『LIFE IN A DAY 地球上のある一日の物語』/"LIFE IN A DAY"




(c) 2011 world in a day films limited
2011年8月27日よりユナイテッド・シネマ豊洲ほか全20劇場、オーディトリウム渋谷ほか全国にて公開

2011年/イギリス・アメリカ/カラー/95分/デジタル/ステレオ/提供:アミューズソフトエンタテインメント、オープンセサミ、マジックアワー/特別協力:ユナイテッド・シネマ/製作:SCOTT FREE、YouTube/E 2011 world in a day films limited/配給・宣伝:マジックアワー/ http://www.youtube.com/lifeinaday/

◇監督:ケヴィン・マクドナルド ◇共同監督:マスード・ホッサイニ(カブール,カザフスタン)、クリスティナ・ボッチアリーニ(カイロ,エジプト)、ソマ・ヘルミ (バリ,インドネシア)、相川博昭(東京,日本)、マレク・マコヴィック(カトマンズ,ネパール)、アルベルト・ラミロ・ゴンザレス・ベナヴィデス(アレキパ,ペルー)、アルディラノフ・レナト・ヴァルレヴィッチ、バイトゥリン・アレクサンダー・ムハメドヴィッチ(モスクワ,ロシア)、パトリシア・マリネス・デル・オジョ、トニウ・クソウ(バルセロナ,スペイン)、ボリス・グリシュケヴィッチ (ザカルパッチャ,ウクライナ)、ハーヴェイ・グレン(ドバイ,UAE)、キャリン・ウェクター(ニューヨーク州ニューヨーク,アメリカ)、クリストファー・ブライアン・ヒールト(イリノイ州ナパービル,アメリカ)、デイヴィッド・ジェイクス(ロードアイランド州ウーンソケット,アメリカ)、ベッツィー・デルヴァリー(イリノイ州アーバナ、アメリカ)、ボブ・リジンスキ・ジュニア(イリノイ州グレイスレイク,アメリカ)以上15組17人の参加監督(サンダンス映画祭のプレミア上映に招待された)をはじめとする日本人6人を含む、332組342人の共同監督たち ◇プロデューサー:リザ・マーシャル ◇エグゼクティヴ・プロデューサー:リドリー・スコット & トニー・スコット ◇編集:ジョー・ウォーカー ◇音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ、マシュー・ハーバート ◇ライン・プロデューサー:アン・リンチ ◇共同プロデューサー:ジャック・アーバスノット、ティム・パートリッジ ◇ファースト・アシスタント・エディター:グウィリン・ヘウェトソン ◇アセンブリ・エディター:ケイト・デニング、リサ・フォレスト ◇アシスタント・エディター:マーク・キーディ、マーク・マクダーモット、ジューン・ゴー、アヴドヘシュ・モーラ、パトリック・ディーン ◇アソシエイト・エディター:ディヴィッド・チャラップ、ラス・クラファム ◇音楽エディター:ジェームズ・ベラミー ◇ワークフロー & アヴィッド・サポート:レイモン・ハギンズ ◇アーカイヴ・プロデューサー:マーティン・フィリップ ◇プロダクション・コーディネーター:ラクエル・アルヴァレス ◇リーガル・クリアランス:ケイト・ペンリントン ◇リサーチャー:ノラ・アルシャリフ、ニック・ブレイク、ピア・ボルグ、エド・コルトマン、ビリー・ドゥサンジ、ヴィカ・エヴドキメンコ、アビゲイル・ハーディング、サマンサ・ヘルマン、ロマン・ケドシム、エヴァ・クリシアク、ジャコモ・ラ・モナカ、マーシー・リャオ、マリア・マーティン・マルティネス、ジョゼフ・マシューズ、トレイシー・マッカリック、エリー・ナカジマ、シャーロット・ニューマン、オスカーズ・ルーペンハイツ、ローサ・サウンダーズ、パスカリーヌ・サイラント、トワン・ダ・シルヴァ、ジョハネス・シャフ、パトリック・ティモンズ・ウォード ◇音楽スーパーバイザー:ジョン・ボートウッド ◇アシスタント・プロデューサー:キャロライン・ジェラルド ◇ユニット・パブリシスト:イアン・トンプソン




| 解説 | プロダクションノート | ストーリー | キャスト&スタッフ |
| オフィシャルサイト | WERDE OFFICE TOP | CINEMA WERDE |



【解説】

◆YouTubeが贈る、世界初、地球規模の歴史的な試み。
話題騒然のソーシャル・ネットワークムービーが誕生!


