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『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』/"THE CURIOUS CASE OF BENJAMIN BUTTON"
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2009年2月7日より丸の内ピカデリーほか全国にて公開
2008年/アメリカ映画/2009年日本公開作品/167分/原題:THE CURIOUS CASE OF BENJAMIN BUTTON/10巻/4,590m/シネマスコープサイズ/SRD・DTS・SDDS/翻訳(字幕・吹替):アンゼたかし/吹替版演出:小山悟/原作:F・スコット・フィッツジェラルド/配給:ワーナー・ブラザース映画/オリジナル・サウンドトラック:ユニバーサル クラシックス&ジャズ
◇監督:デビッド・フィンチャー ◇脚本・映画版原案:エリック・ロス ◇映画版原案:ロビン・スウィコード ◇原作:F・スコット・フィッツジェラルド ◇製作:キャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャル、シーアン・チャフィン ◇撮影:クラウディオ・ミランダ ◇美術:ドナルド・グレイアム・バート ◇編集:カーク・バクスター、 アンガス・ウォール ◇衣装:ジャクリーン・ウエスト ◇音楽:アレクサンドル・デプラ ◇視覚効果監修:エリック・バーバ ◇特殊メイク効果:グレッグ・キャノム
◇キャスト:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、タラジ・P・ヘンソン、ジュリア・オーモンド、ジェイソン・フレミング、イライアス・コーティーズ、ティルダ・スウィントン、ジャレッド・ハリス、エル・ファニング、マハーシャラルハズバズ・アリ
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| 解説 | プロダクションノート | ストーリー | キャスト&スタッフ | | オフィシャルサイト | WERDE OFFICE TOP | CINEMA WERDE |
【解説】
◆80歳で生まれ、若返っていく
数奇な人生を生きた、ある男の物語
私は数奇な人生のもとに生まれた ― 。「グレート・ギャツビー」で知られるF・スコット・フィッツジェラルドが、1920年代に書いた短編を基にした『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』は、こうして幕を開ける。それは80歳で生まれ、年をとるごとに若返っていく男の物語。ほかの人々と同じように、彼にも時を止めることはできない。
第一次世界大戦末期の1918年にニューオーリンズで始まり、21世紀へと続く彼の人生は、たとえようもないほど不思議なもの。“普通”とは言い難い彼は、出会った人々や場所を心に刻み、愛と出会い、愛を失い、生の喜びと死の悲しみに震えながら、壮大な旅を続ける。
生まれてすぐに捨てられたベンジャミンに、無償の愛をくれた育ての母。外の世界へ飛び出し、誘われるまま乗った船で仕事をくれた船長は、「自分の信じる道を進め」と教えてくれた。異国で出会った女性との初めての恋、初めてのくちづけ。第二次世界大戦で共に戦い、夢半ばで散った男たちと結んだ絆、名乗り出た実の父の死……ベンジャミンは自分に与えられたさまざまな機会をすべて受け入れ、そこで出会った人々と深くかかわっていくことに、生きる意味を見出していく。
そんな数え切れない出会いと別れの中で、ベンジャミンの人生を大きく変えたのは、生涯思い続けた女性、デイジーだ。互いに求め合いながらも、別々の時の流れを生きなければならないふたり。人生のちょうど真ん中で、やっとほぼ同じ年齢になったふたりは、互いを慈しむように強く優しく愛し合う。しかし、彼らは気づいていた。やがてまた、時に引き裂かれることを。そのとき、ふたりが選んだ人生とは? この世に、時を超えて残る愛は、あるのだろうか ― ?
ベンジャミンは知っていた。出会った人々と、いつか必ず別れることを。だからこそ、この一瞬一瞬を大切に生きたい ― 『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』は、特別な運命を生き抜いたベンジャミンの曇りなき瞳を通して、人生の素晴らしさを見せてくれる感動作である。
◆ブラッド・ピット×ケイト・ブランシェット×デビッド・フィンチャー
ハリウッドだけが叶えられる、夢の組み合わせ
ベンジャミン・バトンを演じるのは、世界中で圧倒的な人気を誇るブラッド・ピット。その輝かしいキャリアの中で、アクション、コメディ、ラブストーリー、感動作と、すべてのジャンルの役柄を完璧に演じてきたピットが、今度は年々若返っていくという誰も演じたことのない役どころに挑んだ。ベンジャミンの生涯の恋人であるデイジーには、鍛え抜かれた演技力と磨き上げられた美貌で、常に観客を魅了するアカデミー賞女優、ケイト・ブランシェット。
監督は、『セブン』『ファイト・クラブ』のデビッド・フィンチャー。今の時代を代表するのはもちろん、未来の映画界を担う監督のひとりだ。本作では、フィンチャー監督が得意とする前代未聞の設定を入口にしながら、登場人物一人ひとりの体験を丹念に描き、観る人すべてが「これは自分の物語だ」と感じられるストーリーを紡ぎ出した。観終わった後に誰もが自分の人生について話したくなる感動作に、早くも全米マスコミの多大なる注目が集まっている。賞レースの口火を切るナショナル・ボード・オブ・レビューでは監督賞を受賞、作品ベスト10にも選ばれた。批評家たちは、この勢いはオスカーまで続くと絶賛の声を惜しまない。
◆一生に一本の一級品を支える
一流のスタッフ・キャストたち
拾った赤ん坊にベンジャミンと名づけて、我が子同然に深い愛を注ぎ続けるクイニーには、『スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい』のタラジ・P・ヘンソン。デイジーの一人娘キャロラインには、『レジェンド・オブ・フォール 果てしなき想い』のジュリア・オーモンド。ベンジャミンを捨てたことを悔やみ続ける父トーマスには、『スナッチ』のジェイソン・フレミング。ベンジャミンが初めて恋におちる女性エリザベスには、『フィクサー』でアカデミー賞助演女優賞を獲得したティルダ・スウィントン。
脚本は、『フォレスト・ガンプ/一期一会』でアカデミー賞を受賞したエリック・ロス。世界大戦など歴史のダイナミックな流れを時代背景に、人々の日々の営みの細部を描き出す才能を、本作でも存分に発揮している。気品溢れる音楽は『ライラの冒険 黄金の羅針盤』のアレクサンドル・デプラ。独創的な照明を駆使し、観る者の心に詩的な余韻を残す映像を手掛けたのは、クラウディオ・ミランダ。フィンチャー監督の『ゲーム』『ファイト・クラブ』では照明係を務め、今最も注目されている撮影監督だ。
2009年、一生に一度の出会いを贈ります。
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【プロダクションノート】
本作の基になっているのは、1920年代に書かれたF・スコット・フィッツジェラルドの短編小説。フィッツジェラルド自身はマーク・トウェインによる、「もし、人が80歳で生まれ、ゆっくりと18歳に近づいていけたなら、人生は限りなく幸福なものになるだろうに」という言葉にインスピレーションを受けた。
フィッツジェラルドの短編はとても風変わりだったため、その映画化は、あまりにも野心的、あまりにも空想的で実現は難しいと長い間思われていた。そして、このプロジェクトは40年以上、宙に浮いた形になっていたが、そんなときにプロデューサーのキャスリーン・ケネディとフランク・マーシャルの目に留まった。また、エリック・ロス、デビッド・フィンチャー、そしてブラッド・ピットも同じように、10年以上もこのプロジェクトを気にしていた。
ロスにとって、このプロジェクトのコンセプトは、毎日の一瞬一瞬の密な体験、世界大戦のような大きな経験から、キスのようなちょっとした経験まで、あらゆる出来事を通して、人生という大きなカンバスを内省的に見てみる機会となった。「このような壮大でありながらも、心の奥を深く描くストーリーの可能性を最大限に生かす脚本家としては、エリックはまさに理想的だった」とケネディは言う。「彼は『フォレスト・ガンプ/一期一会』の脚本で、歴史的な時代背景を舞台にした親密で個人的な描写をものにし、細部まで豊かに描く才能を見せつけたわ」
人生を逆向きに生きるチャンスというものは理想的に思える。「でも、そんなに単純なことではないんだ」とロスは言う。「それは一見、すばらしいことに思えるかもしれないが、それは別の種類の人生になり、そこがこのストーリーのすばらしさだと私は思う。ベンジャミンは若返って生きていくとはいえ、ファースト・キスや初恋は普通の人生で経験するのと同じように彼にとって重要な意味をもつ。逆向きに生きようが、普通に生きようが、結局は変わらないんだ。大事なのはどう生きるかということなんだよ」
本作のストーリーの構想を練り、脚本を書いている間に、ロスは両親を亡くした。「両親の死は、私にとってもちろんとてもつらいものだったし、それによって、物事に対して違う見方をするようにもなった」とロスは思い返す。「このストーリーでは、私の心に響いた同じ部分に人々も反応するんじゃないかな」
この映画が探っていくのは、時代と年齢を超えたところに存在するもの ─ 人生の喜び、愛、そして喪失の悲しみ ─ である。「デビッドと私は、これが自分のストーリーでもあり得ると観る人すべてに感じてほしいと思った」とロスは言う。「結局、これはひとりの男の人生なんだよ。そこがこの映画の特別なところであり、同時に、とても普通のことでもあるんだ。ベンジャミンに影響を及ぼすものは、どんな人にも影響を及ぼす」
ベンジャミンの状況は完全に特異であるものの、彼の旅が浮き彫りにしていくのは、どの人間の人生の芯の部分にも存在する複雑な感情だ。「私たちは生きていくうえで、さまざまなことを自問する。このストーリーはそこを突いてくる」とマーシャルは言う。「1本の映画で、これほどさまざまな個人的な視点を引き出す作品はめったにない。60代や70代の人々の見方と、20代の人の見方は違うはずだしね」
製作のシーアン・チャフィンは、このプロジェクトが長い間、フィンチャーの頭から離れず、いったん消えても、また戻ってきたことを覚えている。1992年にチャフィンがデビッドのもとで働き始めたときに、初期の段階の脚本はすでに彼のデスクにあった。「彼はそれをとても気に入っていて、長年の間に何度も検討し直していた」と彼女は言う。「それに、ブラッドがこの脚本についてデビッドに尋ねたのも覚えてる。デビッドは、『すばらしい映画になる可能性がある』と答えてたわね。脚本というものは、なかなか手元に留まらないもの。でも、この脚本は決して完全にデビッドのもとから離れることはなかった。彼は、去っていくものにはそれなりの理由があり、それを悔やんでも仕方がないといつも言っているの。つまり、この脚本は留まるだけの理由があったということよね」
フィンチャーは、愛する人を失った自分の体験により、このストーリーにますます惹かれた。「僕の父は5年前に亡くなったんだが、父が最後の息をした瞬間が忘れられない」と彼は言う。「あれはものすごく深い体験だった。多くの意味で自分を人間として成長させてくれた人、自分のほんとうの目標だった人を失うのは、人生のバロメーターを失うに等しい。もう誰かを喜ばそうとしなくなり、何かに反応することもなくなる。多くの意味で、ほんとうに独りぼっちになるんだ」
まだ準備期間の初期のころ、ケネディ、マーシャルとの打ち合わせが、いつの間にか、かなり個人的な打ち明け話になることが多かったとフィンチャーは思い返す。「ストーリーについて話し合い始めて15分も経つと、みんな、自分に実際に起こった話をしていたんだ。亡くなってしまった愛する人、こっちはとても好きだったのに、注意を払ってくれなかった人、自分が追いかけた人、自分を追いかけた人……そんな人たちの話をした。そこがこのストーリーの不思議なところで、誰もがそういう話をしたくなる」
このストーリーの映画化は、ドラマチックな面だけでなく、技術的にも難易度が高く、大胆なアイデアだと思われた。「たった1本の映画の中で、揺りかごから墓場まで、山や谷にあふれたひとつの人生をどうやって巧妙かつ簡潔に創り出せる?」とケネディは考え込む。「エリックの脚本では、それぞれの瞬間に生まれる感情が、あとになって心に響いてくるの。どこかをごまかそうとすれば、そのすばらしい体験が弱まってしまう。だから、人生全体を創り出すには時間がかかると最初から覚悟していたわ」
ピットにとって、ベンジャミンを演じる唯一の方法はすべてを、どの年齢の彼をも自分で演じることだった。それはもちろん、制作上でもっとも大きなチャレンジのひとつとなった。「ブラッドは、ベンジャミンの生涯を通して完全に演じられなきゃやらないと言ったんだ」とフィンチャーは言う。「キャサリンとフランクは、どんな方法でそれを実現させるのかに興味津々だったな。僕は、『わからないけど、なんとか考える』と言っておいたよ」
ピットもベンジャミンの生き方に深く惹きつけられた。「そのキャラクターがどんなことをやれるのかを、役を引き受ける判断基準にする俳優が多い」とフィンチャーは言う。「ベンジャミンは物理的に多くのことを“する”わけではないが、彼が経験することといったら、いや、もうすごいよ。この役にはブラッドはピッタリだった。彼レベルの俳優でなければ、弱くなってしまうタイプの役なんだ」
ピットの相手役にフィンチャーが起用したのはケイト・ブランシェット。彼は、『エリザベス』でブランシェットの演技を観て以来、彼女が頭から離れなかった。「映画館で、『あの女優は誰だ? すごい』と思いながら観てたのを覚えているよ」とフィンチャーは思い返す。「あれだけのパワーと能力の持ち主にはそうそうお目にかかれない」
