エイミー
 Amy



1999年10月
シネスイッチ銀座 にて上映
キャスケイド・フィルムズ製作
1997年/オーストラリア映画
ドルビーステレオSR/シネマスコープ/103分
提供:ポニー・キャニオン/フジテレビジョン/パルコ
配給:パルコ



  • 監督・製作
ナディア・タス
  • 脚本・製作
デヴィッド・パーカー
  • 音楽
フィリップ・ジャド
  • 出演
アラーナ・ディ・ローマ
レイチェル・グリフィス
ベン・メンデルソン
ニック・バーカー
ケリー・アームストロング
ジェレミー・トリガッティ
ウィリアム・ザッパ
トーキル・ニールソン
サリヴァン・ステープルトン
メアリー・ワード
スージー・ポーター
フランク・ギャラチャー
ヤン・フリードル
マルコム・ケナード


| 解説 | ストーリー | プロダクションノート |




<解説>

 『エイミー』は歌うことでしかコミニュケーションができない、9才の少女の物語―。



 パパが死んでからエイミーの声は聞こえなくなった。声もでなくなってしまった。何人もの専門家が診断しても原因は分からない。トラウマに冒されたエイミーのこころを癒したのは、隣に住む売れないミュージシャン、ロバートのヘタクソな歌だった―。

 幼児体験が原因でこころにできた深い傷、「トラウマ」を抱え、聾者となってしまったエイミーが、ママの愛情と周りの人たちの温かい心を通じて、生きる希望を見いだす感動のストーリー。物語の核となる、情感溢れる部分にコミカルな表情をプラス。ミュージカルの要素を織り込みながら、素直なドラマに仕上げたのは、ハリウッドでの映画製作経験を持つ実力派女性監督ナディア・タス。オーストラリアのフォトジェニックな風景を背景に、透きとおった歌声と優しいこころを描き出す心に残る1本。純粋なこどもの心を美しい映像にのせたのは、オーストラリアのスチル・カメラの第一人者、デヴィッド・パーカー。1984年のシカゴ・フィルム・フェスティバルで受賞したゴールデン・カメラ賞をはじめ、オーストラリア国内でも数多くの賞を受賞している実力派。そしてその透明感溢れる歌声で、映画に華を添えるのは期待の大型新人、アラーナ・ディ・ローマ。オーストラリア国内にとどまらず、アメリカ、イギリス、ニュージーランドなど世界各国でオーディションを慣行したタス監督が苦難の末に見つけだした、きらめく才能である。アラーナは、主人公エイミーの純粋なこころを、透明感溢れる歌声で丁寧に表現し、全編にわたり忘れがたい存在感を醸し出している。

 エイミーの母親役をこなすのは、『ヒラリー&ジャッキー』で99年アカデミー賞にノミネートされたレイチェル・グリフィス。エイミーと共に成長していく母親を力強く演じ、作品に華を添えている。



'99年、癒しの時代。
素直に感動できる映画、そして心を癒す歌声の登場だ。


 エイミーの父、ウィルを演じるのはオーストラリアの人気ロックバンド"The Reptiles"のヴォーカル、ニック・バーカー。最近"The Damn Mermaids"に移籍したが、デビュー以来10年間、オーストラリアで人気のミュージシャンだ。『エイミー』で役者として映画デビューを果たしたニックはストーリーに大きな感銘を受け撮影に加わったという。映画の中でウィルと彼のバンド「ZINK」が演奏する曲はすべて『エイミー』のためにニックが書き下ろしたもの。また音楽を担当しているのは、70年代に人気バンド"Spilt Enz"を創設したフィリップ・ジャド。その独創性が有名な作曲家でもありレコーディング・アーティストでもある。映画音楽の分野でも活躍するミュージシャンだ。

 ロケはメルボルン郊外の路地が使われた。ヴィクトリア調の建物やトラム・カー(路面電車)、公園や庭、波止場周辺に象徴されるメルボルンのユニークな下町風景はそれだけでフォトジェニック。活気溢れるビジネス街から、ダークなトーンの労働者の下町。シンプルな映像が、こどものピュアなこころとうまく重なっている。