「2010年7月24日(土) あなたの日常のひとコマを記録しませんか」

世界中の人々が過ごしたそれぞれの“一日”を撮影し動画を投稿、その中から、魅力的な映像を編集して1本のドキュメンタリーにするというプロジェクト、「LIFE IN A DAY」。

YouTube上で動画募集の告知をスタートさせると、世界192カ国からのべ80,000本、時間にすると、なんと4,500時間を超える作品が投稿された。

その中から選ばれたのは、332組342人もの動画。朝起きてから寝るまでの日常の風景をとらえたもの、あるいは、プロポーズから結婚、出産、金婚式まで、ライフサイクルに沿うように示される一連の動画、オーロラや高飛び込み、スカイ・ダイビングといったスペクタクル性の強い映像、そのほか、自転車で世界を旅している韓国人男性や靴みがきのペルー人少年のエピソード、事件として歴史に刻まれることになったドイツのラブパレードの様子などもドキュメントされる。

それらが織りなす、美しくユーモラスで感動的な映像たちは、今まさに地球上で起こっているだろう日常を追体験させてくれる。

世界はひとつにつながっている ― 映像を通し、その普遍的な思いが伝わってくる画期的なソーシャル・ネットワークムービーが誕生した!



◆YouTube × リドリー・スコット&トニー・スコット兄弟製作総指揮

監督は、『ラストキング・オブ・スコットランド』などを手がけ、長編ドキュメンタリー部門でオスカーを受賞したケヴィン・マクドナルド。製作総指揮を務めるのは、リドリー・スコット(『エイリアン』『ブレードランナー』)とトニー・スコット(『トップガン』『アンストッパブル』)で、彼ら兄弟の製作会社スコット・フリーがプロダクションとなり、世界最大の動画共有サイトYouTubeとタッグを組んで、世界規模の一大プロジェクトがスタートすることになった。


第51回クラクフ映画祭(ポーランド)

ドキュメンタリー・コンペティション長編部門出品 観客賞受賞

第27回サンダンス映画祭(アメリカ)プレミア部門出品 [ワールド・プレミア]

第61回ベルリン国際映画祭(ドイツ)パノラマ部門出品






 


【プロダクションノート】

監督のケヴィン・マクドナルドが『LIFE IN A DAY』のインスピレーションを得たのは、イギリスのドキュメンタリー作家ハンフリー・ジェニングス(1907〜1950)からであった。

ハンフリー・ジェニングスというのは、ロバート・フラハティの後継者とも目されながら43歳で夭折してしまった映画監督で、1937年にイギリスで始まった「世論調査」(Mass Observation)の創始者の1人でもあった。

ここでいう「世論調査」とは、普通の人々の未知の部分や日々の生活の美しさをドキュメントする試みで、今われわれが「世論調査」(Opinion Poll)という時にイメージするものとは少し違い、志願者に日々の生活について細かい日記を書いてもらったり、「あなたの家のマントルピースには何がありますか?」とか「今日見た落書きは何ですか?」といった質問に答えてもらうというようなものだった。

つまり、ケヴィン・マクドナルドが考えたのは、これを今、全世界の人々に向けて、インターネットを使って行なうことができないかというものであった。普通の人々が撮影した動画を送ってもらい、それらを通して、彼らが恐れているものや愛しているものなどを見せてもらう。そうして集まった動画を1本の映画にまとめ上げることができれば、人類が歩んできた道や今立っているところはどんなところなのかを示したり、われわれの存在価値のようなものを明らかにすることができるのではないか、と考えたわけだ。

こうした発想が元になって、リドリー・スコットとトニー・スコットの映画製作会社スコット・フリーがプロダクションとなり、YouTubeがパートナーとなって、『LIFE IN A DAY』のプロジェクトがスタートした。

動画を投稿してもらう期日はわりとすんなり決まった。2010年のサッカー・ワールド・カップが終わった後で、参加者の多くがまだホリデーに行ってしまわない初夏のある1日だ。その日、7月24日は土曜日で、多くの人がこのプロジェクトに時間を割いてくれるだろうと期待された。

期日を1日24時間に限定したのは、期間を広げて、より多種多様の動画を集めるより、こういうことがこの地球上でほぼ時を同じくして起こっているということを示すことの方が、見る者の驚きや感動が大きいのではないかと考えたからだ。

