『バベル』"ジャパン"記者会見
●2007年3月7日ウェスティンホテル東京にて
●出席者:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(監督)、役所広司、菊地凛子、二階堂智
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【挨拶】


■アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督:コンニチハ。日本に戻ってくることができてとても嬉しく思います。みなさん、お越しいただいて本当にありがとうございます。


■役所広司:こんにちは。役所です。いよいよ、『バベル』が上映されます。本当に、なかなか世界中の人々は繋がりにくい状況にありますけれども、人間一人一人の個々の繋がりはまだ捨てたもんじゃないという、非常に微かではありますが、非常に輝いている希望が見える映画だと思います。どうぞ、よろしくお願いします。


■菊地凛子:今日はわざわざお越しいただいてありがとうございます。アレハンドロ監督、役所さん、二階堂智さんとこういう場所に立てたこと、とても光栄に思っております。是非、映画『バベル』をどうぞよろしくお願いします。


■二階堂智:こんにちは。二階堂智です。この素晴らしい映画に関われたことを光栄で誇りに思っております。よろしくお願いします。


【質疑応答】

●司会者:監督にお伺いしたいと思います。アカデミー賞をはじめとして、さまざまな映画祭で賞賛を浴びていて、ノミネートされたり受賞されたりしていますが、この『バベル』のどんなところが観客ですとかに受け入れられたのだと思いますか。


■(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督):この映画は感情で言語を語っている、そういう映画だと思います。そして、この映画を観ることによって、世界各国のいろいろな方々からの意見としては、非常に深い、人間的な体験ができるという言葉をお聞きしております。非常に深い感情を呼び起こすというのは、たぶん、世界各国、いろいろな違う人種や、風景、宗教、信念、いろいろなことがあると思うのですが、映画を観ている最中に、何か、魔法の瞬間があって、そういうすべての人工的なものが消え去って、そして、どこか深いところで、人間というのは、みな、同じものだという感覚になるんだと思います。人間の痛みですとか、脆さですとか、傷つきやすさというものが、我々人類、全員が兄弟であり、繋がることができるという、そういう希望というものを与えてくれるのだと思います。

●司会者:役所さんは、今回の『バベル』がたくさんの賞を受賞されたりしてますけれども、どんなところが多くの人々の心を捉えて離さないんだと思いますか。

■(役所広司):監督もおっしゃってらっしゃったとおり、最終的には、この映画の中にあるように、銃弾によって悲しい物語が各国で繰り広げられるわけですけれども、最終的には、何でしょうね……それでも、まだ、希望があるんだというラストというのは、世界中の人々に希望をもたらしてくれる映画になっているように思われます。僕もこの映画のライフルから始まって、一発の銃弾から始まるんですけれども、たくさんの戦争映画を観てきましたけれども、あれほど、銃の音の痛みと言うんでしょうかね、痛い音というのは、初めての経験でした。

●司会者:菊地さんは、アカデミー賞の助演女優賞にもノミネートされて、アカデミー賞にも行かれて、肌で『バベル』の賞賛を感じていたと思うのですが、どんなところが魅力だと思いましたか。


■(菊地凛子):そうですね、あの、本当に、この映画に出てくる登場人物は、とても自分に近い、そして、人々にとってとても近いところにいる、もう一度、踏み出す……怖い、恐怖がありながらも、人として再生していくような、どこか、みなさんがリンクできるようなところがある。そこが滑稽でありながら、美しさであったり、人間らしさであったり、本当に、人間の本質的な美しさが出ている作品で、そういったところが、みなさんの気持ちをちょっとコンタクトできるというか、繋げているような作品になっているんじゃないかと……。そして、観終わった後に、本当に、不思議と怖さを捨てて、誰かを愛せる、愛したくなるような映画になっているところが素晴らしいところだと。そこが、人々を惹き付けているのではないかと思っています。