 優しいこころに溢れた本当の家族の物語。とくに主題歌として繰り返し挿入されている、『You & Me』は見終わった後につい口ずさんでしまう心に残るメロディだ。

 『エイミー』は、オーストラリアン・フォルム・コミッションのコマーシャル・プロダクション基金で設立された、キャスケイド・フィルムの製作。フィル・ジョーンズが共同プロデューサーを務める。撮影監督にデヴィッド・パーカー、プロダクション・デザインにジョン・ダウディング、編集、ビル・マーフィー、衣装デザイン、クリスティーナ・プリッツコ、音楽、フィリップ・ジャド、音響ディーン・ガーウェン。




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<ストーリー>

 主人公エイミーは人気ロック・スターの父親ウィル(ニック・バーカー)がステージで感電死するのを目の当たりにして以来、口もきけず、耳も聞こえなくなってしまった。福祉局の役人が、エイミーの生活保護権と教育権をコントロールしようと、3年にも渡って、執拗に母親のタニアを説得するが、その官僚的な態度にうんざりしたタニアは、夫の思い出がつまった田舎の家から、エイミーを連れ出し、メルボルンへと引っ越していく。

 メルボルンへ到着した二人は、労働者階級が住む地区に古い借家を見つけ間借りするが、近所に住むのは、酔っ払いか世捨て人のような住人ばかり。ところが、ひょんなきっかけから、隣に住む売れないミュージシャン、ロバート(ベン・メンデルソン)が、エイミーの耳が音楽だけには反応するという特異体質を発見する。

 ある日、ロバートはエイミーが家にいるのを確かめるると、玄関の郵便受けの隙間から彼女に歌いかけてみるが、やはり返事はない。それでもロバートは歌い続けた。するとやがてドアがゆっくりと開き、エイミーが現われた。ロバートが話しかけても彼女は返事をしない。ところが、ロバートが歌うと、エイミーも歌う。そこでロバートが「♪〜一緒に遊ばないか?」と問いかけると、エイミーはこっくりとうなずいた。ロバートはエイミーを公園に連れ出し、エイミーにはつかの間の自由が戻ったのごとく見えた。

 二人が家に戻ると、心配して警察を呼んでいたタニアがエイミーと一緒に戻ったロバートを誘拐犯だと責め立てる。ロバートは事情を説明しようとするが、娘を心配するあまり、興奮状態にあったタニアはロバートを誘拐犯容疑で逮捕して欲しいと警察に主張する。ロバートはエイミーが自分で遊びに行きたいと歌ったんだと説明する。警察は唐突なロバートの主張に疑いながらも、部下にエイミーに向かって歌を歌わせる。しかし、やはりエイミーは反応しなかった。ところが、あきらめた警察官がロバートを連行しようとした時、エイミーが道路へ飛び出し、ロバートを捕らえようとする警官たちを一生懸命に殴り始めた。タニアの憤りは収まらなかったが、この一件でロバートを訴えることはしなかった。

 その夜、タニアが物音に目を覚ますと、裏口の階段にエイミーが腰掛け、膝に置いたラジオから流れる曲に合わせて歌っているのを発見する。それはあの事故の夜以来、初めてエイミーが声を漏らした瞬間だった。

 エイミーがかすかにもらした声に希望の光を見いだしたタニアは、エイミーの病状を知るために、色々な専門家へと相談し始める。誘拐の疑いが晴れて以来、タニアとロバートは次第に親しくなるが、ある夜、二人が町のバーにいると、現在はレコード会社の重役で以前ウィルのバンドのギタリストだった男が酔ってタニアに近づいてきた。彼女は男を避けていたが、頭の中をあの嫌な思い出が駆け巡った。夫、ウィル・エンカーがステージで感電死した夜のことを…。

 翌日、タニアは何年か前に教育庁で出会った精神科医、アーカート医師を見つけ出し、エイミーの病状を相談する。医師はエイミーのよき理解者となり、次第にエイミーの心の中に隠されているトラウマの謎を解き明かしていく。一方、二人を捜し出すのに躍起になっていた福祉局の役人連中は、ついにタニアの居場所を突き止める。

 ある夜、ロバートがタニアが働くレストランを尋ねてきた。二人はすっかり意気投合。それはロバートが初めて幸せそうなタニアを見た夜だった。ところがその夜、二人が帰ってみると、ドアが壊され、エイミーのベビーシッターを頼んでいた隣人が彼女の夫に殴られて倒れているのを発見する。そしてエイミーは行方不明になっていた。

