『スーパーマン リターンズ』/"SUPERMAN RETURNS"



2006年8月19日よりサロンパス ルーブル丸の内ほか全国松竹・東急系にて公開
(8月12、13日劇場先行上映)

2006年/アメリカ映画/原題:SUPERMAN RETURNS/154分/ワーナー・ブラザース映画提供/レジェンダリー・ピクチャーズ提携/ジョン・ピーターズ制作/バッド・ハット・ハリー提携/ブライアン・シンガー作品/ジェリー・シーゲル&ジョー・シャスター創作による「スーパーマン」のキャラクターに基づく/DCコミックス刊

◇監督:ブライアン・シンガー ◇製作:ジョン・ピーターズ、ブライアン・シンガー、ギルバート・アドラー ◇製作総指揮:クリス・リー、トマス・タル、スコット・メドニック ◇脚本:マイケル・ドアティー、ダン・ハリス ◇ストーリー設定:ブライアン・シンガー、マイケル・ドアティー&ダン・ハリス ◇撮影:ニュートン・トマス・シーゲル、A.S.C. ◇美術:ガイ・ヘンドリックス・ディアス ◇編集:ジョン・オットマン、エリオット・グレイアム ◇音楽:ジョン・オットマン ◇衣装:ルイーズ・ミンゲンバック

◇キャスト:ブランドン・ラウス、ケイト・ボスワース、ジェームズ・マーズデン、フランク・ランジェラ、エヴァ・マリー・セイント、パーカー・ポージー、カル・ペン、サム・ハンティントン、ケビン・スペイシー



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【解説】

「お前は地球人として育てられたが、地球人ではない。
カル=エルよ、彼らはすばらしい素質をもっている。
彼らはよりよき人間になりたいと望んでいる。
そうなるための道を照らす明かりがないだけなのだ。
向上できる彼らの能力、なによりもそれを信じて、
私はお前を彼らのもとへ送ったのだ。
たった一人の息子を」 ─ ジョー=エル



遥か昔に滅びた惑星で生まれたスーパーマンは、カンザスの“ケント農場”で養父母に育てられた。少年カル=エルはクラーク・ケントという新しい名をもらい、地球の人間の中で育ったのだが、地球人ではない。地球の太陽の下で、彼は人間には実際にできるはずのないことができるが、彼らと共存するために二重生活を強いられる。普段は穏やかで控えめなクラーク・ケントとして生き、世界に求められるときには、密かに“鋼鉄の男”に変身するのだ。

だが、5年前にスーパーマンは謎の失踪を遂げ、それ以来、救いを求める世界の悲鳴は無視されてきた。彼のいないメトロポリスでは犯罪が急増。さらに、レックス・ルーサーが刑務所から出所していた。飽くことのない欲望を抱くレックスはスーパーマンの弱点を利用するという明確な意図を胸に秘めており、これからどんな打撃を地球にもたらすかわからない。

さて、デイリー・プラネット紙の花形記者であり、スーパーマンの生涯の恋人ロイス・レインは、スーパーマンがひと言も残さずに姿を消してから、過去を振り返らずに生きていた。署名記事「なぜ世界はスーパーマンを必要としないか」ではピュリッツァー賞まで受賞している。そして、今の彼女は、編集長の甥との婚約や、幼い息子の養育など、ほかに重要な問題を抱えていた。


しかし、スーパーマンは、宇宙の中で自分の居場所を探す長い旅を終え、ケント農場、つまり彼が知る唯一の家族のもとに戻る。そして彼の運命はメトロポリスにあった。欠点だらけだが、ほんとうは善良な地球の人々とともに生きるこの街こそ、彼のほんとうの故郷なのだ。

レックスの陰謀はスーパーマン帰還のわずか数時間後に成就しようとしている。今こそ、世界はスーパーマンを必要としているのだ!

世界で最も愛されているスーパーヒーローのひとり、スーパーマンの雄大な物語における新たな一章となる『スーパーマン リターンズ』は、『ユージュアル・サスペクツ』『X-MEN』『X-MEN2』のブライアン・シンガーが監督し、ワーナー・ブラザース映画が提供。画期的な視覚効果テクノロジーを駆使した驚異的な映像の集大成である『スーパーマン リターンズ』は、現代のメトロポリスを舞台に、ひとりの男の切ない愛と、ほんとうの居場所を見つけようとする葛藤の物語を壮大なスケールで描いている。

出演は、新星ブランドン・ラウスをはじめ、ケイト・ボスワース(『ブルークラッシュ』『ビヨンド the シー/夢見るように歌えば』)、ジェームズ・マーズデン(『X-MEN2』『きみに読む物語』)、フランク・ランジェラ(HBOの「Unscripted」)、『波止場』でアカデミー賞を獲得したエヴァ・マリー・セイント(『北北西に進路を取れ』)、パーカー・ポージー(『ドッグ・ショウ!』)、カル・ペン(『Harold & Kumar Go to White Castle』)、サム・ハンティントン(『デトロイト・ロック・シティ』)、そして『ユージュアル・サスペクツ』『アメリカン・ビューティー』でオスカーに輝いたケビン・スペイシー(『ビヨンド the シー/夢見るように歌えば』)。



 


【プロダクションノート】

◆永遠のスーパーヒーローに魅せられたフィルムメーカー

「世界中どこへ行ってもスーパーマンを知らない国はない」と言うのは本作の監督ブライアン・シンガー。彼は、さまざまな賞に輝いた『ユージュアル・サスペクツ』(1995)で一躍世界の注目を浴び、その後、大ヒット・シリーズの『X-MEN』(2000)、『X-MEN2』(2003)の監督を務めた。「ジャングルで“S”マークを見せたとしても、おそらく半数以上の人にスーパーマンだとわかってもらえると思う。それぐらい彼は世界的なスーパーヒーローなんだ」

「どんな形であれ、誰もが『スーパーマン』に触れて育ってきた」と言うダン・ハリスは、本作の脚本をマイケル・ドアティーとともに書いた。「それがコミックであろうと、テレビであろうと、映画であろうと、みんな“鋼鉄の男”のことを知っているんだ。単純明快だよ」

「彼は正義であり、不滅であり、空を飛べる。そのコンビネーションによって、スーパーマンは僕にとって、そして多くの人々にとって、とても魅力的な存在なんだ」とシンガーは言う。「正義を貫くこと、攻撃されたら、どんな相手とでも戦えること、そして空高く舞い上がる能力……。彼みたいになれたらどんな感じだろうと想像しない人はいないよ」


1938年にコミックでデビューを飾って以来、スーパーマンは世界の文化において忘れることのできないヒーローであり、人類が理想とする普遍的な象徴であり続けてきた。「彼は別の惑星からやってきた初めてのキャラクターであり、我々人間には夢見ることしかできない多くの能力を身に付けている。その重要なものが飛ぶ能力だ」と製作総指揮のクリス・リーが言う。「でも、そのほかにも彼には超人的な強さや透視能力、そして善良さが備わっている。正義を貫く姿勢にブレがないところはとても魅力的で、それは70年にわたるスーパーマンの歴史を通して首尾一貫しているんだ」

「スーパーマン」はその後、30年以上新聞に掲載され、今日では40か国以上、25の言語で世界中で毎月発売されているDCコミックス上で、何百万ものファンを楽しませている。“鋼鉄の男”が初めてスクリーンに登場したのは1941年のこと。それは名高いフライシャー・スタジオが製作した17作の画期的な短編アニメ映画で、実写版の連続映画2本も製作された。それ以降、スーパーマンは5本の長編映画、数多くの人気TVシリーズ、そして35タイトルのビデオ・DVDに“主演”してきた。長編映画第1作は1951年の『スーパーマンと地底人間』(未)でジョージ・リーブスが主演し、その後TVシリーズ化された。


近年の映画版1作目『スーパーマン』はリチャード・ドナーが監督し、“鋼鉄の男”はクリストファー・リーブ、父親ジョー=エルは名優マーロン・ブランドが演じて1978年に公開された。その映画をシンガーは公開直後の週末にニュージャージーの田舎の映画館で母親と一緒に観た。「すごく面白かった」と彼は思い返す。「スーパーマンに見事に生命が吹き込まれていたし、すごく懐かしい感じがしたのと同時に、とても現代的だった。いろいろな時代が見事に融合していたよ」

文化、産業、あるいは技術などが急速に変化する時代の中で、スーパーマンは真実、正義、そして善なるものすべてのために一貫して戦ってきた。「1941年の世界は1978年の世界と大きく異なっていたし、1978年の世界も現在の世界と大きく異なる」とシンガー。「スーパーマンが受け継いできたものは、変化というよりはむしろ進化だと思う。もちろん、彼は長年の間にさまざまな悪役と戦ってきたし、コスチュームも何度も変化を重ねてきた。今回の映画でも、5年間姿を消したあとの、ものすごい変化に彼は対応しなければならない。でも、1つ、変わらずに残っているものがあるんだ。それは、自分の特殊能力で人々をリードし、それを世界の正義のために使うという、彼が生まれもった資質だ」


スーパーマンは何世代もの人々にとって、人類が潜在的にもつ偉大さを思い出させる存在、そして、誰もが信じられるパワフルなヒーローである。ドナー監督の『スーパーマン』の中で、ブランド扮するジョー=エルは、地球人の中で生きるべく送り込んだ息子に、死後にこう告げる。「地球人はすばらしい素質をもっている。そうなる道を照らす光がないだけなのだ」と。

シンガーの『スーパーマン リターンズ』は、『スーパーマン』と『スーパーマンll 冒険篇』(1981)の精神を受け継いでおり、ブランドが演じたジョー=エルの映像と音声を利用している。「僕たちはリチャード・ドナー監督作の一種の続編を作るという選択をしたことで、柔軟性と自信をもってプロジェクトを進めることができたと思うよ」と脚本のマイケル・ドアティーは言う。「自覚してるかどうかは別として、誰もがもともとのストーリーを知ってると僕らは思ったんだ。程度の差はあれ、誰もがスーパーマンを知っている。だから、僕たちは単純にそのストーリーを継承しようとしているんだ」

シンガーは、スーパーマンに対して常に親近感を抱いており、本作でこのスーパーヒーローをどの方向へ進ませたいか、明確なビジョンをもっていた。「スーパーマンと僕の共通点は、ふたりとも養子だということだ」と彼は言う。「僕は一人っ子で、彼も一人っ子。そういった非常に基本的な理由で、僕はいつも彼にほんとうにつながっている気がしていたし、だからこそ、彼は僕のいちばん好きなスーパーヒーローなんだ。そして、だからこそ、「僕の」“スーパーマン・ストーリー”を「僕の」やり方で伝えることがとても重要だった」

製作のジョン・ピーターズは、シンガーから初めてストーリーを聞いたときのことを思い起こす。「あのとき、私は思わず鳥肌がたち、『すごい……。まさにピッタリだ』と思ったのを覚えてる」と彼は言う。「それは現代的で、情感があり、アクション満載で、しかもラブ・ストーリーでもあった。私たちが“スーパーマン映画”に求めるすべての要素が盛り込まれていたんだ」

「ブライアンは優れたフィルムメーカーだよ」と製作のギルバート・アドラーは言う。「彼がこれまでの作品で大成功を収めてきたのは、生まれながらのストーリーテラーだからだ。彼はいつでもどこでも、胸が躍るようなストーリーを語ることができる。仲間と雑談をするテーブルででも、映画の中ででも。ブライアンはまさに巨匠だよ!」

スーパーマンのマントやパジャマを身に着けた子供から、熱心なコミック収集家、映画ファンまで、空を飛ぶ男を20年間待ち続けた人々にとって、スーパーマンの時代が再びやってきたのだ。

「リチャード・ドナーの『スーパーマン』以来、この30年ほどで、社会、つまり世界は劇的に変わった」とキャストのひとり、フランク・ランジェラは言う。「今、この時代にスーパーマンが戻ってくるのはすばらしいことだと思うね。今こそ、人々はポップコーンの大きなカップとソーダを手に、2時間ぐらいゆったりと映画館に腰を下ろし、誰かに夢中になる必要がある。彼はそんなときに戻ってくるんだ」



◆ストーリー&キャスティング

5年前、地球から忽然と姿を消したスーパーマンは、自分の過去と家族の痕跡、あるいは彼と同じような存在を探して宇宙の果てまで旅をしていた。しかし、かつてクリプトン星があった場所が放射能に汚染された廃墟と化していることを知ると、カル=エルとして生まれた男は“故郷”に帰ってくる。そう、カンザスのケント農場に。

監督ブライアン・シンガーによれば、ケント夫妻にクラークと名づけられたカル=エルの人格は、育った環境から形成された部分が多い。「人はよく、『カル=エルにとって、スーパーマンとクラークのどっちがコスチュームでどっちが変装なのか』と聞くよね」とシンガーは言う。「でも実際は、その両方とも彼がまとっている姿なんだ。スーパーマンでいることにはちょっとばかり演出があるけど、それは僕らが自分自身を人に見せるときと同じだよ。そして、クラークのなかにも確かに“見せている”部分がある。オドオドして、目立たないように見せるために彼がかぶっている仮面だ。でも、ほんとうのクラーク・ケントはマーサとジョナサンのケント夫妻に農場で育てられた男なんだ。僕はその点を絶対に失いたくなかった。オドオドしたクラークも含めて、スーパーマンの根本は農場でどう育ったかにあるんだ」


