「第27回東京フィルメックス」コンペティション出品作品

●2026年11月20日(金)〜11月29日(日)
●有楽町朝日ホール、丸の内ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町にて

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『阿Girl』"Ah Girl"
2026年/シンガポール/99分/監督:アン・ゲックゲック・プリシラ(洪玉桔/ANG Geck Geck Priscilla)
1994年、シンガポール。家族から「阿Girl」と呼ばれる7歳の少女は、別居した両親の間を行き来しながら5歳の妹と暮らす。無口だが女性関係が派手な父、口うるさい祖母、頼りない母。大人の事情を横目に、ご禁制のガムの密売で小遣いを稼ぎ、妄想全開で初恋に心をときめかせるが、親たちの身勝手な選択が、少女の世界を大きく揺さぶる。

シンガポールの女性監督が度重なる資金難を乗り越え10年かけて完成させた長編第1作。両親の離婚で祖父母に預けられ苦学して育った自身の体験を下敷きに、普通とはちょっと違う環境に置かれた7歳の少女の成長を描く。なぜか自信満々でにぎやかな阿Girlと仲間たちの日常は、実写版ちびまる子ちゃんの趣。子どもの目の高さでとらえた大人たちはどこか遠く曖昧な存在で、その都合に振り回される少女の葛藤がじわりと胸に迫って来る。主人公・阿Girlを好演したオン・シュエンジン(王宣静)は、1年がかりのキャスティングで発掘。本作で香港映画祭で史上最年少の最優秀女優賞を受賞した。祖母の複雑な対日感情など、随所にちりばめられた「日本」にまつわる要素も興味深い。ロッテルダム映画祭Bright Future部門でワールドプレミアされユース審査員賞を受賞。金馬奨では新人監督賞、脚色賞、新人俳優賞の3部門にノミネートされた。


 


『天に至る9つの寺』"9 Temples to Heaven"
2026年/タイ、シンガポール、 フランス、ノルウェー、中国、香港、インドネシア、カタール/140分/監督:ソムポット・チットケーソーンポン ( Sompot CHIDGASRONPONGSE )
「おばあさんは死が近い」。不吉な占いを聞かされた63歳の息子は、家族で長寿祈願の寺巡りに繰り出す。「9」という縁起のいい数字にちなみ、三世代9人で1日に9カ所の寺を巡る計画だったが、肝心の母は車から降りたがらず、家族の間に不協和音も広がる。暗雲立ち込める日帰り旅行で、一家は果たして功徳を積めるのか。

アピチャッポン・ウィーラセタクン作品の助監督を20年以上務めた映像作家の初の劇映画。前作のドキュメンタリー『Railway Sleepers』(2016)では列車内の光景を通してタイの近代化の歩みを描いたが、今回は車で徳積みの寺院巡りをする家族に密着した。師匠のスローシネマの美学を継承しつつ、独自の社会批評性やユーモアが随所に光る。パートタイムの僧侶、てきぱきと仕分けされた寄進の品が並ぶ倉庫。9階建ての塔が自慢の寺では、僧侶が高齢の祖母にエレベーターを勧める。「天国へのファストトラックです」。フィクションでありながら現代の寺院でいかにも起こりそうなエピソードの数々が、信仰の制度化や商業化、世代間の宗教意識の違いを、ときにコミカルに、ときに不条理な響きを伴って浮かび上がらせる。カンヌ国際映画祭監督週間でワールドプレミアされ、上海映画祭で監督賞と最優秀男優賞をW受賞。米アカデミー賞国際長編映画賞のタイ代表に選ばれた。


 


『燃える巨神』"The Burning Giants"
2026年/タイ、シンガポール、フランス、オランダ/118分/監督:プッティポン・アルンペン(Phuttiphong AROONPHENG)
ジャングルの奥深くから謎の白い煙が広がり、触れた者は「見えない火」に焼かれたような火傷や発疹に侵される。政府は封じ込めを名目に森林を封鎖し、カレン族の住民を都市へ強制移住させる。森で捕まった青年ヤクが隔離施設へ移送されるなか、彼を拘束した若い警察官ラクは組織の行動に疑問を抱き始める。