 町の住民全員が参加し、大がかりな捜索が行われた。普段はいじわるなマリンズ夫人までもが懸命にエイミーを探し、ついに小道で歌を歌っていたエイミーを見つける。ところが、一瞬のすきに福祉局の役人がエイミーを捕まえ、孤児収容所へと強制的に収容してしまう。寂しさに心震えるエイミーは収容所から自力で逃げ出してしまう…。心の奥にいまも響いている、大好きなパパの歌声だけを頼りに…。



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<プロダクションノート>

 『エイミー』はナディア・タス監督の6作目の長編映画だ。撮影は1997年3月20日から5月23日まで、10週以上に渡ってメルボルンで行われた。監督ナディア・タス、脚本デヴィッド・パーカーの4作目の共同製作で、デヴィッドの舞台劇用の脚本がオリジナルとなっている。最初のアイデアは、脚本を書いたデヴィッド・パーカーが『The Man Of La Mancha』の製作中に、ふと、「もし音楽でしかコミュニケーションができなかったら?」と思いついたことから浮かんだものである。もう何世紀も続いてきた音楽というコミュニケーションの手段が、もし現実の生活でも使われることになったら? こんな疑問を抱いたパーカーは、父親の死を目撃して以来、耳が聞こえなくなり、口もきけなくなってしまった少女のストーリーを書き始めた。この少女が近所のミュージシャンの奏でる音楽を聴いた時、奇跡的に歌い始める。このナチュラリズムに基づいたマジカル・ストーリーは、物語風に仕上がっていて、3つの異なるジャンルをうまくひとつに束ねていると監督のナディア・タスは言う。「この映画は、ミュージカルであり、コメディであり、そして悲劇でもある」脚本の初稿は、1987年に完成した。その10年後に渡って何度も書き直しが行われ、特に過去の心の傷「トラウマ(外的心傷)」を扱ったテーマだけに、製作者の思いの丈や、詳しいリサーチの結果が徐々に盛り入れられていった。ところが完成した台本は、ほとんど初稿と変わらない形に落ち着いた。監督兼プロデューサーのナディア・タスは、すべての訂正稿に目を通し、慎重にストーリーを研ぐ作業をし、「悲痛な心の叫びを描写した、力強い物語をスクリーンに映し出すためのエンターテイメント作り」に徹した。


●メルボルン郊外のフォトジェニックな風景

 『エイミー』の撮影は1997年3月に始まり、ロケには、メルボルン郊外の路地が使われた。メルボルンには、古ぼけた路地が数多くあるが、(とはいえ、かつての理想的なロケ地は今や、カジノに占拠されているのだが)6週間もの間、撮影に使えるような町角を探すのには、それなりに苦労のいる作業だった。結果として、今まであまり国内の映画関係者が足を踏み入れていないような場所という観点から、メルボルンの西部郊外にある、今は使われていない軍需物資工場の跡地にセットを組んだ。プロダクション・デザイナーのジョン・ダウディングは、エイミーやロバート、近所の住民の住む家として、既存の家屋を選んだ。唯一、このセットの難点は、通りのつきあたりにある実際に使われている幹線道路の通行量が多かったことだ。おかげで、膨大な製作費と時間を費やすことになる。もう一つ、通常のセットと異なる部分は、エイミーとロバートの家は両方とも実際の家屋を利用したため、つまり室内も室外もロケで撮影が行われたことだ。撮影監督でもあるデヴィッド・パーカーは、「ロケ撮影によって、実際の住人が出入りすところを撮影することができた。ナディアが監督するにあたって、とてもこだわっていた部分だったんだ。それにメルボルンでは雨が降りやすく、撮影中に突然雨が降り出しても、すぐに中に入れるしね」と語る。

 冒頭のシーンでタニアとエイミーが住んでいる農場は、メルボルンの50キロ西に実在する農家の家を使用した。美術班が見つけた時は、20年も放置された状態で、ネズミとハトだらけだったそうだ。大掃除をして塗装もやり直し、外観修理とベランダを加えた。タス監督とデヴィッドがこだわっていた「乾いた雰囲気」を強調する為に、家の回りも整備され、撮影は冬の雨のシーズンが来る前に行われた。


●きらめく才能のデビュー――アラーナ・ディ・ローマ

 キャスティングにあたって、特に主役のエイミー役は、大変長い過程を経てようやく決定した。タス監督は、アメリカ、イギリス、ニュージーランドそれにオーストラリア国内の各地を廻り、人材を探した。エイミー役は9才前後の少女で、かつ美声の持ち主でなければならない。さらに演技力があり、主役を演じるにあたってある種の厳しさにも耐え得る人材でなければならなかった。タス監督は、ロサンゼルスからウェールズ、クライスト・チャーチをはじめ世界各都市にある、学校、タレント・エージェントや舞台へも足を運んだ。主役を掴んだアラーナ・ディ・ローマは、オーディションを受けにきていたイタリア移民の孫娘で、彼女がタス監督の前で歌を歌い、その瞬間ついに長い役者探しが終わったのだった。