シンガーは、カル=エル、クラーク・ケント、そしてスーパーマンのすべての資質を体現でき、さらにこの役の過酷な肉体的、精神的な要求に応えることができ、なおかつ故クリストファー・リーブの後継者にふさわしい俳優を必要とした。そのうえ、シンガーは最初から無名の俳優を起用するつもりだった。「クリストファー・リーブの後を継ぐことがどれだけ荷が重いことであったとしても、スーパーマンを演じる俳優は“映画スター”という看板をすでに背負っていてはいけなかった」とシンガーは言う。「スーパーマンに対して誰もが抱くイメージを象徴し、それにピッタリな俳優が僕には必要だったんだ」

30年近く前、リーブを起用したリチャード・ドナーは同じ難問にぶつかった。スーパーマンを演じる者は、「ジョー=エルの息子に生命を吹き込まなければならない」とドナーは言う。「彼はまず、このキャラクターに説得力と純粋さをもたらし、そのあとで、スーパーヒーローに変貌しなければならない。もしその男がどんな意味においても過去の役柄に染まっていたら、それは大きな痛手になる。ブライアンは私と同じ難問に直面したと思うよ。その俳優で別の役を連想した瞬間に、スーパーマンというキャラクターは消えてしまう。人に空を飛ばせ、それを観客に信じさせるためには、あの当時は無名の俳優である必要があったし、現在ではもっとそうだと思う」

何カ月もの間、理想の俳優を探し回った結果、ワーナー・ブラザース映画で企画された過去の“スーパーマン”映画のオーディションを受けていたひとりの新人俳優のテープが見つかった。26歳のブランドン・ラウスは、アイオワ州ノーウォークで育った子供時代にはスーパーマンのパジャマを着て飛び回る子供のひとりだった。彼の肉体的な特徴が、スーパーマンに不思議なほど似ていることはオーディション・テープの中でさえ明白だったが、彼にはそれ以上の資質があることをシンガーは見抜いた。「彼と言葉を交わしただけで、中西部で育ったことや、その子供時代から生まれた昔ながらの理想といったものを感じたし、それはスーパーマンが体現するのと同じ種類の理想なんだ」とシンガーは言う。「そして、もちろん彼の肉体的な存在感があった。彼はまるでコミックから抜け出したみたいなんだ。ほぼその時点で、彼は僕の唯一無二のスーパーマンになった。彼なら、カル=エル、クラーク・ケント、そしてスーパーマンという3つの役をすべてモノにできると確信できたからだ」

正式には決定を伝えられていなかったが、ラウスはすぐに衣装合わせやトレーニングに呼び出されるようになった。そして、オーストラリアのケント農場のセットで、初めて彼は自分がスーパーマン役を得たと実感した。「クラークの部屋、カル=エルの部屋に入って行ったら、それはまさに想像したまんまだったよ」とラウス。「クラークとしての初めての演技は農場の庭を歩いて渡るだけだったけど、そのときもそう感じた。このキャラクターを演じるのは、ほんとに無限の体験だ。ブライアンのビジョンに忠実であること、そして、それこそ世界中の人々が心に描いてきた人物を体現することには大きな責任を感じるよ」

ラウスに対する監督の信頼が揺るぎなかったため、彼はこの役を自分なりに演じるために自分自身を掘り下げていくことができた。「このストーリーに対するブライアンの情熱と意気込みが伝染したんだ」とラウスは言う。

ラウスが初めて人前でコスチュームを身に着けたのはデイリー・プラネット社のシーンだった。「ごく普通の人間が、超人の自分をどう想像する?」と彼は言う。「その雄大さや善良さをどう演じる? 僕はこれまでのイメージすべてに誠実でありたかったけど、同時に、スタッフがこのキャラクターを信じ、この映画に関わっていることにワクワクできるように、このキャラクターを体現する必要があった」

そして、ラウスのスーパーマンとしての初シーンは、その場にいたすべての者を生き生きとさせる効果があった。「ブランドン・ラウスは、俳優としても人間としても、とにかくすばらしい」と製作のギルバート・アドラーは言う。「ブランドンのそんなところにみんながマイったんだ。彼は気立てがいいんだ。人間性というものをよく理解しているし、だからこそ、彼が演じるスーパーマンはあれほど人を惹きつけるんだと思うね。彼はいつでも“クラーク”を引っ込めて、すぐに“スーパーマン”に変身できた」

「ブランドン自身がクラークなので、彼は自然にクラークになれた」と脚本のマイケル・ドアティーは言う。「彼はアイオワ出身で身長188センチのイケメン。でもシャイで時々ちょっと不器用になる」

スーパーマン役のキャスティングとは異なり、スーパーマンの悪魔的なまでに手ごわい宿敵レックス・ルーサーを演じる俳優はすぐに決まった。シンガーは、『ユージュアル・サスペクツ』(1995)でキント役にケビン・スペイシーを起用し、スペイシーはその演技で初のアカデミー賞(助演男優賞)を獲得した。「今回は最初からケビンを念頭に脚本を書いた」とシンガーは語る。「『ユージュアル・サスペクツ』以来ずっと、僕らはまた一緒にやりたいと話していたし、彼はこの役にピッタリだった。ちょうどいい具合のユーモアと皮肉っぽさがあり、それにもちろん、文句なしにすばらしい俳優だからね」

スペイシー起用のうえで最大の難問は、ロンドンの舞台に立っていた彼のスケジュール確保だった。「彼はロンドンのオールド・ヴィック劇場に出ていたため、彼をオーストラリアへ呼べたのはごく限られた期間だけだった」とシンガーは思い起こす。「確か6週間しかなくて、その間に必要なシーンをすべて撮影し、彼が次の舞台に間に合うようにロンドンに送り返さなければならなかったんだ」

「撮影はすばらしかったし、とても楽しかったよ」とスペイシーは言う。「ブライアンと僕はこの映画の撮影ですばらしい体験をしたし、『ユージュアル・サスペクツ』では途方もない体験をした。多くの意味で、あのときを思わずに過ごす日は一日たりともなかったし、この10年で彼がフィルムメーカーとして、ものすごい進化を遂げたのを見るのは、とてもいい刺激になったよ」

アカデミー賞作品賞に輝いた『アメリカン・ビューティー』(1999)でのレスター役で二度目のオスカー(主演男優賞)を獲得したスペイシーは、レックス・ルーサーをこう表現する。「すごく陰険で、苦々しく、復讐心に燃えているが、それでもどこか滑稽なところがある。彼は究極の資本主義者だ。彼には多岐にわたる、恐ろしく複雑な陰謀がある。だが、結局のところ、彼の欲望というのは、ごく基本的なことで、もうけたいんだ」


レックスは過去5年間を刑務所で過ごしていたが、彼の仮釈放聴聞会をスーパーマンが欠席し、釈放される。彼は刑務所から出たときのために、ガートルード・バンダーワースの遺産相続人として生活する手段を手配していた(ガートルードを演じるノエル・ニールは、1940年代の連続映画2本でロイス・レインを初めて演じ、その後1950年代のTVシリーズでもフィリス・コーツに代わってロイス役として、ジョージ・リーブスと共演した)。レックスは自分の最新式ヨットにガートルードの名をつけ、彼女の死によってたちまち大金持ちのヤモメとなる。「レックスはあまりにも多くの変化を体験しており、これまでずっと裏切られてきたために復讐心に燃えている」とスペイシーが説明する。「彼はしばらく表舞台から姿を消していたし、スーパーマンもしばらくいなかった。そして彼らが再会したときのために、レックスは驚くべき計画を立てており、それはもちろん、不動産がらみだ。レックス・ルーサーというキャラクターはとにかく物欲の男だからね」

旅を終えたカル=エルの宇宙船がカンザスに不時着したあとで、彼は地球上の世界が大きく変化していることに気づく。世界は彼の不在の間にも進んでいた。それを象徴するかのような、デイリー・プラネット紙の記事「なぜ世界はスーパーマンを必要としないか」を書いたのはほかならぬロイス・レインだった。「愛する女性から、自分はこの世界でもはや必要とされていないと告げられることほど、スーパーマンにとって強烈で衝撃的なことはないし、世界を救うことこそ自分の宿命だと思っていたのに、そんな世の中ではなくなっていたんだ」と脚本のダン・ハリスは言う。「ロイスは、人々は前進し、自分で学ぶことが必要で、ヒーローに頼らないようにしなければならないと書いていた。それはもちろん、彼女が彼を忘れるための方法だったんだ」

「世界はヒーローのことを忘れてしまっていたんだ」と製作総指揮のクリス・リーも言う。「彼は旅から戻ると、この世界で居場所を見つけなければならないというジレンマに直面する。彼はあまりに長く姿を消していたし、ロイスが、世界は彼を必要としないと公に宣言していたからね。そんなとき、最高のアドバイスをするのはいつも母親なんだ」

クラークの養母、マーサ・ケントを演じるのは、『波止場』(1954)、『北北西に進路を取れ』(1959)の大ベテラン女優エヴァ・マリー・セイント。マーサは息子の帰還に大喜びするが、彼の運命がほかの場所にあることもはっきりと理解する。「彼は、持っている力で正義をおこなわなければならないと養父母からずっと言われて育ったの」とセイントは言う。「でも、戻ってきた彼はすっかり意気消沈していたので、マーサは彼がスーパーマンとして活躍するのに十分な自信を取り戻すために元気づけなければならないの」

スーパーマンの父ジョー=エル役でもあったマーロン・ブランドと共演した『波止場』でアカデミー賞助演女優賞を獲得したセイントは、この役を演じることで孫たちの敬意を集めるというユニークな体験をした。「働き続けるのはすばらしいことだから、この作品に出演できてとてもうれしかったわ」と彼女は言う。「3人の孫たちは私が何の映画に出るかを知ると、みんな、『かっこいい!』と言ったの。孫たちは友達に話してまわったみたい。いい宣伝でしょ?」

息子の宇宙船の焦げついた残骸を発見したマーサが体験する心情的、肉体的に激しいシーンを、シンガーがうまく導いてくれたとセイントは感謝する。「あの撮影は夜で長くかかったの」と彼女は思い返す。「でも、ブライアンはとても辛抱強く、すばらしい直感でキャストにいろいろなことを試させてくれたわ。あのシーンでは、母と一人息子の間の愛がとてもよくわかるはず。ブランドン・ラウスはほんとにいい若者で、才能ある俳優だから、彼を愛する母親には自然になれたわ」と言うセイントは、こう付け加える。「私のいちばんの夢は飛ぶことなの。いつかスーパーマンと一緒に飛べたらって密かに思ってたわ。まだ夢のままだけどね」

メガネをかけたクラーク・ケントはメトロポリスに戻り、彼がいなかったことにちゃんと気づいていたのは、昔からの友人でカメラマンのジミー・オールセンだけだったことを知り、複雑な心境に陥る。「ジミーはクラークがずっと世界をヒッチハイクで旅していたと思ってるんだ」とジミーを演じたサム・ハンティントンは言う。「だから、彼はクラークが行っていただろうと思い込んでいるいろんな場所の話をするんだけど、クラークはどこにも行っていない」

そして、クラークにとって最も衝撃的な事実を告げるのもジミーだ。クラークの最愛の女性であり、彼がいちばん必要としていた人間としてのつながりをもつ相手だったロイスは、今では婚約しており、ジェイソン(新人トリスタン・リーブ)という息子がいるのだ。「彼にとって、それは“クリプトナイト”より大きな問題だった」とシンガーは言う。「乗り越えるにも難しい問題だし、それは彼にとって心情的にとても重要な問題だった」

「つまり、彼はまた完全なアウトサイダーになってしまったんだ」とラウスが付け加える。「ここでなら自分はアウトサイダーじゃないかもしれないと思って戻ってきたのに」


スーパーマンと同じぐらいに世界的に知られているロイスというキャラクターには、そのトレードマークである知性とウイットを兼ね備え、さらに、スーパーマンの帰りを待ちわびていたことによる成長と苦悩を表現できる若い女優が必要だった。

その答えは、シンガーの友人であり仕事仲間であるケビン・スペイシーによってもたらされた。スペイシーは2004年に、1950年代のエンターテイナー、ボビー・ダーリンを描いた伝記的映画『ビヨンド the シー/夢見るように歌えば』を監督し主演したのだが、そのときにサンドラ・ディー役で共演したのがケイト・ボスワースだったのだ。「僕は運よく、その映画を早く観ることができたんだが、サンドラ・ディーを演じるケイトに衝撃を受けた」とシンガーは思い返す。「ケビンから彼女のすばらしさを聞いていたので、僕は彼女に来てもらって、ブランドンと本読みをさせたんだ。ふたりがすぐに心を通じ合わせたのは明白だったよ。僕たちはみんな、彼女ならすばらしいロイス・レインになると思った」

