演のエミー賞受賞TV映画『モリー先生との火曜日』、エミー賞美術監督賞にノミネートされた『第74回アカデミー賞授賞式』がある。
次回作はコロンビア映画配給で2007年5月4日公開予定の『Spider Man 3』。
■ヒューズ・ウィンボーン(編集)
オスカー作品賞受賞作『クラッシュ』で同・編集賞を受賞。その以前にはアカデミー賞脚本賞受賞作『スリング・ブレイド』を編集した。最新作はマーク・ライデル監督の『Even Money』。
他の主な作品には、プレミア上映されたサンダンス映画祭で審査員大賞にノミネートされたリリ・テイラー、ガイ・ピアース主演作『A Slipping-Down Life』、同じくサンダンス映画祭で1994年に審査員特別賞を受賞した『二人の短い物語/ニューヨークの片隅で』がある。その他、『Employee of the Month』、『Stark Raving Mad』、『Nobody's Baby』、『バディ・ボーイ』(DVD題『ペイン』)、サンダンス映画祭でプレミア上映され、故テッド・デミの映画監督デビュー作となった短編『The Bet』を手がけている。
TVではヒット・シリーズ『エイリアス/2重スパイの女』のエピソード多数と、エミー賞にノミネートされたTV映画『Walter & Henry』の編集を手がけた。
■シャレン・デイヴィス(衣装デザイナー)
1980年代初頭が舞台の本作で衣装を再現してみせたのがシャレン・デイヴィス。ディティールに目を配る彼女はフィルムメイカーたちのお気に入り。これまでにテイラー・ハックフォード監督の名作『Ray/レイ』やデンゼル・ワシントンの監督デビュー作『きみの帰る場所/アントワン・フィッシャー』(2002年:ビデオ&DVD題『A.Q. アントワン・Q・フィッシャー・ストーリー』)の衣装を手がけてきた。次回作はジェイミー・フォックス、ビヨンセ・ノウルズ主演のミュージカル『Dreamgirls』。他の主な作品に『タイムリミット』、『ビューティー・ショップ』、『青いドレスの女』、『ナッティ・プロフェッサー2/クランプ家の面々』、『ダブル・テイク』、『ハイ・クライムズ』、『ラッシュアワー』、『ドクター・ドリトル』、『ランナウェイ』、『堕ちた恋人たちへ』(ビデオ題『堕ちた恋人たちへ/ハードリボルバー』、『グローリーデイズ/夢見る頃はいつも』がある。
■アンドレア・グエラ(音楽)
最近作は批評家の絶賛を浴びた『ホテル・ルワンダ』。同作の音楽により、ワイクリフ・ジーン、ジェリー・“ワンダー”・デュプレシスとともに、ゴールデン・グローブ賞オリジナル歌曲賞にノミネートされた他、グラミー賞主題歌賞にもノミネートされた。
音楽を手がけた他の映画に、『Chen e sar di noi』、『Le Barzellette』、『Io no』、『Soraya』、『Prendimi e portami via』、『Il Vestito da sposa』、『Le Chien』、『le general et les oiseaux』、『Passato prossimo』、『La Finestra di fronte』、『Un Posto tranquillo』、『Prendimi l'anima』、『Emma sono io』、『La Leggenda di Al』、『John e Jack』、『Angela』、『Respiro』、『セマナ/血の7日間』、『La Casa dell'angelo』、『La Luce negli occhi』、『Tornando a casa』、『Le Fate ignoranti』、『Una Lunga notte』、『Alice』、『Qualcuno da amare』、『Medley Brandelli di scuola』、『Prime Luci dell'alba』、『The Protagonists』、『人妻』、『Giochi d'equilibrio』、『Onorevoli detenuti』、『Ultimo taglio』、『Il Tocco: la sfida』、『Un Altro giomo ancora』、『Caro dolce amore』、『Italia Village』、『Troppo Sole』、『Allullo drom』、『Narcos』、『夜ごとの夢/イタリア幻想譚』、『Viaggio d'amore』がある。
その他、『Le Stagioni del cuore』、『La Guerra finite』、『Grande fratello』、『Casa famiglia』、『Le Ragazze di Piazza di Spagna』、『Un Prete tra noi』といったTVシリーズにも携わっている。
■ウィル・スミス(クリス・ガードナー/製作)
1968年、米国ペンシルバニア州フィラデルフィアで、冷凍機ビジネスの経営者を務める父親と、教育委員会で働く母の間に生まれる。18歳の時、ラップ・ミュージシャンになることを両親に宣言し、音楽業界入り。その直後、友人のジェフ・タウンズと組んでDJジャジー・ジェフ&フレッシュ・プリンスとしてデビュー。1989年、“Parents (Just Don't Understand)”でラップ・ミュージックとしては初のグラミー賞を受賞。その後も数々のプラチナ・ヒット・アルバムをリリースし、2つのグラミー賞と3つのアメリカン・ミュージック・アワードを含む、数多くの賞に輝いている。
