「第23回東京フィルメックス」コンペティション出品作品

●2022年10月29日(土)〜11月6日(日)
●有楽町朝日ホールにて

| オフィシャルサイト | 上映スケジュール | チケット | WERDE OFFICE | CINEMA WERDE |

『地中海熱』"Mediterranean Fever"
2022年/パレスチナ、ドイツ、フランス、キプロス、カタール/108分/監督:マハ・ハジ( Maha HAJ )
妻と子供と共にハイファに暮らす小説家志望のワリードは、少し前に銀行の仕事を辞めてその夢を追うが、その一方で慢性的な鬱病に苦しんでいる。彼は新たに隣人となったジャラルに初めは嫌悪感を覚えるが、彼が闇世界とちょっとした繋がりを持っていることを知ると、執筆中の小説のためと称して何かと彼につきまとう。

エリア・スレイマンの『時の彼方へ』(2009)等の作品で美術を担当した後、カンヌ映画祭の「ある視点」部門に出品された『Personal Affairs(Omor Shakhsiya)』(2016)で長編デビューしたパレスチナ人監督マハ・ハジの長編第2作。占領下に置かれたパレスチナ人のアイデンティティの問題を重要な背景に、二人の中年男の思いがけない友情の帰結を皮肉たっぷりに描く。コメディとダークなドラマの間を微妙なバランスで舵取りをするハジの演出はすでに円熟の域に達している。前作と同様に2022年カンヌ映画祭「ある視点」部門でプレミア上映され、最優秀脚本賞を受賞。


 


『ダム』"The Dam"
2022年/フランス、スーダン、レバノン、ドイツ、セルビア、カタール/80分/監督:アリ・チェリ(Ali CHERRI )
マヘルはナイル川にある水力発電用ダム、メロウェ・ダムに程近いスーダン北部でレンガ職人として働いている。ナイル川から産まれた泥と水でレンガを作る一方で、彼は毎晩砂漠へと入り込み、人里離れた場所で、不思議な泥の建造物を作り続けている。独裁者オマル・アル=バシールへの抗議運動が都市部を中心に活発化する中、彼の作る建造物は独自の生命を獲得していく。

レバノン出身のビジュアル・アーティストで、これまでに数本の短編映画を監督しているアリ・チェリの長編デビュー作。破壊的な大規模ダムによって堰き止められた川のほとりで展開するこの物語は、マヘルや彼の仲間の労働者の生活を写実主義的に追いつつ、次第に超自然主義的な顔を見せ始める。巨大な泥の偶像を作ることで、土地との神話的な繋がりを取り戻していく男。国の政情不安の高まりと呼応する形で描かれる、建設と破壊をめぐるこの魅惑的な寓話は、その多くが観客の解釈に委ねられている。


 


『ソウルに帰る』"Return to Soul"
2022年//116分/監督:ダヴィ・シュー( Davy CHOU )
韓国で生まれフランスで養父母に育てられた25歳のフレデリック・ブノワ、通称フレディは、台風による飛行ルート変更の後、初めて韓国に降り立つ。彼女はテナという名のホテル従業員と友達になり、彼女の力を借りながら、言葉も話せずほとんど何も知らない国で衝動的に実の両親を探し始める。そして、母親については謎のまま残るものの、実の父親と対面することに彼女は成功する。

カンボジア人の両親のもとにフランスで産まれたダヴィ・シューの、『ダイアモンド・アイランド』(2016)に続く、劇映画としては長編第2作。映画は、曲がりくねった道を自分自身のリズムに合わせて自然体で進むフレディの魅力的な変容を数年に渡ってたどりながら、常に未知の方向へと向かう。エレガントな撮影と編集に加え、クラブ等での音楽の使用も効果的で、その瞬間を生きるフレディの存在そのものが我々観客の前に強く迫ってくる。2022年カンヌ映画祭「ある視点」部門でワールドプレミア上映された。


 


『自叙伝』"Autobiography"
2022年/インドネシア、フランス、シンガポール、ポーランド、フィリピン、ドイツ、 カタール/116分/監督:マクバル・ムバラク( Makbul MUBARAK )
18歳の青年ラキブが父親から職を引き継ぐ形で維持管理していた田舎の邸宅に、家主であるプルナが突然戻ってくる。引退した将軍であり尚も絶大な影響力を保持するプルナは、地元の首長選挙に立候補を表明し、ラキブは彼の身の回りの世話をしながら、彼の「近代化」と「開発」に焦点を当てた選挙キャンペーンを手伝うことになる。やがて選挙活動への些細な妨害行為が発覚し、ラキブはプルナに犯人を割り出すことを約束するが……。

1960年代半ばから30年以上続いた軍事独裁体制下の重い空気の中で少年期を過ごした自らの経験から着想を得たという、マクバル・ムバラクの長編デビュー作。人生の目的、そして父(あるいは父親的存在)からの承認を求める一人の青年の物語を通じて、暴力と欺瞞に満ちたインドネシアの近過去の歴史を寓話的に描く。2022年ヴェネチア映画祭のオリゾンティ部門でワールドプレミア上映された。


 


『アーノルドは模範生』"Arnold is a Model Student"
2022年/タイ、シンガポール、フランス、オランダ、フィリピン/84分/監督:ソラヨス・プラパパン( Sorayos PRAPAPAN )
国際数学オリンピックでメダルを獲得し、学校より「模範生」賞の表彰を受けたアーノルド。ある日、彼は大学入試で学生のカンニングを助ける地下ビジネスを展開するビーと出会い、彼の不正行為に参加する。一方、彼の同級生の多くは、学校が彼らの自由を軽視していることに不満を募らせており、組織的な抗議運動を開始する……。

