『やさしくキスをして』/"AE FOND KISS"


5月7日より渋谷アミューズCQNにて公開

2004年/イギリス=イタリア=ドイツ=スペイン/104分/カラー/1:1.85/ドルビーSRD/原題:AE FOND KISS.../挿入歌:「奇妙な果実」(ビリー・ホリデイ)、「キラキラ星変奏曲」(W.A.モーツァルト)、「やさしいキス(AE FOND KISS)」(詩:ロバート・バーンズ)/配給:シネカノン

◇監督:ケン・ローチ ◇脚本:ポール・ラヴァティ ◇撮影:バリー・エイクロイド ◇編集:ジョナサン・モリス ◇音楽:ジョージ・フェントン ◇録音:レイ・ベケット ◇美術:マーティン・ジョンソン ◇衣装:キャロル・K・ミラー ◇製作総指揮:ウルリッヒ・フェルスベルグ、ナイジェル・トーマス ◇プロデューサー:レベッカ・オブライエン

◇キャスト:エヴァ・バーシッスル、アッタ・ヤクブ、アーマッド・リアス、シャムシャド・アクタール、シャバナ・バクーシ、ギザラ・エイヴァン、ゲイリー・ルイス、デヴィッド・マッケイ、シャイ・ラムザン、ジェラルド・ケリー、ジョン・ユール、スンナ・ミルザ、パーシャ・ボカリー



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【解説】

私が信じるもの あなたが信じるもの

アイルランド人の音楽教師とイスラム系移民二世のDJ、
2人がたどったあまりに切なく美しい愛の奇蹟。


◆その時、愛を選ぶか? 家族を選ぶか?

スコットランドのグラスゴー。カソリックの高校で音楽を教えるロシーンは、聡明で自分の意志をしっかりと持った魅力的な女性だが、若くして結婚した夫とは別居中で心には寂しさを抱えていた。ある日、彼女は教え子の兄でパキスタン移民二世のカシムと知り合う。カシムはグラスゴーで最先端のクラブでDJとして働きながら、将来自分のクラブを経営することを夢見ている。2人はすぐに深く愛し合うようになるが、厳格なイスラム教徒であるカシムの父親は異教徒との結婚を許さず、美しい従姉妹のジャスミンを婚約者に決めてしまう。カシムは、強い絆で結ばれた家族と、ロシーンと一緒に過ごしたいという自分の思いの間で揺れ動く。また、ロシーンも厳しいカソリックの教えのもとで、カシムとのことが原因で仕事を辞めなければならなくなる。そしてそのころ、カシムの家族はある決断を下していた。果たして、2人の愛の行方は ─ ?


◆巨匠ケン・ローチが描く珠玉のラブストーリー

自立しながらも心は満たされることのなかった女性が、やっとつかんだ小さな幸せ。しかし、彼女が愛したのは、古いしきたりが根強く残る移民社会に生まれた男性で、2人の前には大きな困難が立ちはだかっていた。巨匠ケン・ローチが爽やかに描く珠玉のラブストーリーは、今や日本でも決して珍しいことではなくなってきた国際結婚をモチーフとして、家族や世代、そして文化、宗教に関する問題を背景に、真実の愛を貫こうとする2人が観る者すべての胸に深い感動を刻み込む傑作だ。移民一世の両親と、グラスゴーに生まれ育ってそこが自分の母国だとも思っている子供たちという家族の複雑な事情、2人の関係が家族にもたらす緊張感や不安感、そして、さまざまな問題の間で揺れ動きながら、2人が自分自身をどう定義するかというアイデンティティーについての映画でもある。ベルリン国際映画祭では、ケン・ローチが初めて本格的に取り組んだ恋愛映画に惜しみない拍手が湧き起こり、それは長い間鳴り止むことはなかった。そして、記者会見場は興奮した多くのジャーナリストたちであふれ返り、入りきれない人々が続出した。