タイ西部の森林地帯を覆う正体不明の煙と不可解な奇病。『マンタレイ』(2018年/第19回東京フィルメックスで上映)で鮮烈な長編監督デビューを飾ったプッティポン・アルンペンの3作目の長編となる本作は、先住民カレン族の奪われた土地と、消し去られた歴史を巡る記憶を、現実と幻想の境界をシームレスに横断しながら描く意欲作だ。物語の軸となるのは、国家の強権的な立ち退き工作により分断されてしまった一組の夫婦。夫との再会と失われゆく故郷への帰還を切望し、妻は行動を起こしていく。その一方、画面を覆う霧や煙の向こう側の森の奥深くには、残された廃劇場があり、そこは神話世界の巨鬼たちの亡霊と現代の難民たちの記憶が重なり合う幻想的な舞台となっている。土地と尊厳を奪われた人々の痛みを、流れるようなカメラワークで神話の世界と接続し、スクリーン上に可視化してみせる手腕と胆力には驚くほかない。ヴェネツィア映画祭のオリゾンティ部門でワールドプレミア上映された。


 


『嘘の生活』"Big Little Things"
2026年/香港、アメリカ/110分/監督:ミシェル・ジョウ( 周彤/Michelle Zhou )
旧正月で北京から故郷ハルビンの実家に帰省することになったレイ。結婚を迫る母に同性の恋人ベイの存在を隠すため、彼女は「恋人」役の青年を雇って連れて帰る。計画は順調に進んだかに思えたが、演技と現実の境界が曖昧になり、レイは自らのアイデンティティが揺らぐのを感じる。そこに、ベイが突然現れる。

中国の大学を中退し、創作の場を求めて米国に渡った女性監督が同名短編を経て完成させたデビュー作。監督自身とパートナー(本作の製作者)の体験を元に、同性愛者だと親に明かせない主人公の苦い帰郷の日々を追う。親を思って偽の恋人を仕立てる設定はアン・リーの『ウェディング・バンケット』(1993)にも通じる定番だが、本作の白眉はその先。自己増殖する嘘、沈黙の下に隠れた真実を、きわめて抑制されたタッチで丹念に描く。「よき娘」と「本当の自分」の間で苦しむ主人公と、家族への献身ゆえに娘を追い詰めてしまう母親の確執はとりわけスリリング。監督の故郷ハルビンの凍てつく風景も深い感興をもたらす。中国ではLGBTQ∔映画は事実上の禁止状態にあるが、製作陣は中国系企業の資金を一切受けずにこの企画に挑んだ。娘を遠巻きに見守る父親役は、製作者の実父が演じている。ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門でワールドプレミア。金馬奨では新人監督賞、脚色賞、主演・助演女優賞の4部門にノミネートされた。


 


『The World Before(英題)』"The World Before"
2026年/韓国/115分/監督:ユン・ダンビ(YOON Dan-bi)
韓国南部の小さな島。ここで生まれ育った17歳の少女ジンは、近頃なんだか落ち着かない。幼なじみの少年ドゥジェが祖母の葬儀で久々に戻ってきたのだ。空き家になった祖母宅にひとり残った彼を口実を作っては訪ねるうちに、ジンは嫉妬心や独占欲、さらにもっと根源的な衝動が自分の中から湧き上がるのに気づく。

デビュー作『夏時間』の繊細な人物描写で注目を浴びたユン・ダンビ監督が7年ぶりに発表した第2作。静かな漁村に生まれ育った少女のひと夏の成長を、島での生活を通して丁寧に積み重ねて描く。青春映画の王道を行く初恋物語だが、ドラマは恋の行方より、それを知った少女の変化に深く焦点を合わせる。見慣れたはずの風景や人々の顔が次第に違う意味を持ち、汗ばむ肌の内側から衝動的な何かが沸き上がる。幼い欲望を子細に見つめながらも、男性目線の煽情性と一線を画し、少女を「見られる客体」ではなく「欲望する主体」としてとらえる演出が出色。オーディションで選ばれたシム・スビンの存在感にも引き込まれる。トロント国際映画祭プラットフォーム部門でワールドプレミアし、釜山国際映画祭パノラマ部門でも上映。

サンセバスチャン国際映画祭ニュー・ディレクターズ部門でSpecial mention、またAsia Pacifi c Screen Awardsでは、最優秀新人俳優賞(主演シム・スビン受賞)と国内外で高い評価を得ている。


