【キャスト&スタッフ】
■スパイク・リー(監督・製作)
脚本・監督・製作に加えて著作や教育にも携わり、映画界における黒人の役割を変革。インディペンデント映画の自主製作における先駆者でもある。
1957年、ジョージア州アトランタに生まれ、ニューヨークのブルックリンで子供時代を過ごす。南部のモアハウス・カレッジ卒業後、ニューヨーク大学で映画の修士号を取得。のちにブルックリンに40エーカーズ&ア・ミュール・フィルムワークスを設立。
自主製作のデビュー作『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』(1986)は、カンヌ国際映画祭で若い映画人たちが選ぶジュネス賞を受賞。長編2作目『スクール・デイズ』(1988・未)では若手黒人俳優数人が鮮烈なデビューを果たす。1989年の『ドゥ・ザ・ライト・シング』でアカデミー賞脚本賞ノミネート、ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞・監督賞受賞。続く『モ’・ベター・ブルース』(1990)、『ジャングル・フィーバー』(1991)、『マルコムX』(1992)、『クルックリン』(1994)、『クロッカーズ』(1995)、『ガール6』『ゲット・オン・ザ・バス』(1996)でも社会・政治批判の才能をフルに発揮する。『サマー・オブ・サム』(1999)、『キング・オブ・コメディ』(2000・未)、『25時』(2002)などで批評・興行ともに成功を収める。
2006年、19本目の長編劇映画『インサイド・マン』が高い評価を獲得。また、ハリケーン・カトリーナ直撃後のニューオーリンズ市民に焦点を当てたドキュメンタリー「When The Levees Broke」(2006)を発表し、大惨事の決定的記録として賞賛された。現在、ニューヨーク大学映画芸術大学院の教授・芸術監督。
■ロベルト・チクット/ルイジ・ムジーニ(製作)
チクットは、1978年に製作会社アウラ・フィルムを設立し、エルマンノ・オルミ監督『聖なる酔っぱらいの伝説』(1988)などを製作。ムジーニは、ミラノのボッコーニ大学卒業後、大手出版社リッゾーリに入社。1980年にリッゾーリ・グループの配給会社チネリッツの経営責任者となる。
1984年、2人はミカド・フィルムを共同設立。1993年にはナンニ・モレッティ監督らと配給会社を興し、『息子の部屋』(2001)などを配給。また、のちにオルミ監督と製作会社チネマウンディーチを設立し、彼の作品やジャック・リヴェットの『ランジェ公爵夫人』(2007)を製作。2007年、オン・マイ・オウン・プロドゥツィオーニ・チネマトグラフィケを設立し、本作は同社の第1作となる。
■ジェームズ・マクブライド(原作・脚本)
ニューヨーク生まれ。母はユダヤ教徒の娘としてポーランドに生まれた白人で、彼女は幼い頃に家族とアメリカに移住するが、父親が母親を虐待するという家庭から飛び出し、ジェームズの父親となる黒人と出会い結婚。人種差別があたりまえだった時代に、「母の色は水の色」が200万部以上のベストセラーとなり、全米の学校で読まれている。タイトルは、著者の「神様は白人か黒人か?」との問いに、「神様は霊だから水の色をしている」と答えた母の言葉からきている。オバーリン音楽学校で作曲を学び、コロンビア大学でジャーナリズムの修士号を取得。作家、作曲家として活躍。本作の原作は2003年に出版。最新作「Song Yet Sung」(2008)は、1850年のメリーランド州東岸を舞台に、逃亡奴隷と奴隷捕獲人を描いた西部冒険物語である。
ミュージカル作品で1997年アニスフィールド・ウルフ文学賞など多くの賞を受賞。作詞・作曲家として、アニタ・ベイカー、グローヴァー・ワシントン・ジュニア、ゲーリー・バートンらのアーティストや、公共放送局のキャラクター「バーニー」のために楽曲を提供。複数の名誉博士号を持つ。
■マルコ・ヴァレリオ・プジーニ(製作総指揮)
ローマのラ・サピエンザ大学で学ぶ。パノラマ・プロダクションズにおいて、ジェーン・カンピオンの『ある貴婦人の肖像』(1996)のイタリアでの製作管理を担当。1997年、ウテ・レオンハルトと共にローマにパノラマ・フィルムズを設立し、最高責任者・筆頭プロデューサーとなる。TV作品「ユダ 哀しみの使徒』(2004)、映画『アイランド』(2005)、『天使と悪魔』(2009)などの製作に関わり、TVシリーズ「ROME[ローマ]」(2005〜2007)では共同製作総指揮を務めた。イタリア製作会社協会会長。
■ジョン・キリク(製作総指揮)
ニュージャージー州出身。『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)、『マルコムX』(1992)、『クロッカーズ』(1995)、『ラストゲーム』(1998)、『25時』(2002)などスパイク・リーの12作品の製作に携わった。また、ティム・ロビンスの『デッドマン・ウォーキング』(1995)と『クレイドル・ウィル・ロック』(1999)、ジュリアン・シュナーベルの『バスキア』(1996)、『夜になるまえに』(2000)、『ルー・リード/ベルリン』(2007)、『潜水服は蝶の夢を見る』(2007)の4作、さらに『ブロンクス物語 愛につつまれた街』(1993)、『カラー・オブ・ハート』(1998)、『ポロック 2人だけのアトリエ』(2000)、『アレキサンダー』(2004)、『ブロークン・フラワーズ』(2005)、『バベル』(2006)などを製作。