「ケイトのおかげで、僕たち全員の演技の質が高まった」とピットは言う。「彼女はほんとにすばらしい。とてもいい友人でもある。彼女ほど洞察力の深い女優はあまりいないよ。僕は彼女を優雅さの権化だと思ってるんだ。彼女のダンサー役はとてもいいよ。彼女の人柄や内面の優雅さがデイジー役にピッタリはまってる」
デイジーとベンジャミンの関係は、彼女が彼の尋常ではない状況を理解し、それを受け入れていくようになるにつれ、発展していく。それについて、ロスはこう語る。「ケイトはデイジーを見事に表現している。デイジーは、自分が年をとっていくのに、愛する人は逆に若返っていくという事実を受け入れなければならない。そしてそれを受け入れたとき、彼女の人生はどうなる? 彼女は最初はせっかちで、情熱的な若いダンサーだが、やがて強さを内に秘めた大人の女性に成長していくんだ」
ブランシェットは、少女時代に習っていたバレエを生かして、ダンサーとしてのデイジーの姿勢と情熱を形作っていった。「私は子供のころ、女の子が興味をもつことをいろいろやっていて、バレエも習ったけど、ピアノかバレエかどちらかを選ばなければならなくなったの」とブランシェットは説明する。「それでピアノを選んだんだけど、結局、ピアノもやめて演技の勉強を始めたのよ。私はダンスがとても好きだけど、自分の限界は知ってるの。今回、またあの大好きな世界へ行けて、とてもうれしかったわ」
デイジーはベンジャミンの人生にかかわってくる多くの人々のひとりだ。「ベンジャミンはビリヤードの突き球みたいなもの。そして、彼が遭遇する人々すべてが彼に何らかの痕跡を残していく」とフィンチャーは説明する。「それが人生というものなんだよ。ほかの人や出来事に遭遇することでできる“へこみ”や引っ掻き傷の集合体が人生なんだ。それによって、ほかの何者でもないベンジャミンという男が出来上がった」
「僕はこの“へこみや傷”というアイデアが気に入っている」とピットは言う。「人は出会った相手に何らかのインパクトを与え、印象を残していく。そこには、どこかとても詩的で、受容的な雰囲気がある。それは別に投げ出すわけではないよ。自分が求める何かのために頑張るのをやめるということでもない。人生の必然性を受け入れるということなんだ。人は僕らの人生に入ってきては去っていく。人は去るものなんだ。それが選択によってであろうと、死によってであろうとね。自分自身がいつかは去るように、人は去っていく。それが必然性というものだ。それとどう向き合うかが問題になってくる」
ピットはこの考え方を友人でもある監督と共有している。「この映画が掘り下げていくのは、人は自分自身の生き方に責任があるという信念で、それはデビッド自身の考え方でもある」と彼は言う。「僕たちは自分の成功にも失敗にも責任があり、ほかの誰かのせいにするべきではないし、誰かに功績を渡してしまう必要もない。運命もある程度は関係するけれど、結局のところ、その結果をもたらしたのは自分自身なんだ」
ベンジャミン役はピットにとって、生涯を通して出会う人々に反応しながら、精神的な成長を表現するという点で、これまでの映画では経験したことのないような複雑なチャレンジとなった。「ベンジャミンの旅はとても内省的なものなの」とブランシェットは言う。「はっきり目に見える肉体の変化を表現するというのは俳優として当然、難しいことだけど、それよりも、じっと観察し、存在感があり、出会う人一人ひとりと深くかかわっていく人物を演じることは大変なものよ」
「これはおそらく、ブラッドの俳優人生でもっとも静かな演技だと思う」とフィンチャーも付け加える。
ロスは、ピットがもともともっている人間性によって、ベンジャミンがもつ特異な側面でさえ、自然に見せたと指摘する。「ブラッドがベンジャミンをいわゆる“普通の男”として演じきったところがすごい。おそらくブラッドは、実際にベンジャミンに共感する部分があって、それが“ある役を演じる”という枠を超えさせてるんじゃないかな。彼は、人とは違う人生を歩むということがどんな感じか、理解しているんだよ」
ベンジャミンの養母クイニーは彼の生涯を通してこう語りかける。「人生に何が待っているかなんて誰にもわからないものよ」
ベンジャミンは1918年、第一次世界大戦終結のニュースで沸くニューオーリンズで生まれた。普通なら、いい夜に生まれたと言えよう。彼の母は出産で命を落とし、父は息子の姿に恐れおののき、生まれたばかりの息子を、ノーラン・ハウスという老人ホームの階段に置き去りにしてしまう。そこでベンジャミンは、ホームを仕切っているクイニーに引き取られる。
タラジ・P・ヘンソンは、実は、このプロジェクトがまとまるかなり前からクイニー役を射止めていた。フィンチャーのキャスティング・ディレクターであるラレイ・メイフィールドが、『ハッスル&フロウ』での彼女の演技を見るようにフィンチャーをさりげなく誘導したからだ。「タラジのエネルギーと母性にみんな、圧倒されたんだ」とフィンチャーは思い返す。「クイニーがもつ温かさ、人を外見で判断しない資質などすべてをタラジはもっていた」
クイニーは、多くの人が生涯かかってもできないような仕事をしている。「クイニーは死にどう向き合えばいいかを知っているの」とヘンソンは言う。「それと同時に、彼女は無条件の愛にあふれた女性。人種差別が一般的だった時代に白人で、しかも普通ではない状態で生まれてきた子供を引き取る彼女は、そういう外見的な違いはまったく意に介さず、彼を愛することができるの」
クイニーという人物はとても個人的なレベルでヘンソンに訴えかけてきた。「この役を演じるのは私にとって、とても精神的な意味が大きかった」と彼女は打ち明ける。「当時、私は父を亡くしたばかりだったの。私は父を心から恋しく思っていたし、父が予測していたとおりに私が生きていく様子をそばで見守ってほしかったけど、まるで父の死は私がクイニーに近づく旅の一部のように感じられた。父が病気のとき、私たち家族は父を決して独りぼっちにしないと誓ったの。だから、いつも誰かが父のベッドのそばにいた。父が旅立ったのは私がそばにいたときで、それは父が私なら耐えられると知っていたからなの。この役を演じることで、私は悲しみを乗り越えることができたし、その悲しみを役作りに生かせた。演技というものはとても大きな癒しにもなるのよ」
ベンジャミンは大人になるにつれ、死と平静に向き合えるようになる。それはほとんどの人間にはできないことだ。「彼が育った世界では、人々は自分の死というものを受け入れていた。だから、彼は死に対してはそんなに恐れなくなっていく」とフィンチャーは言う。「あの老人ホームで彼が出会うのは、一時的にしか彼のそばにいない人ばかりで、どの瞬間も、その人との最後の瞬間になり得る。だが、その人たちは決してヒステリックにはならない。誰もが自分の状況を受け入れているんだ。だから、まだとても幼いうちから、ベンジャミンは死というもののもっとも奥深い側面に慣れ親しんでいく。死は誰にもいつかは訪れるものだ。でも、多くの人は、その必然からなんとか逃れる道はないかともがきながら日々を送っている」
ベンジャミンとデイジーが初めて出会うのは、ふたりがまだ子供のとき。デイジーの祖母がノーラン・ハウスの入居者で、彼女が面会に来たときだった。彼女は、彼の衰えた体の奥にある子供らしさに気づく。「このストーリーの要のひとつは、ふたりの人生がどのように交わり、どのように離れていくかという点だ」とロスは言う。「彼らはさまざまなチャンスをつかんだり、逃したりしながら成長し、変わっていき、それに従ってふたりの関係も変化していく」
周囲の誰もが年をとっていく中、ベンジャミンはただひとり、若返っていく。「若返っていくたびにベンジャミンは、自分が誰かを、そして何かを、ずっと手元に置いておくことはできないと痛感する」と共演のマハーシャラルハズバズ・アリは言う。「彼は、自分のそばにそういうものがあるのは限られた時間だけであり、それを手放すことに慣れなければならないとわかっているんだ。そばにいるときには思う存分楽しむことができるが、それは決して永遠には続かない」
ベンジャミンがもつその“受容性”は、フィンチャーが自分の父に見いだしたものと同じだ。「僕はベンジャミンと父を重ねることが多い」と彼は言う。「僕の父はジャーナリストで、大恐慌時代に生まれた人なので、ちょっとストイックで、観察者的なところがあった。父は何事も決めつけなかった。ありのままの相手をいつも気持ちよく受け入れていたんだ。僕はそういうところを、ベンジャミンの態度、とくに、ほかの人や状況への対処の仕方に盛り込んだ。彼を見ながら、『そう、僕の父ならそうした。父はそんなふうに行動した』とね」
ベンジャミンをクイニーとともに育てたのは、それまでのさまざまな経験や人生から得た教訓を思い出にし、晩年を静かに過ごすためにノーラン・ハウスへやってきた年老いた人々だった。
クイニーの長年の恋人ティジーはベンジャミンにとって最初の父親的存在である。「ベンジャミンにとって、ティジーは大人の男のバロメーターみたいな存在なんだ」と、ティジーを演じるアリは言う。「ティジーはベンジャミンを導き、育てる。彼に読み書きを教え、シェイクスピアについても教える。だが、彼がベンジャミンに与えたもっとも大きな影響は、男とはこうあるべきという感覚だと思う。ティジーが彼にその基盤を与えたから、彼の人生に大人の男性の存在があるという点で、ベンジャミンは気持ちが落ち着く部分があると思うよ」
だが、ベンジャミンが出会い、愛するようになる人たちは皆、短い期間しか彼のものではない。ティジーも同じだ。やがてベンジャミンは、彼が唯一“わが家”と呼べる場所にクイニー、ティジー、デイジー、そしてほかの友たちを残し、世界へ旅立つ。彼を冒険に招いたのは、マイク船長と彼のタグボートの個性豊かな乗組員たちだ。
ジャレッド・ハリス演じる、このゴマシオ頭の船長は全身に刻んだ刺青を通して隠された自分を明らかにしていく。ハリスはマイク船長をこう表現する。「彼は挫折感、欲求不満を抱き、酔っ払いで、うっぷんを抱えた芸術家のなりそこない、みたいな感じ。彼は父親に抵抗できずに、家業を継いだ」
自分も父親との確執があったにもかかわらず、マイク船長はベンジャミンにとってもうひとりの父親的存在となる。「父親というのは、人生で恐ろしく大きな影響力をもつ存在だよね」とハリスは言う。「そして、このストーリーの中では、男性キャラクター、そして父と息子の関係は、非常に大きな根本となるものなんだ。マイク船長は、ある意味、悪い父親とかおじさんみたいな感じで、人生の不道徳や喜びをベンジャミンに教える。彼はまた、ベンジャミンに海での生活を見せ、それによってベンジャミンは世界を見て回ることができるんだ」
だが、マイク船長もティジーと同様に、あくまでも父親“代わり”だ。ほんとうの父トーマス・バトンは、ベンジャミンをノーラン・ハウスの階段に置き去りにした。「トーマスは、怒りと将来に対する不安をすべて息子のせいにする」と言うのは、トーマスを演じるジェイソン・フレミング。「奇妙なことだが、妻を出産で失ったあと、彼は息子を捨てることにより、心の痛みから解放されると思い込んだんだ。だが、実際は、彼は残りの人生を悔やみながら過ごすことになる。その後悔の念に彼は永遠にとり憑かれるんだ」
ピットとフィンチャーの友人でもあるフレミングは、ロスの脚本に心酔したため、読んだあとで自らテープにセリフを吹き込んで売り込み、トーマス役を射止めた。「僕がこの役をどう演じられるかを、デビッドとシーアンにぜひ知ってほしかったんだ」と彼は思い返す。「これは僕が映画館で観たいと思うような映画になるとわかっていた。その映画にどうしても参加したかったんだよ」
成人に達し、遠いロシアの港町ムルマンスクに来たベンジャミンは、そこで彼の人生において重要な役割を果たすもうひとりの人物と出会う。ティルダ・スウィントンが演じるエリザベス・アボットである。「ティルダは出演作を重ねるごとに、万能選手であることを証明してきたわ」とケネディは言う。「彼女がブラッド、ケイト、タラジ、そしてほかのすばらしい俳優たちと一緒にスクリーンに登場すると思うだけで、映画全体の輝きが増す感じだった」
英仏海峡を泳いで渡ることを夢見ている孤独なエリザベスは外交官の妻で、ベンジャミンのファースト・キスの相手となる。「ふたりはお互いから何かを学ぶの」とスウィントンは言う。「彼女はオープンで、エネルギッシュで、自分探しをしている。彼は辛抱強く、シンプルで、楽観的。ちょうどお互いを補える関係ね。彼女が人生の終盤に起こすある行動は、ベンジャミンに影響されたものなの。何かを始めようとすること、自分の足で生きていくこと、選択の意味、そして自分の人生は自分のためにあるべきだという主張……。私はそこに深い感動を覚えたわ」
ベンジャミンがタグボートで旅をしている間、デイジーも自分の人生を歩み、ニューヨークでバレエ団に加わる。若さの絶頂にいる彼女は、あふれんばかりの感情で大胆な行動に出たりする。「これは、『あなたなしでは生きていけない』というような、互いに依存し合う関係ではない」とフィンチャーは言う。「彼らは互いを待っているわけではないんだ。それぞれ、ちゃんと異性との関係はもっているしね。彼らはそれぞれの人生を歩んでいる完全に独立した個人であり、それが楽な道のりではないと知りながらも、ある一定の時間を共に過ごすことを選ぶ」
ふたりの道は分かれてはまた交わり、それはフィンチャーが「甘美な瞬間」と呼ぶときまで続く。そして、ようやく、ふたりは結ばれるべくして結ばれる。「彼らはまさにそうあるべき瞬間に、あるがままの自分になるように宇宙に仕組まれたんだ」とフィンチャーは言う。「ふたりが結ばれるとき、観客はきっとホッとすると思うよ。このタイミングならいい。そうなって当然なわけだからね」
ベンジャミンの世界に住むデイジーやほかの人々は、ストーリーが展開する中でそれぞれの人生の起伏を経験する。中心的なストーリーと関連して、あるいは表に出ない部分で、彼らの物語はこの映画のタペストリーに欠かせない糸なのだ。
「デビッドには自分自身の手で実際の素材を扱っていく芸術家的なセンスがあると思う」とスウィントンは言う。「彼にはアイデアが詰まってる。彼はハリウッド映画の伝統と、その限りない可能性の両方を、ほんとうのパイオニア精神でとらえているの。彼は砂場の子供と同じよ。彼は自分の頭の中で完全に映画を創り上げ、そこから単純にダウンロードしたものをスタッフと一緒に実際に創っていくような感じがするわ。彼は、まるで夢を思い出しているかのように、凝ったゲームの中で、自分の好きなものをつなぎ合わせていっているような……。彼のやることは、いつも驚きに満ちているの」