 


『ひとすじの光』"A Bit of Light"
2026年/イラン、スイス、イタリア、カナダ、トルコ/87分/監督:アリ・アスガリ(Ali ASGARI )
テヘランの医師が、負傷した抗議デモ参加者を治療したために逮捕される。医師免許を剥奪されたうえ診療所も閉鎖に追い込まれ、失意の底に突き落とされた医師は、自らの命を絶とうと決意する。「最後の一日」に母や妹弟らを訪ねて回り、自分の旅立ちに備えさせようとするが、思いもかけない出来事が彼の決意を揺るがす。

深刻な社会情勢と不条理に直面する現代のテヘランを舞台に、深い絶望から微かな希望を見出す人間の姿を静謐に描き出した端正なドラマ。抗議者を治療したことで医師免許を剥奪された主人公が自殺する決意を固め、「最後の1日」に年老いた母親や兄弟たちを訪ね歩く過程を追う。無駄のない脚本と慎み深い演出、そして主演のミシャク・ザラをはじめとする俳優たちの力みのない演技が無理なく調和し、イラン社会の緊迫感とそこに暮らす人々の人間味溢れる息遣いが多層的に捉えられている。絶望の深淵にありながらもふとした瞬間に滲み出るささやかな可笑しさや、家族と過ごす穏やかな時間が重なることで、タイトルが示唆する通り、暗闇のなかに一筋の微かな光が立ち現れる様は感動的だ。今年1月の反政府デモ弾圧の直後にテヘランで撮影開始、2月にイスラエルと米国が戦争を開始し監督の自宅付近にも着弾したため、イスタンブールに移動して屋内シーンを撮影した。ヴェネツィア映画祭のコンペティション部門でワールドプレミア上映された。


 


『霧の中の象たち』"Elephants in the Fog"
2026年/ネパール、ドイツ、ブラジル、フランス、ノルウェー/103分/監督:アビナーシュ・ビクラム・シャー( Abinash Bikram SHAH )
野生の象が棲む森に囲まれたネパールの村。「キンナル」と呼ばれる「第三の性」の共同体を率いるピラティは、村の打楽器奏者の男との駆け落ちを密かに夢見る。ある夜、象対策の夜警に出たキンナルの娘が失踪する。警察に相手にされず、自ら捜索の先頭に立つことになったピラティは、自由への渇望と共同体への責任の間で引き裂かれる。

ネパールの辺境を舞台に、伝統的なトランスジェンダー・コミュニティ「キンナル(kinnar)」の絆と葛藤を描いたヒューマンドラマ。彼女たちは伝統儀式では祝福をもたらす存在とされる一方、日常生活では呪いをもたらす者として忌避されてきたのだという。ミン・バハドゥル・バム監督の『黒い雌鶏』(2015年/第16回東京フィルメックスで上映)やベルリンコンペ作『Shambhala』(2024)で共同脚本を手掛けたことでも知られるアビナーシュ・ビクラム・シャーは、初長編監督作となる本作で、彼女たちが抱える等身大の葛藤や感情を、ステレオタイプを排して真摯に紡ぎ出している。地に足のついたリアリズムで血縁を超えた強い結びつきを描きつつ、深い霧やそこに潜む象の群れといった神秘的なモチーフを加えた映像美は圧巻だ。古くからの伝統と現代的な視点を交差させながら、本作は「女性らしさ」の多様な姿や家族という関係性の多面的な輪郭を鮮やかに描き出し、ありのままの自分として豊かに生きるために私たちに何が必要なのかを深く問いかけている。カンヌ映画祭の「ある視点」部門でプレミア上映され、同部門で審査員賞を受賞。米国アカデミー賞国際長編映画賞部門のネパール代表作品。


 


『リモート』"The Remotes"
2026年/フィリピン/153分/監督:ジョン・トーレス ( John TORRES )
行政機能が半ば崩壊したマニラ郊外の島で、交通事故が多発する。愛妻が事故死し悲嘆にくれる刑事ミハレスは、退職目前に一連の事故の捜査を命じられ、危険運転者を「再教育」する音声アプリが共通項だと知る。悲嘆ホットラインの会話を元に開発された穏やかな音声が暴走を招いたのか。ミハレスは音声を提供した姉妹を追う。