◆瑞々しい演技を支える円熟の技

主演には、アイルランドで女優として活躍してはいたがまだ無名のエヴァ・バーシッスルと、大学院生としての本業の傍ら、モデルとしても活動をしていた演技初体験のアッタ・ヤクブが抜擢された。そして、ケン・ローチのお馴染みの即興的な演出により、リアルで瑞々しい2人の演技がフィルムに焼きつけられた。その演出を支えるのは、前作"SWEET SIXTEEN"でカンヌの脚本賞を受賞したポール・ラヴァティをはじめ、ここ数本、変わらずローチ作品で共同作業を共にしているスタッフが集結し、円熟の技で深みのある映像を創り上げている。また、原題の"AE FOND KISS...(やさしいキス)"は、劇中で演奏される伝承曲のタイトルで、その詩は、スコットランドが誇る18世紀の詩人ロバート・バーンズによるものだ。この曲は、グラスゴー出身のバンド、フェアグランド・アトラクションが、そして解散後には、ボーカルのエディ・リーダーが再び取り上げている。また、バーンズは、「蛍の光」の原詩の作者としても有名である。


 


【ストーリー】

スコットランドのグラスゴー。カソリックの高校で音楽を教えるロシーンは、聡明で自分の意志をしっかりと持った魅力的な女性だ。ある日の放課後、コンクールのための個別レッスンをしていると、数名の生徒が騒々しく音楽室に駆け込んでくる。どうやらパキスタン移民二世の女子生徒タハラが、白人の男子生徒たちにからかわれたことが発端らしい。すぐに事情を察したロシーンは男子生徒を追い返し、怒りに震えて泣いているタハラを優しくなだめて落ち着かせる。そのタハラの傍らには、妹を迎えにきた兄のカシムがいた。これがロシーンと彼との出会いだった。

数日後。ロシーンが仕事を終えて学校を出ると、カシムの姿があった。先日の騒動で壊したギターを弁償しに来たのだと言う。そんなカシムに好感を抱いたロシーンは、グランドピアノの運搬を頼む。実は、彼女には別居中の夫がおり、大事なピアノを夫のもとから移動したいと思っていたのだ。二つ返事で引き受けてくれたカシムに誘われたロシーンは、その晩、グラスゴー最先端のクラブで彼のDJに耳を傾ける。そして、カシムは彼女に、親友ハミッドとともに自分たちでクラブを経営しようと思っていると夢を語る。互いに惹かれるものを感じた2人が愛し合うようになるのに、時間はかからなかった。


家柄も良く、将来有望なパキスタン人の青年アマール一家がカシムの家を訪ねてくる。親の反対をよそに、エジンバラの大学に行ってジャーナリストになることをめざすタハラとは対照的に、姉のルクサナは敬虔なイスラム教徒である両親の決めたこの縁談を当然のこととして受け入れている。そして実は、カシムにも両親が決めた婚約者がいる。9週間後にパキスタンからやってくる従姉妹のジャスミンだ。彼の父親は息子の結婚を喜び、商売の合間を見ては息子夫婦のための新居増築に大忙しだし、ルクサナの縁談も重なって、一家はおめでたいムードに包まれている。ましてや移民としてこの国にやってきて以来、白人から差別を受け続けてきて、同族のコミュニティーを重んじている古風で厳格な両親が、白人女性と付き合うことなど許すはずがない。カシムは家族にもロシーンにも本当のことを言い出せずにいた。

