『白い花びら』/"Juha"




20世紀最後のサイレント・フィルム
1999年ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品
『浮き雲』のアキ・カウリスマキ監督最新作
2000年6月24日よりユーロスペースにて公開


1998年/フィンランド/1時間18分/35mm/モノクロ/音楽つきサイレント/ヴィスタサイズ/ドルビーSRD/日本語字幕:石田泰子/配給:ユーロスペース

◇製作・監督・脚本・編集:アキ・カウリスマキ ◇原作:ユハニ・アホ ◇音楽:アンシ・ティカンマキ ◇撮影:ティモ・サルミネン ◇助監督:エリヤ・ダンメリ ◇照明:オッリ・ヴァルヤ、リスト・ラアソネン、ラウリ・トンミネン、オラヴィ・トゥオミ、ハイイェ・アランオヤ、ヨウコ・ルッメ、マルック・ペティレ、ユッカ・サルミ ◇衣装:マルヤ=レーナ・フッカネン

◇キャスト:サカリ・クオスマネン(ユハ)、カティ・オウティネン(マルヤ)、アンドレ・ウィルムス(シェメイッカ)、エリナ・サロ(シェメイッカの姉)、マルッキィ・ペルトラ(運転手)、オナ・カム(シェイメッカの女)、オウティ・マエンパー(シェイメッカの女)、トゥイレ・トゥオミスト(シェイメッカの女)、タティアナ・ソロヴィオヴァ(ダンサー)、エスコ・ニッカリ(警察署長)、ヤーコ・タラスキヴィ(ボディ・ガード)、ピートゥ(ユハの愛犬)、タンゴ・オーケストラ=サフカ・ペッコネン、サミ・クオッパマキ、ユーソ・ノルトルンド、アンシ・ティカンマキ、ヤリ・リアホ



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【解説】

■アキ・カウリスマキ・ゴーズ・サイレント

世界各国でヒットし、多くの人々に生きるユーモアと淡い幸せを与えたあの『浮き雲』の公開から三年。昨年のベルリン国際映画祭でも圧倒的な人気を博したカウリスマキの最新作『白い花びら』がいよいよ公開される。

しかも今回のアキ・ワールドはなんとサイレント映画(音楽付き)。前作『浮き雲』で堪能した映画的な気分は見事はずされたが、CGによる映像処理や簡便なデジタル撮影が映画のメインストリートを席巻しようという時代に、反時代的ともいえるサイレント映画を飄々ととってしまうその悪童ぶりには、やはりベルリンっ子でなくとも大喝采を送ってしまう。吉とでるかあるいは…。そこには彼一流の反骨精神が脈打ち、世の映画産業とは無縁のカウリスマキだけが知る気持ち良い風が吹き渡っている。



■それは白夜のように、うつくしい悲喜劇

風が光る田舎道をバイクで走る晴れやかな夫婦ユハとマルヤ。ふたりはキャベツを積んだバイクで村外れの市場を目指す。市場はにぎわい、二人で育てたキャベツが飛ぶように売れていく。手を取り合い子供のように喜ぶユハとマルヤ。そして、この無垢な森が育んだしあわせな光景を一枚一枚の字幕が暗示する。「彼らは子供のように幸せです」。 ある日、この静かな村へ一陣の風。光輝くオープンカーに乗るカサノバ風な男(シェメイッカ)がやってくる。そしてマルヤに囁く。「あんなみすぼらしい男の妻だって?君はあんな奴にはもったいないほど美しい。

この光と森がかぎりなく続くフィンランドの小さな村を舞台にしたアキ・カウリスマキの最新作『白い花びら』は、仲むつまじく暮らす夫婦がある日を境に破綻していく様を白夜のように美しい悲喜劇として描いていく。

原作はフィンランド文学の国民的作家ユハニ・アホ(1861-1921)が1911年に発表した小説の映画化で、過去3度も映画化されている。それだけにフィンランドではこの悲劇の物語を知らない人はいないほどだ。