ピットも同感だ。「デビッドはまるで何かにとり憑かれたような男。彼には映像に対するすばらしい目があり、カメラワークのバランスは、彼にとってはもうそれしかないというものなんだが、それがまた最高なんだ。その結果、これだけ見事に練り上げられた作品が完成する。彼は彫刻家なんだよ」
「彼はひとつのアイデア、瞬間、イメージ、キャラクター、あるいはシーンを、あらゆる角度から熟考するの。ほかの人なら、ひとつのアイデアを3つの異なる次元で検討して満足するところを、デビッドは6つか7つの次元まで考えないと気が済まない」とブランシェットは付け加える。「誰かが、『デビッド、もういいだろ、とても無理だよ』なんて言うと、彼はいっそう燃えるのよ。この映画にしても、ほかの監督だったら、デビッドが到達できたところまで行く前に満足してやめてしまっていたと思うわ」
本作の撮影は、モントリオール、カリブ海、そして主人公の故郷ニューオーリンズなど、さまざまなロケーションで行われた。撮影が始まったとき、ニューオーリンズはハリケーン・カトリーナの被害から復旧し始めていたときだった。「ニューオーリンズでの撮影を決めたのは、ハリケーン・カトリーナが襲来する前だったので、当然、あんな災害のあとで、撮影ができるかどうか不安も覚えたわ」とケネディは思い返す。「でも、ハリケーンの2日後に市から電話があり、計画どおり、ぜひ撮影してほしいと言ってきたの」
物理的、精神的に大きなダメージを被った直後の町での撮影には、物資調達などの面での難しさも伴った。「市からそれは大きな支援を受け、キャスト、スタッフがさまざまな場面で機転を利かせてくれたおかげで、それは小さな問題でしかなかった」とマーシャルは言う。「毎日の撮影を慎重に計画し、リハーサルを重ねたし、デビッドがあらゆる分野でリーダーシップを発揮して、誰もが状況を明確につかむことができた。だから、全体的に撮影はとてもスムーズに進んだよ」
フィルムメーカーたちは、困難な状況でも町の人々が気力を失っていないことにすぐに気づいた。「デビッドと私は、参加したいからそこにいる人たちと仕事ができて、とても恵まれていると思っているわ」とチャフィンは言う。「この映画の撮影に関して、とくにルイジアナでは、『あなたたちをぜひ迎えたい』と言ってくれる人たちがものすごくたくさんいたの。脚本を読んだ誰もが、そのどこかの部分に心を動かされ、それは人によってまったく違う部分なの。読んだ人たちは、自分自身の人生の何かと通じるものを感じ、この映画に参加したいと思ったんじゃないかしら」
ニューオーリンズの時代を超えた雰囲気は、この映画のさまざまな時代にピッタリとはまった。「映画の中では、あからさまに時間の経過を示さずに、それぞれの時代をはっきり描くことがとても重要だったんだ」と美術監督のドナルド・グレイアム・バートは言う。「同じセットの中で自然な時間の経過の雰囲気を創り出すことはもっと大事だった。セット・デコレーターのビクター・J・ゾルフォと話し合い、セットのどの要素を変えるべきか、どれをそのまま残すべきかを決めていったんだ。どの要素もちゃんと理由があってそこに置かれることが大事だったんだ。隙間があるから埋めるとか、変化をつけるというだけのためじゃなくてね」
フィンチャーがそれぞれのセットに生み出したいと思ったのは、誰かの家の屋根裏部屋から持ち出した、ごく普通の人生を送っている素朴な一家の写真で埋まっているアルバムをめくっていくような雰囲気だ。「僕たちは、ベンジャミンの人生で大事な出来事が起こる場所、とくにノーラン・ハウスと、ベンジャミンがエリザベスと出会うムルマンスクのホテルについては、それぞれ架空の歴史を考え出した」とゾルフォは言う。
撮影のどの段階においても、ストーリーの核にある本質的な真実を育むような、説得力のあるリアリズムを創り出すことが絶対的な課題だった。「このストーリーには、寓話的な要素がたくさんあるとはいえ、リスクを冒してでも、できるだけリアルに描きたいと思った」とフィンチャーは説明する。「僕はこの映画を『昔あるところに……』のような昔話の世界にはしたくなかった。俳優たちに思い込みで演技をさせたくなかった。観客に勝手に想像させたくなかった。美術監督に突拍子もないセットを作らせたくなかった。場所の様子、人々の服装、彼らのメガネや補聴器など、すべてが時代に合っていなければならなかったんだ」
衣装もまた、その当時に合わせたものだが、様式化された。衣装デザイナーのジャクリーン・ウエストは、美術と衣装の調和がとれるように、早い段階でバート、ゾルフォと打ち合わせをした。「デビッドは画家のようにひとつのシーンを構成するの」とウエストは言う。「鉄道のセットに行ったときは、ギュスターヴ・カイユボットの絵画のようだと思ったので、参考にするために、カイユボットやほかの初期印象派の作品 ─ エドゥアール・マネ、トゥールーズ=ロートレック、ギュスターヴ・クールベなど ─ を見に行ったの。美術のドナルドのすばらしい感覚をしっかりつかめさえすれば、暗褐色やくすんだ色の多い私の色づかいの範囲でそこにどんな衣装をもってこようとうまく調和させられる自信があった」
ウエストはベンジャミンの“若い”時代に登場するクイニーの衣装のヒントを得るため、大恐慌時代に設立されたWPA(雇用対策局)とFSA(農業安定局)の写真を調べた。「クイニーは貧しいけれど、とても個性豊かな女性なので、私はその人柄を衣装に反映したかったの。それに、彼女の服はノーラン・ハウスで最後の時を過ごした老婦人たちが遺したものがほとんどだったと思う。彼女たちはたぶん、亡くなる20年ぐらい前から買い物はしていなかったはず。だから、ちょっと時代遅れの雰囲気も出したの」
それとは対照的に、デイジーにはつねに当時の最新ファッションと体にピッタリ合ったバレエ用レオタードを身に着けさせた。ウエストがデイジーのために参考にしたのは、進歩的なバレエ振付師ジョージ・バランシンと、彼の妻でミューズだったタナキル・ルクラークで、彼らからはブランシェット自身もインスピレーションを受けていた。「私はデイジーの若い時代に影響力のあったダンスを参考にしたの」とブランシェットは説明する。「その中でも、バランシンとルクラークには特に興味をもったわ」
衣装を身に着けたケイトはバレリーナそのものになったとウエストは言う。「彼女を見ながら私はルクラークの写真から受けた印象を思い出していたの。ボディ・ランゲージ、身のこなし、心の葛藤……そんなものすべてを」
ルクラークが気に入っていたのは、1940年代、1950年代のアメリカでトップ・デザイナーだったクレア・マッカーデルで、“アメリカン・ルック”と呼ばれる既製服の流れを作った人物として知られる。
本作の中でデイジーのもっとも印象的な衣装のひとつ ─ ベンジャミンとのデートで着た優美な赤いドレス ─ を、ウエストはマッカーデルのデザインをヒントにして考えた。ブランシェットはこう言う。「ジャクリーンと私の好みはピッタリ一致していたの。私はあのドレスのどの縫い目もどのボタンも愛おしかったわ。彼女のおかげでクレア・マッカーデルを知ったんだけど、あの衣装合わせで私は新しい発見をした気がする。今回、私はほんとに恵まれていたと思う」
ベンジャミンの衣装を生涯を通して考えるうえで、ウエストは20世紀を代表する映画スター数人にヒントを求めた。「私が参考にしたのは、1940年代のゲイリー・クーパー、1950年代のマーロン・ブランド、そして1960年代のスティーブ・マックイーン。彼らは皆、大きな影響力をもっていたし、ブラッドには同じようなカリスマ性があるので、彼ならきっと、あの雰囲気をモノにできると思ったの」と彼女は言う。
さて、ベンジャミンを老人に見える時代から若く見える時代まで演じることとなったピットは、衣装だけでなく、デジタル技術の助けも借りて役になりきった。フィンチャーとは長年組んでいる視覚効果監修のエリック・バーバはこう語る。「デビッドからは最初に言われたんだ。『ブラッドは最初から最後までベンジャミンを演じるからな』って。この映画の感情面を動かすのはベンジャミンであり、どんなシーンでも明確な存在感がある。そこにいないはずでもね。そこが視覚効果チームとしてはやりがいのあるところだった」
バーバと二人三脚でブラッドの変身に取り組んだのは、これまでにアカデミー賞にも輝いている特殊メイクアップ・デザイナーのグレッグ・キャノム。彼は全編を通じて、ベンジャミンの老けメイク、そして若返りメイクを効果的に見せるためのプロテーゼ(人工装具)を作った。
広大なカンバスの上で、地味だが、細部までこだわるフィンチャーの方針は、本作で使用されたデジタル撮影にまで浸透した。「この映画におけるデビッドの撮影スタイルは、デビッド・リーンがかつて、場所と時代の感覚をとらえる大胆で大がかりな映像で実証してみせた撮影スタイルに挑むものでもある」とマーシャルは言う。「デビッド・フィンチャーは観察者としてカメラを活用することによって、このストーリーの痛切な心情を最大限に生かしている。彼は観客を巻き込んで性格描写をしたいので、カメラワークはより検討され、静かになる。これは素早いカットや、本能に任せためまぐるしいカメラワークは必要とされない映画なんだ」
撮影監督のクラウディオ・ミランダは、「できるだけ自然な照明にしたかった」と言う。「僕たちは光源がどこから来るかを見極め、それを工夫しようとしたんだ。フレーム内に電球を置いて、そのシーンを照らしただけの映像もあったよ。通常は、電球を置くことで光源がそこだと思わせ、明るさをしぼって強くならないようにし、実際はフレームのすぐ外に別の光源を置くものなんだけどね。あのシーンでは、自然なままの照明で撮影できてすごくよかった」
ストーリー上の時代の推移に従って光源も変化し、あるものは別のものにとって代わられた。「ろうそく、ガス・ランプ、透明電球、白熱電球、蛍光灯……と時代とともに技術は進歩していく」とフィンチャーは説明する。「映画用の照明も使ったが、そんなに多くはない。ほとんどの部分は、それらの光源を利用できるように、また、素早く進められるようにデジタル撮影をした」
その場の環境をそのまま利用した映像もある。ニューヨークに帰る前の晩、デイジーがベンジャミンとデートをし、あずま屋風の場所でデイジーが踊る優雅なシーンがそのひとつだ。「あのシーンはとてもシンプルだった。あのあずま屋を見たとき、絶対にあそこで撮らなきゃと思ったんだ」とフィンチャーは思い返す。「背景をどうしようかということが懸案事項になったが、僕は、『あそこに沼がある。蒸気か煙を漂わせ、木々をライトアップして、彼女をシルエットで写そう』と言った。僕らは昔ながらのハリウッド・スタイル、極めてシンプルなシーンにしようとした。あれはまるでオルゴールのように見えたよ」
フィンチャーの鋭い感覚と、細部に対するこだわりは、ベンジャミンの生涯の中心にある真実を彼がいかに深く理解しているかを示すものでもあった。「このストーリーの壮大さと、深い感情の動きを考えると、デビッドの選択はどれをとっても完璧だった。おかげで、この作品に参加した私たち全員がとても報われた気持ちになれたわ」とケネディが締めくくる。
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【ストーリー】
◆人生は素晴らしい
「私はベンジャミン・バトン。変わった境遇で生まれてきた。第一次世界大戦も終わり、生まれるには最高の夜だった ― 」
1918年、ニューオーリンズ。黒人女性クイニー(タラジ・P・ヘンソン)は、置き去りにされた赤ん坊を拾う。ベンジャミンと名づけられたその男の子は、すぐにクイニーが営む施設の老人たちの中に溶け込んだ。なぜなら彼は、80歳で生まれてきたからだ……。
“母親”クイニーの惜しみない愛情に包まれて、ベンジャミン(ブラッド・ピット)は成長していった。車椅子から立ち上がって歩き出し、しわが減り、髪が増え……そう、ベンジャミンは日に日に若返っていったのだ。
1930年、感謝祭。その日、ベンジャミンは、将来自分の人生を変えることになる少女と出会う。施設の入居者のフラー夫人を訪ねてきた孫娘、6歳のデイジーだ。ふたりはすぐに心を通わせ、ベンジャミンは自分の秘密を打ち明けるが、デイジーはそのことを既に魂で感じていた。
ある日、ベンジャミンは働かないかと誘われてマイク船長(ジャレッド・ハリス)の船に乗り、さまざまな“初めて”を体験する。海、労働、女性、帰り道に声をかけられた男と飲んだ酒。男の名はトーマス・バトン(ジェイソン・フレミング)、ボタン製造会社のオーナーだ。実は彼こそが、ベンジャミンを捨てた父親だった。出産直後に亡くなった妻との、息子を守るという約束を果たせず、後悔の日々を送っていた。
1936年、ベンジャミンは皆に別れを告げ、デイジーには「どこへ行っても葉書を出す」と約束して、再び海へ出る。やがて、英国のスパイの妻であるエリザベス・アボット(ティルダ・スウィントン)と恋におち、男として愛される幸せを知る。だが、その恋は短命だった。1941年、太平洋戦争が始まり、エリザベスは消え、ベンジャミンの船は戦争に駆り出される。
1945年、戦いで大切な友を亡くしたベンジャミンは家に帰り、すっかり美しく成長したデイジー(ケイト・ブランシェット)と再会する。彼女は、ニューヨークでモダン・バレエのダンサーとして活躍していた。心の片隅ではいつもベンジャミンを思いながらも、若きデイジーはまだ、自分だけの人生に夢中だった。ふたりはまた、別々の時を進む。
ベンジャミンと再会したトーマスは、遂に自分が父親だと打ち明ける。不治の病で余命わずかのトーマスは、ベンジャミンの母との幸せな出会いを語り、ボタン工場や屋敷など全財産を譲りたいと申し出るが、ベンジャミンは、「僕の家に帰る」と静かに立ち去る。それでもベンジャミンは、父の最期の日々にそっと寄り添うのだった。
1962年、喜びも悲しみも、孤独も知った人生のちょうど真ん中で、遂にほぼ同じ年齢を迎えたふたりは結ばれる。愛に満ちた幸せな日々の中で、ふたりは恐れ始める。やがてまた、時に引き裂かれることを。日に日に若返るベンジャミンは、ある決意をするのだが……。
果たしてふたりは、求め続けた“永遠”〜時を超える愛〜を見つけることができるのか ― ?