「この映画に出演できるなんて、ほんとに光栄だと思ったわ」と言うボスワースは、生き生きとしたサーファーを演じた『ブルークラッシュ』(2002)で初めて国際的な注目を集めた。「ものすごい責任とプレッシャーを感じたわ。だって、この作品のキャラクターたちは世界中の人たちに知られ、愛されているんだもの。この映画では、彼らはさらに深く描かれていて、その内面を知ることができるから、演じるのもとても楽しかった。もとからのファンたちも、ロイスとスーパーマンの再会を楽しんでくれると思うわ」

スーパーマンは戻ったと同時にロイスが危ないことを知る。ほかの乗客とともに彼女が乗ったジェット機が故障のために急降下を始めたのだ。「スーパーマンが戻ってきたと世界が初めて知ったときに、ふたりは再会するんだ」とラウスは言う。

金属の大きな塊が、ものすごいスピードで燃えながら落ちていき、野球場に激突しそうになる中での息をのむような救出劇のあとで、ロイスとスーパーマンは5年ぶりに見つめ合う。「スーパーマンがその飛行機を着陸させるんだ」とラウスが説明する。「そして彼は、乗客が全員無事かを確認するために中へ入って行き、ロイスと目を合わせる。ふたりのとても強烈な瞬間だよ。とても短い。彼らはまったく言葉を交わさない。でも、ふたりの間には無言の絆がある。彼女は彼に背を向けない。だから、彼女が彼についてあんな記事を書いていても、彼は希望があるとわかるんだ」


彼はまた、スーパーマンがいる世界を経験したことがなかったロイスの幼い息子とも絆を築く。

スーパーマンの帰還に喜びを隠さないのは、デイリー・プラネット社の編集長ペリー・ホワイト。『ドラキュラ』(1979)のベテラン俳優フランク・ランジェラが演じている。「7歳だろうが70歳だろうが関係ないんだよね。ヒーローが自分の人生に戻ってくると、もうたまらないよ」とランジェラは言う。「これほどの大きな存在、偶像的な存在が帰ってくれば、誰でも興奮するよ。こんなヒーローがいるなんて、ほんとにすばらしいことだから」

だが、ペリー・ホワイトにはもっと実際的な期待もある。「ペリーは自社の新聞と発行部数を心配している。スーパーマンが戻ってきたということは、また彼の新聞でスーパーマンの独占記事を掲載できるし、発行部数も増えるから、彼はとてもうれしいんだ」とランジェラは付け加える。「ものすごくうれしいんだよ」

本作でジミー・オールセンを演じたサム・ハンティントンは、子供のころから「スーパーマン」の大ファン。今回、1950年代のTVシリーズでジミー・オールセンを初めて演じたジャック・ラーソンと、あるシーンで共演できて大感激だ。「ジャックは僕のアイドルなんだ。その彼と、単なる共演ではなく、彼がかつて演じたキャラクターとして絡むことができたのはほんとに光栄だったよ」とハンティントン。「彼からは、これだけ有名なキャラクターを演じたことで、彼の人生がどんな影響を受けたかについてとてもいい話を聞ける。俳優として、そして「スーパーマン」ファンとして、この体験は僕にとってまさに夢がかなったという感じだよ」

誰もが知っているおなじみのキャラクターに加え、本作では新たに2人の人物がスーパーヒーローの世界に登場する。レックス・ルーサーの共謀者キティー・コワルスキー(パーカー・ポージー)と、ペリー・ホワイトの甥で、ロイスの婚約者リチャード・ホワイト(ジェームズ・マーズデン)である。

キティー・コワルスキーは、本人はいわゆる“悪人”ではないものの、それまでにも確かに悪党たちと付き合っており、スーパーマン抹殺の陰謀における中心的存在となったとき、彼女は自分が思っていたよりも深く関わることになる。「キティーはレックスがさせてくれる生活が大好きなの」と言うのは、『ストーム』(1997/未)、『ドッグ・ショウ!』(2000)、『Personal Velocity』(2002)などの映画で活躍するパーカー・ポージー。「彼女はレックスのユーモアや、腹黒ささえも大好き」とポージーは続ける。「でも、事態は彼女の想像を超えてどんどん深刻になっていき、最後には命懸けでちっちゃな犬にしがみつくの」

「パーカーはキティーの人となりにすばらしい奥行きを与えてくれてる。キティーは精神的には第1作、第2作目のミス・テシュマッカーに通じるものがある」とシンガーは言う。「パーカーが演じるキティーも愉快で生意気で、彼女とレックスの対比がまたすばらしいんだ。キティーにはいくらかの良心があるが、レックスにはその欠片もない」

デイリー・プラネット紙の編集補佐、リチャード・ホワイトはロイスと婚約しており、ロイスの幼い息子ジェイソンが“パパ”と呼ぶ男だ。「リチャード・ホワイトはスーパーマンの世界の新しいキャラクターなんだ」とジェームズ・マーズデンは言う。彼はシンガーの『X-MEN』(2000)、『X-MEN2』(2003)でスーパーヒーローのサイクロプスを演じ、シリーズ最新作『X-MEN ファイナル ディシジョン』(2006)にも同じ役で出演した。「まったく違うタイプの役柄でブライアンと仕事をするのは面白かった。ロイスとスーパーマンのあいだを邪魔する“かも”しれない男を初めて演じられたのはすごくいい気分だったよ」

「リチャードは悪い奴じゃない。実際、彼はいい奴なんだけど、ロイスにふさわしいと思う?」と問いかけたラウスは、ニヤッと笑って自分で答える。「違うね。だってふさわしいのはスーパーマンだから」

スーパーマンがロイスとの絆を結び直す方法を見つけようともがくなかで、「彼は、地球を守るのは自分しかいないという責任と運命を受け入れることも学ばなければならないんだ」とラウスは付け加える。彼は地球を飛び回り、必要とされればどこでもスリリングかつ爽快に悪を倒していく。世界の人々はその存在も忘れてしまっていたスーパーヒーローの帰還に大喜びする。

だが、ついに彼は最大の試練に直面する。レックス・ルーサーの最も新しく悪魔的な陰謀は、スーパーマンに対してだけでなく、全人類に向けられたものだったのだ。それは人類に対するスーパーマンの信頼を試すものであると同時に、彼の能力そのものを試すものでもある。正義をまっとうしようとする彼の行く手に敵から投げ込まれるいかなる妨害をもはねのけてきたスーパーマン。果たして今回も宿敵を倒せるのか!?



◆オーストラリアの“スーパーマン・ワールド”

『スーパーマン リターンズ』の撮影はオーストラリア、ニューサウス・ウェールズ州のブリーザ近くで始まった。のどかな農地が屋外撮影地に変身したのだ。制作会社が約10キロの道を作って撮影隊の“ベース・キャンプ”へのアクセスを確保。そこにスタッフ、キャストのトレーラー、ケータリングおよびランチ用のテント、ヘアメイク、衣装、特殊効果、視覚効果を含むあらゆるチームのトレーラーが置かれた。ベース・キャンプにはIT専用のトレーラーまで用意され、オーストラリアの田舎の真ん中に、完全なワイヤレス・インターネット・ネットワークが構築された。

敷地内のすべての道の先にあるのがケント農場。美術監督のガイ・ヘンドリックス・ディアスが再現した養父母とクラーク・ケントの象徴的なカンザスの家である。車道の端にある郵便箱から、質素なファームハウスのポーチに置かれた揺りイスまで、設計家、アーティスト、職人、建設スタッフからなるディアスのチームはスーパーマンの少年時代の家を極めて詳細に作り出した。古風なくすんだ赤茶色に塗られた高さ9メートルの納屋と、2メートル近い丈のとうもろこし畑が5エーカーにわたって広がる農場のデザインと機能性を強調している。

このタムワースの小さな田舎町近くに建てられた、すばらしいケント農場のセットでの撮影のため、撮影隊は3週間、ニューサウス・ウェールズで過ごした。スーパーマンが育った家の再現は、まさに驚異の連続だった(新しい道が作られ、何キロにもわたって電柱が立てられ、作物は種から植えられた)。

その3週間、彼らはタムワースのホテル、レストラン、パブのほとんどを占領し、撮影現場まで“通勤”した。おかげで、スタッフ、ブランドン・ラウス、エヴァ・マリー・セイント、マーサに求愛しているベン・ハバードを演じるジェイムズ・カレン、そして回想シーンでクラーク少年を演じるステファン・ベンダーたちは、米国の画家ノーマン・ロックウェル風のアメリカ中部のセットにしっかりとなじみ、焼けつくような夏の暑さから、見たことのないような美しい夕焼けまで、あらゆることを体験できた。

「タムワースでとうもろこしを育てるのは大変なチャレンジだった」とディアスは言う。「オーストラリアのあの地域は何年も干ばつの被害に遭っていたんだ。実際、撮影終了までケント農場の作物を枯れさせないためだけに、僕たちは専用の灌漑(かんがい)システムを作らなければならなかった。それはかなりすごいことで、僕たちが撮影を終えて去ったあと、農場のとうもろこしは地元の農場の動物たちのエサになったよ。何にもない場所にあれだけのものを作らなければならないのはかなりの手間だったけど、ブライアン・シンガーと僕は、マーサ・ケントの農場として僕たちが思い描いたとおりのものを作れたと思うし、あのセットのおかげでいくつかの美しい映像を撮ることができたのは確かだ」

ディアスはさらに続ける。「撮影初日から最終日まで、どんなふうに見せるかについてブライアンと話し合うたびに、僕たちはいつも、コミック、TVシリーズ、そして以前の映画で描かれた「スーパーマン」の既存の世界を参考にした。これは、ブライアンがとても大切にしていることなので、それぞれの環境をデザインするとき、僕は過去の「スーパーマン」の要素にしっかり注意を払うようにした。僕たちの目標は「スーパーマン」の世界を作り直すことではなく、アップデートすることだったからね。ケント農場は、この映画のために僕がデザインした最初のセットのひとつで、それはすばらしい出発点となった。ほんとに最初から、古典主義とロマン主義を高いレベルで植えつけることができたからだ」

「このストーリーの中にあるように、美術面にもロマンティックな要素があるのは間違いない」とシンガーは言う。「色彩、視覚的な構図、アール・デコ調の外観、メトロポリスのキラキラ輝く摩天楼などを通して、1978年のリチャード・ドナー監督版で美術監督のジョン・バリーが見せたすばらしいデザインのいくつかに、1940年代のロマンティックな雰囲気をうまく融合させられたと思うよ。これは決して古い時代を描いた作品ではない。新旧の融合により、時代を超えた雰囲気を出している。美術面すべてに対して、僕たちはそのアプローチをとったんだ」

ケント農場の撮影が終わったあとで、撮影隊はフォックス・スタジオ・オーストラリアへ戻り、そこがシドニーでの制作基地となった。彼らは7つのサウンドステージすべてを占領し、24時間休みなしでセット作りをおこなった。「1つのセットで撮影が終わると、すぐにそれを取り払って、次のセットのための場所を作った」とディアスは説明する。ある時点でスペースが足りなくなり、60メートルのヨット“ガートルード号”の内部セットを作るために、ディアスは作業用の倉庫のひとつをステージに転用しなければならなくなった。


「飛行機やヨットを支えるジンバル(水平に保つ装置)や水槽やグリーン・スクリーン装置などをすべて含めたら、最終的に80近いセットになったと思う」と、製作のギルバート・アドラーは言う。「それは大変なことだったんだが、運よくほかの映画の撮影はおこなわれていなかったので、私たちが占領してすべて自分たちのスペースに変えてしまえたんだ。おかげで、日程的にもセット作りの面でもとても柔軟かつ創造的に撮影を進められた。セットを美術面でも機能面でもすばらしく仕上げるにはそれはとても重要なんだ」

ケント農場のように、「スーパーマン」の世界には本作に登場させたい、そして登場させる必要のある場所がほかにもあることをシンガーは知っていた。とりわけ、デイリー・プラネット社の内部、外観、屋上、そして、ファンのお気に入りでもある“孤独なる砦”がそれだ。「“孤独なる砦”は、リチャード・ドナー監督の『スーパーマン』でジョン・バリーが作った基本のデザインを僕たちがどう生かしたかを示すいい例だ」とシンガーは言う。「そして視覚効果技術の進歩でバリーのデザインをどうスケール・アップしたかもわかる」

ディアスは、ジョン・バリーがデザインした1978年版のセットにインスピレーションを受け、スーパーマンのために幅が約45メートル、奥行きは約40メートル、そして高さはおよそ3階建てに相当する“クリスタル・シップ”を作った。「このセットは、ドナー監督版でカル=エルを地球に運んだクリスタル・カプセルをわざと連想させるものだった」とディアスは言う。「でも、非常に進化しているし、僕たちが子供のころにやった科学実験を思い起こさせる。スーパーマンは独自の“クリスタル・テクノロジー”で宇宙船を作るんだが、その結果出来上がった宇宙船はとてもユニークで優雅なんだ。内部から光り、美しいと同時にこの世とは思えない不気味さがあってね。僕たちは同じような設計方法で“孤独なる砦”を作り、新しい技術のおかげで、クリスタルを使うアイデアを実行に移すときにはずっとすばらしいものにすることができた。例えば、“孤独なる砦”を1978年版のセットと同じく一方向からだけ見えるセットにするのではなく、360度見せられるものを作ったので、ブライアンは、このすばらしく広大な大聖堂のような建物の周囲をカメラでパンすることができたんだ。ほんとに壮観だったよ」