1991年から1996年までTVのコメディ・シリーズ『The Fresh Prince of Bel Air』に出演して人気を博し、1993年と1994年のゴールデン・グローブ賞主演男優賞にノミネート。
1992年、『ハートブレイク・タウン』でスクリーン・デビュー。続いて『メイド・イン・アメリカ』(1993年)、『私に近い6人の他人』(1993年)で批評家からも好評を得る。
1995年、NATO(全米劇場主協会)/ショーウエストの“明日の男性スター”に選ばれる。同年『バッド・ボーイズ』がオープニング興行成績1位のヒットとなり、一躍ブレイク。その後『インデペンデンス・デイ』(1996年)、『メン・イン・ブラック』(1997)に相次いで主演し、ハリウッドのドル箱スターとしての地位を確立。アフリカ系米国人俳優としては初めて2000万ドルの出演料を稼ぐようになった。『メン・イン・ブラック2』(2002)、『バッドボーイズ2バッド』(2003年)、『アイ,ロボット』(2004年)とオープニング興行成績1位を記録した主演作が続いたことから、エンタテインメント業界に“ビッグ・ウィリー・ウィークエンド”という造語が生まれた。
『アリ』(2001年)では伝説的ボクサーに扮し、MTVムーヴィー・アワード主演男優賞を受賞。またアカデミー賞およびゴールデン・グローブ賞の主演男優賞にノミネートされるなど、演技力も高く評価された。
NAACP(全米黒人地位向上協会)のイメージ賞には1996年、『The Fresh Prince of Bel Air』で初ノミネート。翌年も同番組でノミネートされ、以後『エネミー・オブ・アメリカ』(1998年)、『バガー・ヴァンスの伝説』(2000年)、『アリ』、『バッドボーイズ2バッド』、『アイ,ロボット』、『最後の恋のはじめ方』(2005年)で計8度のノミネーションを受けている。
他の出演作には『ワイルド・ワイルド・ウエスト』(1999)、『シャーク・テイル』(2004年:声の出演)がある。
2002年、ロバート・デ・ニーロ、エディ・マーフィ共演の『ショウタイム』で製作総指揮を務め、プロデュース業に進出。以後『アイ,ロボット』やTVシリーズ『All of Us』(2003年〜)などで製作総指揮、『最後の恋のはじめ方』などで製作を務める。本作でも主演・製作を兼任している。
ミュージシャンとしての活動も続けており、1997年にリリースした初のソロ・アルバム『Big Willie Style』は売上800万枚の大ヒットを記録し、グラミー賞を受賞。セカンド・アルバム『Willennium』(1999年)と、シングルカットされた“Will2K”はともに200万枚以上の売上を記録した。2005年には4枚目のアルバム『Lost & Found』をリリースしている。
■タンディ・ニュートン(リンダ)
1972年、ザンビア生まれ。母はジンバブエのショナ族の王女、父親は英国人。政情不安に伴い3歳の時に英国に移住し、11歳までをコーンウォールで過ごす。その後、ロンドンでモダンダンスを学ぶが、怪我のためにダンサーとなる夢を断念した。
16歳の時、『ニコール・キッドマンの 恋愛天国』(1991年)のオーディションに合格し、女優としてのキャリアをスタート。その後、ロサンゼルスへ渡るが、英国アクセントのために仕事に恵まれず、帰国後、ケンブリッジ大学で人類学を学ぶかたわら女優活動を続けた。
ダニー・キャノン監督の『プレイデッド』(1993年)、ニール・ジョーダン監督の『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年)、ジェイムズ・アイヴォリィ監督の『ジェファソン・イン・パリ/若き大統領の恋』(1995年:ビデオ題『ある大統領の情事』)、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『シャンドライの恋』(1998年)など、一流監督との仕事を重ね、ジョナサン・デミ監督の『愛されし者』(1998年)ではゴールデン・サテライト賞とイメージ賞の助演女優賞にノミネート。大ヒット作『M:i-2』(2000年)ではトム・クルーズの相手役を務め、2度目のイメージ賞ノミネート。再びデミ監督と組んだ『シャレード』(2002年)で同・主演女優賞にノミネートされた。アカデミー賞作品賞を受賞した『クラッシュ』(2004年)での演技も批評家から絶賛を浴びている。
他の出演作に、『妻の恋人、夫の愛人』(1996年)、『グリッドロック』(1997年)、『シェイド』(2003年)、『リディック』(2004年)がある。
TVでは『ER/緊急救命室』第10シーズン(2003年)に準レギュラー出演した。
■ジェイデン・クリストファー・サイア・スミス(クリストファー)
1998年、ウィル・スミスと女優ジェイダ・ピンケット・スミスの間に生まれる。
2003年、ウィル・スミスが製作総指揮を務めるTVシリーズ『All of Us』に準レギュラー出演し、俳優デビュー。本作が初の映画出演作となる。
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