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【キャスト&スタッフ】
■ブラッド・ピット(ベンジャミン・バトン)
名実ともに映画界を代表するスター。自身の製作会社プランBエンターテイメントを率いてプロデューサーとしても活躍。デビッド・フィンチャー監督作は『セブン』(1995)、『ファイト・クラブ』(1999)に続き、本作が3本目。
テリー・ギリアム監督の『12モンキーズ』(1995)でゴールデングローブ賞助演男優賞を獲得し、アカデミー賞にもノミネートされた。ゴールデングローブ賞には、エドワード・ズウィック監督の『レジェンド・オブ・フォール 果てしなき想い』(1994)、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バベル』(2006)でもノミネートされている。
2007年には、アンドリュー・ドミニク監督の『ジェシー・ジェームズの暗殺』(兼製作)でベネチア国際映画祭最優秀主演男優賞を獲得。2008年の同映画祭では、主演したコーエン兄弟監督のコメディー・スリラー『Burn After Reading』がワールド・プレミアとしてオープニング・ナイトに上映された。同作で共演したジョージ・クルーニーとは、スティーブン・ソダーバーグ監督の「オーシャンズ」シリーズ(2001、2004、2007)でも共演している。
米オクラホマ州シャウニーで生まれ、ミズーリ州スプリングフィールドで育つ。ミズーリ大学でジャーナリズムを専攻。卒業直前に、グラフィック・デザインを学ぶためにロサンゼルスへ移るが、ロイ・ロンドンに師事して演技を学び始める。その後まもなく、TV界で役をもらえるようになり、ピーター・ワーナー監督のTV映画「ザ・イメージ」、ロバート・マーコウィッツ監督のTV映画「トゥルー・ブルース」(共に1990)、TVシリーズ「グローリー・デイズ」(1991)などに出演。
1991年の『テルマ&ルイーズ』(監督リドリー・スコット)で初めて全米の注目を集め、以降、『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992/監督ロバート・レッドフォード)、『カリフォルニア』(1993/監督ドミニク・セナ)、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994/監督ニール・ジョーダン)などに次々に主演。また、トム・ディチロ監督の『ジョニー・スエード』(1991)は1991年ロカルノ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞した。
最近では、プランB共同製作の『トロイ』(2004/監督ウォルフガング・ペーターゼン)や2005年度の大ヒット作のひとつ『Mr. & Mrs.スミス』(監督ダグ・リーマン)などに主演。
そのほかの主な出演作には、『クール・ワールド』(1992・未/監督ラルフ・バクシ)、トニー・スコット監督の『トゥルー・ロマンス』(1993)と『スパイ・ゲーム』(2001)、『スリーパーズ』(1996/監督バリー・レビンソン)、『デビル』(1997/監督アラン・J・パクラ)、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(1997/監督ジャン・ジャック・アノー)、『ジョー・ブラックをよろしく』(1998/監督マーティン・ブレスト)、『スナッチ』(2000/監督ガイ・リッチー)、『ザ・メキシカン』(2001/監督ゴア・バービンスキー)、声の出演をしたアニメ『シンドバッド 7つの海の伝説』(2003・未/監督パトリック・ギルモア、ティム・ジョンソン)などがある。また、ソダーバーグ監督の『フル・フロンタル』とクルーニーが監督した『コンフェッション』(共に2002)にもカメオ出演している。
プランBでは映画、TVのプロジェクトを企画、製作しており、これまでの製作作品には、2006年度のアカデミー賞ィで作品賞、監督賞を含む4部門を制覇したマーティン・スコセッシ監督の『ディパーテッド』をはじめ、ティム・バートン監督の『チャーリーとチョコレート工場』(2005/主演ジョニー・デップ)、アネット・ベニングがゴールデングローブ賞にノミネートされた『ハサミを持って突っ走る』(2006・未/監督ライアン・マーフィー)、アンジェリーナ・ジョリーがゴールデングローブ賞、インディペンデント・スピリット賞、放送映画批評家協会賞、米映画俳優組合(SAG)賞にノミネートされた『マイティ・ハート/愛と絆』(2007/監督マイケル・ウィンターボトム)などがある。
■ケイト・ブランシェット(デイジー)
2008年にイリーナ・スパルコ役で出演したスティーブン・スピルバーグ監督の『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』が大ヒット。2007年度アカデミー賞ィでは、『エリザベス:ゴールデン・エイジ』で主演女優賞にノミネート、『アイム・ノット・ゼア』で助演女優賞にノミネートされ、アカデミー賞80年の歴史の中で、同じ年に俳優部門でダブル・ノミネートされた5人目の俳優となった。前者では、米映画俳優組合(SAG)賞と英アカデミー(BAFTA)賞にもノミネート。後者では、ベネチア国際映画祭で主演女優賞、ゴールデングローブ賞とインディペンデント・スピリット賞で助演女優賞を獲得。さらに、SAG賞とBAFTA賞にもノミネートされた。
初のアカデミー賞ノミネートは、エリザベス1世を演じた『エリザベス』(1998/監督シェカール・カプール)で、BAFTA賞とゴールデングローブ賞の主演女優賞を獲得。キャサリン・ヘプバーンを演じたマーティン・スコセッシ監督作『アビエイター』(2004)ではアカデミー賞、BAFTA賞、SAG賞の助演女優賞を獲得し、ゴールデングローブ賞にもノミネートされた。また、ジュディ・デンチと共演した『あるスキャンダルの覚え書き』(2006)でもアカデミー賞、ゴールデングローブ賞、SAG賞の助演女優賞にノミネートされた。
最近では、『バベル』でブラッド・ピットと、スティーブン・ソダーバーグ監督の『さらば、ベルリン』(共に2006)でジョージ・クルーニー、トビー・マグワイアと共演している。
オーストラリアの国立演劇学院(NIDA)を卒業。初期の映画出演作には、『Paradise Road』(1997/監督ブルース・ベレスフォード)、オーストラリア映画協会(AFI)賞とシドニー映画批評家協会賞の助演女優賞を獲得した『Thank God He Met Lizzie』(1997)、AFI賞主演女優賞にノミネートされた『オスカーとルシンダ』(1997/共演レイフ・ファインズ)などがある。
その後、『リプリー』(1999/監督アンソニー・ミンゲラ)でBAFTA賞助演女優賞にノミネートされ、『耳に残るは君の歌声』(2000/監督サリー・ポッター)でナショナル・ボード・オブ・レビューの助演女優賞を獲得。『バンディッツ』(2001/監督バリー・レビンソン)と『ヴェロニカ・ゲリン』(2003/監督ジョエル・シュマッカー)ではゴールデングローブ賞主演女優賞にノミネート。『コーヒー&シガレッツ』(2003/監督ジム・ジャームッシュ)ではインディペンデント・スピリット賞助演女優賞にノミネートされ、『Little Fish』(2005/監督ローワン・ウッズ、共演サム・ニール、ヒューゴ・ウィービング)ではAFI賞主演女優賞を獲得。
そのほかの主な出演作は、『理想の結婚』(1999/監督オリバー・パーカー)、『狂っちゃいないぜ!』(1999/監督マイク・ニューウェル、共演ジョン・キューザック)、『ギフト』(2000/監督サム・ライミ)、『シッピング・ニュース』(2001/監督ラッセ・ハルストレム、共演ケビン・スペイシー)、「ロード・オブ・ザ・リング」三部作(2001、2002、2003)、『シャーロット・グレイ』(2001/監督ジリアン・アームストロング)、『ミッシング』(2003/監督ロン・ハワード、共演トミー・リー・ジョーンズ)、『ライフ・アクアティック』(2004/監督ウェス・アンダーソン)など。
舞台でも活躍。シドニーのベルボア・ストリートにある劇団カンパニーBでは、ニール・アームフィールドの演出で「ハムレット」のオフィーリア(グリーン・ルーム賞にノミネート)、「テンペスト」のミランダ、「かもめ」のニーナ、「The Blind Giant is Dancing」のローズなどを演じている。シドニー・シアター・カンパニーでは、カリル・チャーチル作「Top Girls」、デビッド・マメット作「オリアナ」(シドニー演劇批評家賞主演女優賞獲得)、マイケル・ゴウ作「Sweet Phoebe」、ティモシー・ダリー作「Kafka Dances」(批評家協会賞新人賞獲得)などに出演。ロンドン、ウエストエンドのアルメイダ劇場では、1999年にデビッド・ヘアの「プレンティ」でスーザンを演じた。
2004年、シドニー・シアター・カンパニーで夫アンドリュー・アプトンが脚色したイプセン作「ヘッダ・ガブラー」でタイトル・ロールを演じて絶賛され、格式高いヘルプマン賞を受賞。同作は2006年にブルックリンのアカデミー・オブ・ミュージックでソールドアウトの興行となり、ブランシェットのニューヨークでの舞台デビューに華を添えた。
シドニー・シアター・カンパニーでは「A Kind of Alaska」で演出家デビューを飾り、その後、デビッド・ハロワー作「ブラックバード」、ジョーン・ディディオン作「呪術思考の年」の演出も手がけた。
夫アプトンとともに、同カンパニーの共同芸術監督に任命され、2009年にデビュー・シーズンが始まる。
現在は、オーストラリア博物館評議会のメンバーであり、オーストラリア保護基金、ソーラーエイド、AFI、シドニー映画祭の大使も務めている。
■タラジ・P・ヘンソン(クイニー)
2005年にジョン・シングルトン製作のエネルギッシュなドラマ『ハッスル&フロウ』でテレンス・ハワードと共演して注目を集め、ブラック・ムービー賞助演女優賞を獲得し、BET賞主演女優賞にノミネート。MTVムービー賞では新人賞など2部門にノミネートされた。同作ではアカデミー賞歌曲賞に輝いた「It's Hard Out Here for a Pimp」で歌手デビューも果たし、第78回アカデミー賞授賞式で歌った。
シングルトンとは、彼が監督、製作、脚本を務めた『サウスセントラルLA』(2001・未)で主人公の美しい恋人役として強い印象を残して以来、マーク・ウォールバーグ、アンドレ・ベンジャミン共演の『フォー・ブラザーズ/狼たちの誓い』(2005)でも組んでいる。
最近では、サナ・レイサン、サイモン・ベイカーと共演の『Something New』(2006・未)、ジェレミー・ピベン、アリシア・キーズ、ベン・アフレックなどのアンサンブル・キャストの一員としてアクション・ドラマ『スモーキン・エース/暗殺者がいっぱい』、ドン・チードル共演の『Talk to Me』(共に2007)、キャシー・ベイツ、アルフレ・ウッダード共演の『The Family That Preys』(2008)などに出演。2009年には、モリス・チェスナット共演の『Not Easily Broken』、フォレスト・ウィテカー、リル・ウェイン共演の『Hurricane Season』、エド・ハリス、エイミー・マディガン共演のインディペンデント映画『Once Fallen』の全米公開が控えている。
TVでは、ライフタイム放映の「5人の女刑事たち ザ・ディヴィジョン」で刑事役を務めたほか、CBSのTV映画「ジェシカおばさんの事件簿/ふたつの墓の謎」(2001/共演アンジェラ・ランズベリー、フィリシア・ラシャド)に出演。デイビッド・E・ケリー製作総指揮の人気シリーズ「ボストン・リーガル」(2007〜2008)のシーズン・レギュラーを務め、ABCの「Eli Stone」(2008)ではロレッタ・ディバインの娘役で出演。「ER 緊急救命室」(1998)、「ダナ&ルー リッテンハウス女性クリニック」(2000)、「Dr. HOUSE」(2005)、「CSI:科学捜査班」(2006)など、人気TVシリーズへのゲスト出演も多い。また、人気アーティスト“エステル”の最新シングル「Pretty Please」のミュージック・ビデオにも出演している。
米ワシントンD.C.で生まれ育ち、ハワード大学を卒業。現在はロサンゼルス在住。障害者や恵まれない子供たちに対する慈善活動に熱心で、「子供たちには、自分自身を信じなさいといつも強く言っているの。自信をもつことが成功への最大の鍵だから」と述べている。
■ジュリア・オーモンド(キャロライン)
英サリー州エプソム出身。学生時代に演技に目覚め、ロンドンのウェバー=ダグラス演劇アカデミーで学んだ。卒業後、舞台に立つようになり、やがてチャンネル4のTVシリーズ「トラフィック! ザ・シリーズ」(1989)で主役をつかみ、注目された。