●司会者:二階堂智さんは、どういう風に感じられましたか。

■(二階堂智):この映画に出てくる登場人物設定をみて、特別善人もいないし、特別悪人もいないし、それが善であったり、悪であったりという形の中で、お互いが持っている愛というものを伝えるということが、言葉とかでということではなく、そういうところが、観る方にいろいろ、形を変えて伝わっていってもらえるのかと思います。

◆質問:イニャリトゥ監督にお伺いしたいのですが、この映画をはじめとして、監督の映画には、時間の独特な使い方と、もうひとつは、人間の本能に非常にストレートな表現があると思うのです。それに対して、今回、どういう形で表現し、演出しようと考えられましたか。

■(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督):基本的には、一番はじめにこの映画を作ろうという、その原動力となったのは、私が、一番はじめにこれを編集して一番強く感じたものなのですが、コンパッション、深い思いやり、哀れみの気持ちです。この感情というのは、人間が今、すっかり忘れ去っているものなので、今は、白黒はっきりさせたいですとか、ひとつのことを決めるのにも、非常に極限化してしまっている。そして、グレーゾーンがなくなってしまっている。人間が何かを判断するには、こういう人間的な哀れみですとか、感情、同情というものが必要だと思うのです。先ほども、二階堂智さんがおっしゃっていらっしゃいましたけれど、私は、常にここに出てくる人たちは、善い人でもなければ、悪い人でもない。善悪では分けてはいないというふうにおっしゃっていらっしゃいました。本当は、悲劇が起こるには、ふたつの極限がぶつかり合うことで起こるわけですが、今回の登場人物たちも、悪意は持っていないんです。それぞれの純粋さだったり、無知の犠牲者なんですね。ですから、世の中がこうすべきだと言っているものの中に、閉鎖されている状態にあるんです。まず、そういう気持ちからはじまりまして、構造は次に出てきたことで、構造から入ろうということではなくて、まず、やりたいものがあって、そして、一番描きたいのは、それぞれのキャラクターの感情的な旅ですから。それに、どの構造が一番相応しいかということで、構造を考えていきました。


◆質問:監督にお聞きしたいのですが、舞台のひとつに日本を選んだ理由をお聞かせいただけますでしょうか。


■(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督):まず、私が初めて日本に来たのは2000年なのですが、その時に、『アモーレス・ペロス』を持って、東京国際映画祭に来ました。良い思い出がたくさんあるんですけれども、特に、東京グランプリを獲りまして、10万ドルの賞金も出ました。忘れられない体験になっているんです。その時、日本に来てすぐに東京の街を見て、是非とも、今度来る時にはカメラを持って戻ってきたい、撮影したいというふうに思いました。その次に、2003年に日本に来まして、その時は、『バベル』のアイディアをいろいろ考えていた時なのですが、いろいろな言語で、いろいろな国で撮るアイディアはあったんです。その時に箱根に参りまして、箱根であるイメージを見た時、ある老人が障害を持つ少女の面倒を見ていたんですけれども、そのイメージが、自分の中で非常に残ったんです。孤独を感じたんです。それと同時に、若い少年少女たちが、聾唖者がいて、一生懸命自分を表現しているという光景を何度か見ました。そのような日本での体験というのが、今回の映画のきっかけにもなりました。非常に大勢の人が街にいる、そういう風習の中の孤独さ。これは、非常に辛いことだと思います。メキシコシティーも1000万人の人口がありまして、そこで、孤独も、いろいろ考えさせられまして、後、手話も 一 我々は、普段は考えもしないと思うのですが 一 使いたいという気持ちが生まれたんです。もうひとつ、日本というのは、西洋文化から非常にかけ離れた中で、ある事件が、非常に離れた所でも影響を及ぼすということも考えました。日本で撮影する、正当化する良い理由がありました。

◆質問:役所さんに質問します。日本の撮影パートでは、ゲリラ撮影のようなこともされたということですけれども、もちろん、日本でも、ありとあらゆる所での撮影経験が役所さんはあると思うのですが、今回の映画のそういった撮影はどうでしたか。また、監督は、そういう撮影をされて、日本での撮影することの難しさみたいなことを教えていただけますか。