ユハニ・アホの原作は16世紀から18世紀頃のカレルの森を舞台にした夫婦の不幸な結婚の物語で、体に障害のある年老いた男と若い妻、そしてカサノバのようなロシア人セールスマンとの三角関係を描いている。

カウリスマキはこの原作を忠実にたどりながらも、現在と過去との境界をあいまいにしてすべての時代に見え隠れする生ある者の悲しみを提示する。そして見る側が物語を自由にひも解くサイレント映画ならではの醍醐味が、言葉では見えない本当の悲喜劇を感得させてくれる。



■「サイレント映画を作るのは簡単なことではない」

カウリスマキはだいぶ前からこの小説を映画化する構想をもっていて、最初はポルトガルの山間部を舞台にして撮ろうとしていたが、ポルトガルの風土や習慣を熟知しなければ到底この物語の悲劇は撮れないと諦める。ところが今回オリジナルの音楽を手がけたアンシ・ティカンマキとの共同作業によって20世紀最後を飾るサイレント・フィルムへの船出が始まった。

「映画はしゃべり始めてからずっと退化しつづけているという指摘をした人がいたが、確かにその通りで、映画そのものであるストーリーの純粋さを言葉の厚かましさで消してしまっている」今回のプロジェクトを立ち上げる際のカウリスマキのキーワードでもあり、彼の胸の中でいつも埋み火のように燃えていた想いだった。

いわば今回の『白い花びら』は、ユハとマルヤという人間の存在の悲しみを借りて、映画の失地回復を、映画そのもの敗者復活を目論んだ荒業のようにも見えてくる。

カウリスマキは『白い花びら』を撮るために数え切れないほどのサイレント映画を研究したようだ。たとえば、ダグラス・フェアバンクスやキング・ウィダー。グリフィスの『散り行く花』やムルナウの『大地』シュトロハイムの『結婚行進曲』…などなど。映画の歴史を歩くことによってカウリスマキはついに20世紀最後のサイレント映画にたどり着いたといえるだろう。



■主演はユハに

『レニングラード・カウボーイズ』でお馴染みのサカリ・クオスマネン。『浮き雲』では実直さが取り柄のイロナの元同僚を好演したが、今回の『白い花びら』ではフィンランドの森が生んだ骨太で無垢な農夫を演じている。穏やかで平和な生活から一転して悲劇のマルヤを演じるのは『マッチ工場の少女』『愛しのタチアナ』『浮き雲』などカウリスマキ的世界の構築になくてはならないカティ・オウティネン。そして、シュメイッカを演じるのは『ラヴィ・ド・ボエーム』『レニングラード・カウボーイズ・モーゼに会う』でアキ・ワールドの中にあってその異邦人ぶりを発揮するアンドレ・ウィルムス。この他シュメイッカの姉役でエリナ・サロ、警察署長役でエスコ・ニッカリなど常連のアキ組が顔をだす。



<アキ・カウリスマキのショート・メモ>

■ストーリーを映像だけで表現するための苦労といったら並大抵ではなかった。実際やって見てそれをますます確信した。今回600のカット割が必要だった。これは『浮き雲』の2倍だ。

■この映画の映像とスタイルに関して云えば、作品の始まりを1928年頃のスタイルで始め、終わりのほうに向かって50年代のB級映画のスタイルに移行させていった。サイレント映画の真似をする必要はないと思ったからだ。それは以前試したが、あまり上手くいかなかった。その代わり私は自分自身の映画を作った。それが成功しているかどうかは不運にも自分ではわからない。

■『白い花びら』をサイレント映画史の一時期(音は使われていたが、ボイス・シンクロニゼーションがまだ可能ではなかった時代)のものとして位置付けた。それはちょうど『ジャズ・シンガー』と前後する頃だ。

■なぜ、ユハはゴミ置き場でたおれるのか。原作のラストではユハは河に落ちて死ぬ。それが今の河はどうか。ゴミの山だ。だからラストでユハが向かうのはゴミ廃棄場とした。



 