『ブンミおじさんの森』(2010)で制作助手として業界に入り、その後は主に音響技術者として働く傍らで、多くの短編を監督してきたソラヨス・プラパパンの長編デビュー作。2020年にタイで実際に起きた高校生による抗議運動「Bad Student 運動」を受けて脚本が大きく改変されたという本作は、軽妙なユーモアと皮肉の効いた楽しい作品でありつつも、その底に静かな怒りを感じさせる。シニカルな視点と真摯な視点の間を巧みに行き来するプラパパンの演出も冴えている。2022年ロカルノ映画祭の新進監督コンペティション部門にてワールドプレミア上映。


 


『石門』"Stonewalling"
2022年/日本/148分/監督:ホワン・ジー&大塚竜治( HUANG Ji & OTSUKA Ryuji )
客室乗務員になるために専門学校に通う20歳のリンは妊娠していることに気付く。すぐに子供を持つことも中絶も望まぬ彼女は、さまざまなプレッシャーに晒される中、地元で診療所を経営し、死産の医療過誤訴訟に巻き込まれている両親を助ける計画を思いつき、金銭的な補償の代わりに自分の赤ん坊を提供することで原告側の家族と一応の合意に至る。ボーイフレンドには中絶したと伝え、両親の下で妊娠生活を始めるのだが……。

夫妻の映画制作チームであるホアン・ジーと大塚竜治による共同監督作としては3作目の作品。そしてホアン・ジーが単独で監督した『卵と石』(2012)以来のヤオ・ホングイ主演作品としても3作目となる。血の通ったキャラクター造形に加え、観察的な視線に徹した大塚によるカメラワークも冴え、アジアの超大国となった中国において、弱い立場に置かれた女性に尚もほとんど選択肢がない現実が炙り出されていく。2022年ヴェネチア映画祭ヴェニス・デイズ部門でワールドプレミア上映された。


 


『同じ下着を着るふたりの女(原題)』"The Apartment with Two Women"
2021年/韓国/140分/監督:キム・セイン( KIM Se-in ) 配給:Foggy 
スギョンは20代の娘イジョンと小さなアパートに住んでいる。スギョンが娘を扱う抑圧的で残酷な方法は明らかに度を越しているように見えるが、柔和なイジョンの方も母親への積み重なった恨みを隠しきれずにいる。ある日、駐車場での喧嘩の最中、車に乗ったスギョンが生身のイジョンに衝突すると事態はさらに悪化する。スギョンはそれが事故だったと主張するが、イジョンは激怒し、問題を法廷に持ち込むことを決意する……。

2021年10月に初上映された釜山映画祭でニューカレンツ賞を受賞し、その後はベルリンを始めとする多くの国際映画祭で紹介されてきた新鋭キム・セインの驚くべき長編デビュー作。一見すると虐待の話にも見える本作だが、物語が進むにつれて、この2人の女性の決して望ましくない親密な関係が、共依存という言葉では捉えきれないほどの多くのものを内包していることが徐々に明らかになっていく。細部にまで気が配られ、ここぞという場面で映像に語らせる演出も見事だ。


 


『Next Sohee(英題)』"Next Sohee"
2022年/韓国/138分/監督:チョン・ジュリ( JUNG July ) 配給:株式会社ライツキューブ
チョンジュに住む高校生のソヒは、インターネット・プロバイダーにサービスを提供するコールセンターでの仕事の紹介に最初は興奮していた。しかし、職場の過酷な現実と職を斡旋した学校からのプレッシャー、さらには直接の上司である管理者の死が彼女を追い込み始め、ついには自ら命を絶ってしまう。そして、彼女の死に関する捜査は、ソヒとも少し面識を持つ刑事ユジンが担当することになる。当初は不運な自殺の型通りの捜査だと考えていたユジンだが、事実に直面するにつれて、彼女はその理不尽さから目を逸らすことができなくなる……。

2016年に韓国で実際に起きた10代の若者の自殺事件から着想を得たという、『私の少女』(2014)に続くチョン・ジュリ監督の待望の長編第2作。チョン監督の飾り気のない、しかし堅実で粘り強い演出は、主人公の2人を演じるキム・シウンとペ・ドゥナから複雑で力強い最高の演技を引き出しており、彼女たちに導かれる形で、職場での搾取とそれらを永続させるサイクルの存在が徐々に明らかにされていく。カンヌ映画祭批評家週間クロージング上映作品。


 


『遠いところ』"A Far Shore"
2022年/日本/128分/監督:工藤将亮( KUDO Masaaki )
17歳のアオイは沖縄のコザで夫と幼い息子と3人で暮らしている。息子を祖母に預け、親友の海音(ミオ)と共に朝までキャバクラで働く日々。しばしば暴力的になる夫はまともに働く気がなく、実質的に家計はアオイがギリギリのところで支えている。しかしある日、口論の末に彼女は夫にひどく殴られ、隠してあった僅かなへそくりも奪われてしまう。顔に腫れと傷を負いキャバクラで働けなくなったアオイは、仕方なく義母の下に身を寄せ、生活のために別の仕事を探そうとするが……。

貧困に晒され、暴力と隣り合わせで暮らす若い母親が、依存と自立との狭間で葛藤しながらも、自分の足で歩いていこうとするさまを描いた作品。貧困の連鎖を生む沖縄の現実を緻密に描きながら、それが奥行きのある人間描写にも繋がっており、本作が長編3作目となる工藤将亮監督の確かな演出力を感じさせる。2022年カルロヴィヴァリ国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア上映された。