【解説】
ミュージカル「ライオンキング」の天才女性演出家ジュリー・テイモアが放つ
シェイクスピア史上、最も残酷、そして美しい、驚愕の芸術エンタテインメント!
ミュージカル『ライオンキング』の女性天才演出家ジュリー・テイモアが、映像の世界に仕掛けた大胆な挑戦―。豊かな発想と斬新な造形美で舞台芸術に新時代を切り開いた彼女が、長編デビュー作に選んだのは、シェイクスピアの37本の戯曲中、もっともショッキングな作品と言われる『タイタス・アンドロニカス』の映画化だった。
古代ローマの武将タイタスと、長男を生贄にされたゴート族の女王タモラ。ふたりの、復讐が復讐を呼ぶドラマに散りばめられているのは、謀略、レイプ、手首の切断、カニバリズムといったおどろおどろしいエピソードの数々。それら、人間が犯しうる限りの残酷さに塗り込められた物語を、テイモアは自在にイマジネーションの翼を広げて料理。作家の個性が強烈に匂い立つ独創的なスタイルを通じて、見る者を驚愕の映像体験に誘っていく。
食卓にオモチャの兵隊を並べた少年が戦争ごっこに興じる光景で幕を開ける映画は、シェイクスピアの生み出した世界と、暴力が日常的に氾濫する現代との接点を、明快に物語るシンボリックなイメージにのせて展開する。少年と共に我々がワープする古代ローマとは、ときにナチス・ドイツの面影が宿る街に、ときにフェリーニ映画の爛熟と頽廃をたたえた街に変貌。登場人物たちも、革のコートやメタリックなドレスなど、時空にとらわれない様々な衣装で現れる。めくるめくイメージで構成されたシーンは、ひとつひとつが絵画を思わせる完成度の高さ。それでいてドラマの流れが少しも損なわれていないのには驚くばかりだ。ある種のケレンを用いて、キャラクターの心情やエピソードの意味を明確にしていくテイモアの演出は、シェイクスピアの原作にある普遍性を、研ぎ澄まされた形で浮き彫りにしていく。その核心をなすのは、本来は美しいものであるはずの親子の情愛が、残忍な暴力を生んでいく悲劇の構図だ。
長男を奪われた悲しみと怒りを、タイタス一族滅亡の陰謀に注ぎ込むタモラ。彼女の息子たちに娘を陵辱され、ふたりの息子と自身の手を失うことになるタイタス。彼は、その報復にタモラの息子たちを殺し、宴席の料理にしてタモラの前に差し出す。まさに血で血を洗うリベンジの応酬。それは、マフィアの抗争をもしのぐ壮絶さだ。しかしいっぽうでは、同じ親子の情愛から、救いの光が見えるドラマも生まれていく。タモラの邪悪な愛人アーロンが、タモラとのあいだに出来た我が子の命を救おうとして演じる自己犠牲。その意志が、やがてタイタスの孫に受け継がれ、汝の敵を愛する気持ちに高められることを暗示するラストシーンには、未来に寄せる一抹の希望が託されている。グロテスクなまでに愚かな過ちを犯すのも人間なら、そこから何かを学び、成長を遂げていくのも人間である。16世紀のシェイクスピアが古代ローマを舞台に紡ぎだした物語は、この幕切れで、21世紀を照らすメッセージに昇華していく。そうした時代を俯瞰する視点を含め、テイモアのビジョンがもたらす圧倒的なスケール感が、我々の胸に強い感慨を呼び起こすのだ。
家族と国家の命運を左右するふたつの場面で選択ミスを犯し、『リア王』を彷彿させる凋落の運命をたどる武将タイタス。かつてのローレンス・オリビエの当たり役を、ナイトの貫禄たっぷりに演じるのは、イギリスが誇る名優アンソニー・ホプキンス。マクベス夫人の面影を持つ策略の女神タモラには、『トッツィー』『ブルースカイ』のオスカー女優ジェシカ・ラング。文字通り火花が飛び交うエネルギッシュな演技対決を見せるふたりに加え、共演陣にも強力な顔ぶれが揃った。ヒトラーを連想させる皇太子サターナイナスには、『エマ』のアラン・カミング。その弟バシアナスには、『エリザベス』『ほんとうのジャクリーヌ・デュプレ』のジェームズ・フレイン。タモラのふたりの息子には、『ベルベット・ゴールドマイン』のジョナサン・リース・マイヤーズと、舞台「卒業」の主演で注目を集めるマシュー・リースが扮し、暴走する若者像をリアルに体現する。彼らに人生を破壊されるラヴィニアの役どころに清冽な魅力を光らせるのは、『ヴァーチャル・セクシュアリティ』のローラ・フレイザー。さらに、タモラの悪事を影で操るムーア人アーロンには『ゲット・オン・ザ・バス』のハリー・レニックス、タイタスの弟で良識を代弁するマーカスには『レッド・バイオリン』のコーム・フィオールと、英米の選りすぐりのメンバーが結集。見ごたえのあるアンサンブルを作り上げている。
初監督のテイモアを支え、斬新な構想の実現に手を貸したスタッフの豪華さも見逃せない。ビジュアルの要となるプロダクション・デザインを手がけたのは、パゾリーニやフェリーニとのコラボレーションで知られるダンテ・フェレッティ。衣装デザインは、『バリー・リンドン』『炎のランナー』で二度のオスカーに輝くミレーナ・カノネロ。撮影監督は、『運命の逆転』のルチアーノ・トボリ。音楽は、テイモアと数々の舞台で組み、『マイケル・コリンズ』『インタビュー・ウィズ・バンパイア』でオスカー候補にあがったエリオット・ゴールデンサルが担当している。
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