さて、メトロポリスのデイリー・プラネット社ビルについては、ニューヨークにある典型的なアール・デコ調のビルの多くのように、最新の取材方法、出版技術に合わせるため、長年の間になんらかの改装が施されているだろうという推論のもとに、ディアスはユニークなデザインを考えた。「ガイは、アール・デコ調の外観とロビーに、最新式のプラズマ・テレビとフラット・スクリーンのコンピューター・モニターを見事に融合させていた」とシンガーは賞賛を贈る。「ここでも新旧が組み合わされて時代を超越したものになった。スーパーマンのようにね」

デイリー・プラネット社のセットはデザインに6か月、建築に4か月、そして適切に照明をあてるのに1カ月かかった。「あのセット1つで、だいたいライト3000個とケーブル3万メートル分を使ったよ」とアドラーが思い返す。

「ブライアンはセットの細部にとことんこだわるタイプで、デイリー・プラネット社のビルについてもそうだったから、僕は想像力を思いっ切り遊ばせることができたんだ」とディアス。「撮影前の準備期間中の早い段階に、僕たちはリサーチとしてニューヨークにあるデイリー・ニューズ社ビルを訪ねた。1929年にレイモンド・フッドが設計したビルだ。あのすばらしいアメリカン・アール・デコ建築の時代は僕のデザイン、特にデイリー・プラネット社の編集室の内装に大きな影響を及ぼした。この映画は現代的にしたかったものの、僕は1930年代の幾何学模様、ガラス、そして大胆な色づかいからインスピレーションを受けたんだ」

それらの影響は、デイリー・プラネット社ビルや、そのにぎやかな広場の凝った装飾の外観にも見られる。ディアスはこう付け加える。「メトロポリスの空高くそびえるデイリー・プラネット社の屋上には、あの象徴的な回転する球体をそのまま付けておきたかった。ロマンティックなシーンのひとつで、これがとてもいい舞台になったんだよ」

本作のためにディアスが作ろうとした広場のセットは非常に大きかったため、フォックスのどのステージにも収まらなかった。そのため、異例ではあったが、彼らは2つの既存のサウンドステージの間にある道を利用し、このセットを屋外に作ることにした。「まさかと思うだろうけど、あのセットを屋外に建設したことですごくうまくいったんだ」とディアスは言う。「天気は最高だったし、近くの道にはタクシーやバスなんかを置くこともできた。それに、隣接するスペースをミニ・セントラル・パークに変身させ、地下鉄の駅も作ったんだ。この映画のなかでは、間違いなくいちばん大変なセットのひとつだったけど、とても見事に仕上がった」

ヨット“ガートルード号”のほかに、ディアスは本作ならではのセットを2つ作った。バンダーワース邸の地下に作られるための手の込んだ模型鉄道セットと、“ニュー・クリプトン”と呼ばれる巨大な島だ。「ニュー・クリプトンを表現する唯一の方法は、アリゾナ砂漠と北極海の海洋棚を足して2で割ったようなものを想像してもらうしかないかな」とディアスは言う。「そのデザインには、スーパーマンの世界で重要な意味をもつクリスタルのような形状を使った。スーパーマンの“孤独なる砦”を思わせるものだが、それに比べると光は少なく、色はほとんどないんだ」

「その一方で、鉄道模型セットは小さな運動場のようなもので、僕のスタッフは、超写実主義的な町と風景を創り出すために、無数の部品を組み立てるのをとても楽しんだ」とディアスは笑う。「細部については、ものすごく注意を払ったよ。というのも、レックス・ルーサーが、彼のクリスタル実験で鉄道模型セットを破壊するとき、それは彼が人類に対しておこなおうと目論んでいる破壊行為の隠喩だからだ。僕たちが作った鉄道模型セットは通常の基準から見るとすでに巨大だったんだけど、それをさらに大きく見せる必要があったため、それを置く地下室のセットを強制遠近法などの設計上の裏ワザを使って作ったんだ。例えば、地下室のコンクリートの柱は、セットの前面付近では間隔を離して建て、奥のほうではずっと狭い間隔で建てた。ミニチュア列車の車両もサイズの違う3種類を使い、いちばん大きいものを前面のカメラ近くに、小さいものを奥に配置した」とディアスは説明する。「あれだけ大きな鉄道模型セットをリアルに見せるにはものすごい数の部品が必要で、メルクリンというドイツの会社が気前よく協力してくれなければ、とてもできなかった。メルクリン社の鉄道模型の部品はとにかく精巧で、数カ月にわたり、彼らは数え切れないくらいの部品を送ってくれたんだ」

その鉄道模型セットの多くの飾りには、サボテンが並ぶアリゾナ砂漠、メトロポリスの輝くスカイライン、頂上が雪で覆われたスイス・アルプスの山並みなど、さまざまなものが含まれている。

さて、美術面と同じく、新旧の絶妙な融合が衣装にも取り入れられた。何よりもまず誰もが考えたのは、スーパーマンのコスチュームそのものだった。ブライアン・シンガーは本作での“スーパーマン・スーツ”に、長年にわたり文化に根ざしてきたあの象徴的なイメージを反映させるだけでなく、現代風の鋭さを加えたいと考えた。


「ブランドン・ラウスが初めて来た日を覚えてるわ」と衣装デザイナーのルイーズ・ミンゲンバックは言う。彼女はシンガーの『X-MEN』『X-MEN2』でも衣装を担当し、スーパーヒーローのコスチュームには縁が深い。「ブランドンは私に、『コスチュームは着心地のいいものでないと困るんだ。演技に集中したいから』と言ったの。私はもちろん無神経なつもりじゃなかったんだけど、笑ってしまって、『このコスチュームを着ているとき、あなたは人生でいちばん窮屈な思いをするの。スーパーヒーローでいることは楽じゃないし、“心地よさ”とは無縁の存在なのよ』と彼に教えてあげたの」

「でも、実際、可愛かった」とミンゲンバックは思い返す。「だって、あの時点では彼はまだ、自分が何を始めようとしているのかをわかってなかったんだもの」

その後の数カ月、ラウスが事実上、常に身に着けて暮らしたのは、青く染められた、体にピッタリした“ミリスキン”という布で、彼はその下に彼の体形に合わせて作られた“マッスル・スーツ”を着なければならなかった。「ミリスキンがとてもピッタリしていたので、ブランドンがものすごく苦労してつけた筋肉を押しつぶしてしまったの。だから、その代わりに彼に備わっている体の線を少し出すために、マッスル・スーツを開発しなければならなかったというわけ」とミンゲンバック。

コスチュームの有名な“S”の紋章は、ラテックスを型に入れたものをレリーフ加工し、その後無数の小さな“S”マークでレーザー加工したものでできている。マントの裏地はフランスに特注して作られたウール製。ぼかし染め加工が施されているため、マントの中央が鮮やかな赤になっている。そして、マントの表地は、「ゴムで覆われて、質感と重量感が出ている」とミンゲンバックは説明する。「だからわかるでしょ。肌にピッタリしたスーツを、2枚身に着け、45キロのマントを羽織るんだから、心地いいわけがないのよ」

スーパーマンとしてそのスーツで活躍するために、ラウスは徹底的な身体トレーニングを受けなければならなかったのだが、それは実は、彼がこの役を獲得したと知る前から始められていた。ロサンゼルスでは、グドニ・グンナルソンからトレーニングを受けた。「ロサンゼルスでの数カ月のトレーニングは、基本的に体を鍛える前の下準備という感じだったんだ」とラウス。「オーストラリアで待っているもっと厳しい負荷に僕の体を耐えられるようにするのが目的だった」

シドニーに到着すると、ラウスはオーストラリア人トレーナーのマイケル・ライアンから、人間がするとは思えないほどの厳しいトレーニングを受けた。「トレーニングは最初はキツかったし、結局、そのままずっとキツいままだったよ」とラウスは思い返す。「俳優というより、スポーツ選手のような気分になることが多かった。15メートルの空中でぶら下がったり、水深4.5メートルのところで息を止めていたり。なにしろあのキツキツのコスチュームを着ていたから、僕の体のあらゆる部分にものすごい圧力がかかった。そういうシーンを何日も続けて丸一日撮影したときは特にね。とても信じられないだろうけど、僕も僕の体もそれに慣れていったんだ」

1時間以上の過酷な重量挙げ、ランニング、そのあとで衣装合わせ、ヘアメイク・テスト、そしてカメラ・テスト ─ それが彼の平均的な一日だった。「僕は多くを学び、多くを達成し、自分に対してとても自信がもてた。それはすべて、専門知識や技術で僕を支えてくれたみんなのおかげだよ」



◆飛行物理とジェネシス・カメラ

リチャード・ドナーが『スーパーマン』を監督した1970年代に比べ、その当時はフィルムメーカーたちの夢でしかなかったレベルまで技術は進歩を遂げている。カメラと視覚効果技術のそんなすばらしい進歩のおかげで、ブライアン・シンガーは「人はほんとうに飛べると、またみんなが信じるようになる」と確信している。

シンガーとスタッフは、何よりも先に、スーパーマンと彼の世界の物理的特性を創り出そうとした。「ブランドン・ラウスと僕は独自の物理法則を確立し、それが飛ぶシーンの演出指針になった」とシンガーは言う。「例えば、飛行中の飛行機を捕まえるにはどれぐらいの負荷がかかるか、とか、いつ跳び上がり、いつ浮かぶか。また、スーパーマンは飛んでいるときにどんな手振りを使ってナビゲートするのか、などだ。ブランドンやスタント・コーディネーターたちと何度も話し合いを重ねたおかげで、また、技術そのもののおかげで、ブランドンはこれまでどんなスーパーマンも成しえなかったような飛び方ができたと思う」

「この映画で僕たちが使った最新技術は2年前には存在さえしていなかったんだよ」とシンガーは続ける。「視覚効果分野の進歩にはとにかく驚かされる。スパイダーマンのようなスーパーヒーローとは違い、スーパーマンの髪や顔は隠れていないため、彼の動きや個性は飛行中でさえ、露わになるんだ」


シンガーたちは、自由自在に飛べる男をリアルに捉えるため、スーパーマンのCG描写、スキャニング、そしてアニメーションと同じく、ラウスの実際の撮影にも、細部まで注意を払った。

本作で使われた最新式の機材で代表的なものは、おそらく、ソニーとパナビジョンが共同開発したジェネシス・デジタル・カメラだろう。『スーパーマン リターンズ』は、ジェネシス・カメラ・システムで完全に撮影された初の長編映画である。

「ジェネシス・カメラを使えるかもしれないというアイデアは、ブランドンの起用を決めたあとに浮かんだんだ」とシンガーは思い返す。「彼のスクリーン・テストは、当時は使う予定だったスーパー35ミリのフォーマットでおこない、面白半分に70ミリでも1回撮った。両方のカメラのフイルムを現像し、最初に35ミリを観たあとで映写機を70ミリに切り替えたんだ。70ミリの鮮明さ、深み、滑らかさがとてもすばらしかったので、35ミリと並べて映すと、35ミリのほうはまるで質の悪いフイルムを使って撮影したかのように見えた。それぐらい、この2つのフォーマットは違って見えたんだ」

「それで、僕たちは70ミリで撮影する方法を模索し始めた」とシンガーは説明する。「ところが、無数の理由で、70ミリでの撮影は非現実的であり、カメラの可動性やフィルム・ストックの点で、あまりにも制限がありすぎることがすぐにわかったんだ」

ちょうどそのころ、シンガーと長年組んでいる撮影監督ニュートン・トマス・シーゲルが、ソニーとパナビジョンが新しいジェネシス・カメラを開発したことを彼に教えた。「そのころ、ジェネシス・カメラはロサンゼルスに1台しかなかったと思う。それで、僕たちはブランドンの衣装テストをジェネシスで撮ったんだ」とシンガーは思い返す。「僕たちはこれほど徹底的な比較はないといっていいことをやった。ジェネシス・カメラであらゆることを試したんだ。照明を変えたり、夜、真昼、晩、朝、と時間も変えたり、屋内で撮ったり、衣装を着け、ヘアメイクをして撮ったり……。そして、シーゲルとふたりだけで試写室にこもり、すべてのテスト映像を観て、比較検討した結果、全編をジェネシス・カメラ・システムで撮影してみようと決めたんだ」

そして、本作で使うために、さらにカメラが組み立てられた。「オーストラリアでジェネシスが必要になるころには、確か1〜2台確保していたはずだ」とシンガーは言う。「撮影開始から2カ月後ぐらいには、8〜10台使えるようになっていた」

「ソニーとパナビジョンは、フィルムの特性曲線や色空間を機能させるカメラとカメラ・システムを作るために懸命に努力したんだ」とシーゲルは言う。「だから、照明デザインの面からはそんなに大きな違いはない。加工されていないジェネシスの映像はいくぶん平坦に見えるので、全体を一度に補修するよりは、カラリストに渡す参考用スチールに基づき、段階的なラッシュを補修することにした。そうすることによって、僕たちは自ら限界を認識し、最終的な映像を作るための編集段階で何ができるかを考え始めた。思わぬ利点だったのは、すべての視覚効果工房に、僕たちの意図する最終映像を具体的に理解してもらうことができたという点だ。それは彼らが効果を創るうえで非常に役立った。本作のような映画では、映像の統一感を出すため、視覚効果部門と密にコミュニケーションをとることが非常に重要だからね」