舞台とTVで着実に経験を積み、HBO製作の伝記ドラマ「独裁/スターリン」(1992)で演じた独裁者の長く虐げられた妻役に注目した監督エドワード・ズウィックが、大作『レジェンド・オブ・フォール 果てしなき想い』(1994)でブラッド・ピットの相手役に抜擢。その後、『トゥルーナイト』(1995)では、ショーン・コネリー扮するアーサー王と、リチャード・ギア扮するサー・ランスロットに愛される王妃グィネヴィアを演じた。また同年には、シドニー・ポラックが名作をリメイクした『サブリナ』でハリソン・フォードと共演。『陰謀のシナリオ』(1997・未)、『シベリアの理髪師』(1999)、『戦場のレジスタンス』(2003・未)などの国際色豊かな作品への出演も多い。
最近では、『インランド・エンパイア』(2006/監督デビッド・リンチ)、『Kit Kittredge: An American Girl』(2008/共演アビゲイル・ブレスリン)、『Surveillance』(2008/共演ビル・プルマン)、スティーブン・ソダーバーグ監督の『チェ 28歳の革命』(2008/共演ベニチオ・デル・トロ)などに出演。
セルビアの強制収容所からのふたりの生還者を描いたエミー賞受賞のドキュメンタリー「ボスニアの真実〜地獄からの生還〜」(1996)では製作を担当。人権問題に取り組む社会運動家としても知られ、全世界の奴隷制を根絶させるために組織的に活動するNGO “ASSET(The Alliance to Stop Slavery and End Trafficking)”の委員長を務めている。また、国連の“密売と奴隷制に反対する麻薬及び犯罪対策親善大使”、フィルムエイド・インターナショナルの創立メンバーでもある。
■ジェイソン・フレミング(トーマス・バトン)
観る者を魅了する多彩な演技と才能、スクリーン上の力強い存在感で、今日の英国を代表する俳優のひとり。
マシュー・ボーンとのコラボレーションでも知られ、ボーンが製作したガイ・リッチー監督デビュー作『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998)、同じコンビの2作目『スナッチ』(2000)に出演。また、ボーンの監督デビュー作『レイヤー・ケーキ』(2004)ではクレイジー・ラリー役でダニエル・クレイグと共演し、最近ではボーンの監督、製作、脚本作品『スターダスト』(2007)で4回目のコラボレーションを果たした。
アクの強いキャラクターも得意とし、『魅せられて』(1996/監督ベルナルド・ベルトルッチ、共演リブ・タイラー)、『ロック・スター』(2001/共演マーク・ウォールバーグ、ジェニファー・アニストン)、『フロム・ヘル』(2001/監督ヒューズ兄弟、共演ジョニー・デップ)、『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』(2003/共演ショーン・コネリー)などでその才能を発揮。
そのほかの主な出演作には、『The Hollow Reed』(1996)、『カーテンコール』(1996)、『ザ・グリード』『レッド・バイオリン』(共に1998)、『ビロウ』(2002)などがある。
TVでは、「For the Greater Good」(1991/監督ダニー・ボイル)、BBC製作の「A Question of Attribution」(1992/監督ジョン・シュレシンジャー)、NBCの「アリス・イン・ワンダーランド/不思議の国のアリス」(1999)などに出演。BBC製作の「The Man-Eating Leopard of Rudraprayag」(2005)では、1925年の植民地時代のインドで実際に起こった事件を基に、人を襲って食べる恐ろしいヒョウを追ったジム・コーベットを演じた。
舞台では、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーでの「コリオレイナス」「お気に召すまま」「終わりよければすべてよし」「Moscow Gold」「Barbarians」などに出演している。
■イライアス・コーティーズ(ガトー氏)
米演劇アカデミー卒業、名門アクターズ・スタジオのメンバー。初期の作品には、『ブルーウォーターで乾杯』(1988)、初めてジニー賞主演男優賞にノミネートされた『Malarek』(1989)がある。アトム・エゴヤン監督とは『The Adjuster』(1991)、ジニー賞主演男優賞にノミネートされた『エキゾチカ』(1994)、同賞助演男優賞を獲得した『アララトの聖母』(2002)で組んでいる。
最近では、ジェイムズ・アイザック監督の『Skinwalkers』(2006)、デビッド・フィンチャー監督の『ゾディアック』、アントワーン・フークア監督の『ザ・シューター/極大射程』(共に2007)などに出演。2009年には、マーティン・スコセッシ監督の『Shutter Island』、バージニア・マドセン共演の『The Haunting in Connecticut』、SFスリラー『The 4th Kind』の全米公開が控えている。
そのほかの主な出演作は、『クラッシュ』(1996/監督デビッド・クローネンバーグ)、『ダブル・ロック 裏切りの代償』(1996・未/監督スティーブン・シャインバーグ)、『ガタカ』(1997/監督アンドリュー・ニコル)、『悪魔を憐れむ歌』(1998/監督グレゴリー・ホブリット)、『ゴールデンボーイ』(1998/監督ブライアン・シンガー)、『マンハッタンで抱きしめて』(1998/監督リチャード・ラグラベネーズ)、アカデミー賞ィ複数部門にノミネートされた『シン・レッド・ライン』(1998/監督テレンス・マリック)、『戦場のジャーナリスト』(2000・未)、『ノボケイン 局部麻酔の罠』(2001)、『グレイテスト・ゲーム』(2005・未/監督ビル・パクストン)など。
TV出演作には、ホートン・フート原作、脚本の「テキサスの風」(1992)、HBO製作の「シュガータイム」(1995)、凶悪な殺人犯ゲイリー・ギルモアを演じたHBO製作の「心臓を貫かれて」(2001)、エミー賞ミニシリーズ部門にノミネートされた「トラフィック/新たなる連鎖」(2004)などがある。
数多い舞台出演作には、「蜘蛛女のキス」、ポーラ・ボーゲル作「Hot 'N' Throbbing」、マシュー・ウォーカス演出でブロードウェイで上演されたサム・シェパード作「真の西部」などがある。
■ティルダ・スウィントン(エリザベス・アボット)
トニー・ギルロイ監督の『フィクサー』(2007)でアカデミー賞ィ、英アカデミー(BAFTA)賞の助演女優賞を獲得し、米映画俳優組合(SAG)賞とゴールデングローブ賞にノミネートされた。同作で共演したジョージ・クルーニーとは、2008年のベネチア国際映画祭のオープニング・ナイトでワールド・プレミアがおこなわれたコーエン兄弟監督のコメディー・スリラー『Burn After Reading』でも共演している。また、2001年のデビッド・シーゲル、スコット・マクギー監督作『ディープ・エンド』(未)では、ゴールデングローブ賞とインディペンデント・スピリット賞の主演女優賞にノミネートされた。
英スコットランド出身。『カラヴァッジオ』(1986)以降、英国人監督デレク・ジャーマン作品に数多く出演。『ラスト・オブ・イングランド』(1988)、『ウォー・レクイエム』(1989)、『ザ・ガーデン』(1990)、ベネチア国際映画祭で主演女優賞を獲得した『エドワードII』(1991)、『ヴィトゲンシュタイン』(1993)など、ジャーマンが1994年に亡くなるまでそのコラボレーションは続いた。
バージニア・ウルフの原作をサリー・ポッターが映画化した『オルランド』が1992年のベネチア国際映画祭で上映され、国際的に注目を集め、以降、多くの話題作、名作に出演。その主な作品は、『イヴの秘かな憂鬱』(1996/監督スーザン・ストライトフェルド)、リン・ハーシュマン=リーソン監督の『クローン・オブ・エイダ』(1997)と4役をこなした『Teknolust』(2002)、『愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』(1998/監督ジョン・メイブリィ)、『Possible Worlds』(2000/監督ロベルト・ルパージュ)、『ザ・ビーチ』(2000/監督ダニー・ボイル)、『バニラ・スカイ』(2001/監督キャメロン・クロウ)、『アダプテーション』(2002/監督スパイク・ジョーンズ)、『猟人日記』(2003/監督デビッド・マッケンジー)、キアヌ・リーブスと共演した2005年の2作『サムサッカー』(監督マイク・ミルズ)と『コンスタンティン』(監督フランシス・ローレンス)、『ブロークン・フラワーズ』(2005/監督ジム・ジャームッシュ)、「ナルニア国物語」シリーズ(2005、2008/監督アンドリュー・アダムソン)、『A Londoni ferfi』(2007/監督ベラ・タル)、2008年ベルリン国際映画祭でワールド・プレミアを飾った『Julia』(監督エリック・ゾンカ)など。
最新作はジャームッシュ監督の『The Limits of Control』で、2009年全米公開予定。
■ジャレッド・ハリス(マイク船長)
スクリーン上でも、素のときでも、強烈なカリスマ性を感じさせる、その世代を代表する俳優のひとり。幅広いジャンルの作品に出演し、最近では、M・ナイト・シャマラン監督の『レディ・イン・ザ・ウォーター』(2006)、高い評価を受けたBBC製作のミニシリーズ「To the Ends of the Earth」(2005)などに出演している。
アイルランド出身の名優リチャード・ハリスの息子として、ロンドンで生まれ、デューク大学で演劇と文学を専攻。卒業後、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーのメンバーとなり、これまで、ニューヨーク・シェイクスピア・カンパニー、ニュー・グループ、ニュージャージー・シェイクスピア・カンパニー、ヴィンヤード・シアター、マンハッタン・シアター・クラブなど、ニューヨークの一流劇団の舞台を数多く経験。
1989年に兄ダミアンの監督デビュー作『レイチェル・ペーパー』で映画デビュー。1996年の『I SHOT ANDY WARHOL』でアメリカのポップ・アートの巨匠アンディ・ウォーホルを演じて批評家の注目を浴びた。同作では、実際にウォーホルそっくりのファッションで、ビデオカメラを手にオーディションに臨み、自身が録画されている中でキャスティング・ディレクターを録画したという逸話が残っている。1998年のマイケル・ラドフォード監督作『Bモンキー』ではアーシア・アルジェントと共演し、「ニューヨーク・タイムズ」紙のアニタ・ゲイツに、「もっとも観客を魅了する俳優のひとりになりつつある」と称された。2000年にはマイケル・リンゼイ=ボッグ監督のTV映画「ザ・ビートルズ 1976ダコタ・ハウスにて……」で、ジョン・レノン役としてポール・マッカートニー役のエイダン・クインと共演。Salon.comから「ゾクッとするほどすごい演技」と評価された。
ユニークなキャラクターを得意とし、『遥かなる大地へ』(1992)では、トム・クルーズの酒浸りの兄、ポール・オースター原作、ウェイン・ワン監督の『スモーク』とその続編的な『ブルー・イン・ザ・フェイス』(共に1995)では知的障害のある街頭掃除人、ジム・ジャームッシュ監督の『デッドマン』(1995)では毛皮のために罠を仕掛ける好戦的な男、トッド・ソロンズ監督の『ハピネス』(1998)ではタチの悪いロシア人のタクシー・ドライバーを演じた。同作のキャストは、ナショナル・ボード・オブ・レビューからアンサンブル演技賞を贈られている。
そのほかの主な出演作は、1997年のサンダンス映画祭で審査員大賞と脚本賞を受賞した秀作『SUNDAY それぞれの黄昏』(1997)、『17歳の処方箋』(2002/監督・脚本バー・スティアーズ、共演キーラン・カルキン、クレア・デインズ、ジェフ・ゴールドブラム)、『ダミー』(2002・未/共演エイドリアン・ブロディ、ミラ・ジョボビッチ)、『シルヴィア』(2003/共演グウィネス・パルトロウ)、『バイオハザードII/アポカリプス』(2004)、そしてBBC2製作でヘンリー8世を演じた「The Other Boleyn Girl」(2003)など。
■エル・ファニング(幼少期のデイジー)
演技とダンスが大好きで元気いっぱいの利発な10歳。ニューライン・シネマの『アイ・アム・サム』(2001)で姉ダコタの幼少時代を演じて映画デビュー。その後、エディ・マーフィ主演のファミリー・コメディー『チャーリーと14人のキッズ』(2003)に出演し、アンサンブル・キャストの一員としてヤング・アーティスト賞に初ノミネートされた。
2004年には、トッド・ウィリアムズ監督の『ドア・イン・ザ・フロア』でジェフ・ブリッジス、キム・ベイシンガーと共演し、続いて『きいてほしいの、あたしのこと ウィン・ディキシーのいた夏』(2005・未)でシシリー・タイソン、デイブ・マシューズと共演。2006年には、アカデミー賞作品賞ノミネート作品『バベル』でブラッド・ピット、ケイト・ブランシェットと、Sci-Fiチャンネルのミニシリーズ「ロスト・ルーム」でピーター・クラウスと共演し、それぞれの作品でヤング・アーティスト賞にノミネートされた。その後、『帰らない日々』(2007)ではホアキン・フェニックスとジェニファー・コネリーの娘役を好演。