プロジェクトは、実施日の18日前、2010年7月6日に全世界に向けて発表された。

プロジェクトに参加するためのステップやビデオを作るためのガイドラインを示し、参考にするためのサンプル・ビデオも用意された。

参加者に対するメッセージはシンプルだった。「あなたの物語を話してください。あなたが恐れるものを教えてください。そしてあなたのポケットに入っているものを私たちに見せてください」  こういう基本的な枠組みを作り出すことで、マクドナルドは、比較対照できるような、ある種の回答パターンに人々を導こうとしたのだ。

加えて、動画が採用された投稿者のうち、20人が、2011年1月のサンダンス映画祭でのプレミア上映に「共同監督」として招待されることも告知された。

このプロジェクトを発表した時、制作チームは、1万2千から1万5千クリップ、フッテージにして1000時間以下の、長編ドキュメンタリーを埋められるくらいの素材が集まればいいだろうと考えていた。

しかし、投稿の期限となる7月31日までに、のべ80,000件以上、時間にして約4,500時間にも及ぶ投稿が殺到した。制作チームは、これらすべての映像を見て可能性を考慮しつつ、分類・整理しなければならなかった。小さな軍隊ほどのリサーチャーやビューワーたち、その多くは映画学生だったが、彼らが膨大なフッテージの山に送り出されていった。彼らは、届いたフッテージにタグをつけ、分類し、コード化するという作業に専念した。

一方、マクドナルドや編集者のジョー・ウォーカー、そして制作スタッフは、これらのフッテージを使って、いかにして観客を一体感ある旅に導くことができるか、構成の方法について議論を重ねた。

どの素材にも多くの関連やつながりが見出せ、ピースを正しい場所に収めるための調整や再調整が繰り返された。心をできるだけオープンにして、先入観を払いのけ、カオスの中に浸って、秩序やパターンを探す。

もっとも顕著なパターンは、日々のルーティンを描いたものだ。目覚めて、シャワーを浴びて、歩いて、食べてというような。これらのテーマは、道しるべとして映画の中に組み込まれた。これは、見る者に、地球のある1日を旅していることを思い出させることにもなる。

また、いくつか「幸福なアクシデント」と言ってもいいような出来事もあった。その1つは、7月24日がたまたま満月だったことだ。非常に多くの満月のクリップが寄せられ、その結果、世界各地の、満月が見える深夜の自然風景から、この映画をスタートさせるのがふさわしいだろうということになった。

中には、7月24日に撮影されたものではないことが判明したもの、あるいは、権利関係がクリアできずに採用できなかったものもあったが、約7カ月、作業時間にして、送られた全フッテージに相当する4,500時間以上の時間をかけて、映画『LIFE IN A DAY』は完成した。

ケヴィン・マクドナルドは言う。

「ぼくは、インターネットというのは、人々のつながりの偉大なるメタファーであり、つながりそれ自体を創り出していると思う。この映画でやっていることは、前インターネット時代、特に前YouTube時代にはあり得なかったことだ。何千人、何万人、もしかしたら何十万人という人がプロジェクトに参加して、コミュニケートし、同じ時にそれについて考えるというアイデアは、われわれが生きている今の時代ならではのものだ。『LIFE IN A DAY』は、100年前では存在しなかったし、20年前でも、6年前ですら不可能だった」

制作チームは、この試みが議論を呼び、人類が今どこにいて、何を持っているのかということを考えるきっかけになればと期待している。

『LIFE IN A DAY』のプロジェクトが発表され、全世界に向けて動画募集の告知が行なわれたのは、2010年7月6日のことであった。

これが、のちに8万件もの動画を集めることになる一大プロジェクトになるとは、まだ誰も想像していなかったが、このプロジェクト開催を伝える告知の文面は、そんな気負いを感じさせない、ごくシンプルなものであった。


(c) 2011 world in a day films limited

毎日、67億もの人々が、自分の目という独自のレンズを通して世界を眺めている。それらをすべて集めて、成型し、地球のある一日の物語として示すことができたらどうだろうか。

本日、われわれは、『LIFE IN A DAY』を立ち上げることに興奮している。これは、世界中の人々の目を通して、ある一日をドキュメントしようという、歴史的な映画の実験である。7月24日に、24時間で、あなたの生活をカメラで撮影してほしい。普通のこと ― 日の出、出勤、隣人とのサッカー ― でもいいし、特別なこと ― 赤ちゃんが初めて歩いたこと、愛する人が亡くなったことに対する反応、あるいは結婚式 ― でもいい。