ジェネシス・カメラ・システムの利用は、本作の制作上のキーワードである“新旧の融合”のまた別の例でもある。「僕はとても伝統的な映画制作の道を歩んできた」とシンガーは言う。「だから、フイルムで撮影するのが好きなんだ。シーゲルも撮影監督でカメラ・オペレーターだから、デジタルでの撮影は彼にとっても僕にとっても、まったく新しい手法だった。本作では僕の過去のどの映画よりも多くワイド・レンズを使い、大きなフレーミングをとった。フレームに収める範囲がとても大きかったからだ。ケント農場で撮影した最初の数日分の映像を観たとき、シーゲルも僕も、これはとてつもなくゴージャスに見える映画になると確信したよ」



◆『Superman Returns : An IMAX 3D Experience』
新たな映像革命


『Superman Returns: An IMAX 3D Experience』は、2DからIMAXR3Dへ選抜されたシーンが変換される世界初の実写長編映画となる。実写映画を2Dから3Dに変換するIMAXの革新的なテクノロジーにより、『スーパーマン リターンズ』のおよそ20分が3Dへ変換される。映画の全編は、独占的なIMAX DMRR(デジタル・リマスタリング)テクノロジーをもつThe IMAX Experienceの圧倒的な画質と音響にデジタル・リマスターされることになる。

三次元になることによって、『スーパーマン リターンズ』のすでに驚異的なまでに鮮明な映像がまさにスクリーンから飛び出してくるような、真にユニークな体験を観客に与えることになる。本作のIMAX 3Dバージョンでは、映画館の中だけでなく、映画そのものの中に入り込んだような感覚を体験できるのだ。

「IMAX 3Dに変換されたテスト・シーンは、映像も音響も印象もとにかくすばらしいよ」と『スーパーマン リターンズ』のブライアン・シンガー監督は言う。「IMAX 3Dの魔法によって観客はこの映画のストーリーに包まれ、まったく新しく、ユニークな方法で感情、ドラマ、そしてサスペンスを体験できるんだ」

『Superman Returns : An IMAX 3D Experience』は6月から世界中のIMAX Rシアターで上映される。本作は、2003年以降ワーナー・ブラザース映画によりIMAXシアターで上映される映画の10作目。これまで、『マトリックス リローデッド』『マトリックス レボリューションズ』(共に2003)、『ポーラー・エクスプレス』『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(共に2004)、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』『バットマン ビギンズ』『チャーリーとチョコレート工場』(いずれも2005)、『Vフォー・ヴェンデッタ』『ポセイドン』(共に2006)がIMAX DMRで上映され、成功を収めてきた。ワーナー・ブラザース映画はそのほかに、『NASCAR 3D : The IMAX Experience』(2004)と『Deep Sea 3D : The IMAX Experience』(2006)の2本のオリジナルIMAX 3D映画を公開している。

IMAXの2D実写映像を3Dに変換するプロセスは、人間の目と脳が一緒に働いて我々が生きる三次元世界を自然に作り出す機能に基づいている。ほとんどの人間は、物を2つの目で見ており、両方の目は自動的に1つの中心点に焦点を合わせるのだが、かすかに異なる2つの視点から見ている。それにより、2つの異なる像ができ、それを脳が融合させて、我々がその中で物を見る三次元の奥行きを作り出すのだ。

IMAX 3Dはこの自然なプロセスを利用している。IMAX 3D映画は、同時にスクリーンに映し出される映画の2つの別々のストリップ(1コマずつ見せるための映写用フィルム)から実際はできている。1つは右目の視点から、もう1つは左目の視点から捉えられた映像だ。特別なIMAX 3Dメガネがこれらの映像を分け、見ている人の左は左に映された映像だけ、右目では右側の映像だけを見られるようにする。それによって、脳は2つの映像を融合させ、三次元映像を作り出し、それがスクリーンから劇場に飛び出してくるよう見えるのである。

世界にはIMAX 3Dに匹敵する3Dテクノロジーは何もない。IMAXの劇場配置、スクリーン、画質、音響、そしてThe IMAX Experienceのそのほかの要素が観客をIMAX 3D映画の中に連れて行く ─ それは、コンピューター上であろうと、従来の映画館の観客席であろうと、ほかのどの3D上映方式ででも再現することのできない特別な体験だ。IMAX 3Dは映画にただ奥行きを加えるだけでなく、観客と映画の関係を完全に変えるということを利用者は理解するはずだ。

『スーパーマン リターンズ』はもともと2Dで撮影されており、それはつまり単一視点としてのみ存在したということだ。その映画をIMAX 3Dに変換するためには、第二の視点、あるいは“セカンド・アイ”を作らなければならなかった。セカンド・アイは、スリー・ディメンショナル・メディア・グループ・リミテッドからライセンスされ、デイビッド・M・ゲシュウインドが考案したテクノロジーを含む、IMAXコーポレーションの独占的な2Dから3Dへの変換テクノロジーを使うことで作り出すことができる。このテクノロジーは、三次元空間を正確に描き、再現するための現実世界の計算によって達成できる。

左目と右目の映像はIMAX DMRテクノロジーを使ってIMAXのフォーマットにデジタル・リマスターされ、15/70フィルムの2つのプリントに収録されて、世界で最もリアルで臨場感たっぷりの体験ができるようにIMAX 3Dで映写される。鮮明で並外れた3D映像とすばらしい最新式デジタル・サラウンド・サウンドで、観客はあたかも映画の中に入り込んだ気分が味わえるのだ。

IMAX 3Dプロジェクターは、15/70フィルムのそれぞれの目のための2つのストリップを同時に特別な銀のIMAX 3Dスクリーンに映写する。偏光のIMAX 3Dメガネが右目用の映像を右目に、左目用の映像を左目に送り込む。

IMAXで使われる15/70のフィルム・フォーマットは、従来の35ミリ・フィルムの10倍、標準的70ミリの3倍の大きさ。ユニークなIMAXの映写テクノロジーと組み合わされた15/70というフィルム・フレームこそが、IMAXシアターで上映される映画の非常にシャープで鮮明な映像のカギだ。

IMAXシアターは特別に設計され、観客は視界を遮られることなく、臨場感たっぷりの映像を楽しめる。やはり特別に設計されたIMAX 3Dスクリーンなら、もっと小さなフォーマットの3Dシステムでの端を切られてしまうような不愉快さはない。IMAXスクリーンは、特殊な高性能メタリック塗装が施されており、視界の周辺視野を超えるところまであり、かすかに屈曲している。このため、観客の臨場感をいっそう高めるのだ。そして映像は、独自仕様のマルチチャンネル・デジタル・サラウンド・システムから出る明瞭で伸びやかな音響で完ぺきなものになっている。

1967年に創立されたIMAXコーポレーションは、世界のエンターテイメント・テクノロジー業界で代表的な企業のひとつで、ハリウッド映画にとって最も新しい配信ウインドウである。IMAX社は、独自に開発したIMAX、IMAX 3D、IMAX DMRテクノロジーを使った世界で最高の映画上映システムを提供する。IMAX DMR(デジタル・リマスタリング)により、事実上、どんな35ミリ・フィルムでも、The IMAX Experienceの比類なき画質と音質に変換することができる。IMAXブランドはケタ外れに優れ、臨場感あふれるエンターテイメント体験を提供するものとして世界中で認識されている。2005年12月31日の時点で、世界38か国で266のIMAXシアターが運営されていた。



 


【ストーリー】

愛する人にさえ正体を打ち明けられない苦悩から、自分の居場所を求めて、ある日、忽然と姿を消したスーパーマンことクラーク・ケント(ブランドン・ラウス)は、宇宙をめぐる旅の果てに、自分にとっての故郷はやはり地球しかないと悟り、5年ぶりに"故郷"へと戻ってきた。

しかし、彼のいない5年の間に、地球ではいったい何が起こっていたか ─ ?


メトロポリスでは犯罪が急増、不倶戴天の宿敵レックス・ルーサー(ケビン・スペイシー)も、まんまと刑務所を抜け出し、当然のようにその悪辣さに磨きをかけていた。全人類を標的に据えた破壊計画は、まさに秒読み段階。地球の危機はすぐそこまで迫っていた。

一方、永遠の恋人ロイス(ケイト・ボスワース)には、なんと婚約者が出現。そればかりか、その婚約者を「パパ」と呼ぶ幼い息子まで抱えていたのだ! しかも、デイリー・プラネットの花形記者として着々とキャリアを積んできた彼女が、ビュリッツァー賞を受賞したという著書のタイトルは、「なぜ世界はスーパーマンを必要としないか」 ─ 彼女は、そして世界は、もう本当に自分を必要としていないのだろうか?


そんな折り、レックス・ルーサーの企みによって、早くも発生した緊急事態。ロイスを乗せた飛行機が墜落の危機にあることを知り、クラーク・ケントは、スーツを脱いで飛び立った!

「あれは、何だ?」 ─ 空を見上げた人々が、スーパーマンの復活を知ったその瞬間、さらなる死闘の予感をはらんで、新たなる伝説が始まりを告げた……。





 


【キャスト&スタッフ】

■ブランドン・ラウス(カル=エル/クラーク・ケント/スーパーマン)

1979年10月9日、アイオワ州デモインに生まれる(デモインから160キロほど北上すると、TVの初代スーパーマン、ジョージ・リーブスの故郷ウールストックがある)。身長はおよそ1メートル90センチ。スポーツマンだった高校時代は水泳とサッカーに励むかたわら、高校演劇にも参加。その後、アイオワ大学を1年で中退し、俳優をめざしてハリウッドへ渡った。

1999年、米ABC放送のホームドラマ「Odd Man Out」で初の大役を得る。2000年のTVシリーズ「Gilmore Girls」を経て、米ABC放送の昼のドラマ「One Life to Live」でレギュラーを獲得し、2001〜2002年にかけてセス・アンダーソン役を務めた。このほか、米CBS放送の犯罪ドラマ「コールドケース迷宮事件簿」、米NBC放送のコメディ・シリーズ「ふたりは友達? ウィル&グレイス」、米フォックス放送「I☆ Love!オリバー」に顔を見せている。

今回は、ブライアン・シンガー監督の強い推薦を受けてスーパーマン役に大抜擢され、故クリストファー・リーブが演じた“鋼鉄の男”に代わるニューフェイスとして期待が集まっている。ワーナー・ブラザース映画では「スーパーマン」シリーズ再開に向けて10年がかりで本作の実現に取り組み、オーストラリア、アメリカ、カナダで大がかりなオーディションを実施。当時25歳だったラウスは原作のスーパーマンに顔立ちがよく似ていたこと、中西部の出身であったことなどから、アメリカン・ヒーローを演じるにふさわしいと判断され、シンガー監督に起用された。



■ケイト・ボスワース(ロイス・レイン)

アイドルから実力派へと成長した旬の女優。近年では、本作のケビン・スペイシーが監督・脚本・製作・主演を兼ねた『ビヨンド the シー/夢見るように歌えば』(2004)で、スペイシー扮するボビー・ダーリンの恋人サンドラ・ディーを好演した。

14歳のとき、ロバート・レッドフォード監督『モンタナの風に抱かれて』(1998)でスクリーンにデビュー。以来、ジェリー・ブラッカイマー製作、デンゼル・ワシントン共演『タイタンズを忘れない』(2000)、ロジャー・エイバリー監督『ルールズ・オブ・アトラクション』、ジョン・ストックウェル監督『ブルークラッシュ』(共に2002)、ヴァル・キルマー共演『ワンダーランド』(2003)、ロバート・ルケティック監督『アイドルとデートする方法』(2004/未)、リチャード・ギア共演『綴り字のシーズン』(2005)、TV初出演となったシリーズ「Young Americans」などに顔を見せている。



■ジェームズ・マーズデン(リチャード・ホワイト)

守備範囲の広さで知られ、ハリウッドでも異彩を放つ性格俳優。近年では、ブライアン・シンガー監督の『X-MEN』(2000)と『X-MEN2』(2003)、ブレット・ラトナー監督『X-MEN ファイナル ディシジョン』(2006)のスコット・サマーズ、サイクロプス役でおなじみ。マーベル社のコミックを原作にしたこのシリーズは、マーズデンほか、パトリック・スチュアート、レベッカ・ロミジン、ハル・ベリー、ファムケ・ヤンセン、アンナ・パキン、イアン・マッケランをメインキャストに迎え、世界的ヒットを記録している。ほかの出演作に、トニー・ピーチリーロ監督『The 24th Day』(2004)、ケイティ・ホームズ、ニック・スタール共演『洗脳』(1998/未)、デイビス・グッゲンハイム監督『ゴシップ』(2000/ケイト・ハドソン共演)、フランシス・マクドゥガル監督『クライムチアーズ』(2001/未/ミーナ・スバーリ、マーリー・シェルトン共演)、『アメージング・ハイウェイ60』(2002/未/ゲイリー・オールドマン、クリス・クーパー、アン=マーグレット、エイミー・スマート、クリストファー・ロイド共演)、ニック・カサベテス監督『きみに読む物語』(2004/レイチェル・マクアダムス、ジェイムズ・ガーナー、ジーナ・ローランズ、ジョーン・アレン、ライアン・ゴズリング共演)など。マーシャント・アイボリー監督の近作『Heights』(2004)ではグレン・クローズやエリザベス・バンクスと共演し、複雑な人間関係に悩む女性ジャーナリストのフィアンセに扮した。

