「第24回東京フィルメックス」特別招待作品

●2023年11月19日(日)〜11月26日(日)
●有楽町朝日ホールほかにて

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『About Dry Grasses(英題)』"About Dry Grasses"
◎オープニング作品
2023年/トルコ、フランス、ドイツ/197分/監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン( Nuri Bilge CEYLAN )配給:ビターズ・エンド
アナトリアの僻地にある公立学校の美術教師サメット。彼はほとんどすべてのことに嫌気が差しており、イスタンブールへの赴任を切望している。彼は同僚の教師で人当たりの良いケナンと下宿を共有しており、別の学校の英語教師の女性ヌライを彼に紹介する。その結果、サメットとヌライの間で芽生えつつあった関係にケナンが介入することになり、事態は複雑化する。一方、サメットのお気に入りの生徒だったセヴィムは、ラブレターが別の教師に没収され、返却を希望したものの受け入れられなかったため、校長に対して、彼とケナンを告発する...... 。登場人物たちが交わす濃密な会話、それを辛抱強く捉えた長回しの撮影、美しくも厳しい自然描写など、ジェイラン特有の美学的スタイルが再び極限まで追求され、見る者を圧倒する新たな傑作。カンヌ映画祭コンペティ ション部門で上映され、ヌライを演じたメルヴェ・ディズダルが女優賞を受賞した。


 


『命は安く、トイレットペーパーは高い』"Life is Cheap, But Toilet Paper is Expensive"
◎クロージング作品
1989年/アメリカ/83分/監督:ウェイン・ワン( Wayne WANG )
ビッグ・ボスなる人物に渡すブリーフケースを託されて、サンフランシスコから香港へやってきた青年。ところが彼に会う手だてがないままに、いたずらに時間だけが過ぎていく......。香港ギャングやファム・ファタールが登場する、ネオノワールの設定を借りて構築された“ドキュ・フィクション”映画。ウェイン・ワン監督の冴えわたる演出もさることながら、1980年代後半当時の香港の猥雑な魅力と共に、中国への返還を数年後に控えた状況での政治的・思想的切迫感を否応なく感じさせるのが興味深い。1989年に製作され、日本ではユーロスペースの配給により、中国への香港返還に合わせて1997年7月に劇場公開された。今回のデジタル修復版はワン監督自身による2021年の最終カットに準拠したもの。オリジナル公開バージョンの35mmフィルムから4K解像度によるデジタル修復作業が行われ、そこに1996年に香港で撮影された追加映像が組み込まれている。


 


『黒衣人』"Man in Black"
2023年/フランス、アメリカ、イギリス/60分/監督:ワン・ビン( WANG Bing )
裸の老人が、誰もいない薄暗い劇場の廊下を彷徨い、舞台に上がる。カメラは彼に近づき、旋回しながら彼の体をじっくりと捉える。彼はじっと立ち、そしてお辞儀のような動作をして、奇妙なダンスを始める......。この裸の男性は現代音楽作曲家の王西麟。彼は自作の曲をアカペラで歌い、ピアノを演奏し、続いて自分が共産党政権下の中国でどんな経験をしてきたのか、そして拷問がいかに人間を永遠に滅ぼすのかについて、自らの言葉で語る。ワン・ビンは1960年代初頭の砂漠の強制労働収容所について描いた『無言歌』等の作品で既に同様のテーマを扱っているが、彼のこれまでの作品と一線を画しているのは本作の並外れた様式美だろう。老いた体や劇場を捉えた名手カロリーヌ・シャンプティエによる綿密で驚異的な映像、激しい痛みを伴った音楽、そして歌と振付。全ての要素が相まって、真に驚くべき伝記映画として成立している。カンヌ映画祭で特別招待作品として上映された。


 


『火の娘たち』"The Daughters of Fire"
2023年/ポルトガル/8分/監督:ペドロ・コスタ( Pedro COSTA )
3つに分割されたシネマスコープ画面。それぞれの画面には一人ずつ異なる女性が映され、噴火する火山が身近に迫るそれぞれの場所で、彼女たちは孤独や苦難、仕事の苦労、そして不屈の精神について歌う。極めてコスタ的ともいえる幽玄な照明が用いられた、美しく、そして地獄のようでもある絵画的な画面に、賛美歌のような優美な音楽が伴われた異形のミュージカル映画。そして映画はフォゴ島の50年代の火山噴火の様子を捉えた16mmアーカイブ映像と、火山岩で建てられた家のイメージで締めくくられる。カンヌ映画祭で特別招待作品として上映された。


 


『短片故事』"Short Story"
2023年/中国/12分/監督:ウー・ラン( WU Lang )
夫は夢を見ている。妻が自分から去っていくのを見て、彼女との関係を修復しようとする。目覚めた時、彼は目の前で起こったことが現実なのか、それとも単なる夢なのかわからなくなる......。『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』のホアン・ジエと『雪雲』でも組んでいるLi Mengを再び主演に迎え、男女の関係の微妙な陰影を描いたムードピースとも言うべき短編作品。ベネチア映画祭オリゾンティ部門でプレミア上映された。


 