■(役所広司):はい。ゲリラ撮影しました。東京で撮影の許可がなかなか出ないということを、監督が非常に嘆いていて、どうしても渋谷の街を撮りたいということがあったり、高速の渋滞が撮りたいというのがありました。それで、高速道路、早朝に行って、スタッフで渋滞を作ったりしましたけれども、我々キャストもスタッフも、その監督がこういう画が撮りたいんだという情熱が伝わってきましたし、自然にこの映画のために頑張ろうという気になりましたね。

■(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督):今、役所さんがおっしゃったとおりですね。5時半に築地のマーケットに行ってみたり、高速道路で渋滞を作ったのは朝の7時でした。本当に、1分くらい、渋滞を作っただけなんですけれども、20分後には警察に追われる身になってしまいました。警察は、撮影を早く止めろと言ってきたわけですけれども、それが東京での撮影のはじまりでした。ですから、許可をどこに申請してもおりないという問題がありまして、しかし、徐々に、私は、そういうことにいちいち怒っていても大変なので、楽しむようになっていきました。時々、学生映画を撮っている気分にさせられまして、街中での撮影はほとんどがゲリラ撮影になりました。みんなマスクをしたりして、僕はメキシコ人のゲリラのような格好で地下に潜ってみたり、楽しんでいたんですが、海外から来た監督としては、日本にフィルムコミッションというようなところがあるのかどうか、もしかすると機関がないのかもしれません。このような海外映画のプロダクションを手伝ってくださって、そして、許可を与えてくだされば、どんなに私たちの仕事がやりやすくなるか、美しい国ですから、映画作りを手伝ってくださいますと、収入にもなりますので、僕の方からお願いしたいと思います。

●司会者:菊地凛子さんにお伺いしたいのですが、今回、イニャリトゥ監督という、世界で活躍されている監督の作品で、日本を舞台にした映画に出演されましたけれども、撮影シーンで印象に残っていることですとか、後、監督の演出はいかがでしたか。


■(菊地凛子):約1年間 ─ イニャリトゥ監督という人を尊敬して、大好きな監督で、本当に一緒にやれることを夢見て、オーディションを1年間やったんですね。本当に、現場に入れた時には夢のような感じといいたかったんですが、現実がありましたので、監督はとても情熱的で、言葉がとても美しくて、家族のように扱ってくれる。そして、愛情がとても深いんですね。一緒に良い映画を作ろうという気持ちにならせてくれて、そして、私も彼を信用できて、彼がとても信用してくれているということがとてもわかったんですね。とてもやりやすいというか、サポートしてくださって、そういった意味で、とても素晴らしい監督だと思っております。

●司会者:ご自分が出演されたシーンで印象に残っているシーンはどこですか。苦労されたシーンでも結構です。

■(菊地凛子):一番印象的に残っているのは、後半のシーンで、チエコがこれから起こることで、とても楽しみでワクワクしている。希望を持っているシーンが一瞬、あるんですね。そこがとても、これから起こる先のことが、悪い方向のこととはとても思えない、光に満ちている良いシーンで、そこがとても気に入ってます。

●司会者:二階堂智さんは、監督に演出されてどんな感想をお持ちになりましたか。

■(二階堂智):僕も1年近くご一緒にいて、オーディションの時から、菊地さんが言うように、本当に包んでくれるような監督でした。僕が関わったシーンで言いますと、現場の空気の作り方というか、本当にアーティスティックな空気の作り方をしていただいたので、とても良い緊張感を持ってできたと思います。


◆質問:菊地凛子さんに質問ですが、今回の作品でいろいろ海外からも注目されていると思うのですが、これからどんな映画に出演されたいのかということと、今後、共演してみたい役者の方がいらっしゃいましたら、教えていただきたいと思います。