TV俳優としては、エミー賞に輝く人気シリーズ「アリー・myラブ」の最終シーズンでグレン・フロイ役を演じて好評を博した。

本作に続いては、ケビン・リーマ監督『Enchanted』が控える。この作品は実写とCGアニメーションを合成したロマンチック・ストーリーで、共演にスーザン・サランドン、エイミー・アダムス、イディーナ・メンゼル、パトリック・デンプシーが予定されている。また、インディペンデント作品の『10th and Wolf』と『The Alibi』も公開待機中。前者では抗争事件に巻き込まれ、刑務所行きより兵役を選ぶマフィアに扮する。後者は不倫関係の男女にアリバイを売る男(スティーブ・クーガン)が主人公の物語。このなかでマーズデンは不倫旅行中に愛人を殺害してしまうウェンドール・ハッチ役を演じる。

現在は、妻と子供二人とともにロサンゼルスに在住。



■フランク・ランジェラ(ペリー・ホワイト)

映画、舞台、TVで半世紀近く活躍するベテラン俳優。受賞歴も豊富で、トニー賞2回、ドラマデスク賞5回、オビー賞3回、アウター・クリティックス・サークル賞2回、ドラマリーグ賞とナショナル・ボード・オブ・レビュー賞各1回に輝き、ゴールデングローブ賞で2度、エミー賞で1度ノミネートされた。

主な映画の出演作に、『Those Lips, Those Eyes』『The Twelve Chairs』、『わが愛は消えうせて』(1970)、『ドラキュラ』(1979)、『1492・コロンブス』(1992)、『デーヴ』(1993)、『ブラック・プロジェクト/アメリカを震撼させた男』(1994/未)、『ロリータ』(1997)、『TABOO タブー』(1998/未)、『ナインスゲート』(1999)、『グッドナイト&グッドラック』(2005)、2007年公開予定のアンドリュー・ワグナー監督『Starting Out in the Evening』など。

TVでは米HBO放送の「Unscripted」、米ショータイム放送「Monkey House」、米ABC放送「The Beast」、米PBS放送「The Seagull」と「Eccentricities of a Nightingale」ほか多数出演。ブロードウェイ作品では「Match」「Fortune's Fool」「The Father」「Present Laughter」「Amadeus」「Hurlyburly」「Passion」「Seascape」「Design for Living」「Sherlock's Last Case」「Dracula」「A Cry of Players」「Yerma」、オフブロードウェイ作品では「Cyrano」「After the Fall」「The Old Glory-Benito Cereno」「The White Devil」「The Prince of Homborg」「The Immoralist」「Booth」で好演。地方劇団の作品では、「Les Liaisons Dangereuses」「Ring Round the Moon」「The Devils」「A Man for All Seasons」「My Fair Lady」「The Tooth of Crime」「Scenes from an Execution」がある。



■エヴァ・マリー・セイント(マーサ・ケント)

マーロン・ブランドの相手役を務めたデビュー作『波止場』(1954)で早くも米アカデミー賞を受賞。その後も、『All Fall Down』『Loving』、『すてきな気持』(1956)、『夜を逃れて』『愛情の花咲く樹』(共に1957)、『北北西に進路を取れ』(1959)、『栄光への脱出』(1960)、『グラン・プリ』『アメリカ上陸作戦』(共に1966)、『レッド・ムーン』(1968)、『恋のじゃま者』(1986)、『サンタに化けたヒッチハイカーは、なぜ家をめざすのか?』(1998/未)、『永遠のアフリカ』(2000/未)などで名演を見せている。最近では、ヴィム・ヴェンダース監督『アメリカ、家族のいる風景』(2005)でサム・シェパードやジェシカ・ラングと、ウェイン・ワン監督『きいてほしいの、あたしのこと ウィン・ディキシーのいた夏』(2005/未)でジェフ・ダニエルズ、シシリー・タイソン、デイブ・マシューズと共演した。

ニューヨーク州デルマーに生まれ、教師をめざしてオハイオ州のボーリング・グリーン州立大学に進学。在学中に度胸だめしのつもりで出演した校内の演劇で主演女優賞を射止め、一転して女優を志すようになった。のちに、ボーリング・グリーン州立大学はマリー・セイントに名誉博士号を贈り、キャンパス内の劇場をエヴァ・マリー・セイント劇場と改名した。

大学卒業後はニューヨークへ出て、アメリカン・シアター・ウィングやリー・ストラスバーグ主宰のアクターズ・スタジオに入団して、演技の腕を磨く。TVの全盛期には数々のドラマや生番組に出演。「Philco Playhouse」で初のエミー賞にノミネートされ、ミュージカルの生番組「Our Town」(ソーントン・ワイルダー作/フランク・シナトラ、ポール・ニューマン共演)でエミリー役を演じて見事な歌声を披露し、2度目のエミー賞にノミネートされる。その後も、ホールマーク社提供の「Taxi」、ミニシリーズ「How the West Was Won」でエミー賞候補となり、ミニシリーズ「People Like Us」で念願の同賞に輝いた。このほかTVの出演作に、シビル・シェパードの母親に扮した「こちらブルームーン探偵社」、ミニシリーズ「ザ・タイタニック」、「ジョージ・C・スコット/パットン将軍最後の日々」「恐怖の航海/マキレ・ラウロ号事件」「君だけを見つめて……」「愛する人々」「疑惑」「Time To Say Goodbye?」「The Klooster Family Story」「Jackie's Back」「When Hell Was In Session」「Best Little Girl In The World」「Where's Jimmy」「Open House」「A Christmas to Remember」「Breaking Home Ties」など。また、ドキュメンタリー番組の「Primary Colors: The Story of Corita」と「Children in America’s School」では夫で監督のジェフリー・ヘイデンとともにプロデュースを担当。前者ではナレーターを務め、後者ではジャーナリストのビル・モイヤーズと共演した。

舞台女優としては、ブロードウェイ作品「バウンティフルへの旅」で演劇批評家協会賞とアウター・クリティックス・サークル賞を受賞。このときの名演がエリア・カザン監督の目に止まり、前出の『波止場』に起用された。このほか、ニューヨークで上演された「The Lincoln Mask」「Duet For One」をはじめ、全米各地の舞台に出演している。



■パーカー・ポージー(キティ・コワルスキー)

『ストーム』(1997/未)でサンダンス映画祭の特別審査員賞を受賞。レベッカ・ミラー監督『Personal Velocity: Three Portraits』でインディペンデント・スピリット賞に、シャーリー・マクレーン共演「Hell on Heels: The Battle of Mary Kay」(共に2002)でゴールデングローブ賞にノミネートされた。ほかの出演作に、リチャード・リンクレイター監督の『バッド・チューニング』(1993/未)と『Suburbia』(1996)、『Clockwatchers』(1997)、ノーラ・エフロン監督『ユー・ガット・メール』(1998)、ウェス・クレイブン監督『スクリーム3』(2000)、『アニバーサリーの夜に』(2001)等がある。また、ハル・ハートリー監督とは『愛・アマチュア』(1994)、『FLIRT/フラート』(1995)、新作『Fay Grim』で、クリストファー・ゲスト監督とは『Waiting For Guffman』(1996)、『ドッグ・ショウ!』(2000)、『みんなのうた』(2003)、新作『For Your Consideration』で組んでいる。次回作として、『The Oh in Ohio』が公開を控える。

舞台女優としては、ロサンゼルスで上演されたジョン・パトリック・シャンレー作「Four Dogs and a Bone」、ブロードウェイで上演されたエレイン・メイ作「Taller Than A Dwarf」に出演したほか、ランフォード・ウィルソン作「Fifth of July」でルシール・ローテル賞にノミネートされ、デイビッド・レイブ作「Hurlyburly」で同賞を受賞した。



■サム・ハンティントン(ジミー・オルセン)

ハリウッドの若手実力派俳優。9歳から地元ニューハンプシャー州の名門劇団ピーターバラ・プレイヤーズに所属し、舞台版「アラバマ物語」のジェム役を4シーズンにわたって務めた。

映画作品では、ティム・アレン/マーティン・ショート共演の『ジャングル2ジャングル』(1997)でミミ・シク役を、エドワード・ファーロング共演『デトロイト・ロック・シティ』(1999)でジャム役を好演。新作『Fanboys』(クリステン・ベル、クリス・マルケット、ダン・フォグラー、ジェイ・バルーチェル共演)では車のセールスマン、エリック役で出演。余命わずかな友人の最後の望み ─ 公開前の『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』をジョージ・ルーカスの自宅兼映画工房スカイウォーカー・ランチで観ること ─ をかなえるべく、3人の友人と車で旅に出る役どころに扮している。ほかの出演作、『Not Another Teen Movie』(2001/オックス役)、トーマス・ヘイデン・チャーチ監督『Rolling Kansas』(2003/ディンカドゥー・マーフィー役)など。



■カル・ペン(スタンフォード)

ハリウッド期待の新進俳優。インディペンデント映画『Harold and Kumar Go to White Castle』のクマー役でMTVムービー・アワードにノミネートされた。本作に続いては、アクション大作『Crash Bandits』でジョン・マクティアナン監督やヘイデン・クリステンセンと組み、南アフリカでロケを行う予定だ。

ニュージャージー州出身。近隣のニューヨークへ演技修業に通い、ジョージ・ストリート・プレイハウス、アトランティック・シアター・カンパニー、ニュージャージー州立芸術学校、ルトガー大学サマー芸術学院に学ぶ。フリーホールド公立高校附属の演劇学校を卒業後、UCLAの演劇・映画・TV学校に進学し、在学中から映画やTVに出演した。

映画の主な出演作に、ジェイミー・ケネディ共演『お坊ちゃまはラッパー志望』(2003/未)、ジョン・レグイザモ/エリザベス・ペーニャ共演『スウェー★ニョ』(2005/未)、『マスク2』(2005)、ミラ・ネーア監督『The Namesake』(ピュリッツァー賞受賞作家ジュンパ・ラヒリ原作)、コメディ『Bachelor Party Vegas 』、マイク・ビンダー監督/ベン・アフレック共演『Man About Town』(いずれも2006)、アシュトン・カッチャー/アマンダ・ピート共演『A Lot Like Love』、ミミ・ロジャース/エリック・エイバリー共演『Dancing in Twilight』、リサ・レイ共演『Arrangement』(共に2005)、ニック・キャノン/クリスティーナ・ミラン/スティーブ・ハーベイ共演『Love Don't Cost a Thing』、数々の映画賞受賞作『American Made』(共に2003)、タージ役で出演の『Van Wilder』(2002/ライアン・レイノルズ、タラ・リード、ティム・マシソン共演)、異文化交流を描いたロマンチック・コメディ『American Desi』(2001)、トム・ヒューアン監督『Freshmen』(1999)など。

TVでは、「スピン・シティ」「バフィー〜恋する十字架〜」「サブリナ」「The Steve Harvey Show」ほか、エミー賞に輝く米HBO放送のTV映画「Express: Aisle to Glory」に顔を見せた。米ABC放送/タッチストーン制作「Brookfield」を経て、2001〜2002年では「NYPDブルー」「ER/緊急救命室」「CIA:ザ・エージェンシー」「Angel」等の人気シリーズにゲスト出演。また、バラエティー番組「サタデー・ナイト・ライブ」の放送作家3人(アンディ・サムバーグ、ジョルマ・タコーネ、アキバ・シェイファー)が主宰するロンリー・アイランドの作品にたびたび顔を見せている。

現在はニューヨーク市在住。



■ケビン・スペイシー(レックス・ルーサー)

中学時代から演劇に打ち込み、ジュリアード演劇院に学ぶ。ジョセフ・パップ率いるセントラル・パーク制作「ヘンリー四世 第一部」で初舞台を踏んだ。

映画俳優としては、ジョージ・スティーブンスJr.製作『七十年目の審判』(1988/未/ジャック・レモン共演)、ゲイリー・デイビッド・ゴールドバーグ監督『晩秋』(1989)、デイビッド・マメット原作『摩天楼を夢見て』(1992/アル・パチーノ、エド・ハリス、アレック・ボールドウィン共演)、殺人鬼ジョン・ドーを演じたデイビッド・フィンチャー監督『セブン』(1995)を経て、ブライアン・シンガー監督『ユージュアル・サスペクツ』(1995)とオスカー受賞作『アメリカン・ビューティー』(1999)で性格俳優としての地位を確立。両作で米アカデミー賞に輝き、後者では全米俳優協会賞と英アカデミー賞も受賞した。ほかの出演作に、バディ・アッカーマンに扮した『ザ・プロデューサー』(1995/ジョージ・ホアン監督)、『アル・パチーノのリチャードを探して』(1996)、『L.A.コンフィデンシャル』『真夜中のサバナ』(共に1997)、『交渉人』『キャスティング・ディクレター』(共に1998)、『シッピング・ニュース』『光の旅人/K-PAX』(共に2001)、『ライフ・オブ・デビッド・ゲイル』(2003)など。1996年のミラマックス作品『アルビノ・アリゲーター』では監督業にも進出し、マット・ディロン、ゲイリー・シニーズ、フェイ・ダナウェイ、ビゴ・モーテンセンをメインキャストに起用。最新監督作『ビヨンド the シー/夢見るように歌えば』(2004)では監督・製作・脚本・主演を兼ね、急逝した天才エンターテイナーのボビー・ダーリンに扮して、本作のケイト・ボスワースと初共演。この役でゴールデングローブ賞にノミネートされ、スペイシーが歌うサウンドトラックはグラミー賞候補にあがった。