『ラストキング・オブ・スコットランド』や『運命を分けたザイル』、『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』で知られるアカデミー賞受賞監督ケヴィン・マクドナルドが、特に注目したフッテージを編集して、1本の長編ドキュメンタリーに仕上げる。エグゼクティヴ・プロデューサーを務めるのは、『グラディエーター』や『ブラックホーク・ダウン』、『テルマ&ルイーズ』、『ブレードランナー』、『ロビン・フッド』で知られるリドリー・スコットだ。さらに、長年の「ライフ・イズ・グッド」キャンペーンの中核を担ってきたLGエレクトロニクスが、良質なオンライン・コンテンツを創造し、あらゆる人が共有し、楽しむことができるよう、『LIFE IN A DAY』をサポートする。

映画は、2011年のサンダンス映画祭で上映される予定だ。もしあなたのフッテージがファイナル・カットに含まれることになったら、あなたは共同監督としてクレジットされ、プレミア上映に出席できる20人の1人に選ばれるかもしれない。

参加したくなっただろうか? だったら、次のようにしてほしい。

1.『LIFE IN A DAY』チャンネルを訪問して、このプロジェクトの詳細を知ってほしい。そこには、このプロジェクトに参加するためのステップやビデオを作るためのガイドラインが示されている。アイデアのインスピレーションを得るために、サンプル・ビデオも用意されている。

2. 7月24日にあなたの1日をカメラに収めてほしい。

3. それを7月31日までに『LIFE IN A DAY』チャンネルにアップロードしてほしい。

あなたのフッテージが、最終的に映画に収められるかどうかに拘わらず、あなたのビデオは、『LIFE IN A DAY』チャンネルに収められ、未来の世代に対し、2010年7月24日はこうだったということを示すタイム・カプセルとなる。

さあ、歴史の一部になろう。



【投稿動画に関する条件】

・現地時間で、2010年7月24日0時1分から23時59分に撮影された動画であること。
・You Tubeコミュニティのガイドラインに準拠した動画であること。
・長さの規定はない。ただし、You Tubeにアップロードできる動画が10分までなので、10分以上になる場合は、複数の動画に分割しなければならない。
・編集する必要はない。むしろ生の素材であることが望ましい。
・音楽など、投稿者が使用する権利を有しないものを用いてはいけない。
・趣旨としては、2010年7月24日の投稿者の周辺世界をドキュメントすることであるが、投稿者が2010年7月24日の自分の世界を示す最善のものがフィクションを含んでいるものであったり、アニメーションであると考えたりする場合は、その判断は投稿者に委ねられる。
・7月24日から7月31日までにYou TubeのLife in a Dayチャンネルから投稿すること。


【投稿者に関する条件】

・13歳以上。
・You Tubeが遮断されている国や地域(イラン、シリア、キューバ、スーダン、北朝鮮、ミャンマー)の住人を除く。
・ファイナル・カットに採用されても投稿者にギャランティーが支払われることはない。ただし、ファイナル・カットに採用された投稿者は、その氏名が「共同監督」としてクレジットされるほか、投稿者のうち、20人が2011年1月のサンダンス映画祭のプレミア上映に招待される。(実際に招待されたのは、15組26人の投稿者および出演者で、実際に出席できたのは、14組23人)


【投稿動画に関する情報】

・投稿動画:約80000件
・投稿動画の総時間数:約4500時間
・動画を送った国:192カ国


【ファイナル・カットに関する情報】

・採用された投稿者:332組342人
・採用されたクリップ数:1125


【公開/上映に関する情報】

・2011年1月のサンダンス映画祭でプレミア上映。
・2011年1月28日に、YouTubeを通して、クローズド・キャプションで、25言語の字幕による1回限りの配信。
・ファイナル・カットに採用されなかった動画もYou TubeのLife in a Dayチャンネルでアーカイブ化される。



共同監督:相川博昭さんインタビュー

●まず、どのようにしてこのプロジェクトを知ったのですか?

You Tubeに動画をアップロードしようとした時に、『LIFE IN A DAY』の告知を見ました。自分でも映像を作ったりする仕事をしているので、これはおもしろいと思ったし、参加しておいた方がいいだろうと考えました。ただ、その日がもう7月23日だったんですね。7月24日に撮らなきゃいけないとしたら、1日しかなくて、結局、行き当たりばったりで撮ることになりました。


●具体的にはどうして参加してみようと思ったんですか?