【ストーリー】

フィンランドのどこか、ちいさな村。自分たちの作ったキャベツを町で売る幸せそうな夫婦ユハ(サカリ・クオスマネン)とマルヤ(カティ・オウティネン)。ふたりの作ったキャベツは新鮮でおいしいためか、どんどん売れていく。ますます幸せそうなふたり。

ある日、ふたりの住む村にひとりの男が迷い込む。しゃれた背広に髪をなでつけた粋な髪型。そして輝くばかりのオープンカー。カサノバ風の男の名はシュメイッカ(アンドレ・ウィルムス)。途中、いなか道を颯爽と走るその車が故障してしまい、男はキャベツ畑にいたユハに助けを求めるのだった。ユハは仕事を途中で切り上げ、快く修理を引き受ける。ふたりの男の様子を家の中から眺めるマルヤ。彼女に気づくシュメイッカ。意識するマルヤ。ユハが車の修理をしている間、お茶をふるまうためマルヤは男を部屋に案内する。すると、男はすかさずマルヤを口説きはじめるのだった。「君が、あの年老いた男の妻だなんて…」

ユハの見立てによると車はすぐには直りそうもない。明日までかかるだろう。男は一晩、ユハの家に宿をとることとなった。

夜…・男たちふたりは意気投合して強い酒を酌み交わす。しかしシュメイッカは飲んでいるように見せかけて、酒を捨てていた。ユハはひとりでますます泥酔していく。そして意識を失う。見透かしたようにマルヤを口説きにかかるシュメイッカ。マルヤはやっとの思いで寝室に逃げ込み鍵をかけるが、シュメイッカを意識せずにはいられない。

次の日の朝。車の修理も終わり、いよいよ出発の時間。ユハに感謝の言葉をかけるシュメイッカ。しかしユハが席をはずした隙に、彼はマルヤを抱きすくめ「待っていておくれ、すぐに迎えに来るから」とささやく。陶然とするマルヤ。なにも知らないユハは、機嫌も上々でシュメイッカを送り出すのだった。

「君は荒れ野のような村で早々と歳をとってしまうよ。目はかすみ、髪は白くなり、両肩はがっくりと落ちて…」マルヤの耳に残る男の声。




次の日からマルヤの様子が少しずつ変わり始めた。キャベツを男に見立ててため息をついてみたり、仕事もせずに化粧ばかりしている。それもどんどん濃くなっていく。料理をすることも止め、ユハに与える食事は冷凍食品ばかり。残りの時間はファッション雑誌をながめたり、爪を磨いたり、タバコを吸ったり。ついには寝室からユハを追い出すことに。

時が過ぎ、シュメイッカが再びやってきた。心から歓迎するふたり。ユハにはお酒をマルヤにはスカーフをプレゼント。思わずスカーフに頬ずりするマルヤ。歓迎の意を表してユハとマルヤは村の小さなダンスホールにシュメイッカを招待する。ダンスに興じるシュメイッカとマルヤ。仲間のそばで酒をあびるユハ。

音楽はつづき、ダンスは終わらない。男は女に「明日、ここを離れよう」と耳打ちする。「わたしは他の人のものよ」と女。「君はもう彼のものじゃない。掴まえられて篭にいれられた鳥じゃない」とうそぶく男。

そんなこととは露とも知らず、また浴びるほどに飲むユハ。いつか音楽は止み、すべての明かりは消された。泥酔して眠り込むユハに残された置き手紙。

「わたしはシュメイッカといっしょに出て行きます。彼を愛しているの。わたしの心はここでは枯れてしまい息ができないの。ゆるしてください。私をさがそうとはしないで。あなたのマルヤより」

その夜、マルヤはシュメイッカと駆け落ちした。




ふたりは途中、美しい湖のほとりで休息をとる。そしてそこで結ばれる。昼寝をするシュメイッカの顔に光があたらぬよう、枝を採ってこかげをつくるマルヤ。そんなことは露知らず、目を覚ましたシュメイッカは飛んできた蝶を無造作に踏みつぶす。

一方、泥酔状態からやっと目を覚ましたユハは、マルヤの残した置き手紙を読んで愕然とする。しばらく呆然とするが、意を決して警察へと出向く。マルヤの置き手紙を警察署長に見せるが、彼は困惑した表情を見せるだけ。そして「力ずくではないから、どうにも…」と答えるだけだった。