■(菊地凛子):本当に、イニャリトゥ監督のような、素晴らしい監督と一緒に仕事ができたらいいなと思っております。私自身が先が見えてきませんので、今来た仕事を丁寧に責任を持って、紳士的にやる以外にちょっと方法が見つかっていませんので、丁寧にやっていこうと思っています。共演してみたい俳優さんは、いっぱいいますけれども、ジーナ・ローランズだったり、ダニエル・デイ・ルイスとか、ショーン・ペンとか……いっぱいいますね。

●司会者:演技派という部分で憧れていらっしゃるという感じですか。

■(菊地凛子):本当に、自分がただ、映画好きなので、本当に映画を観て、本当にファンになってしまうんですね。そういう機会があれば、本当に一緒に共演してみたいです。

●司会者:最後に監督にお伺いしたいのですが、日本のキャストの方々、演出されてみてどんな感想を持たれましたか。

■(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督):本当に素晴らしい体験をいたしました。本当に、『バベル』という題名どおり、聖書に出てくる“バベル”の物語と同じように、そして、私は日本語はできませんし、手話もできませんので、通訳さんたちを介してコミュニケーションをとるのですが、時々、言葉ではなくて、本当に、目を見つめ合う、ボディーランゲージですとか、微笑みですとか、手を握り合うだけで、より多くを伝えることができるということもありました。問題は、言葉ではなく、言語ではなく、そういう偏見ではなく、障壁というものを、私たちは自分の中に作ってしまっているんだと思う。でも今回、非常に貴重な、人間的な体験をさせていただきました。


●司会者:さて、これからですね ─ 監督がお話ししていたとおり、コミュニケーションというのがテーマになっております。ひとつ、監督キャストの方々にお願いしたことがあります。こちらのパネルですが、今回、この映画のテーマの部分で、監督、キャストの方々に、あるパズルのピースをお渡ししたんです。ここに世界を○○で繋げたいというテーマで、ご自分が○○の部分に入れたい言葉を書いてもらうようにお願いいたしました。それを、これから披露していただきたいと思います。まずは、監督からお願いいたします。


■(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督):先ほど、この言葉については説明いたしましたけれども、コンパッション、深い思いやりという言葉、非常にキャラクターたちから私が強く感じた感情です。

●司会者:続きまして、役所さん。

■(役所広司):僕は、絆です。各国の撮影が、一緒にならなかったあちこちで撮影をしていた人たちも僕の仲間であり、日本でもたくさんの同志の人たちを含めて絆が結ばれたのではないかということで。

●司会者:菊地凛子さんは、何を書かれましたか。

■(菊地凛子):許しという言葉を書きました。まず、理解し合うこと。なかなか理解って難しいことですし、相手のことを、思いやりもそうですね……。相手の立場とかを思いやって、生まれてきた誤解だったり、過ちであったり、そういった犠牲を払わざるを得ないことに対して、寛容というか、許しであったり、歴史の許しであったりとか、そういったことへの希望を持って、この言葉にしました。

●司会者:二階堂智さんは何を書かれましたか。

■(二階堂智):魂を書きました。理由は、映画の魂がみなさんに伝わればいいなと。


●司会者:ありがとうございます。では、このパズルをこのパネルにはめ込んでいただきます。そして、ひとつのものを作り上げていきたいと思います。まずは、監督と役所さんにパズルをはめ込んでいただきたいと思います。では、監督さんから 一 ありがとうございます。 では、次は役所さん 一 ありがとうございます。では、菊地凛子さん、お願いします。そして、二階堂智さん、お願いいたします。ハイ! 完成いたしました! 東京の夜景を前に、日の丸色で“バベルジャパン”、これから日本で公開を迎えます。いよいよ日本で公開、『バベル』……ということで、どうもありがとうございました。

(通訳者の表現をもとに採録。細部の言い回しなどには若干の修正あり)


『バベル』は2007年4月28日よりスカラ座ほか全国東宝洋画系にて公開。