TV作品では、犯罪ドラマシリーズ「ダーティ・ブル」の7話やTV映画「告発弁護人」で好演した。

舞台俳優としては、演出家ジョナサン・ミラーに抜擢されて、1986年のブロードウェイ作品「Long Day's Journey into Night」(ユージーン・オニール作、ジャック・レモン共演)に出演。不肖の息子ジェイミー・タイソン役で一躍注目を集め、ロンドンのヘイマーケット・シアターでも公演を行う。以降、ベン役を得た「National Anthems 」(ロングワーフ/オールド・ビクにて上演)、トレプロフ役を得た「かもめ」(ケネディ・センターにて上演) 、ポール役で出演したバリー・キーフ作「Barbarians」(ソーホー・レパートリーにて上演)、アソル・ヒューガード作「Playland」(マンハッタン・シアター・クラブにて上演)等で好演したほか、 ニール・サイモン作「ヨンカーズ物語」のルイーズおじさん役で1991年度トニー賞の助演男優賞に輝いた。

1997年にはトリガー・ストリート・プロダクションズを設立。翌年に、同プロダクション制作/ユージーン・オニール作「氷人来たる」(ハワード・デイビス演出)で久々に舞台に復帰する。同作は、ロンドンのアルメイダ・シアターからオールド・ビク・シアターを経て、ブロードウェイに上陸し、チケット完売の大ヒットを記録。このなかでヒッキー役に扮したスペイシーはトニー賞候補となり、イブニング・スタンダード賞とローレンス・オリビエ賞を受賞した。トリガー・プロダクションズではオフブロードウェイ作品「Cobb」(リー・ブレッシング作/ルシール・ローテル・シアターにて上演)ほか、映画作品もプロデュース。その主なものに、ドン・チードル/ライアン・ゴスリング共演『16歳の合衆国』(2002)、スラムダンス映画祭とアスペン・コメディ映画祭で受賞した『The Sasquatch Dumpling Gang』がある。また、同プロダクションのインディペンデント映画部門は、ボブ・バラバン監督『Bernard and Doris』(スーザン・サランドン、レイフ・ファインズ共演)、ティモシー・デイリー主演『Mr.Gibb』、コメディ・アドベンチャー『Fanboys』を製作。今夏にクランクインするロバート・ルケティック監督『21』は、ベン・メズリック著「ラス・ヴェガスをブッつぶせ!」を原作とし、ラスベガスでトランプ詐欺を働いて大儲けをした大学生たちの実話を描く。

2002年11月には、経営パートナーのデイナ・ブルーネッティと共同でウェブサイトのTriggerStreet.comを立ち上げ、新進の映像作家や脚本家を支援している。バドワイザーやリアル・ネットワークスをスポンサーに迎え、わずか3年間で登録ユーザーは15万人を突破。短編映画のコンペティションに入賞した上位10作品はトライベッカ、サンダンス、トロントなどの主要映画祭で上映されることが約束されている。

現在は、ロンドンのオールド・ビク劇団で芸術監督を務めている。同劇団ではこの1年半でイアン・マッケラン主演「Panto Aladdin」、デニス・マキンタイアー作「National Anthems」(メアリー・スチュアート・マスターソン主演/デイビッド・グリンドリー演出)、ジェリー・ザックス演出「フィラデルフィア物語」(ジェニファー・エイル主演)、トレバー・ナン演出「A Soldier's Tale」(英国とイラクの俳優、ミュージシャンが多数出演)、ロバート・アルトマン演出「Resurrection Blues」(アーサー・ミラー作/マキシミリア・シェル、マシュー・モディーン共演)を制作。スペイシーは芸術監督に加え、「Cloacaca」で演出も兼任。今年9月に幕を開ける「A Moon for the Misbegotten」(ユージーン・オニール作)では主演を務め、前出「氷人来たる」のハワード・デイビスや美術チームと再度組む予定だ。



■ブライアン・シンガー(監督/製作/ストーリー設定)

サンダンス映画祭でグランプリに輝いた『パブリック・アクセス』(1993)から、人気コミックを映画化したヒットシリーズ『X-MEN』(2000)と『X-MEN2』(2003)に至るまで、緻密なキャラクター描写と大胆なビジュアル・スタイルで評価を得てきた。

1994年に、映画/TV/ゲームソフトの制作会社バッド・ハット・ハリー・プロダクションズを設立。それ以降の監督作はすべてここで製作している。その第一回作品『ユージュアル・サスペクツ』(1995)はベニチオ・デル・トロ、ガブリエル・バーン、ケビン・ポラック、ケビン・スペイシーをメインキャストに迎え、英アカデミー賞の作品賞候補となり、米アカデミー賞の助演男優賞(ケビン・スペイシー)とオリジナル脚本賞(クリストファー・マッカリー)を受賞。続く『ゴールデンボーイ』(1998)ではスティーブン・キングの小説を原作とし、名優イアン・マッケランを主演に起用した。

2000年には、40年の歴史をもつ人気コミックを映画化した『X-MEN』(2000)を発表し、世界的なヒットに導く。同作はヒュー・ジャックマン、ハル・ベリー、アンナ・パキン、イアン・マッケラン、パトリック・スチュアート、ジェームズ・マーズデン、ファムケ・ヤンセン、レベッカ・ロミジンら豪華キャストを迎え、SFとアクション・アドベンチャーの要素をみごとに融合。コミックファンと映画ファンの両方をうならせた。その続編『X-MEN2』(2003)は映画史上初めて93の国と地域で同時公開され、1作目をしのぐヒットを記録。両作をあわせた興行収入は10億ドルを突破した。

TV作品では、医学界を舞台にしたドラマシリーズ「ハウス」で製作総指揮を務め、パイロット版では演出も担当。2004年から始まったこのシリーズは、2005年度エミー賞で主演男優賞(ヒュー・ローリー)、脚本賞(原案と製作総指揮を兼ねるデイビッド・ショア)を含む5部門を制覇。同年のゴールデングローブ賞でもTVシリーズ部門の最優秀男優賞を獲得した。このシリーズは現在でも高い視聴率をキープしており、第一、第二シーズンとも視聴率ランキングのトップ10入りを果たす。全米では毎週平均1900万人が視聴している計算で、最近では海外でも放映されている。このほかのTV作品に、2005年12月に放送されたサイファイ・チャンネルのミニシリーズ「The Triangle」、現在制作中の長編ドキュメンタリー「Look, Up in the Sky: The Amazing Story of Superman」がある。



■マイケル・ドアティー(脚本/ストーリー設定)

オハイオ州コロンブスに生まれ、ニューヨーク大学で映画を専攻する。ブライアン・シンガー監督『X-MEN2』(2003)でも本作のダン・ハリスと組んで脚本を担当した。同作はパトリック・スチュアート、ヒュー・ジャックマン、ハル・ベリー、イアン・マッケランを主演に迎え、全世界で4億1500万ドルを超える興行成績を記録。ドアティーはダン・ハリスとともに、バラエティ誌の“注目の脚本家10人”にエントリーした。

本作に続いては、ベストセラー小説「I, Lucifer」の映画化作品(ダン・ハリス監督)で脚色を担当するほか、ブライアン・シンガー製作のホラー映画『Trick or Treat』で監督業にも進出する予定だ。

脚本家以外にもアニメーター、イラストレーターとして才能を発揮。担当したアニメーション作品はMTV、サイファイ・チャンネル、G4TV、スパイク&マイクのアニメーション映画祭で放映、上映され、イラストレーション作品はノーブルワークスのカードに採用されている。また、ブライアン・シンガーやダン・ハリスと共同で、本作や「X-MEN」シリーズの関連コミックを制作している。

現在はロサンゼルス在住。



■ダン・ハリス(脚本/ストーリー設定)

脚本家/監督として幅広いジャンルの作品を手がけている。

ペンシルベニア州出身。17歳のとき、制作アシスタントを務めていた撮影現場でウディ・アレンの投げたテニスボールに当たり、それ以来、映像作家になることをめざしてきたという。コロンビア大学在学中に短編映画『Urban Chaos Theory』を製作し、ノーダンス映画祭のグランプリを受賞。続いて発表した短編映画『The Killing of Candice Kline』は2002年度サンダンス映画祭に出品されて好評を博した。脚本も兼ねた初の長編監督作『Imaginary Heroes』(2004)ではほろ苦い青春ドラマを描き、シガニー・ウィーバー、ジェフ・ダニエルズ、エミール・ヒルシュ、ミシェル・ウィリアムズをメインキャストに起用。同作は第29回トロント国際映画祭で初上映され、ナショナル・ボード・オブ・レビューの絶賛を集めて、2005年冬に一般公開された。このときの脚本がブライアン・シンガーの目にとまり、弱冠22歳で『X-MEN2』(2003)の脚本家に抜擢された。

 本業に加えて写真家としても活躍中。その作品はニューヨークの前衛的なファッションアート誌「ヴィジョネア」に二度掲載され、2005年の「バニティフェア」誌でもハリウッド・ポートフォリオ特集に取り上げられた。



■ジョン・ピーターズ(製作)

フロンティア精神と先見の明をもつ名プロデューサー。今回も、「スーパーマンの死」と題されたコミックをニューヨークでたまたま見かけたことから企画を思い立ち、10年がかりで映画化にこぎつけた。

イタリア/インド系アメリカ人としてカリフォルニア州サンフェルナンド・バレーに生まれ、ヘアスタイリストを経て映画界入りした異色の経歴をもつ。ハリウッド有数のヘアスタイリストとして活躍していたころ、人気絶頂だったバーブラ・ストライサンドと懇意になり、ストライサンドのマネージャーに転身する。1976年に、ストライサンドとクリス・クリストファーソン主演の『スター誕生』を製作。同作は1億ドルを超えるヒットとなり、主題歌賞(「スター誕生/愛のテーマ」)を含むオスカー4部門を制覇した。その後もストライサンドのアルバムをプロデュースするかたわら、スリラー映画『アイズ』(1978)やストライサンド主演『メーン・イベント』(1979)、カルト的人気を博した『ボールズ・ボールズ』(1980/チェビー・チェイス、ビル・マーレイ共演)などを放った。

1982年にプロデューサーのピーター・ガバーと共同で制作会社ガバー=ピーターズを設立。大ヒット作の『フラッシュダンス』(1983)をはじめ、『ミッシング』(1982)、『ビジョン・クエスト/青春の賭け』(1985)、『イーストウィックの魔女たち』(1987)といった娯楽作品から、『カラーパープル』(1985)、『愛は霧のかなたに』(1988)、『ア・フュー・グッドメン』(1992)等の社会派作品まで幅広く手がけ、『レインマン』(1988)では米アカデミー賞の作品賞を受賞した。それ以降も、「バットマン」シリーズ2作(1989、1992)で成功を収め、映画素材として「スパイダーマン」にもいち早く着目。「スパイダーマン」はのちに旧友のローラ・ジスキンが製作し、大ヒットシリーズとなった。こうしたピーターズとガバーの功績は一冊の本「Hit and Run」にまとまり、ハリウッドの伝説となっている。

1989年にソニーと合併したのを機に、ガバーと共同でコロムビア映画の代表に就任するが、まもなく独立してピーターズ・エンターテインメントを設立。『マネートレイン』(1995)、『ローズウッド』『元大統領危機一発/プレジデント・クライシス』(共に1996/未)、『ワイルド・ワイルド・ウエスト』(1999)等を放つ。ウィル・スミスをモハメド・アリ役に起用した『ALI アリ』(2001)は米アカデミー賞にノミネートされ、全米黒人地位向上協会などの人権擁護団体から数々の賞を受けた。

4人の子をもつピーターズは、自身のモットーである「不可能はない」を慈善活動の場でも実行。社会への恩返しとして、持ち前の奉仕の精神を発揮している。



■ギルバート・アドラー(製作)

脚本家/監督/製作者の顔をもち、受賞歴も豊富。製作総指揮を務めた主な映画作品に、『デーモン・ナイト』(1995/未)、『ボーデロ・オブ・ブラッド/血まみれの売春宿』(1995/未/兼脚本、監督)、『TATARI タタリ』(1999)、『13ゴースト』(2001)、『ゴーストシップ』(2002)、ベン・スティラー/オーウェン・ウィルソン共演『スタスキー&ハッチ』(2004)、キアヌ・リーブス主演『コンスタンティン』(2005)など。TV作品では近年のシリーズ「Fantasy Island」や「チャームド〜魔女3姉妹」で演出を、米HBO放送のTV映画「ザ・クリーナー」で製作を、同放送のシリーズ「クロニクル 倒錯科学研究所」で原案/製作/演出/脚本にあたった。また、ヒットシリーズ「新ハリウッド・ナイトメア(2)」では5年にわたって製作/演出/脚本を務め、数々のTV賞を獲得している。