ヘルシンキに到着したマルヤとシュメイッカは、街の高級ホテルに逗留する。部屋に落ち着くとシュメイッカはシャンパンを取り乾杯を促す。夢見心地のマルヤ。次の日の朝、ルームサービスの朝食がうやうやしく運ばれる。しかし、シュメイッカはもうベッドにはいない。その代わり代理の男が現れマルヤを別の場所に案内する。

マルヤが案内された所はマンションの一室で、そこには複数の男女と用心棒風の男たちが居座っていた。女たちはみな厚めの化粧と派手な衣装をまとい、たばこを吸いながらカードに興じていた。マルヤはマンションのひと部屋に案内されるが、状況を理解できないでおどおどするばかり。そこの少し歳のいった女性(エリナ・サロ)が現れ「私はシュメイッカの姉よ」と憮然とした表情で話しかける。マルヤに安堵の色が広がり、「お会いしたかったわ」と喜びを表すが、女の表情は変わらない。

いつのまにか広間は騒がしくなり酔狂なパーティが開かれていた。そこにはシュメイッカもいて、彼に巻きつくような女の姿もあった。その様子を見てマルヤが顔色を変えると、シュメイッカは女の腕を乱暴にふりほどいた。

その頃。ユハは村のパブに通いづめ。周りからも女房を寝取られた男、と馬鹿にされ荒れる日が続いた。

ある日、シュメイッカはマルヤを高級ブティックに連れていき洋服をあつらえさせる。シックなワンピースを買い与えられたマルヤは鼻高々でナイトクラブのドアをくぐる。そこはシュメイッカの経営するクラブで、姉がクラブ歌手として歌っていた。テーブルにはシュメイッカの知り合いやら、ホステスたちが華やかに席を取り囲んでいた。知らない男の隣に座らされたマルヤは男の狼藉をうけるが拒絶する。

助けを求めるマルヤにシュメイッカはこう言い放つ。「おれにずっと養ってもらえると思っているのか。そろそろ働いてもらわないとな」

部屋に戻ったマルヤは呆然とする。意識を失ったかのように座り込む。そしてユハとのしあわせな結婚式を思い出す。一方、ユハはマルヤのいなくなったベッドのシーツを撫で身悶える。

マルヤは店に出ることもできず、みなの部屋を掃除する日々。やがて意を決したマルヤはユハの住む村へと続く列車に乗り込もうとするが、その直前に意識を失う。意識が戻ったときにはすでにシュメイッカの一味が取り囲み、そのまま直行した病院でマルヤは懐妊していることを告げられる。

秋は過ぎて、やがて冬。赤ん坊を手にするマルヤ。そして雪解け。

ユハはひとりオノを研いでいる。荷物をまとめ出発の準備は整った。いつも一緒だった犬のピートゥを隣人に預けると、ひとりバスに乗り込んだ。ピートゥがいつまでもバスを追いかけてくるが、やがてその姿も小さくなっていく。

マルヤの住むマンションに乗り込むユハ。仁王立ちしたユハは容赦なく用心棒たちを殴りつけ、奧の部屋に急いだ。そこには赤ん坊を抱いたマルヤがいた。赤ん坊を見て思わず窓から投げ落とそうとするユハだが、マルヤに諌められ我にかえる。

何もいわずにその場を去ったユハは、そのままナイトクラブに乗り込んでいく。ついにシュメイッカを追い詰めるが、胸にピストルの一撃。しかし、その一発さえなかったようにシュメイッカを倉庫に追い込む。倉庫から出てきたユハの手には血のついた斧。

階下に立つのはマルヤと赤ん坊。ユハはやさしくマルヤの肩を抱く。3人で外へ出た。マルヤと赤ん坊をタクシーに乗せ駅へ向かわせると、自分だけ別のところへ向かった。そこは寒々としたゴミ収集所だった。崩れるユハ。後ろではブルドーザーが音を立ててごみを廃棄していた。





 
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