2008年サンダンス映画祭では、フェリシティー・ホフマン、パトリシア・クラークソン共演でタイトルロールを演じた『Phoebe in Wonderland』がプレミア上映された。2009年には、1920年代のウィーンを舞台に、クリスマス・イブに特別な人形を後見人からもらった少女の物語『Nutcracker: The Untold Story』(共演ジョン・タトゥーロ、ネイサン・レイン)が全米公開予定。
TVでは、「CSI:マイアミ」(2003)と「CSI:ニューヨーク」(2004)をはじめ、「Judging Amy」(2003)、「Dr. HOUSE」(2006)、「クリミナル・マインド FBI行動分析課」(2006〜2007)、「ダーティ・セクシー・マネー」(2007)などの人気シリーズに数多くゲスト出演している。さらに、トヨタ、スマッカーズ、ターゲットのCMにも出演しているほか、「Vogue Bambini」誌の30周年特別号でも特集された。
現在はロサンゼルスで両親のジョイとスティーブ、姉のダコタと暮らしている。
■マハーシャラルハズバズ・アリ(ティジー)
力強い存在感をもったハリウッドの注目株。2009年には、ハリソン・フォード、ショーン・ペン共演のウェイン・クレイマー監督作『Crossing Over』が全米公開される。
米カリフォルニア州オークランド出身。両親、親戚に囲まれてヘイワード市近郊で育った。バークレー東部のモラガにあるセント・メアリーズ・カレッジでマスコミ学の学士号を取得。NBAに入ることを夢見ながらバスケットボール部に所属していたが、3年生のときにとった演技クラスに熱中し、進路を変えることになった。4年生のときには、学生劇「Spunk」で重要な役を演じた。
卒業後、カリフォルニアのオリンダで、カリフォルニア・シェイクスピア・フェスティバルの1シーズン中にプロの俳優としてデビューを飾り、その後、名門ニューヨーク大学の演劇修士号プログラムに入学を認められた。在学中、「悪口学校」「人形の家」「ヴェニスの商人」「Blues for an Alabama Sky」「A Lie of the Mind」「Monkey in the Middle」「The New Place」「Secret Injury, Secret Revenge」などに出演。大学以外では、ワシントンD.C.のアリーナ・ステージで、「The Great White Hope」の主役ジャック・ジェファーソンを演じたほか、「The Long Walk」「Jack and Jill」などに出演した。
その後、舞台からTVへと活動の場所を移し、TVシリーズ「女検死医ジョーダン」(2001〜2002)にサンダース医師役で出演。以降、「The Haunted」「NYPDブルー」(共に2002)、「CSI:科学捜査班」(2003)、「Threat Matrix」(2003〜2004)などの人気シリーズに出演した。USAネットワークの人気シリーズ「4400 未知からの生還者」(2004〜2007)には、朝鮮戦争のパイロット、リチャード・タイラー役でレギュラー出演し、多くのファンを獲得するとともに、高い評価を得た。
■デビッド・フィンチャー(監督)
1992年、『エイリアン3』で長編映画監督デビュー。1995年に『セブン』を監督。キリスト教の“7つの大罪”に従って罪を犯す連続殺人鬼を追うふたりの刑事(ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン)の姿を追ったこの犯罪ドラマは批評家から絶賛され、全世界で3億2500万ドル以上の興収を上げるとともに、その斬新なアプローチと凝ったオープニング・シークエンスはこのジャンルのその後の作品に影響を与え続けている。
1997年にはマイケル・ダグラス、ショーン・ペン主演でサスペンス『ゲーム』を監督。人に心を開かない実業家が、弟からもらった奇妙な贈り物によって、知らないうちに人生を一変させるような“ゲーム”に参加させられてしまう姿を描いた。1999年の『ファイト・クラブ』ではピットと再び組み、共演にエドワード・ノートン、ヘレナ・ボナム=カーターを起用。チャック・ポーラニックの小説を基に監督した同作は、批評家の間で強い反響を巻き起こし、熱狂的なファンの支持を受け、のちに大きな影響を与える1作となった。
2002年の監督作『パニック・ルーム』にはジョディ・フォスター、フォレスト・ウィテカー、ドワイト・ヨアカム、ジャレッド・レトが出演。引っ越してきたばかりの家に強盗が侵入してきたため、緊急避難用の部屋に隠れるシングルマザーと娘の窮状を描いたこのヒット作では、コンピューター・グラフィックスの革新的な使い方が注目を集めた。
そして本作の前に監督した『ゾディアック』(2007)は高い評価を受け、「エンターテイメント・ウィークリー」誌、「USAトゥデイ」紙、「ワシントン・ポスト」紙など、150以上の媒体の年間ベストテンに選ばれた。
■エリック・ロス(脚本/映画版原案)
カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校、コロンビア大学、UCLAで学び、UCLA在学中にサミュエル・ゴールドウィン・ライティング賞を受賞。初めて実際に製作された脚本はロバート・マリガン監督の『秘密組織・非情の掟』(未)で、1974年カンヌ国際映画祭で初上映された。
『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)でアカデミー賞と米脚本家組合(WGA)賞の脚色賞を獲得。マイケル・マン監督、アル・パチーノ、ラッセル・クロウ主演の『インサイダー』(1999)ではアカデミー賞とWGA賞の脚色賞にノミネートされ、ヒューマニタス賞を獲得した。また、スティーブン・スピルバーグ監督の『ミュンヘン』(2005)の共同脚本でもアカデミー賞ィ脚色賞にノミネートされた。
そのほかに脚本もしくは脚色を担当した作品は、シェール、デニス・クエイド主演の『容疑者』(1987)、マイク・フィギス監督、リチャード・ギア主演の『心のままに』(1993)、ロバート・レッドフォード監督の『モンタナの風に抱かれて』(1998)、マイケル・マン監督、ウィル・スミス主演の『ALI アリ』(2001)、ロバート・デ・ニーロ監督、マット・デイモン、アンジェリーナ・ジョリー、デ・ニーロ出演の『グッド・シェパード』(2006)などがある。また、黒澤明監督の『八月の狂詩曲(ラプソディー)』(1991)の脚本にも協力した。
現在進行中のプロジェクトは、ワーナー・ブラザース用の『Hatfields and McCoys』、ワーナーとパラマウント用の『Extremely Loud and Incredibly Close』、パラマウント用の『The Devil in the White City』。
ロサンゼルス在住。妻デブラ・グリーンフィールドは弁護士であり、UCLAで遺伝学と法律の講師も務めている。子供と孫が5人ずつ。娘のバネッサ・ロスが製作したドキュメンタリー「Freeheld」は2007年度アカデミー賞ィ短編ドキュメンタリー賞に輝いた。
■ロビン・スウィコード(映画版原案)
1990年1月に書き上げた本作の初稿は、「プレミア」誌の“製作されていない脚本ベストテン”リスト入り。その後10年以上にわたり、監督が次々に変更になる中、ふたつの映画会社のもとで何度も推敲が重ねられ、ようやく最終的に映画化にこぎつけた。
『シャグ』(1989)、『若草物語』(1994)、『太陽に抱かれて』(1995)、『マチルダ』(1996)、『プラクティカル・マジック』(1998)、『SAYURI』(2005)などの脚本家としてだけでなく、「Last Days at the Dixie Girl Cafe」「Criminal Minds」などの劇作家としても知られる。ソニー・ピクチャーズ・クラシックスの『ジェイン・オースティンの読書会』(2007)では脚本を担当するとともに、監督としてもデビューを飾った。現在は、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)、『プラダを着た悪魔』(2006)などを製作したウェンディ・フィネルマンとともに、能力を使いたがらない超能力者を描いたロマンティック・コメディー『Didn't Like Him Anyway』の脚本を執筆中で、新設のCBSフィルムズが製作予定。また、ユニバーサル製作のスリラー『The Alibi Club』の脚本と監督を担当することも決まっている。
米サウス・カロライナ州で生まれ、北フロリダと南ジョージアの田舎町で育った。その時期の経験はいくつかの戯曲、そして『シャグ』(タイトルの由来は、南部の海岸でおこなわれたダンス・コンテスト)の脚本に反映されている。フロリダ州立大学で英文学と演劇を学んでいるときに、脚本と短編映画制作を始めた。
米脚本家組合(WGA)の活発なメンバーで、WGA基金の理事として、WGAの教育的な奉仕プログラムの開設に尽力。また、2007〜2008年の脚本家のストライキによって影響を受けた、脚本家以外の業界人に約50万ドルの財政補助金を出す業界支援基金を創設した。WGA年金及び健康基金の理事も務める。最近では、サンディエゴ州立大学でマーサ・ラウゼン博士が始めた“TV映画における女性研究センター”の創立理事会への参加を要請された。
夫は同じく劇作家、脚本家のニコラス・カザン。娘がふたりおり、カリフォルニア州サンタモニカとワシントン州ピュージェット湾にあるヴァション島に住んでいる。
■キャスリーン・ケネディ(製作)
現在の映画界でもっとも成功を収めているプロデューサーのひとり。製作作品には、映画史上最高クラスの興収を上げた作品が3本 ─ 『E.T.』(1982)、『ジュラシック・パーク』(1993)、『シックス・センス』(1999) ─ 含まれる。
現在は、1992年に監督・プロデューサーのフランク・マーシャルと設立したケネディ/マーシャル・カンパニーを率いる。同社の旗印のもとで製作した『シックス・センス』は作品賞を含む6部門でアカデミー賞にノミネートされ、『シービスケット』(2003)は同じく作品賞を含む7部門でノミネートされた。また、『ボーン・アイデンティティー』(2002)、『ボーン・スプレマシー』(2004)、『ボーン・アルティメイタム』(2007)の「ジェイソン・ボーン」三部作は、スパイ・スリラーの面白さを映画ファンに再認識させ大ヒットした。
2007年には、アカデミー賞にノミネートされたインディペンデント映画2本を製作。まず、『潜水服は蝶の夢を見る』は、ジャン=ドミニク・ボビーの感動的な回顧録から、ロナルド・ハーウッドが脚本を書き、ジュリアン・シュナーベルが監督。もう1本はイラン革命の時代に成長した少女を描いたマルジャン・サトラピの自伝的グラフィック・ノベルが原作のアニメ映画『ペルセポリス』である。2008年には、ケネディ/マーシャル・カンパニーとして、人気児童書シリーズを基にした『スパイダーウィックの謎』を製作。
スティーブン・スピルバーグの監督作『1941』(1979)の制作アシスタントを務めたことがきっかけで、スピルバーグとのコラボレーションが始まった。以降、『レイダース 失われたアーク 《聖櫃》』(1981)でスピルバーグの助手、『ポルターガイスト』(1982)でアソシエイト・プロデューサーを務めたのち、『E.T.』(1982)で製作を担当。同作が世界的に大ヒットしている間に、スピルバーグ、マーシャルとともに、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』(1984)の製作準備を始め、ジョージ・ルーカスと製作。そして、スティーブン・スピルバーグ監督、マーシャルが製作した『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』(2008)ではルーカスとともに製作総指揮を担当した。現在は、“エルジェ”というペンネームで知られるジョルジュ・レミが創り出した世界中で愛されているキャラクター“タンタン”を、スピルバーグとピーター・ジャクソンが監督する長編シリーズ『Tintin』の製作準備中。
1982年にスピルバーグ、マーシャルとアンブリン・エンターテイメントを共同設立。同社のもとでは、『グレムリン』(1984)、『グーニーズ』『ヤング・シャーロック ピラミッドの謎』(共に1985)、『インナースペース』『ニューヨーク東8番街の奇跡』(共に1987)、『オールウェイズ』(1989)、『ジョー、満月の島へ行く』(1990・未)、『ケープ・フィアー』『アメリカ物語2 ファイベル西へ行く』『フック』(いずれも1991)などで製作または製作総指揮を担当。また、マーシャルの監督デビュー作『アラクノフォビア』(1990)の製作も務めた。
スピルバーグ、マーシャル、クインシー・ジョーンズと製作した『カラーパープル』(1985)は、アカデミー賞ィに作品賞を含む11部門でノミネートされた。また、スピルバーグ、マーシャルと製作した『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は1985年度興収第1位となり、続編2本が1989年、1990年にそれぞれ公開された。