■トニーノ・ゼッラ(美術)
これまでに30本以上のイタリア映画を担当。ジュゼッペ・トルナトーレ監督『題名のない子守唄』(2006)、カルロ・リッツァーニ監督『Hotel Meina』(2007)、シルヴィオ・ムッチーノ監督『Parlami d’amore』(2008)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞にノミネート。そのほかの代表作は、パオロ・ヴィルツィ監督『カテリーナ、都会へ行く』(2003・映画祭上映)など。
■マシュー・リバティーク、A.S.C. (撮影)
1968年、ニューヨークのクイーンズ生まれ。音楽ビデオの撮影でキャリアをスタート。ダーレン・アロノフスキー監督作品で高い評価を獲得。『π』(1998)でインディペンデント・スピリット賞にノミネートされ、『レクイエム・フォー・ドリーム』(2000)で同賞を受賞。同監督とは、『ファウンテン 永遠につづく愛』(2006)を含む3本の長編と4本の短編でコンビを組んでいる。
スパイク・リーの『セレブの種』(2004)と『インサイド・マン』(2006)も担当。そのほかの作品に、『タイガーランド』(2000)、『フォーン・ブース』『ケイティ』(2002)、『ゴシカ』(2003)、『ネバー・ダイ・アローン』(2004)、『僕の大事なコレクション』(,2005)、『ナンバー23』(2007)、『アイアンマン』(2008)など。
■カルロ・ポッジョリ(衣装)
ナポリの学校で舞台美術と衣装デザインを学んだ後、ローマでガブリエッラ・ペスクッチ、ピエロ・トージ、マウリッツィオ・ミレノッティらイタリアを代表する衣装デザイナーの助手を務め、ジャン=ジャック・アノー、テリー・ギリアム、フェデリコ・フェリーニ、フランコ・ゼフィレッリらの作品に参加。『イングリッシュ・ペイシェント』(1996)ではアン・ロスの助手となり、『リプリー』(1999)では副デザイナーを務める。
衣装デザイナーとしての作品は、『女優マルキーズ』(1997)、『コールド マウンテン』(2003)、『ヴァン・ヘルシング』(2004)、『ブラザーズ・グリム』(2005)、『シルク』(2007)、TV「アヴァロンの霧」(2001)、ミニシリーズ「アルゴノーツ 伝説の冒険者たち」(2000)など。オペラの衣装も数多く手がけている。
■バリー・アレクサンダー・ブラウン(編集)
1960年、イギリスに生まれ、アメリカで育つ。『スクール・デイズ』(1988・未)、『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)、『マルコムX』(1992)、『クルックリン』(1994)、『ラストゲーム』(1998)、『サマー・オブ・サム』(1999)、『キング・オブ・コメディ』(2000・未)、『25時』(2002)、『セレブの種』(2004)、『インサイド・マン』(2006)など多くのスパイク・リー作品を編集。アカデミー賞にノミネートされたドキュメンタリー『The War at Home』(1979)ではグレン・シルバーと共同で監督を務めた。他に数本の監督作品がある。
■テレンス・ブランチャード(音楽)
現代最高のジャズ・ミュージシャンのひとり。1962年、ニューオーリンズ生まれ。5歳でピアノを、小学生のときトランペットを習い始め、オペラ歌手の父からも指導を受ける。ルトガース大学在学中にライオネル・ハンプトンのバンドのツアーに参加。1983年、ウィントン・マルサリスの後任としてアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズに加わり、貴重な経験を積む。
映画音楽は、『ジャングル・フィーバー』(1991)、『マルコムX』(1992)、『クルックリン』(1994)、『クロッカーズ』(1995)、『ゲット・オン・ザ・バス』(1996)、『サマー・オブ・サム』(1999)、『25時』(2002)、『セレブの種』(2004)、『インサイド・マン』(2006)など多くのスパイク・リー作品のほか、『ポワゾン』『グリッター きらめきの向こうに』(2001)、『ニューヨーク 最後の日々』(2002)などを担当。2007年は、セロニアス・モンク・ジャズ協会のロサンゼルスからニューオーリンズへの移転事業で芸術監督として重要な役割を担った。
■ビリー・バッド(軍事アドバイザー)
英国海兵隊コマンド部隊で15年間勤めあげ、フォークランド紛争や北アイルランドへの3度の遠征などで作戦実行経験を積む。退役後、要人警護や、TVの軍隊エキストラとして活動。『プライベート・ライアン』(1998)でトム・サイズモアの代役を務めた際に、ウォリアーズ社のデイル・ダイ隊長の目に留まり、サイズモアの個人アシスタント兼ボディーガードに抜擢される。軍事アドバイザーとして参加した作品は、『アレキサンダー』(2004)、『キングダム・オブ・ヘブン』(2005)、『エラゴン 遺志を継ぐ者』(2006)、TVシリーズ「ROME[ローマ]」(2005〜2007)など。
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