【解説】
◆<妖精と出逢ったあの夏>を僕は忘れない…
作品賞を含む合計9個のオスカーを受賞した『ラストエンペラー』(1987)を筆頭に、『戦場のメリークリスマス』(1983)『シェルタリング・スカイ』(1990)といった数々の話題作・名作を生み出し、北野武監督のアメリカ進出第一作『BROTHER』の製作にも名を連ねるジェレミー・トーマスは、過去20年以上にわたり、国際舞台の第一線で活躍を続けるイギリス屈指の名プロデューサーだ。その彼が、ついに念願の監督デビューを果たした。『コーンウォールの森へ』は、夭折の作家ウォーカー・ハミルトンが1968年に発表した長編処女小説の映画化。1970年代の始めに原作と出会って以来、映画化を熱望してきたトーマスにとっては、まさに夢の実現と呼べる作品である。
主人公は、少年時代の事故の後遺症と薬物治療の影響で脳に障害を負った青年ボビー。母の死後、冷酷な継父に怯えながら暮らしていた彼は、施設に送るという継父の言葉を聞いて家出を決意。一度夢に見たことのある憧れの地コーンウォールをめざしてヒッチハイクの旅に出る。その途上で待ち受けていたミスター・サマーズとの運命的な出会い。車にひかれた動物の埋葬をライフワークにするサマーズは、「どんな命にも等しく価値がある」をモットーに、自然と共存する暮らしを送っていた。そんなサマーズとの生活を通して、次第に自分自身の命の価値に目覚めていくボビー。だが彼の人生は、再び継父の魔の手が忍び寄ってくる…。
自然との触れ合い、自分もその大きな宇宙の一部だと感じることで成長を遂げていくボビーの物語は、<大人のフェアリーテイル>と呼ぶにふさわしいさまざまな寓意を含んでいる。ボビーの継父デ・ウィンターは、合理主義と貪欲さが最優先される文明社会を象徴する存在だ。かたやミスター・サマーズは、自然への回帰を切望する人物だ。デ・ウィンター(冬)の世界から逃亡をはかったボビーは、サマーズ(夏)の世界に安らぎと癒しを見出し、さらにデ・ウィンターと対決を演じることで自分自身の世界を発見していく。そんな彼をディケンズ作品の流れを汲むヒーローとみなし、サスペンスフルに展開していくドラマは、「冬の世界」の抑圧下に生きる現代の我々に、自然と人、人と人の関わりを深く考えさせるものになっている。
純粋すぎるほど純粋なボビーを演じるのは、スピルバーグに見出されて『太陽の帝国』(1987)に主演し、『ベルベット・ゴールドマイン』(1998)『AMERICAN PSYCO』で演技派スターへの転身を成功させたクリスチャン・ベール。監督のトーマスが「最初にして最後のチョイスだった」と言うだけあり、キャラクターの変貌ぶりを細やかに物語る演技は素晴らしいの一語だ。そのボビーの心の師となるミスター・サマーズには、『エレファント・マン』(1980)でその名声を確立したジョン・ハート。ボビーの人生に脅威を与えるファットことデ・ウィンターには、『エビータ』(1996)『サンセット大通り』(1950)のヒット・ミュージカルの舞台で知られるダニエル・ベンザリ。エキセントリックで複雑なキャラクターに類稀なる個性を発揮するふたりの演技対決も、本作の大きな見どころだ。
初監督のトーマスを支えるのは、彼が長年にわたるプロデューサー生活で信頼を培ってきたスタッフたち。撮影は『スキャンダル』(1976)のマイク・モロイ。プロダクション・デザインは『シェルタリング・スカイ』(1990)のアンドリュー・サンダース。衣装デザインは『魅せられて』(1996)のルイーズ・ストジェーンスウォード。編集は、『HELP! 四人はアイドル』(1965)をはじめリチャード・レスター監督とのコンビで知られるジョン・ヴィクター・スミス。ザ・ペンギン・カフェ・オーケストラをフィーチャーした音楽は、『魅せられて』のリチャード・ハートリーが担当。彼らは絶妙のコラボレーションで、コーンウォール地方の神秘的な自然にマッチした寓話の世界を作り上げている。
本作で、トーマスはカンヌ映画祭のカメラドールにノミネート。また、ディナード・ブリティッシュ映画祭のゴールデン・ヒッチコック賞、サン・セバスチャン国際映画祭の観客賞の候補にもあがった。
|