映画の製作過程で最も大変だったのはキャスティングだという。ただ一人、脚本段階から決定していたのがNJ役のウー・ニエンジェン。監督は自作『海辺の一日』(フェスティバル上映)やホウ・シャオシェンの『恋恋風塵』(1987)『悲情城市』(1989)『戯夢人生』(1993)などの優れた脚本家であり、『多桑/父さん』(1994)の監督、テレビ番組の司会者でもある彼を“台湾屈指の俳優”と評価し、前作『カップルズ』でのエキセントリックなヤクザ役に続いて起用した。そんな監督の期待に応えて、ニエンジェンは見事に抑制された演技を見せてくれる。妻ミンミンを演じるのは『宗家の三姉妹』(1997)『The Island Tale』(2000)のエレン・ジン。他作品の撮影中ということで一度は監督を落胆させたが、その後運良くスケジュールが合って出演できることになった。そして、最も苦労したのはティンティンとヤンヤンに扮する子役たち。まず、新人を発掘するためのワークショップを開設し、そこでみつけたズバ抜けた才能の持ち主ケリー・リーとジョナサン・チャンの年齢に合わせて脚本が書き直された。また、NJの人生観に大きな影響を与える日本人ゲーム・プログラマー大田の役で、イッセー尾形が誠実で滋味あふれるいい味を出しているのも見逃せない。
フィックスを主体とした落ち着いて悠々たる映像は、『海辺の一日』でクリストファー・ドイルのアシスタントにつき、『タイペイ・ストーリー』(フェスティバル上映)で撮影監督を務めたヤン・ウェイハン。照明のリー・ロンユー、編集のチェン・ボーウェンも『*嶺街少年殺人事件』以降、監督と組んでいる気心の知れたスタッフだ。『私をスキーに連れてって』(1987)『病院へ行こう』(1990)『スワロウテイル』(1996)『リング』(1998)など多くの話題作、ヒット作を送り出してきた河井真也と、ポニーキャニオンの附田斉子がプロデュースに当たり、ロケは台湾と日本で行われた。スタッフ、キャストとも両国より参加した日・台合作映画である。
1947年11月6日、上海生まれ。1949年に台北に移住。交通大学電気科学士号取得後、アメリカに留学し、電気工学の修士号を取得する。サウスカリフォルニア大学で映画を学ぶが一学期で中退し、その後7年間はワシントン大学でコンピューターデザイナーを務める。1981年に帰国し、シナリオライター、監督としての新たなスタートを切る。1989年には、“Yang & The Gang”と呼ばれる自主製作会社を設立し、『*嶺街少年殺人事件』を製作。その後も活動の分野を広げながら、1992年にアトムフィルムと社名を変更する。現在は映画や演劇への出資、製作のほかに、ハイテク・マルチメディアの分野にも進出している。
1960年北海道生まれ。北海道大学卒業後、ニューヨーク大学大学院にて映像学の修士号を取得。帰国後は、シネセゾンで配給業務に従事し、1990年には東京で開催されたサンダンス映画祭のコーディネーターを務める。1996年、ポニーキャニオンに入社。本作品とスタンリー・クワンの『The Island Tale』(2000)が、初プロデュース作品となる。