【解説】
■まったく新しい『春香伝』の誕生
『春香伝』は、韓国の人々の心に永遠に刻み込まれている愛の物語。16歳の美しい娘 春香(チュニャン)と貴族の子息 夢龍(モンニョン)が身分を越え試練を越えて結ばれるまでを描いた、韓国古典の傑作である。これまで何度も舞台化、映画化が繰り返されてきているが、パンソリによって全編が歌い継がれる「春香伝」は、本作が初めてである。
イム・グォンテク監督は「春香伝」が本来パンソリによって語られ、作り上げられてきた物語であることに改めて着目した。そのため本作では二人の物語と並行して、観客が実際に舞台上のパンソリ「春香歌」を聴くという演出を凝らしている。その演出によってパンソリと映像が伝えるダイナミズム、エモーションが互いに深く結びつき、膨らみ、観る側はこのシンプルなラブストーリーに一気に引き込まれてしまうのだ。
まさに伝統に基づきながらも極めて斬新な解釈によって、ここに新しい『春香伝』が誕生した。
■月も太陽も、その恋を引き裂くことはできない
愛し合う喜び、別離の悲しみ、恋い焦がれる時間の苦しみ―、春香の初めての恋が命をかけて貫く愛へと姿を変えていく。春香のひたむきさは、現代にあっても命を懸けるほどの愛の力は存在するのか、有効であるのかどうかを真摯に問いかけてくる。
春香と夢龍を演じる二人は、ともに本作で映画デビューを飾った。従来「春香伝」というとベテランの役者たちを迎えることを売りにするのが通例だが、イム・グォンテク監督はその慣例をここでも覆し、新人を大胆に起用した。威風堂々たるパンソリと並んで、その溢れんばかりの瑞々しさと軽やかさでスクリーンを彩っている。
■パンソリと映像がもたらす、圧倒的な調和
豊饒なる映画の完成
大空をめがけて勢い良くブランコを漕ぐ春香と夢龍の出会いのシーンから、夢龍が死迫る春香を救い出すラストの胸をすく大団円まで―。躍動感に満ちたパンソリと映像美は驚くほどの調和を保ち、観る者を圧倒する。その撮影を担っているのは、イム・グォンテク監督の名パートナー、チョン・イルソン。アジアを代表する撮影監督であり、欧米からも高い評価を受けつづけている世界有数の撮影監督である。風格とともに撮り上げられた春夏秋冬の自然、随所に散りばめられた赤の色、そして何よりパンソリのリズムと映像のリズムの一体化が、まさに映画のもつ豊饒さを感じさせずにはおかない。パンソリを歌うのは、人間国宝である名唱チョ・サンヒョン。まさに各界の第一人者たちが結集して本作はつくりあげられた。若手を圧倒するであろう円熟した手腕による傑作として、『春香伝』は韓国映画として初めて、本年度カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選ばれている。
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