世界中から何百本とか、何千本とか、何万本送られてくる中で、自分が出したものが使われるかもって考えるのもどうかと思うんですけど、これ出したら使われるんじゃないかって根拠のない自信があったんですね。何を撮るかも決めていない段階で。自分が撮ったものが、映画の中で使われるっていうのは夢のような話なので、採用されるにしろ、されないにしろ、応募しないことには始まらない。何が何でもどんなにつまらないものだったとしても、何か撮って応募しようと思いました。


●応募要綱によると、10分以内のものだったら何本送ってもよかったわけですが、何分のものをどのくらい送ったんですか?

ぼくは、朝、息子が保育園に行くまでの、子供との時間を撮ったんですけれども、動画だと、カメラ(キャノンのEOS Kiss X4)で撮れるのが12分までなので、2回撮って、10分のと6分のを送りました。その後、息子を保育園に連れていって、帰ってきてからも撮ろうと思っていたんですが、撮ったものを見てみたら、案外よく撮れてるなあと思ったのと、それよりもおもしろいアイデアは出てこなかったし、仕事もあったので、結局、その2本を送りました。採用されたのはそのうち1本です。


●その映像を送ろうと思ったわけ、その映像に込めた思いというのはどんなものだったのでしょう?

思いみたいなものは特にないですね。わりとニュートラルな気持ちです。自分が撮ったものが、ほかの人が見てどう思うのかということについてはあまり考えていませんでした。それは本当にうちの日常だったんです。昨日撮っても、明日撮っても、同じものが撮れるというような。でも、魚眼レンズを使って撮っていたので、こういうものを映画の中で使ってくれるかどうかという不安はありました。これをおもしろいねって思ってくれれば使ってくれるかもしれない。そういう感じでした。


●動画は、7月31日までに投稿しなくてはならなくて、それからサンダンス映画祭に招待されるまではどういうスケジュールで連絡があったのでしょうか?

最初に連絡があったのは8月13日で、まず、編集のジョー・ウォーカーから「応募ありがとうございました」というメールが来ました。それから、9月28日に『LIFE IN A DAY』の制作チームから上位100時間のフッテージに選ばれたと連絡がありました。まだ使われるかどうか、はっきり決まったわけじゃなくて、また追って連絡します、みたいな内容でした。ただ、その時点で、動画の権利、You Tubeで自由に使える契約書みたいなもの全部にサインしなくちゃいけなくて、出ている人の許諾も取らなきゃいけないし、未成年者であれば保護者の許諾が必要だとか、映ってる場所はあなたのものですかとか、全部権利をはっきりさせた上で、やっと、そこから先に進めるということになりました。全編英語の契約書が送られてきたんですけど、わからないので、ちょっとわかんないよって送ったら、全部日本語に訳してくれました。その後で、順々に、選考が狭まっていって、最終的にサンダンスへの招待状が届いたのは12月2日です。


●『LIFE IN A DAY』の全編を通して、キャプションとかテロップとか全然入っていなくて、映像だけで語らせようという一貫した姿勢が感じられます。相川さんの撮った映像も、取り立てて説明的な描写はなくて、奥さんはどうしてるのかなと思うと、遺影があって、線香を供えるっていう描写があって、ああ、そういうことだったのかって、わかる仕掛けになっています。そういうことは予め考えていたのでしょうか。

全く意識していませんでした。最初に机の上にカメラを置いて、スイッチをオンにするところから始めてるんですが、魚眼レンズを使えば、机の上から部屋全体が撮れるなということしか考えていませんでした。子供が歩いたら、カメラを持って撮ればいいと思ったくらいで、何か狙いがあってとか、この後、遺影が写れば、うちの状況がわかるなとか、そういうことは一切考えてなかったんですね。撮った後で、見てみたら、なんかちょっとあざとい感じの映像になっちゃったかなとは思いましたけど。狙って撮ったとか、そういうことはありませんでした。


●サンダンス映画祭でのインタビューで、ここにつれてきてもらったのは(撮影の8カ月前に病死された)奥さんのおかげであるっていうふうに答えていますが、サンダンスで『LIFE IN A DAY』に採用された自分の動画を見て、そういう思いを強くしたということなんでしょうか?