■クリス・リー(製作総指揮)

ブライアン・シンガー作品では『ゴールデンボーイ』(1998)でも製作総指揮を務めた。

イエール大学の政治科学部を卒業。報道番組「グッドモーニング・アメリカ」を経て、ウェイン・ワン監督『Dim Sum』で助監督と編集アシスタントを兼ねる。その後、ロサンゼルスのトライスター映画に入社。脚本のリーディング係から映画制作部の代表にのぼりつめ、コロムビア映画でも同じ役職に就任した。当時の担当作に、オスカー受賞作の『ザ・エージェント』(1996)と『恋愛小説家』(1997)、『フィッシャー・キング』(1991)、『レジェンド・オブ・フォール 果てしなき想い』(1994)、『ベスト・フレンズ・ウェディング』(1997)、『マスク・オブ・ゾロ』(1998)、『パトリオット』(2000)など。プロデューサーとしては、CGアニメーションの『ファイナルファンタジー』(2001)、『バリスティック』(2002)、アクション大作『S.W.A.T』(2003)等を担当。次回作のコメディ・ドラマ『One Foot to Heaven』(英語題)では中国人監督のチェン・ダオミンと組む予定だ(『ヘブン・アンド・アース』(2003)、『カンフーハッスル』(2004)のフーヤイ・ブラザーズが配給)。このほか、TVのアニメーション・シリーズ「Heavy Gear」で製作総指揮を務め、ジャネット・ジャクソン、バックストリート・ボーイズ、フェイス・ヒル、エルトン・ジョン、デスティニーズ・チャイルド等のミュージックビデオでは製作を担当。

プロデュース業に加え、出身地のハワイでは地元のメディア産業の振興に貢献している。デジタル映像を専門とするアカデミー・オブ・クリエイティブ・メディア(ACM)学部をハワイ大学に新設し、映画/アニメーション/ゲームソフトのクリエーターをめざす環太平洋地域の学生に学びの場を提供。ACMではハワイにおける映像産業の発展と大衆文化のグローバル化に注目し、先端の映像技術の修得に力を入れている。また、ACMはデジタル・コンテンツ、ソフトウエア、インタラクテイブ・プログラムの制作会社をハワイへ召致する役目も果たしている。

アジア系アメリカ人のコミュニティ誌で“最も影響力のあるアジア系アメリカ人”のひとりに選出されたリーは、数々の団体で名誉職も歴任。アジア太平洋娯楽産業連合、全米アジア太平洋法務会議、ワシントンD.C.のCommittee of 100(環境保護団体)で委員や理事として活躍。また、ニューヨークの人権保護教育財団や、ロサンゼルスの演劇協会イースト・ウエスト・プレイヤーズから表彰を受け、ニューヨークのチャイニーズ・イン・アメリカ博物館よりロールモデル賞を受賞した。



■トマス・タル(製作総指揮)

レジェンダリー・ピクチャーズの会長兼CEO。同社はワーナー・ブラザースと5年契約を結び、25作品で提携している。その第一回作品として、2005年に『バットマン ビギンズ』を放った。本作に続いては、M・ナイト・シャマラン監督『レディ・イン・ザ・ウォーター』(今秋公開予定)、ローランド・エメリッヒ監督『10,000 B.C.』、スパイク・ジョーンズ監督『Where The Wild Things Are』が公開を控える。

ニューヨーク州エンドウェル出身。ノースカロライナ州に本社を置くメディアとテクノロジー専門の投資ファンドに入社し、1996年にレッド・ストーム・エンターテインメント(ベストセラー作家トム・クランシーの小説をゲーム化しているソフトメーカー)の創立に貢献した。以来、新興企業専門の投資マネージャーとして腕を奮い、レジャンダリー・ピクチャーズ創立時には、ABRYパートナーズ、アメリカ銀行、AGIダイレクト・インベストメンツなどの優良投資機関から資金を調達。その功績が高く評価され、投資の専門誌「IDD」より“2005年度エンターテインメント部門出資契約賞”が贈られた。その後、アメリカ東南部最大手のITファンド、インタラクティブ・テクノロジー・ファンドの代表を経て、コンベックス・グループの取締役社長に就任。同社はオンライン・サイトWebMDの生みの親ジェフ・アーノルドが立ち上げた持ち株会社で、メディア企業への投資を行っている。タルはコンベックス在籍中に数多くのM&Aを成功させ、コンテンツ制作会社How Stuff Worksとネット配信会社LidRock、FlexPlayの合併を実現。コンベックスが映画、音楽、ゲームソフトの分野に参入する足がかりを築いた。



■スコット・メドニック(製作総指揮)

レジェンダリー・ピクチャーズの国際マーケティング/配給部の代表。以前は、プロデューサーのピーター・ガバーが設立したマンダレー・ブランデッド・エンターテインメントで会長兼CEOを務めていた。マーケティングと通信技術の分野で25年にわたってエンターテインメント界をリード。マーケティングを担当した映画作品は200本を超える。その主なものに、『歌え!ロレッタ・愛のために』(1980)、『スパイナルタップ』(1984/未)、『ダーティ・ダンシング』(1987)、『ザ・エージェント』(1996)、『X-MEN』(2000)など。また、トム・クルーズ、アーノルド・シュワルツェネッガー、デンゼル・ワシントンら一流芸能人の代理人としても活躍した。

マサチューセッツ州ボストンに生まれ、グラフィック・デザインの学士号、応用心理学の修士号を取得。大学卒業後は広告デザイナーとして活躍し、広告業界誌「アドウィーク」の年間アート・ディレクター賞を受賞。当時の代表作4作品はアメリカ国会図書館に永久所蔵されている。その後、マーケティングと配信を請け負う代理店シンク・ニュー・アイデアズを設立し、インフォメーション・エイジ社の広告宣伝を担当。オラクル、コカ・コーラ、リーボック、クライスラー、ソニー、パイオニア、ディズニーなど一流企業のインタラクティブ広告を手がけた。シンク社は創業1年目にして「アドウィーク」誌とニューヨーク広告協会より、インタラクティブ広告代理店トップ10に選出され、上場1年半で株価は5倍に急騰した。

本業以外でも、サンタモニカ大学の理事など幅広い分野で活躍。クリントン政権時代は、大統領直属の作業部会(座長はヒラリー・クリントン)で青少年の健全な育成を支援する活動に参加。また、シュワルツェネッガーが運営するインナー・シティ・ゲームズ財団の理事を15年間務め、現在はシュワルツェネッガーが代表を務めるカリフォルニア・オールスターズの理事会に名を連ねている(いずれの団体も、スポーツを通じた青少年の育成を推進している)。さらに、アースデイ1990では評議員とデザイナーを兼任し、キャンペーンのロゴや広報資料の作成を担当。娯楽産業を通じて環境保護を呼びかけるECOの創立にも貢献した。



■ニュートン・トーマス・シーゲル, A.S.C.(撮影)

ブライアン・シンガー監督とは5度目の顔合わせになる。初めて組んだ『ユージュアル・サスペクツ』(1995)でインディペンデント・スピリット賞にノミネートされ、『ゴールデンボーイ』(1998)、『X-MEN』(2000)、『X-MEN2』(2003)でも撮影を手がけた。

ニューヨークのホイットニー美術館に専属の画家として勤務した後、短編映画の自主製作を経て、撮影監督に転身。主な映画の担当作に、『Foxfire』、『白馬の伝説』(1993)、『トリガー・エフェクト』(1996/未)、『ブラッド&ワイン』(1996)、『悪魔を憐れむ歌』(1997)、『ブロークダウン・パレス』『スリー・キングス』(共に1999)、『コンフェッション』(2002)、『ブラザーズ・グリム』(2005)など。近年では、短編映画『The Big Empty』で脚本家/監督のリサ・チャンと共同で脚本を執筆し、監督も兼任。アリソン・スミスの小説を原作にしたこの作品は25あまりの映画祭で上映され、USA映画祭のグランプリを獲得した。ドキュメンタリーでは、オスカー受賞作『Witness to War: Dr.Charlie Clements』や同候補作『El Salvador, Another Vietnam』などで撮影を手がけている。

TV作品では、パメラ・イエーツ演出のドキュメンタリー「When The Mountains Tremble」、スティーブン・ボチコー演出「Cop Rock」、人気シリーズ「ワンダー・イヤーズ」、TV映画「沈黙の裁き」、レイ・リオッタ主演のTV映画「チェーン・オブ・ファイア」、ブライアン・シンガー製作総指揮のヒットシリーズ「ハウス」の第一シーズンなどを担当し、エドガー・シュレック演出「Home Fires」でケーブルエース賞に輝いた。



■ガイ・ヘンドリックス・ディアス(美術)

ロンドンのロイヤル美術大学で修士号を取得。チェルシー芸術デザイン学校では建築とインテリアデザインを学んだ。東京で産業デザイナーとして身を起こし、ソニーの創業者、盛田昭夫のもとでソニー製品のデザインを手がける。その作品展がSFX工房ILMのスタッフの目にとまり、クリエイティブ・スタッフとしてカリフォルニアのILMに招かれた。

『X-MEN2』(2003)で美術デザイナーとしてデビューして以来、ブライアン・シンガー監督と組むのは今度で4回目。近年では、テリー・ギリアム監督『ブラザーズ・グリム』(2005)で時代とロマンを感じさせるセットをデザインし、『エリザベス』(1998)の続編にあたる『The Golden Age』(シェカール・カプール監督、ケイト・ブランシェット主演)では16世紀のイギリスを再現した。このほか、『ザ・セル』(2000)でアート・ディレクターのアシスタントを務め、『バニラ・スカイ』(2001)、ティム・バートン監督『PLANET OF THE APES 猿の惑星』(2001)、『マトリックス リローデッド』(2003)でコンセプト・デザインを手がけた。



■ジョン・オットマン(編集/音楽)

ブライアン・シンガー監督とは過去に5作品で組んでいる。初のコラボレーションとなった1988年の短編映画『Lion's Den』ではシンガーと共同で脚本にあたり、編集も兼任した。以降、シンガー作品では『パブリック・アクセス』(1993)、『ユージュアル・サスペクツ』(1995)、『ゴールデンボーイ』(1998)、『X-MEN2』(2003)で編集と音楽を担当。『ユージュアル〜』で英アカデミー賞の編集賞と全米映画編集者協会賞にノミネートされ、サターン賞の音楽賞を受賞。『X-MEN2』ではBMI映画音楽賞に輝き、サターン賞の音楽賞にノミネートされた。

ほかの担当作に、『ケーブル・ガイ』(1996)、『迷宮のレンブラント』(1997)、『ハロウィンH20』『U.M.A. レイク・プラシッド』(共に1998)、『バブル・ボーイ』(2001)、『コール』『スパイダーパニック!』(共に2002)、『ゴシカ』(2003)、『セルラー』(2004)、『蝋人形の館』『ハイド・アンド・シーク/暗闇のかくれんぼ』『ファンタスティック・フォー[超能力ユニット]』(いずれも2005)がある。また、『ルール2』(2000)で音楽/編集/監督の三役を兼ね、近作『キスキス, バンバン』(2005)ではサターン賞の音楽賞に再度ノミネートされた。TV作品では米HBO放送のTV映画「チェーン・オブ・ファイア」ほか、1998〜1999年にオンエアされたシリーズ「Fantasy Island」のパイロット版でサターン賞の音楽賞候補にあがった。



■エリオット・グレイアム(編集)

ニューヨーク大学のティッシュ芸術大学院で映画と史学を学ぶ。ブライアン・シンガー監督とは、医学界を舞台にしたTVシリーズ「ハウス」のパイロット版や『X-MEN2』(2003)でも組んだ。ほかに、スティーブン・ノリントン監督『クレイジー・ワールド』(2001/未)、ビル・パクストン監督『グレイテスト・ゲーム』(2005/未)に加え、マイケル・ジャクソン、ブリトニー・スピアーズのミュージックビデオも手がけている。


■ルイーズ・ミンゲンバック(衣装)

ブライアン・シンガー監督とは10年来のつきあいで、『ユージュアル・サスペクツ』(1995)、『ゴールデンボーイ』(1998)、『X-MEN』(2000)、『X-MEN2』(2003)も手がけた。ほかの担当作に、『この森で、天使はバスを降りた』『ナイトウォッチ』(共に1996)、『ワン・ナイト・スタンド』(1997)、『パーマネント・ミッドナイト』(1998/未)、『ゴシップ』(2000)、『光の旅人/K-PAX』(2001)、『ランダウン ロッキング・ザ・アマゾン』(2003)、『スパングリッシュ 太陽の国から来たママのこと』(2004)、TVシリーズ「ハウス」(シンガーが製作総指揮を務めるエミー賞受賞作)等がある。