フィリピン映画界の鬼才ジョン・トーレスの初の長編劇映画は、テクノロジーと人間の意識の境界を探求するネオ・ノワール作品だ。物語の軸となるのは、連続する不審な交通事故と、その背後にあるナビゲーション・アプリ「Eva」の真相を追う一人の刑事。映画はクラシックなノワールの探偵劇の骨組みをかろうじて保ちつつ、テクノロジーが現代人の肉体や精神を侵食していく不気味な現実を徐々に浮き彫りにしていく。自由意志を手放し、他者の声に従って行動することへの恐怖と奇妙な快楽。その背反する深層心理を通じて描かれるのは、デジタル環境下における自我の不確かさと人間存在の揺らぎだ。常に真夜中のような色調を保った映像と静謐で精緻な音響演出は、視覚と聴覚を心地よく揺さぶり、私たち鑑賞者を主人公とともに深い迷宮へと迷い込ませるだろう。トロント映画祭でワールドプレミア上映後、ニューヨーク映画祭等でも上映された。


 


『ものがたり』"Gu Shi"
2026年/アメリカ、香港、タイ/83分/監督:エイミー・ソン ( 宋一楠/Amie SONG )
両親と娘、息子の4人家族が、迫りくる危機を逃れて、海と森の間の一軒家にたどり着く。幼い息子は事故で寝たきりになり、家族は聞く者の記憶を密かに消し去る物語を繰り返し語って聞かせる。一方、悪夢に悩まされる娘は、失われた幼少期の記憶がこの家や夢に出てくる緑のドレスの少女と関係あるのではないかと気づく。

海と森の間に位置する人里離れた一軒家へ、追われるように避難してきた4人家族。そこは守られているような安心感と、どこか不穏な空気が同居する場所で、彼らはやがて奇妙な「狭間」のような状態に囚われていく…。本作はコロンビア大学で学び、短編作品で国際的な評価を得てきたエイミー・ソン監督の長編デビュー作。ヴェネツィア・ビエンナーレによる映画製作支援プログラム「ビエンナーレ・カレッジ・シネマ」の助成によって製作され、エグゼクティブ・プロデューサーとして、タイの異才アノーチャ・スウィーチャーゴーンポンが参加している。『刻舟求剣』や『精衛填海』といった中国の故事を援用しつつ、家族内の沈黙と記憶の忘却のプロセスが象徴的に描かれていく。家という閉ざされた空間と森という舞台の対比も見事で、細やかに設計された音響と画面構成が静謐な緊張感を醸し出し、家庭という最小単位の共同体が持つ政治的なメタファーを鮮烈に浮かび上がらせる。ヴェネツィア映画祭でプレミア上映後、釜山映画祭でも上映された。


 


『十月のうた』"A Song From Beyond"
2026年/日本/80分/監督:杉田協士 ( SUGITA Kyoshi )/配給:shiso
ある日、写真家の桃子がカフェで昼食を食べていると、大学で映画制作を学ぶ学生から、卒業制作作品への出演を依頼される。撮影当日、彼女の前に現れた父親役の人物は、長い間会っていなかった彼女の本当の父親だった。

過剰な台詞やドラマチックな展開をあえて排し、登場人物たちの静かな呼吸や会話を通して、深い喪失感を抱えた主人公の女性の心象風景を繊細に描き出した一作。日常やそのすぐ外側にあるささやかな風景の中に潜む心の揺らぎを、端正かつ静謐な映像で掬い上げている。杉田協士監督はこれまでの作品と同様に、物語の背景や動機をほとんど説明することなく、登場人物たちの佇まい、そして彼らの視線の交錯や間の取り方によって作品世界を立ち上げていく。多くの言葉を尽くさずとも、登場人物たちが同じ空間を共有することで生まれる豊かな情感は、観る者の記憶の底にある様々な感情を静かに呼び覚ますだろう。過剰な感情表現を削ぎ落としたスタイルだからこそ、ふとした瞬間に示される眼差しや共感が圧倒的な強度をもって響く。洗練されたミニマリズムの中に宿るエモーショナルな力強さが際立ち、そこに滲む優しさが心に深く残る作品だ。