結局、妻が死んでいなければ、あの映像は撮れていなかったですし、別の映像が撮れたとは思うんですけれど、それでサンダンスに行けたかというと、だいぶ怪しいですね。だから、妻のおかげでサンダンスに連れて行ってもらったという思いはあります。


●今回、この経験を通して、気づいたこと、この経験によって自分も変わったなあと思うことはありますか?

7月24日に撮影をした段階では、日々、生活に追われていたので、父ひとり子ひとりで生活していくの、超大変みたいな感じでいたんですが、ふと、子供とか家族とかいうことについて、こういう状況なんだなとか、子供にどう接していこうかとか、そういうことについてやっと考えられるようになったというか、考えるための凄くいいきっかけになったという気はしています。

その後、サンダンスに連れて行っていただいたり、ロンドンのプレミアに連れて行っていただいたり、それも子供と一緒に行けたわけで、凄くいい経験になったなあと思います。海外の方たちともつながりができたので、これをうまくつないでいけたらと思います。



相川博昭(あいかわ ひろあき)

1969年神奈川県生まれ。中学時代に自主映画の世界に触れ、そこから映画の世界を志すようになる。1991年日本映画学校撮影科卒業。自主制作映画の撮影などを行ないながら、1993年よりシネ・ヴィヴァン・六本木に勤務。1998年よりフリーのカメラマンとして活躍。

阿部和重「シンセミア」の連載写真、青山真治監督作品『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』のスチールを担当。KAKUTA、散歩道楽、文月堂、チェルフィッチュなどの劇団にカメラマンとして参加。

最近ではAMARONA:Pというユニットで360°パノラマ撮影を中心に活動している。



 


【ストーリー】

◆2010年7月24日の真夜中の0時から次の真夜中の0時まで、日常のライフサイクルに沿って、300以上のエピソードが紡がれている。あるエピソードはほんの断片のみが採用され、また、あるエピソードはもう少し時間を割いて紹介される。イメージによって繋げられているフッテージ群もあれば、「あなたのポケットやハンドバッグには何が入っていますか」「あなたの好きなものは何ですか」「あなたが怖いと思うものは何ですか」など、1つのテーマでまとめられているパートもある。大半のエピソードは1回限りだが、いくつかのエピソードは、時間を追って数回にわたって取り上げられている。


(c) 2011 world in a day films limited

東京(日本)

相川博昭は、8カ月前に妻を失い、今は息子と2人で暮らしている。今日も息子を起こし、着替えさせ、亡き妻の遺影に線香を供える。

ザカルパチャ(ウクライナ)

キエフに住むボリス・グリシェケヴィッチは、自分とは違う暮らしを見たくて、ザカルパチャの山羊飼いに一日密着した。彼らの生活空間には、店もなく、村もなく、電柱もなく、コミュニケーションの手段もないが、彼らは自然と共存し、誠実に生きている。

グレイスレイク(アメリカ)

妻がガンの治療を続けていて、これからの暮らしをうまくやっていくためには、家族全員の協力が必要で、それを息子のボビーにもわかってもらわなくてはいけない。

バリ(インドネシア)

ソマ・ヘルミの家には25年以上働いているインド人のメイドがいる。今日は満月だったので、彼女はビシュヌ神のためにお供え物を用意している。

カトマンズ(ネパール)

韓国出身のオクワン・ユンは、自転車で世界を旅している。9年と36日目の今はカトマンズにいる。ここまでにまわった国は190カ国。これまで6回も車にぶつけられ、5回も手術をした。

アレキパ(ペルー)

アベルは、通りで靴みがきをしていて、毎土曜にきてくれる常連客もいる。ママが死んでしまった今、パパが家族の世話をしているが、アベルはそんなパパが大好きだ。「子供1人にラップトップ1台」政策のおかげで、アベルもラップトップを手に入れた。ウィキペディアには何でも書いてあって、大きな図書館みたいだ。


(c) 2011 world in a day films limited

ナパービル(アメリカ)

クリストファーは、今夜、エミリーとシカゴにでかける予定で、今日こそ彼女に告白しようと思い、母親に電話でアドバイスを求める。

ドバイ(UAE)

アヨマティはドバイで庭師をしている。故郷にいても仕事はないが、ここドバイには庭師の仕事があって子供たちにも仕送りができるので、とても満足している。

ウーンソケット(アメリカ)

デイヴィッド・ジェイクスは、自分がゲイであることを、電話を使って、祖母にカミング・アウトする。

モスクワ(ロシア)

アレクサンダーはパルクールが得意だ。窓から外に出て、塀を乗り越え、木に登り、動いているバスにしがみつく。

バルセロナ(スペイン)