スピルバーグ、マーシャルと製作した『太陽の帝国』は、ナショナル・ボード・オブ・レビューの1987年度最優秀作品賞に選ばれ、1988年には、同年興収第1位となった『ロジャー・ラビット』をマーシャル、ロバート・ワッツと製作。
1993年にはマーシャルの監督第2作となる『生きてこそ』をロバート・ワッツとともに製作。また、1993年度アカデミー賞で、監督賞、作品賞を含む7部門を制覇した、ホロコーストを描いたスピルバーグ監督作『シンドラーのリスト』では製作総指揮を務めた。
1995年には、アンブリン/マルパソ制作としてクリント・イーストウッド監督の『マディソン郡の橋』を、1996年にはアンブリンとして、ヤン・デ・ボン監督のアクション・スリラー『ツイスター』をイアン・ブライスと製作。また、スピルバーグ監督の『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(1997)では製作総指揮を担当した。
1999年にケネディ/マーシャル・カンパニーはブルース・ウィリス主演の『シックス・センス』、シガニー・ウィーバー、ジュリアン・ムーア主演の『マップ・オブ・ザ・ワールド』、スコット・ヒックス監督の『ヒマラヤ杉に降る雪』を世に送り出し、2000年5月に公開されたIMAX映画『Olympic Glory』も製作した。
2001年のスピルバーグ監督作『A.I.』をボニー・カーティスと製作し、『ジュラシック・パーク』をスピルバーグと製作。2002年のM・ナイト・シャラマン監督作『サイン』(主演メル・ギブソン)では製作総指揮を務めた。2003年に批評家から高く評価されて興行的にも成功した『シービスケット』はマーシャル、ゲイリー・ロス、ジェーン・シンデルと製作。
2005年にはスピルバーグ監督、トム・クルーズ主演で『宇宙戦争』をコリン・ウィルソンと製作。また、同じくスピルバーグ監督の『ミュンヘン』をウィルソン、バリー・メンデル、スピルバーグと製作し、作品賞を含む5部門でアカデミー賞にノミネートされた。
現在、映画芸術科学アカデミーのプロデューサー支部執行委員会の議長を務め、アカデミーの理事会メンバー。最近まで、米映画製作者組合(PGA)の代表を務め、2006年には最高の栄誉とされるチャールズ・フィッツシモンズ・サービス賞を贈られ、2008年には、マーシャルと生涯功労賞を共同受賞した。
■フランク・マーシャル(製作)
確かなビジョンをもってアメリカ映画を支え続けてきたベテラン・プロデューサーとして、50本以上の映画を製作してきたほか、監督としても実績があり、社会奉仕活動やスポーツにも熱心に参加している。2008年には妻キャスリーン・ケネディと、米映画製作者組合(PGA)生涯功労賞を共同受賞した。映画史上もっとも成功を収めた映画をいくつも手がけており、『グーニーズ』(1985)、『リトルフットの大冒険 謎の恐竜大陸』(1988)、『アメリカ物語2 ファイベル西へ行く』(1991)、「ジェイソン・ボーン」三部作(2002、2004、2007)などで製作、製作総指揮を務めた。
アカデミー賞にからんだ作品も数多く製作。『レイダース 失われたアーク 《聖櫃》』(1981)と、スティーブン・スピルバーグ、クインシー・ジョーンズ、そして妻のキャスリーン・ケネディと製作した『カラーパープル』(1985)が作品賞にノミネートされたほか、M・ナイト・シャマラン監督のヒット作『シックス・センス』(1999)は作品賞を含む6部門でノミネート。ローラ・ヒレンブランドのベストセラーに基づいた実話で、高い評価を受けた『シービスケット』(2003/監督ゲイリー・ロス)は同じく作品賞を含む7部門でノミネートされた。
スリラー『アラクノフォビア』(1990)で監督デビュー後、実話に基づく感動作『生きてこそ』(1993)、アドベンチャー『コンゴ』(1995)、批評家から高く評価されたヒット作『南極物語』(2006)、さらに、多部門でエミー賞に輝いたHBO製作のミニシリーズ「フロム・ジ・アース [人類、月に立つ]」(1998)で監督を務めた。
ピーター・ボグダノビッチ監督のカルト映画『殺人者はライフルを持っている!』(1968・未)で監督助手を務めて映画業界入り。その後、同監督の『ラスト・ショー』(1971)と『おかしなおかしな大追跡』(1972)でロケーション・マネジャーを務めたあと、『ペーパー・ムーン』(1973)、『ニッケルオデオン』(1976)など、続く5作でアソシエイト・プロデューサーや製作を務めた。
ロックバンド“ザ・バンド”を追ったマーティン・スコセッシの音楽ドキュメンタリー『ラスト・ワルツ』(1978)でライン・プロデューサーを務めたのち、ウォルター・ヒルの監督作『ザ・ドライバー』(1978)でアソシエイト・プロデューサー、『ウォリアーズ』(1979)で製作総指揮を務め、どちらも熱心なファンに支持されるカルト作品となった。また、オーソン・ウェルズの1970年代の伝説的な未完の映画『The Other Side of the Wind』ではライン・プロデューサーを務めた。
スピルバーグ、ケネディとの長年にわたる充実したパートナーシップは、製作を務めた『レイダース 失われたアーク 《聖櫃》』(1981)から始まり、同シリーズはジョージ・ルーカスを加えた画期的なコラボレーションとして、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』(1984)、『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』(1989)、そして2008年の『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』までシリーズを通して成功を収めた。『E.T.』(1982)で製作監修を務め、『ポルターガイスト』(1982)で製作を担当したのち、スピルバーグ、ケネディと、業界のパワーハウスと呼ばれるようになるアンブリン・エンターテイメントを設立。同社の旗印のもとで、『グレムリン』(1984/監督ジョー・ダンテ)、『ファンダンゴ』(1985/監督ケビン・レイノルズ)、『ヤング・シャーロック ピラミッドの謎』(1985/監督バリー・レビンソン)、ロバート・ゼメキス監督の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」三部作(1985、1989、1990)と『ロジャー・ラビット』(1988)、スピルバーグ監督の『太陽の帝国』(1987)、『オールウェイズ』(1989)、『フック』(1991)、そして自身の監督デビュー作『アラクノフォビア』などを製作した。
監督業により力を入れるため、1990年代はじめにアンブリンを去り、ケネディ/マーシャル・カンパニーを設立。同社のもとで製作した作品には、『リトル・ヒーロー』(1995・未/監督フランク・オズ)、『ヒマラヤ杉に降る雪』『マップ・オブ・ザ・ワールド』(共に1999)、初めて大フォーマットで撮影された公式オリンピック映画『Olympic Glory』(2005)、火星探索に関するIMAXのドキュメンタリー『Roving Mars』(2006/監督ジョージ・バトラー)などがある。また、マット・デイモン主演の「ジェイソン・ボーン」三部作は、『ボーン・アイデンティティー』(2002)がダグ・リーマン、『ボーン・スプレマシー』(2004)と『ボーン・アルティメイタム』(2007)はポール・グリーングラスが監督した。
2007年には同社製作のインディペンデント映画2本が高い評価を受けた。まず、ジャン=ドミニク・ボビーの感動的な回顧録を基に、ロナルド・ハーウッドが脚本、ジュリアン・シュナーベルが監督を担当した『潜水服は蝶の夢を見る』は、カンヌ国際映画祭最優秀監督賞を獲得し、アカデミー賞ィ監督賞にノミネートされた。もう1本はイラン革命の時代に成長した少女を描いたマルジャン・サトラピの自伝的グラフィック・ノベルが原作のフランスのアニメ映画『ペルセポリス』で、カンヌ国際映画祭審査員大賞を他作品とタイで受賞し、アカデミー賞長編アニメーション賞にノミネートされた。2008年には、人間の周囲に密かに存在する妖精たちの世界を描いた人気児童書シリーズを基にした『スパイダーウィックの謎』が公開され、2009年にはウェイン・クレイマー監督の『Crossing Over』の公開が控えている。
米ロサンゼルス出身。父は作曲家のジャック・マーシャル。UCLA在学中にクロスカントリーとトラック競技で活躍し、3年間はサッカーの大学代表選手でもあった。音楽とスポーツへの情熱をひとつにし、米国のマイルレースの一流選手スティーブ・スコットと組んで“ロックンロール・マラソン”を始め、1998年にサンディエゴで初めて大会を開催。マラソンの初大会としては史上最大規模のものとなった。米国オリンピック委員会のメンバーを10年以上務め、2005年には栄誉ある“オリンピックの盾”を贈られた。現在は米国体操競技理事会のメンバーを務め、2008年夏に米国オリンピック殿堂入りを果たした。現在は、ロサンゼルス・スポーツ・カウンシル、アスリーツ・フォー・ホープ、フィジカル・フィットネスに関する知事の顧問メンバーをそれぞれ務め、メンターLAの共同議長と、UCLA基金の理事会メンバーでもある。これまでに、全米功績協会賞、UCLA卒業生の職業功績賞、カリフォルニア・メンター・イニシアティブのリーダーシップ賞を受賞している。
■シーアン・チャフィン(製作)
1992年にデビッド・フィンチャーが監督した日本のコカ・コーラの広告を製作したことがきっかけで、フィンチャーとパートナーとなり、それ以降のフィンチャー監督作4本で製作を担当。弟からもらった奇妙な誕生日プレゼントによって人生を狂わされていく実業家を描いた、マイケル・ダグラス、ショーン・ペン主演のサスペンス『ゲーム』(1997)。チャック・ポーラニックの小説を基に、ブラッド・ピット、エドワード・ノートン、ヘレナ・ボナム=カーター主演で映画化したカルト・ヒット作『ファイト・クラブ』(1999)。強盗が侵入してきたため、緊急避難用の部屋に隠れる母娘の窮状を描いた、ジョディ・フォスター、フォレスト・ウィテカー、ドワイト・ヨアカム、ジャレッド・レト主演のスリラー『パニック・ルーム』(2002)。そして、サンフランシスコで起こった連続殺人犯を追う男たちの姿をロバート・ダウニーJr.、ジェイク・ギレンホール主演で描いた『ゾディアック』(2007)である。
また、グラミー賞を受賞したミュージック・ビデオを2本プロデュースしており、ひとつはマーク・ロマネクが監督した、マイケル・ジャクソン、ジャネット・ジャクソンのデュエット曲「スクリーム」、もうひとつはフィンチャーが監督したローリング・ストーンズの「ラブ・イズ・ストロング」である。
■クラウディオ・ミランダ(撮影)
独創的な照明テクニックで注目の撮影監督。従来の映画的な様式よりも、自然界に影響を受けた映像を創り出してきた。ある構図の中に現れる不完全さに刺激を受け、フレーム内の明確な焦点から少しズラした位置に照明を当てることが多い。
デビッド・フィンチャーとは1985年以来の知己。ステージ・マネジャー、電気技術者、照明係の助手などを経て、フィンチャーの『ゲーム』(1997)、さらに、『ファイト・クラブ』(1999)で照明係を担当。本作のクランクアップの打ち上げで、フィンチャーとの長い付き合いに対し、“永年勤続賞”をジョークで贈られた。トニー・スコット監督作『クリムゾン・タイド』(1995)、『ザ・ファン』(1996)、『エネミー・オブ・アメリカ』(1998)でも照明を担当している。
両親はチリ人建築家とインテリア・デザイナー。ロサンゼルスのコミュニティー・カレッジに通い始めてまもなく、一般教養は自分向きではないと判断。将来的に事務職につくよりも、ステージ・マネジャーとして働くことにより強い関心を抱いた。1994年、撮影監督のダリウス・ウォルスキーからアレックス・プロヤス監督の『クロウ ─ 飛翔伝説 ─ 』の照明チーフに抜擢され、大きなチャンスを得た。
アクション大作映画で照明の腕を磨いたのち、CMやミュージック・ビデオの分野で、数々の撮影賞を受け始めた。観終わったあとも長く心に残る映像が特徴のCMで、2002年にはポカリスエットのTVスポット“テニス編”でAICP賞とクリオ賞、2004年のXelebriでクリオ賞、2005年のハイネケンでAICP賞を受賞するとともに、2004年には、ビヨンセFeat. ショーン・ポールによる「Baby Boy」のクリップでMVPA賞を獲得した。
そして、徹底した実用主義と技術的なノウハウが評判を呼び、引く手あまたの撮影監督という現在の地位に押し上げられた。2005年サンダンス映画祭で人気を呼んだクリス・エアー監督の『A Thousand Roads』で初めて撮影監督のクレジットが付き、注目すべき才能としての評価を固めた。
仕事仲間から数多くの貴重な支援を受けながら、経験を積んできているが、少年時代にカメラに夢中になったわけでも、スティーブン・スピルバーグのようになりたいと夢見たわけでもない。そのため、才能あふれる撮影監督がたくさんいる中で、自分のキャリアがこれだけ早く上昇していることに本人も驚きを隠せないと語っている。