『水の中で』"In Water"
2023年/韓国/61分/監督:ホン・サンス( HONG Sang-soo )
1年に2作品という驚異的なペースで作品を量産しつつも、作品毎に常に新しい試みや語りの手法を実践しているホン・サンス監督。しかし、今作で彼が行った「全編ピンボケ」という実験には誰もが驚かされたし、実際のところ、多くの観客の困惑を誘ったともいえるかもしれない。また、この実験によって失われてしまうものがあることも確かだろう。第一に、観客の目が慣れるまでに多少の時間が必要になるし、また彼が元々クローズアップを多用する監督ではないにせよ、俳優たちの微細な表情の変化が全く追えなくなってしまうのだから。しかしながら、俳優として活動してきた青年が演出家として2人の仲間と共に短編映画を作ろうとする姿を描いたこの作品は、物語の構造がよりシンプルになっていることも功を奏しているのか、結果として、詩的で親密で、心を打つ作品に仕上がっている。監督自らが手掛けた、アナログテープに録音されたようなくぐもった音楽も効果的だ。


 


『GIFT』"GIFT"
◎特別上演
2023年/日本/74分/監督:濱口竜介( HAMAGUCHI Ryusuke )/音楽・演奏:石橋英子( ISHIBASHI Eiko )
『ドライブ・マイ・カー』での共同作業も記憶に新しい音楽家の石橋英子と映画監督の濱口竜介。この二人が再び協働して生まれたのが、この『GIFT』という作品である。元々は石橋が濱口に自身のライブ・パフォーマンス用の映像の制作を依頼したところから始まった企画だったということだが、その制作過程でいわゆる発声映画として完成に至ったのが『悪は存在しない』で、元々の石橋の依頼に沿う形で完成した映像が本作『GIFT』ということになる。本作は前者より尺も短く、また編集も変わっているものの、大まかな物語は両作品に共通しており、本作の場合にはサイレント映画の様式に則って台詞や説明にインタータイトルが使用されている。成立過程の特殊性により、現在最も時代の先端を行く音楽家と映画作家が奇しくも映画の最古の様式であるサイレント映画を共作することになったわけだが、その結果はぜひライブ・パフォーマンスにてご確認いただきたい。


 


『青春』"Youth(Spring)"
2023年/中国、フランス、ルクセンブルク、オランダ/212分/ドキュメンタリー/監督:ワン・ビン( WANG Bing )/2024年春、シアター・イメージフォーラムほかにて全国順次ロードショー/配給:ムヴィオラ
手持ちカメラによって捉えられた雑然とした作業場。そこでは若い男女が猛烈なスピードで衣服をミシンで縫っている。彼らはその反復労働に慣れており、手を動かしている間でも、同僚同士で活発な会話を続けている。あちこちで言い争いが起こり、若い男女の間では恋愛に関する会話が交わされる……。ワン・ビン監督の新作は、そのタイトルが示すように、中国の10代後半から20代の若い世代と、衣料品製造の中心地である浙江省湖州市の織里鎮という町での彼らの反復労働の日々に焦点を当てた作品だ。カメラはあくまでも中立的で観察的な姿勢を崩さず、若者たちの劣悪な労働環境や、彼らが人生や恋愛や賃金交渉にどのように対処しているかを淡々と捉えていく。若者たちの多くにより良い未来が待っているようにはとても見えない一方で、今ここを楽しもうとする彼らの楽観主義的な姿が強く印象に残る。カンヌ映画祭のコンペティション部門でプレミア上映された。

<ワン・ビン監督バイオグラフィー>

1967年、中国陝西省西安生まれ。瀋陽の魯迅美術学院で写真を学び、その後、北京電影学院に進学し、ミケランジェロ・アントニオーニ、イングマール・ベルイマン、ピエロ・パオロ・パゾリーニの作品に出会う。中でもアンドレイ・タルコフスキーを敬愛している。1990年代を通じて様々な映画作品の助監督やカメラマンとして生計を立てるも、主流な映画製作やテレビ界では自身の望むような成長に繋がらないと思い、自身の映画制作を始めた。

2002年には中国北東部の巨大な工業地帯の衰退についての9時間を超える長編ドキュメンタリー作品『鉄西区』を制作。ファーストカット版として、5時間バージョンの作品が2003年のベルリン映画祭にて上映。最終的な完成版は3つのパートに分かれており、ロッテルダム映画祭にてプレミア上映。その後、2004年にはフランスで配給され劇場公開された。今日、同作はデジタル時代に開かれた新たな可能性の前触れでもある傑作として評価されている。その後も同じスタイルで制作し、システムに囚われず非常に挑戦的なテーマに取り組み続け、1950年代後半の反右派運動を描いた『鳳鳴 ― 中国の記憶』(2007)、極度の貧困を描いた『三姉妹〜雲南の子』(2012)、そして精神病院での生活を描いた『収容病棟』(2013)といった作品を発表。2017年には『ファンさん』でロカルノ映画祭金豹賞を受賞し、2018年には『死霊魂』がカンヌ映画祭アウト・オブ・コンペティション部門に選出。2021年は、パリの Le BAL で「The Walking Eye」と題した展覧会が開催され、シネマテーク・フランセーズでも特集上映が実施された。また、2023年のカンヌ映画祭では2つの新作、『黒衣人』が特別招待作品部門で上映され、『青春』がコンペティション部門に出品された。