ヴィルジニアは、家族が見守る前で、人間ピラミッドの頂点に登っていく。

カブール(アフガニスタン)

ニュース・カメラマンのマスード・ロサニが、自分の家、家族、カブール旧市街、市場、テコンドーをする娘たちなどを紹介していく。アフガニスタンについては、戦争や紛争、自爆テロなどネガティブな面ばかりが報道されているが、決してそれだけではないし、人々が未来へと希望を持って暮らしていることを伝えたいと彼は考えている。

デュイスブルク(ドイツ)

世界最大級のレイヴイベント、ラブパレードが、2年ぶりに、デュイスブルクの旧貨物駅用地で開催される。楽しいはずのイベントは、しかし、入場口となったトンネル出口の斜面に人があふれて倒れ、死者21人、負傷者500人以上を出す大惨事になってしまう。

アーバナ(アメリカ)

深夜。車の中でベッツィーが言葉を選びながらゆっくりと話し始める。「この映画のために、今日何か凄いことが起こればいいと考えていた。誰の人生でもいいことがあるって世界に示したかった。でも、もう1日が終わりそうなのに、凄いことなんて何も起こらなかった。私の存在を知ってもらいたかった。できるなら私もここにこうして座っていたくはない。普通の女の子だし、平凡な人生だっていうことはわかってるつもり。……何も起こらなかったけれど、今夜は、なぜか特別な夜に感じる」

 


【キャスト&スタッフ】

■ケヴィン・マクドナルド[監督]

1967年、スコットランド・グラスゴー生まれ。

兄は、ダニー・ボイル作品や『ラストキング・オブ・スコットランド』などのプロデューサーとして知られるアンドリュー・マクドナルド、祖父は、マイケル・パウエルと組んで『黒水仙』『赤い靴』『ホフマン物語』などを発表した映画監督のエメリック・プレスバーガー。

1999年に、ミュンヘン・オリンピック事件を題材にしたドキュメンタリー『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』(1999)を発表し、この作品で、米国アカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞。

2003年には、アンデスで遭難した2人の登山家の体験を本人たちの証言と再現映像で描いた『運命を分けたザイル』を発表。この作品は、ドキュメンタリー作品としては、イギリス映画史上最高のボックス・オフィスを記録したほか、BAFTA英国アカデミー賞で最優秀英国映画賞を受賞した。

2006年には、初のドラマ作品『ラストキング・オブ・スコットランド』を監督。この作品で、BAFTA英国アカデミー賞で最優秀英国映画賞と脚色賞を受賞し、イディ・アミンを演じたフォレスト・ウィテカーにアメリカとイギリス双方のアカデミー賞主演男優賞をもたらした。

2007年には『敵こそ、我が友ー戦犯クラウス・バルビーの3つの人生ー』、2009年には『消されたヘッドライン』を、2011年にはローズマリー・サトクリフの小説『第九軍団のワシ』を映画化した“The Eagle”を発表した。

『アイルトン・セナー音速の彼方へ』(2010)では、エグゼクティヴ・プロデューサーを務めている。

最新プロジェクトは、ボブ・マーリーに関するドキュメンタリー“Marley”と、メグ・ローゾフのガーディアン賞受賞作品『わたしは生きていける』の映画化“How I Live Now”。



■ジョー・ウォーカー[編集]

BBC出身の映画編集者、作曲家。

編集を手がけた作品には、カンヌ国際映画祭でカメラドールを受賞したスティーヴ・マックイーン監督の『ハンガー』(2008/映画祭上映)、マイケル・ケイン主演のクライム・アクション『狼たちの処刑台』(2009/未)、グレアム・グリーンの原作を映画化したローワン・ジョフィー監督の『ブライトン・ロック』(2010/映画祭上映)などがある。

作曲家としては、数多くのドキュメンタリーや子供向け作品に楽曲を提供していて、2004年にはダニエル・パーシヴァル監督の『ダーティ・ウォー/戦慄の最終兵器』のためにオーケストラ用の作曲を行なった。



■リザ・マーシャル[プロデューサー]

リザ・マーシャルは、BBCでプロデューサーとしてキャリアをスタートさせ、2005年にチャンネル4に移り、2007年に同社のドラマ部門のヘッドに就任し、2009年11月にリドリー・スコットとトニー・スコットのプロダクション、スコット・フリーに移籍している。