現在はロサンゼルスに、恋人ケリと、ふたりの最高の“業績”である娘のソフィアと暮らしている。
■ドナルド・グレイアム・バート(美術)
デビッド・フィンチャーとは『ゾディアック』(2007)に続いて本作が2回目のコラボレーション。
エイミー・タンのベストセラー小説に基づいたウェイン・ワン監督の佳作『ジョイ・ラック・クラブ』(1993)で長編映画の美術監督デビュー。スーザン・サランドンとナタリー・ポートマンが母と娘を演じたコメディー・ドラマ『地上(ここ)より何処かで』(1999)、ピーター・サースガード主演の官能的なドラマ『赤い部屋の恋人』(2001)、母に捨てられ、フロリダに住む父のもとへ行く少女を描いた『きいてほしいの、あたしのこと ウィン・ディキシーのいた夏』(2005・未/主演ジェフ・ダニエルズ、シシリー・タイソン、エバ・マリー・セイント)でもワンと組んでいる。
ジョン・N・スミス監督作では、スラム街の問題児たちを更生させようと奮闘する元海兵隊員の女教師の実話を基にしたミシェル・ファイファー主演の『デンジャラス・マインド 卒業の日まで』(1995)と、ビンス・ボーン、ジョーイ・ローレン・アダムズ主演のドラマ『クール・ドライ・プレイス』(1998)の2本で美術を担当。
そのほかには、アル・パチーノ、ジョニー・デップ主演、マイク・ニューウェル監督の問題作『フェイク』(1997)、ロビン・ライト・ペン、レニー・ゼルウィガー、アリソン・ローマン、ミシェル・ファイファー主演、ピーター・コズミンスキー監督の『ホワイト・オランダー』(2002)などで美術を手がけた。
また、ジ・エッジ、ジミー・ペイジ、ジャック・ホワイトといったロック・ミュージシャンたちの視点でエレキギターについて探った、デイビス・グッゲンハイム監督のドキュメンタリー『It Might Get Loud』(2008)でも美術を担当している。
■カーク・バクスター(編集)
オーストラリア、シドニー出身。17歳のときに地元のCM制作会社で雑用係として働き始めた。数人の専属監督、大きいカメラ部、照明スタッフ、電気技術者、そして、充分な機材を備えた編集部があるその会社のあらゆる部署で働くうちに、本人いわく、「編集という仕事に恋をしてしまい、ほかの仕事で身を立てようとはまったく思わなくなった」
18歳になるころには、フィルムを扱うフルタイムのアシスタント・エディターになり、2年経たないうちにCMの編集を始めるようになったが、それはちょうどAVIDなどのノンリニア編集の出現の時期と一致する。当時のオーストラリア映画業界には活発な動きがなかったため、CM業界で経験を積むことに集中。父がスコットランド出身だったことから英国籍があり、23歳のときに、より大きな、より良いチャンスを求めてロンドンへ渡った。そこで5年間、英国のCMを編集したのち、ニューヨークへ渡り、CM編集会社ファイナル・カットを共同設立。まもなく、ロサンゼルスでの長期の仕事も多くなったため、ロスではアンガス・ウォールの編集会社ロック・ペーパー・シザーズ(RPS)で業務をおこなうようになった。ウォールとすぐに意気投合し、映画業界での仕事の可能性はニューヨークとは比較にならないほど大きかったため、完全にロスに移り、RPSに入社。『ゾディアック』(2007)の編集を担当していたウォールからデビッド・フィンチャーを紹介され、同作の数シーンの編集を任された。「あれから2年以上経つけど、僕はほとんどデビッドの編集室から出てない。そのまま、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』の編集をアンガスと受け持つことになったんだ。僕は世界一幸運なエディターの気分。これはほんとうに傑作だよ。僕はこの経験をずっと大切に生きていきたい」
■アンガス・ウォール(編集)
映画編集者であり、監督や広告代理店のための編集業務を提供する会社ロック・ペーパー・シザーズ(RPS)と、エフェクト会社A52の設立者。
デビッド・フィンチャーの会社プロパガンダに5年勤めたのち、1992年に同社を辞めてTVと映画の編集会社RPSを設立し、1997年にはA52を設立した。
プロパガンダ退社後も、フィンチャーとのコラボレーションは続き、スリラー『パニック・ルーム』(2002)、悪名高き連続殺人鬼を描いた犯罪ドラマ『ゾディアック』(2007)の編集を担当。それ以前には、『セブン』(1995)でメイン・タイトルの編集、『ファイト・クラブ』(1999)では編集顧問を務めた。また、ジョン・ウー監督の短編『Hostage』(2002)の編集、ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(1999)の予告編とCMの編集も手がけた。さらに、デザインと監督も務めたTVシリーズ「カーニバル」のタイトル・シークエンスではエミー賞を受賞。
ブラッド・ピット出演のハイネケンと、ナイキの“スピードチェイン”のCM(どちらも監督はフィンチャー)など、国際的企業のCMの編集も数多く手がけている。その主な作品は、エロール・モリス監督によるミラーの“代替燃料”CM、スパイク・ジョーンズ監督によるナイキの“Y2K”、ティム・バートン監督によるタイメックスの“カンフー”、そしてガス・バン・サント監督によるリーバイスの“セカンド・デイ”など。
■ジャクリーン・ウエスト(衣装)
医師を目指していたが、カリフォルニア大学バークレー校卒業後、母と同じ服飾デザインの道へ進むことを決意。1988年から1997年まで自身の会社を経営し、既製服のデザインで高く評価された。直営店もあり、バーニーズのニューヨーク店と日本店へも出店。
フィリップ・カウフマン監督の『ヘンリー&ジューン 私が愛した男と女』(1990)でクリエイティブ・コンサルタントを務めたことをきっかけに映画業界へ進出。ショーン・コネリー、ウェズリー・スナイプス主演の同監督作『ライジング・サン』(1993)で衣装デザイナーとしてデビューを飾った。同じくカウフマン監督がサド侯爵を描いた『クイルズ』(2000/主演ジェフリー・ラッシュ、ケイト・ウィンスレット、ホアキン・フェニックス)の衣装でアカデミー賞ィと英アカデミー(BAFTA)賞にノミネートされた。最近では、トッド・ロビンソン監督の『ロンリーハート』(2006/主演ジョン・トラボルタ、ジェームズ・ガンドルフィーニ、ジャレッド・レト、スコット・カーン、ローラ・ダーン)、オリバー・ヒルシュビーゲル監督の『インベージョン』(2007)の衣装を手がけている。
2005年の『ニュー・ワールド』で組んだ監督のテレンス・マリック、美術監督のジャック・フィスクとは、2009年公開予定の『The Tree of Life』(主演ブラッド・ピット、ショーン・ペン)でも再びコラボレーションを果たした。2009年公開予定作では、ケビン・マクドナルドの犯罪ドラマ『State of Play』(主演レイチェル・マクアダムズ、ラッセル・クロウ、ベン・アフレック、ヘレン・ミレン)の衣装も担当。
衣装を担当したほかの主な作品は、『バンガー・シスターズ』(2002/主演スーザン・サランドン、ゴールディ・ホーン)、『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』(2003/主演ショーン・コネリー)、『レオポルド・ブルームへの手紙』(2002/主演ジョセフ・ファインズ、エリザベス・シュー)など。
■アレクサンドル・デプラ(音楽)
米バークレーの大学に留学中に出会ったというギリシャ人の母とフランス人の父のもとで、マルチリンガルに育った。クラシック音楽を学びながらも、ジャズやハリウッド映画音楽をよく聴かされたことが新鮮でユニークな映画音楽を創り出す基盤となっている。
50本以上のヨーロッパ映画に音楽をつけ、セザール賞にも複数回ノミネートされている。2003年にスカーレット・ヨハンソン、コリン・ファース主演の『真珠の耳飾りの少女』の音楽でハリウッドに進出。その扇情的な音楽により、ゴールデングローブ賞、英アカデミー(BAFTA)賞、ヨーロッパ映画賞にノミネートされた。以降、ジョナサン・グレイザー監督の『記憶の棘』(2004/主演二コール・キッドマン)、『ママが泣いた日』(2005/主演ジョアン・アレン、ケビン・コスナー)、『ホステージ』(2005/主演ブルース・ウィリス)の音楽で評価を固め、スティーブン・ソダーバーグ製作、スティーブン・ギャガン監督の『シリアナ』(2005/主演ジョージ・クルーニー、マット・デイモン)の音楽では再びゴールデングローブ賞にノミネートされた。さらに、スティーブン・フリアーズ監督の『クィーン』(2006/主演ヘレン・ミレン)ではアカデミー賞に初ノミネート。同年の『The Painted Veil』(主演エドワード・ノートン、ナオミ・ワッツ)の音楽ではゴールデングローブ賞を獲得した。
2007年全米公開作では、オスカー監督のアン・リーによる『ラスト、コーション』、『マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃ屋』(主演ダスティン・ホフマン、ナタリー・ポートマン)、世界中で愛されているフィリップ・プルマンの三部作に基づいた映画化第一作『ライラの冒険 黄金の羅針盤』(主演二コール・キッドマン、ダニエル・クレイグ)の音楽を担当。最近、テレンス・マリック監督、ブラッド・ピット、ショーン・ペン主演の2009年公開予定作『The Tree of Life』の音楽を完成させた。
ハリウッド映画への作曲で多忙を極めるなか、数は少ないものの、ヨーロッパ映画の音楽も作り続けており、最近では『真夜中のピアニスト』(2005)でベルリン国際映画祭銀熊賞(音楽賞)とセザール賞を獲得している。
■エリック・バーバ(視覚効果監修)
これまでコラボレーションをしてきたデビッド・フィンチャー、ジョゼフ・コシンスキーら数多くの監督と同様、映画と広告、両方の世界で活躍。手がけた視覚効果は、『フィフス・エレメント』(1997)、『スーパーノヴァ』(2000)、『ゾディアック』(2007)などの映画から、ハイネケン、ジャガー、レクサスなど多くの一流ブランドのCMにまで及ぶ。
アート・センター・カレッジ・オブ・デザイン卒業。1996年に視覚効果工房デジタル・ドメイン社に入社。2003年には、フィンチャーが監督し、いくつもの広告賞を獲得したアディダスのCMで視覚効果を仕切った。それ以来、フィンチャーの映画、CMプロジェクトのすべてにかかわり、バンド“ナイン・インチ・ネイルズ”のミュージック・ビデオ、ナイキ、モトローラ、HPなどの広告を手がけている。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』には、プロジェクト始動時からかかわり、2004年の試作で使用されたデジタル・ヒューマンの創作に取り組み、映画会社からゴーサインをもらうのに貢献した。また、アメリカン・エキスプレス、ナイキ、ホンダなどの広告の監督も手がけている。
デジタル・ドメインに加わる前は、スティーブン・スピルバーグのアンブリン・イメージングで働き、TVの「シークエスト」「新スター・トレック」、エミー賞受賞の「スター・トレック/ヴォイジャー」のパイロット版などの視覚効果を手がけた。
■グレッグ・キャノム(特殊メイク効果)
これまでに100本以上の映画、TV作品で特殊メイクを担当。『ドラキュラ』(1992)ではミシェル・バーク、マシュー・W・マングルとともに、『ミセス・ダウト』(1993)ではヴェ・ニール、ヨランダ・トゥッシェングとともにアカデミー賞メイクアップ賞を獲得。また、『フック』(1991)、『ホッファ』(1992)、『最高のルームメイト』(1995・未)、『タイタニック』(1997)、『アンドリューNDR114』(1999)、『ビューティフル・マインド』(2001)では同賞にノミネートされている。さらに、特殊加工したシリコン素材を映画のメイクに使用した功績に対し、ウェズリー・ウォフォードとともにアカデミー賞ィ技術功労賞を贈られた。
特殊メイクを手がけたそのほかの主な作品は、『ハウリング』(1981)、『コクーン』(1985)、『ロストボーイ』(1987)、『スター・トレックVI 未知の世界』(1991)、『エイリアン3』『フォーエヴァー・ヤング 時を超えた告白』(共に1992)、『シャドー』『マスク』(共に1994)、『インサイダー』(1999)、『ビッグ・ママス・ハウス』(2000)、『ハンニバル』『アメリカン・スウィートハート』『ALI アリ』(いずれも2001)、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』『マスター・アンド・コマンダー』(共に2003)、『歌う大捜査線』(2003・未)、『パッション』『ヴァン・ヘルシング』『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』(いずれも2004)、『最凶女装計画』(2004・未)、『バベル』(2006)、『Chaos Theory』(2007)など。
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