 タス監督に、アラーナ・ディ・ローマのことを尋ねると、必ず愛情溢れる賞賛の言葉が返ってくる。「彼女は演技の面で完璧であるだけでなく、一人の人間としてもとても完成度が高い。撮影に関わった人間はみんな、彼女の存在にうっとりさせられたわ。一生、アラーナと一緒に映画を作っていきたいくらい!」と監督をうならせたアラーナ。演技の経験はないが、タス監督にとっては大きな問題ではなかった。歌唱指導をしたリンダ・ネーグルを含め、映画の中の曲には監督も関わっている。当初は誰も予想し得なかったのは、ディ・ローマの天才的な演技力だ。1分前までスタッフとじゃれ合っていたかと思えば、次の瞬間カメラの前ですすり泣く。「あんなに若いうちから才能を発揮する役者を他には見たことがないわ。ただ可愛いだけじゃだめなのよ!」とタス監督は言う。ベン・メンデルソンの演技もディ・ローマによってより引き立っている。「アラーナは同年齢の子供と比べれば、普通じゃない。謎だらけなんだ」

撮影は出番の多いアラーナに合わせて進行した。批判はあったものの、普通の子供たちと同じように学校に通い、同じように遊ぶための時間は確保した。夜のシーンは、すべて10時までに撮影終了しなければならず、集中力を必要とするシーンは、なるべく一度に集中しないよう配慮した。他の俳優たちもそのスケジュールに合わせたため、一つのシーンの撮影が何日間にも渡って行われ、アラーナのシーンとつなぎあわせる場合もあった。この魅力的な少女の発するエネルギーで、撮影現場は活気づき、困難なシーンや込み入ったシーンなどの撮影も情熱とユーモアに溢れたものになった。この映画への出演がきっかけで、アラーナ・ディ・ローマは最近オーストラリア国内でのレコード・デビューを果たしている。


●重いテーマを爽やかに演出する心に残るメロディは、すべて現役ミュージシャンの書き下ろし

 ウィル・エンカー役は、メルボルンの人気バンドのヴォーカル、ニック・バーカーがこなした。バーカーはロック・バンド"The Reptiles"を率い、そのエネルギッシュなパフォーマンスが人気だ。最近ではバンド名を"The Damn Mermaids"に変更。演技の経験はないものの、新しい分野への挑戦に意欲的だったニック。彼はオーディションに、映画の中でもウィルがエイミーの為に歌う曲「You & Me」を自ら書き下ろして持参。「ナディアが即興で演奏して欲しいっていうから、すごく緊張したよ。彼女は素晴らしい監督。オープンで映画の中の音楽に対して僕の意見を尊重してくれた」と語る。「オーディションは特別なものだったの。ニックに即興で演奏して貰った後、レイチェルとデヴィッドと私の3人は口をぽっかり開けて、顔をみあわせてしまったくらい。彼は特別な才能をたくさん持っていた」とタス監督。さらにレイチェル・グリフィスの印象は、「ニックは驚くべき才能の持ち主よ。普通の俳優には無い、秘密のポケットを持ってるみたい。存在感があって、迫力があって、それでいてとてつもなく器用に感情表現ができるの」作品中でニックが演奏する曲はすべて彼自身のオリジナル曲だ。

 ウィル・エンカーのコンサート・シーンはメルボルンの野外コンサート会場で撮影された。「ウィルのキャラクターを強烈にアピールしたかったの。だからコンサートのシーンは壮大なセットを組んだのよ」と監督が語るように、照明効果に予算がかけられなかったため、コンピューター・グラフィクスのイメージを加えている。200人くらいの勇気あるエキストラが、肌寒いメルボルンの夜に1時間以上もずぶ濡れで参加しているのはニック・バーカーのファンたちだ。オーストラリア映画でデジタルの映像処理をしたのは『エイミー』が初めて。コンサート・シーンの撮影には部分的にデジタル・ビデオも使用されている。タス監督は「映画のシーンの中にうまく凝縮できたと思う。少ない道具で大きな効果を得られた」と語る。




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