夏休み。学期末に校長から正教員の誘いを受けて喜ぶロシーンが、スペインへの旅行を決めてくる。内緒で出かけた2人は、そこで初めて互いについてゆっくりと話し合い、ロシーンは、若くして一度結婚したのは家族のいない孤独から逃れるためだったと正直に告白する。そして、カシムも悩んだ末、ついに婚約者ジャスミンのことを打ち明けた。衝撃の事実に、今まで黙っていたことを激しく責めるロシーン。ただ謝ることしかできないカシムだったが、この出来事であらためて互いへの深い愛に気づいた彼は、家族にロシーンのことを話し、ジャスミンとの結婚を断ろうと決意する。しかし、帰国後、着々とできあがっていく新居や、姉の結婚も決まって喜ぶ両親を前にして、カシムの気持ちは揺れ動く。そして、これらすべてを壊すことになるひとことを切り出すことはできないと思った彼は、やはりロシーンに別れを告げる。カシムのこの選択を理解することができないロシーンは悲しみに暮れる。

カシムの家では、大学進学をめぐってタハラと父親との間で激しい口論が起こる。自分の夢の実現のためには父に対しても毅然とした態度を貫くタハラ。しかし、誰の援護も得られず父にもまったく相手にされなかった彼女は、ひそかにロシーンと付き合いながら家族に何も言えない兄に対しても苛立ちをぶつける。そして、ここ数日の間、何とか一人息子として両親の期待に応えようと自分の気持ちを抑え込んでいたカシムももう限界だった。タハラの言葉に張りつめた糸が切れたように感情があふれ出したカシムは、ついに婚約を解消することを宣言し、家を出る。


ほどなくして、2人はロシーンの部屋で一緒に暮らすようになるが、カシムの家族にはハミッドと暮らしているとウソをついているし、カシムの親戚や顔見知りが多い地区を通る時には、いまだにロシーンが身を隠さなくてはならない。そんなある日、母からカシムに泣きながら電話があった。自分やタハラのせいで父がひどく落ち込んでいることを聞かされて心を痛めたカシムは、思い立ったように何枚かの古い写真を取り出す。そこに父と一緒に写っている双子の弟は、多くの死者が出たインドとパキスタンの宗教紛争下で誘拐されて二度と戻らなかったこと、カシムという名前はその父の弟の名であること……。カシムはロシーンに写真を見せながら、父は、背負ってきた過去の重さゆえに異教徒との交際を受け入れられないのだと説明する。そして、2人の人生のためにとイスラム教への改宗をロシーンに迫るが、彼女はウソの生活は嫌だと言って断るのだった。

一方、ロシーンもまた、この交際が原因で窮地に立たされる。正教員の契約に必要な資格証明書のために訪ねた教区の司祭から、イスラム教徒であるカシムとの関係を激しく咎められ、ついには正教員になるどころか、無宗派の学校への異動を命じられてしまったのだ。

さまざまな問題が2人の前に立ちはだかり、何度も衝突し合いながらも2人は愛を深めていくが、カシムの家族は強硬手段に出る。ただ1人、タハラが反対する中でカシムを家に呼び、時を同じくしてロシーンにも「見せたい物がある」とルクサナから連絡が入る。そして、車で連れ出されたロシーンの前で増築が終わったばかりの新居が披露されたばかりか、何も知らないカシムとパキスタンからやってきた婚約者のジャスミンとを対面させ、家族で結婚を祝おうとしたのだ。あまりのことにショックを受けたロシーンは、その場から立ち去る。タハラからそれを聞かされたカシムは、威厳をかなぐり捨てて必死に家族を選ぶよう懇願する父を振り払い、彼女を追って家を飛び出した。落胆した父は、家族の目の前で新居をハンマーで叩き壊す。

その夜。タハラは両親に、ジャーナリストになるために自分が選んだ大学に進学し、兄であるカシムにはこれからも会うという意思をあらためて告げる。でも、2人の恩は忘れないし、いつか恩返しをするというタハラの感謝の言葉に、涙を流す父。

方々を探し回ったもののロシーンを見つけられなかったカシムが疲れ果てて帰宅すると、ピアノの音色が聞こえてきた。彼女が戻っていることに安心したカシムの言葉に対し、素っ気ない返事をするロシーン。しかし、やがて2人は見つめ合い、そしてキスを交わす。