BBC時代に手がけた作品には、『ダーティ・ウォー/戦慄の最終兵器』(2004)などがあり、チャンネル4時代に手がけた作品には、ガブリエル・レンジ監督・脚本の『大統領暗殺』(2006)、マーク・ミュンデン監督の『キングダム・ソルジャーズ - 砂漠の敵 - 』(2007)、ケン・ローチ監督の『この自由な世界で』(2007)、ジョン・クローリー監督の『BOY A』(2007)、ピート・トラヴィス監督の『エンドゲームーアパルトヘイト撤廃への攻防ー』(2009)などがある。

2009年にチャンネル4で手がけた作品に、ジュリアン・ジャロルド、ジェームズ・マーシュ、アナンド・タッカーら監督による、トニー・グリゾーニ脚本の3部作『レッド・ライディング』(2009)があるが、この作品は、現在、スコット・フリーがソニー・ピクチャーズと組んで映画化を進めている。



(c) 2011 world in a day films limited

■リドリー・スコット[エグゼクティヴ・プロデューサー]

1937年イギリスのサウスシールズ生まれ。

1977年に『デュエリスト/決闘者』で監督デビュー。この作品でカンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞した。

続いて、1979年に『エイリアン』、1982年に『ブレードランナー』を発表し、世界的なヒットメーカーとしての地位を確立。

その後、『テルマ&ルイーズ』(1991)と『グラディエーター』(2000)、『ブラックホーク・ダウン』(2001)で、3度米国アカデミー賞監督賞にノミネートされ、『グラディエーター』では、米国アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞、BAFTA英国アカデミー賞でそれぞれ最優秀作品賞を受賞した。

1995年に、弟のトニー・スコットとともに、スコット・フリー・プロダクションを設立し、幅広いジャンルの映画やTV作品を製作している。

2003年には、芸術の分野での多大な貢献が認められて、エリザベス女王からナイトの爵位が贈られた。



■ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ[作曲]

1961年イギリス生まれ。

電子音楽とオーケストラやクラシック音楽のエレメントを結びつけたスタイルで高い評価を受けている。

ジャンルとしてはアニメーション作品が多く、また、ジョエル・シュマッカー、トニー・スコットなど、特定の映画監督とのコラボレーションも多い。

『シュレック』(2001)で、BAFTA英国アカデミー賞の作曲賞にノミネートされ、『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』(2005)で、ゴールデン・グローブ賞とグラミー賞にノミネートされた。2006年より米国映画芸術科学アカデミー(AMPAS)会員。

人気ゲーム「メタルギアソリッド」シリーズの音楽も担当している。

近作には、『ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛』(2008)、『ウルヴァリン:X - MEN ZERO』(2009)、『サブウェイ123激突』(2009)、『プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂』(2010)、『シュレック フォーエバー』(2010)、『アンストッパブル』(2010)、『ザ・タウン』(2010)、『トゥエルヴ』(2010/未)などがある。



■マシュー・ハーバート[作曲]

1972年イギリス生まれ。

電子音楽家、DJ。サンプリング・ミュージックの鬼才とも呼ばれる。

日常の生活音や日常用品から生み出される「音」を素材として、独自のサンプリング・ミュージックを作り出しているほか、ビッグバンド・ジャズの作品を手がけたり、数多くのアーティストのリミックス(電気グルーヴやコーネリアスなども含む)も行なったりしている。

日本で公開されている映画作品には、『ヒューマン・トラフィック』(1999)がある。



■YouTube[製作]

YouTubeは、カリフォルニアのサンブルノを拠点とするYouTube, LLCが運営する、世界最大のインターネット動画共有サービスで、多くの人々がオリジナル・ビデオを見つけ、鑑賞し、共有するのに利用している。

YouTubeは、人々にフォーラムを提供しているが、そこは、世界中の人々がつながり、情報交換し、刺激し合う場となっている。また、クリエーターや広告主にとっては、オリジナル・コンテンツを流通させるためのプラットホームとして、さまざまなレベルで機能している。

YouTubeが、今回、このプロジェクトに参加したのは、この数年間でもメディアのあり方が大きく変わり、こうしたプロジェクトに参加することによって、世界中のユーザーとYouTubeとのコラボレーション、およびデモクラティゼーションを、新たな段階に移行させることができるのではないかと期待したからであり、これまでもYouTubeがさまざまにチャレンジしてきたように、この試みが、音楽やアートや映画の分野で境界線を押し広げることにつながるのではないかと考えたからである。